【完結】偏食ヴァンパイアはド田舎娘を所望する

七夜かなた

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「どうぞ」

 熾という男性は、私がそのエレベーターに乗ることを承諾している前提で、先に入って待っている。

「いえ、私はまだ乗るとは……」
「閨様がお待ちです」
「ですから」


 私が何か言いかけると、彼は繰り返し同じ台詞で遮る。

「あ」
「閨様がお待ちです」

 試しに何の意味もない言葉を口にすると、やっぱりスイッチを押したみたいに反応する。
 まるで予めプログラムされて、それしか言えないロボットみたいだ。

「あのですね」
「何か仰りたいことがあるなら、直接閨様にどうぞ。私の任務はあなたを閨様の元へ連れて行くこと。それが閨様のご命令です。そして、私は閨様の命令しか受け付けません」

 さすがに彼も飽きたのか、このままでは話が進まないと思ったらしく、同じ台詞を言うのは止めた。
 けれど、相変わらず閨様閨様と二言目には、そればかり。何回言うのか数えておけば良かった。   
 でも私が文句を言ったところで、彼は一切聞きいれる気はなさそうだった。
 早く仕事に戻るためにも、彼についていって直接月夜見閨と交渉するしかなさそうだ。
 ただでさえアパートのことで困っているというのに、彼のせいで仕事も失敗ばかり。彼と出会ってから良いことがひとつもない。
 まあ、仕事の失敗は自分のせいでもあるのだけど……
 
「まるで俺様疫病神よね」

 私がそう呟くと、熾はピクリと反応する。
 閨様の悪口に反応したのだろう。
 本当は私だって悪く言いたくない。これも彼のせいだと、彼に対する怒りがふつふつと沸き起こる。
 頭では八つ当たりだとわかっている。だけど、今の私にはそれすら言える相手が傍にいない。
 おじいちゃんは亡くなったし、おじいちゃんの友達たちに弱音は吐けない。彼らだって自分のことで手一杯なんだから。
 東京に出てきたばかりで知り合いもいないし、第一私にはこんなとき友人と呼べる相手もいない。
 せいぜい家にある、母が最後に買ってくれたうさぎのぬいぐるみ相手に、返事がないとわかっていて愚痴るくらいだ。
 考えたら私ってかなりかわいそう? 
 でも、世の中には親が誰かも分からない子や、いても虐待する毒親もいる。親がいるから幸せとは限らない。
 同級生たちは親のことで文句を良く言っていた。
「門限が厳しい」「スマホの利用時間にうるさい」「勉強勉強とうるさい」「ちょっと短いスカートを履いたらはしたないと言われた」等々。
 中には本当にお酒を飲んだ親に殴られたとか、ギャンブルばかりとか、深刻な子もいたみたいだけど、大抵は自分勝手な言い分だった。
 そんな親ならいない方がいいと、虚勢を張ってもみた。でも、心の何処かでどうしてあんなに早く逝ってしまったのか。せめて父親のことを話してくれていたらと、恨む気持ちもあった。

 チーンとエレベーターの音が鳴る。どうやら目的地に着いたようだ。
 エレベーターが開くと、そこは誰もいない広い空間だった。
 降りてすぐ目の前に、受付と書かれたプレートのあるカウンターがあった。その奥に重厚な両開きの扉がある。
 無人のカウンターの前を通り過ぎ、ドアをノックする。

「入れ」

 中から声が聞こえ、熾がドアを開けた。

「どうぞ」

 彼はドアを開けただけで入ろうとせず、私が部屋に入れるよう脇に避けた。

「どうぞ」

 私が躊躇していると、彼はもう一度言った。
 私は重い足取りで中へと入る。

「よく来たね」

 広い窓がついた空間が、目の前に広がっていた。
 奥側には卓球台くらいのテーブルがあって、パソコンが二台置かれている。
 窓のない方の壁にも合計9個のモニターがかかっていて、そのいくつかには折れ線グラフの画像が映し出されている。
 部屋の中央には高級そうな革張りのソファと、ガラスのテーブルがあった。
 そのソファの前に月夜見閨が、長い脚を組んで優雅に座ってこちらに微笑んでいる。
 何やら食べ物のいい匂いもする。ふと彼の前にあるテーブルを見ると、そこには見たこともないご馳走がところ狭しが並べられていた。
 何かパーティーでもあるのかな。

「べつに……来たくて来たわけでは……」

 そう言えば夕飯まだだったな、と思いながら答えた。

「それで、私に何の用ですか?」
「雪緒、一緒に食事をしよう。君と食べるために用意した」

 彼は目の前の食事を指し示す。

「え?」
「何が好きかわからないから、色々取りそろえた。デザートもあるぞ」

 月夜見閨はどや顔でそう言った。
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