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86 ワイン娘たち

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時計台の前に設えられた主催者席から広場に集まる山車を見守る。

七番目の山車が着いたとき、そこには何人か見慣れた人物が乗っていた。

揃いの服に同じ髪型、顔立ちも背丈も違うが統一感を出そうとしている。
御者の男が彼女たちに手を貸して降りるのを手伝う。
ローリィにも手を貸しているが、降りる際に二人が何か言葉を交わし、それにより彼女が笑っているのが見えた。
何が楽しかったのか。

自分から距離を置くことを決めたのに、いつの間にか彼女の姿を目で追っている。

「気になりますか?」

後ろに控えるドルグランが私にだけ聞こえるように言う。

何を言っている。とは、言わなかった。ドルグランの顔を見れば言いたいことがわかった。

順に壇上へ娘たちが上がり挨拶をしていき、我が家のメイドを含めた一団の番になった。

「私に決定権はないが、応援しているぞ」

一言、他の一団同様に声をかける。間近に見る彼女に見惚れる。
顔立ちについて言えば、世間でいう美人の部類に入る者は今日も何人かいた。

彼女も誰もが見惚れる絶世の美女とまではいかない。
けれど、同じ衣装を着て、同じ髪型をしていても、彼女が一番美しいと思う。

俯いて自分に礼を取る彼女に目を奪われ、必要以上に見つめていたことに気づき、彼女が顔をあげる瞬間、目をそらした。

彼女が私の背後にいるドルグランに気づき笑った。
その笑顔が自分に向けられたものでないことに嫌な気分になる。
一人の女性の行動に振り回されるなど、自分には絶対に起こり得ないことだと思っていたが、まさか本当に自分の身に起こるなど、ほんの少し前の自分に想像できただろうか。

すべての一団が挨拶を済ませ、壇上から各自が用意できるのを見守る。

噴水を中心に十二の樽が並べられ、それを取り囲む人たちでごった返している。
どこの一団が一番多くの人を集めるかを決定する方法には炭が使われる。集まった観衆がそれぞれいいと思った一団の樽に炭で印を付けていく。当然、真っ黒になればなるほど優秀だということだ。

領主には決定権はないが、投票権はある。もちろん使わなくてもいい。領主が先に印をつけてしまっては、領主が投票したというだけで自分も、と投票する者がいるので、印をつけるのは最後だ。

いつもはその年一番人気を集めたところに印をつけていた。
それが一番角が立たなくていいからだ。

ローリィたちの一団がどこまで出来るかわからないが、今年もそうするつもりだ。
彼女たちには悪いが、領主として特別扱いはできない。

開始の合図を送ると、係員が旗を振り祭りの最初の催しが始まった。

時間は二十分程度。十二すべてを一通りみるにはすぐに動かなければならない。

前と後ろに護衛騎士を引き連れ、壇上から降りて手前から順番に見て回る。

「殿下」

降りてすぐに声をかけられ振り向くと、そこに司祭のフィリップが立っていた。

「ご一緒してもよろしいですか?」

「別に構わないが」
    
断る理由もないため、許可する。

フィリップとともに順にまわっていくと、ここは昨年は何位だったとか、ここは昨年から半数が入れ替わっているなど、自分がいない間のことについて解説をしてくれるので、気を紛らわすのにちょうどよかった。

本当は彼女を見に行きたいという思いがあり、領主としてはそれは誉められた行動ではない。噴水を半周した辺りで少し向こうから大きな歓声が上がってくるのが聞こえた。

赤だ、黄だ、いや緑だと声があがる。

「あちらの方がいやに賑やかですね」

フィリップもそれに気づいたようだ。

「見て参ります」

ドルグランが他の者に合図を送り、偵察に行かせる。

どこかの一団が人びとを賑わせているのはわかったが、人の頭ばかりで良く見えない。
この先には彼女たちの樽がある筈だ。まさかとは思うが、自分の知る限りでもこれ程歓声があがっていたことはない。

偵察に行った騎士が人混みを掻き分けて戻ってくる。

「どうだった?どこの一団だ?」

戻ってきた彼の顔は心なしか赤い。

「あの、チューベローズの一団です」

それはローリィや領主館のメイドたちやその身内の一団だった。

「それで、そこは何をやっている?」

「あっと、踊り、です」

しどろもどろの要領を得ない返答に焦れ、もういい、直に見る、と言って駆け出す。

「あ、お待ち下さい、殿下!」

あわててドルグランをはじめ護衛騎士たちがついていく。

何人か私が誰かわかり慌てて道をつくるが、殆どの者が観戦に夢中になっている。その殆どが男であることに胸騒ぎを覚える。

人混みを掻き分けて進んでいくと出遅れたドルグランたちが追いつき、彼らが壁となって自分を群衆から護りながら最前列に進み出た。

紫色の布地が翻る。

ちょうど彼女が空中で一回転した所だった。

「……………!?」

目の前に翻る赤、青、黄などの布地。布地の下から覗く娘たちのすんなりと伸びた足。ふくらはぎから下はすでに踏み潰した葡萄の果汁で赤く染まっているが、それが逆に彼女たちの肌色を引き立てている。

スカートを翻し、鮮やかな裏地や足を見せたり隠したり、隠したり見せたり。

赤だ、青だと言っていたのはそれぞれの色を纏っている娘たちの誰が好みか、ということを叫んでいる声だった。

どうしても一番背が高いローリィに目が行く。
いや、一番背が低くても、皆と同じ背丈だったとしてもきっと彼女を目で追っていただろう。
紫の裏地を見せ、膝から下の長い足が軽やかなステップを踏む。
皆、かなり頑張って練習していたのがわかるが、一番、堂がいっていて、きれがいいのが彼女だった。
誰よりも高く飛び、誰よりも高く足を上げ、先ほどは空中で回転までしていた。

戦闘でも無駄のない流れるような動きをしていた。

その踊る様子を見て、なぜかあの王宮で出会った踊り子を思い出した。

「なんと、私もこの領地に来てから何年も見てきていますが、これほど大胆なのは初めて見ますね」

フィリップが呟く。

先に様子を見に行った騎士が赤い顔をしていた理由がわかった。

「あれは、殿下と一緒にいらっしゃった方では?」

フィリップに訊ねられ、そのようだな、と答えた。

「あのような踊りもできるのですね」

「私も知らなかった……」

そなたは知っていたのかとウィリアムに訊ねる。

「多少はできるとは訊いていましたが……見るのは初めてです」

「多少…とは?どこかで経験でもあるのか?」

そう訊ねると、ウィリアムは言葉を詰まらせた。

「似たような背格好の踊り子を見たことがある」

言いながらウィリアムを見ると、そうですか、と視線を逸らして言う。
何か知っているのがわかる。

まさかとは思うが、女性というのは化粧ひとつで変わるものだ。普段の彼女は多少のそばかす程度のほぼ化粧らしい化粧はしていない。
今日はそれに比べれば幾分色がある。
目を凝らして、あの時の踊り子の顔と今の彼女の顔を重ねてみる。

「そういうことか……」

私の声を耳にして、隣のウィリアムがため息と共に呟いた。

「ああ……わかっちゃいましたか」
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