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87 互いの想い①

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「う…」

 唇を額に当てた瞬間、ジュストからうめき声が聞こえた。

「ジュスト?」

 また怖い夢を見てうなされたのか思い、気づかわしげにジュストの顔を覗き込むと、瞼が微かに震え、やがてゆっくりと眼が開いた。

「ジュスト!」

 慌てて彼の顔のすぐ前まで体をずらして声をかけた。

「……」

 赤い瞳の瞳孔が揺れて、ギャレットの顔で視線が定まる。

「……ギャ…レット?」
「うん、そうだよ」

 少し掠れ気味の声で名を呼ばれたのが嬉しくて、ギャレットは力強く頷いた。

「ギャレット?」

 さらに問いかけられ、ギャレットはジュストの手を取り、頬に当てた。

「そう。僕だよ。ギャレット・モヒナート。ジュストの弟で…わ!」

 全て言い切る前に首の後ろに腕が回り、抱き寄せられた。

「ちょ、ジュ、ジュスト」

 ぎゅ~っと力一杯に腕を回され苦しくなる。

「ギャレット、ギャレット、ギャレット」

 ジュストは切なげにギャレットの名前を何度も呼ぶ。

「く、くるし、ジュスト、ちょっと、力、緩めて」

 ケホケホと咳き込みながら訴えると、腕の力が僅かに緩んだ。

「ご、ごめん、つい嬉しくて」

 腕の力が緩んだので、ギャレットは体を起こした。

「怒っていないよ」 

 嘘ではないと言うように、にこりと笑ってジュストの額から前髪を掻き上げる。
 顔がはっきり見えて、視線が絡み合う。
 あんなに見たかったジュストの赤い瞳が、生気を宿してギャレットを見つめている。

「本当にギャレットだ。夢じゃない」
「夢? 僕の夢を見ていたの?」
「ああ、君が誰か拐われそうになっているのが見えているのに、叫んでも君には聞こえない」

 夢に見た出来事を思い起こしているのか、ジュストの顔に動揺が広がる。

「落ち着いて。僕は大丈夫。それは夢だ。ここはモヒナート家のジュストの部屋だ。何もないよ」

 落ち着かせるために話しかけ腕を擦ると、ジュストの体から強張りが解けていく。

「本当に?」
「うん、ほら、このとおり、ね?」
「大丈夫なのか、マグナスがミーシャ・オハイエが君に何かしたと言っていたぞ」

 目覚めてすぐにギャレットの心配をする。自分はもっと大変な目に合ったというのに、ジュストらしいとギャレットは思った。

「大丈夫。ミーシャは捕まった。僕は何ともないよ。心配してくれありがとう」

 ジュストの手を取り掌に唇を寄せて、それから愛おしげにジュストを見つめた。

(わあ、やばいジュストを好きな気持ちが止まらない。あの驚いた顔ヤバ、ドキドキしてきたんだけど)

 ギャレットは今すぐジュストの唇にキスしたいという煩悩と戦っていた。

「ギャレット?」

 これまでジュストにこんなふうに触れたことはない。
 だからジュストが戸惑うのもわかる。

「良かった。ジュストが無事で」

 感極まって涙が滲む。

「ギャレット、心配させてごめん」
「どうしてジュストが謝るの、ジュストは何も悪くにいじゃんか」

 鼻声になって文句を言う。

「そうかも知れないけど、ギャレットを心配させた。泣いているのは俺のせいだろ?」
「これは、僕が勝手に泣いてるの。それに、嬉し涙だから」
「わかっている。でも、君の涙はやっぱりどんな理由でも見たくない」
「それは、僕が弟だから?」
「え?」

 ギャレットも、ジュストがこれ以上痛めつけられるのを見たくない。
 ギャレットに取ってジュストは大事な兄であり、小さい頃から一緒に育ってきた家族。
 しかし、もはや彼に対しての思いはそれだけではないと気付いた。
 まだ自覚したばかりで、前世でもろくに恋愛経験がなかったため、この気持ちをどう伝えればいいかわからなかった。
 でも、もともとイケメンで際立っていたジュストの顔が、突然眩しさ五十、いや百倍も増して眩しい。
 好きな人の顔をこんなに間近に見られるのだから、これも悪くない。

「……ギャレット?」
「ジュストがもう戻ってこないかもと思ったら、とても怖かった」

 小説どおりステファンとレーヌは結ばれたけど、その他のことは何もかも知っていた内容から逸脱していった。

 だからもしかしたら、このままジュストが死ぬという展開になっていてもおかしくなかった。

「心配かけたね」
「教団の人達はもう全員捕まったよ。子供たちも全員無事。ジュストがあの子たちを奴らから守るために、一人で拷問されていたんだってね」

 帰り際ステファンが話してくれた。
 ジュストの励ましが、あの子達に希望を与えたとも言っていた。

「すごいなジュストは。自分だって大変な時に、子どもたちのためにそんなことが出来るなんて」

「凄くなんなかい。でも、俺が正気を保てたのも、ギャレットがいたからだ」
「え、僕?」

 いきなり自分の名前が出てきたので、ギャレットが不思議そうな顔をする。

「そうだ。以前はあまりに苦しくて、その苦しみを感じないようにと心を閉ざしていた。そんな俺に再び生気を取り戻させてくれたのは、生まれたばかりのギャレットだった」

 ジュストがギャレットと触れ合うことで次第に心を取り戻していったと、母から聞いた話を思い出す。

「今度も絶望から俺を救ってくれたのはギャレットへの気持ちだった」
「僕への…気持ち?」
「愛している。これは兄としての家族の愛情はなく、恋愛感情としての『愛』だ」
「恋愛としての…『愛』」
「ああ、だが、応えて貰おうとは思わないから、負担に感じないでほしい。今回捕らえられて自覚したばかりだし、口にしないまま何かあったら後悔すると思ったから言っただけ「僕も」」

 ジュストの言葉に、ギャレットが言葉を被せた。

「え…」

 何を耳にしたのかと、ジュストは目を見開いた。
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