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199 勝負

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クラウスが持つと同じ剣でも小さく見える。
それだけの体格差がある二人が向き合えば、彼は頭ひとつ半私より高く体は倍。

「女子どもに手を下すのは気が引けるが、これも仕事だ。悪く思わんでくれ」

口ではそう言うが、ニヤニヤと笑う目が少しも悪いと思っていないとわかる。

「どちらかが剣を落とすか膝をついたら終わり。多少の怪我は覚悟してもらおう」

主に私に向けて侯爵が簡単に説明するのを黙ったまま互いに頷く。

「ローリィ頑張って」

アンジェリーナ様の声援に笑って答えると、横から侯爵が睨んでいるのが見えた。

いつの間に話を聞き付けたのか、使用人の何人かが窓越しに夫妻からは死角となるように隠れて見物している。

「いつでもいいぞ」

袖を肘まで捲し上げ腰に手を当ててゆったりと剣を構えて彼が声をかける。
どう見ても真剣に打ち合おうとしているようには見えない。

僅かに目を閉じて感覚を研ぎ澄まし、私は一旦極限まで息を吸い込む。一度呼吸を止め吐き出すと同時に目を開け地面を蹴った。

「はああああ!!」

上から振り下ろした剣は当然の如く受け止められる。相手がそれを振り払うタイミングで先に降り戻して手首を捻りそのまま下から剣を引き上げた。
振り上げかけた剣を下から弾き上げられ空いた胸元に下脇腹から上に切り上げた。

「くっ!」

そのまま切っ先が彼のお腹に触れる。
下がりながら私の頭上に剣を振り下ろしてきたのを下から剣を横に構えて受け止め、すぐに刀剣を滑らせて身を反転させて脇に移動する。
体格のある男の真上からの衝撃をまともに受け止めればそのまま押し込められてしまう。

脇に移動しながら剣を翻して相手の手元に向けて真上から振り下ろし、上から押さえつけた。直ぐ様後ろに飛び退いて間合いを取った。

一呼吸の間のやり取りだった。

腹部に入った剣先が潰れていなければ相手の衣服に切れ込みを入れてはいるところだ。

「小娘……」

腹部に走った打ち身に男のニヤニヤ顔が止んだ。

「まずは一本?」

「まさか、勝負はこれからだ」

クラウスは地面を突き刺した剣を下から上に弧を描くように振り下ろして再び斬りかかってきた。

受けては返し、また逆に打ち込むを繰り返す。
後ろに下がり脇に避け、また一歩踏み込む。

向こうが力で押し込めてくるのをかわして流す。なかなか腕力はあるが、本気の師匠の一撃に比べればまだ軽く遅い。
師匠には五本に一本の割合しか勝てなかったが、力自慢なだけの彼なら隙があれば何とかなる。

いい所に入ったと思ったらすんでのところで私がかわすので、その度に口から舌打ちが漏れる。

「くそ!ちょこまかと……」

頭の上を横凪ぎに払った剣をやり過ごす。

「何をしている!遊びでないんだ、さっさと決めろ!」

呆気なく終わると踏んでいた侯爵が苛立って叫ぶ声が聞こえ、クラウスの表情に焦りが生まれたのを見逃さなかった。

「遊んでいるわけでは……」

出す攻撃を受け流され、気を抜けばすぐに私が隙を突く。

相手の額から一筋汗が流れ、口元が歪む。ニヤニヤ笑いはとっくに消え失せている。
師匠より小柄とは言え、力はかなりの者相手に持久戦に持ち込むのは、いくら通常より体力があっても厳しい。

「ローリィ、頑張って」

アンジェリーナ様の声が耳に届き、その瞬間、一気に攻めいった。

相手が振り下ろしてきた剣をかわしてくるりと回転して利き手の右に回り込み、柄を握る手元ギリギリに向けて素早く体重をかけて剣を振り下ろす。

「ぐっ!」

ガチャン!

クラウスの手から剣が落ちた。

慌てて拾おうとした剣を足で踏みつける。

「剣を放したら負け……でしたよね」

「くっ………!」

四つん這いで下から睨みつけてくる視線から逃れて侯爵の方を向くと、驚いて立ち上がりかけている侯爵が見えた。

「勝負……つきましたよ」

中庭から見える建物の窓辺には、いつの間にか屋敷の使用人たちがずらりと張り付いていて、思わず息を飲んだ。

二階を見上げると既にミレーヌ嬢の姿はなくて、彼女を羽交い締めにしていた男たちの姿だけが窓辺に見えた。

再び視線を侯爵夫妻の方に戻すと、ドレスの裾を持ってこちらに駆け寄ってくるアンジェリーナ様が見えた。

「ああ、ローリィ。凄かったわ」

まだ剣を握ったままの私の両手を握りしめ、キラキラと私を見つめてくる。

「どうして……」

横からクラウスの生気のない声が聞こえてくる。

「私の師匠はモーリス・ドルグランです。彼の体格と腕力、そして技術に慣れている私には通用しません」
「モーリス……ドルグラン……」

彼はその名を聞いて項垂れた。
現役を退いて久しい師匠の名声が今でも残っているのか怪しいが、クラウスには伝わったようだ。

「ミレーヌ!」

叫び声が聞こえ、声がした方を見ると両親が止めるのを無視して走ってくるミレーヌ嬢が見えた。

見張りを振り切って一階まで駆け降りてきたようだ。

はあはあと息急ききって私の側で立ち止まった彼女の顔は涙で濡れていた。

彼女の向こうでこちらを苦々しく睨み付ける侯爵がいた。
夫人はそんな夫の覇気を感じおろおろしている。

「こちらへ、来てもらおうか」

侯爵が静かに圧し殺した声で私たちを呼びつけた。
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