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55 可愛いはだめですか
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温水プールくらいの水温なのに、和音はすっかりのぼせてしまった。
身体の火照りはそのせいだったのか。
濡れて張り付いた服を脱ぎ、身体を拭いてから今は浴衣を着ている。
和音の浴衣は白地に牡丹の柄が入ったもので帯は赤。
燕はベージュの無地の浴衣に黒い帯を絞めた燕の姿が眩しい。
よく見ると生地には銀糸の糸が施されている。まるで燕のためにあつらえたような浴衣だ。
初めて彼を見た時も白いスーツを着ていた。
顔はエルフのようなのに、和装も似合うなんて。
「本当に加減というものを考えてください」
和音の額に冷たいタオルを置きながら、エイラが燕に苦言を投げる。
「面目ない」
耳があったら垂れ下がっていただろうと思うくらい、燕は項垂れている。
「初めてのことで私もつい…」
「『つい』ではありませんよ。同じ初めてでも殺しても死なないような燕様と違い、和音様は人間なのですよ。やり方はちゃんとわかっていましたよね」
「無論だ。しかし、頭でわかっていても、こればかりは初体験だから…それに、和音が可愛くて」
「和音様のせいにするのですか? それは燕様が自制できない言い訳では?」
「それは、否定できないな。実際想像以上に和音の中は気持ちよくて…」
「あ、あの、もうそれくらいにして下さい」
燕がさっきのことでとんでもない発言をしそうな気配がして、慌てて止めに入った。
「和音様、お水を飲まれますか?」
「はい」
「では、私が。エイラ、ありがとう」
エイラの手から水の入ったコップを奪い去り、燕は彼女を追い出しにかかった。
彼女の燕に対する遠慮の無い物言いが気になる。燕はトゥールラーク人の頂点にいると思っていたが違うのだろうか。
「さあ、和音、水だ」
燕が背中に手を当て和音を抱き起こし、その手にコップを渡す。
冷たい水が喉に心地良かった。
「彼女は私の従妹みたいなものだ」
「従妹?」
和音が二人の関係を気にしていることに気づいた燕が教えてくれた。
「不本意ですけど」
「酷いな」
「改めまして、エイラと申します。従妹みたいなものと言うことですが、私の父が彼の父親と従弟なので、正確には違います」
燕の言葉を無視してエイラが和音に頭を下げた。
軽口を言い合える二人の関係が羨ましいと思ってしまう。
「やっぱりエイラさんも燕と同じような力を?」
「はい。彼ほど強くはありませんけど。瞬間移動も彼ほどの距離は飛べませんしね」
「それでもトゥールラーク人の中では強い方だ」
「そうなんですね」
もうひと口水を飲んだ時、和音のお腹がく~っと鳴った。
「エイラ」
「はい。お食事をお持ちしますね」
燕とエイラは目を見合わせ頷いた。
「仲がいいんですね」
エイラが出ていき、ふうっと吐息を吐いて、ようやく部屋の中を見渡す余裕が出来た。
そこは小上がりが畳敷きになっていて、他にソファや机が置かれ、縁側から美しい日本庭園が見える高級旅館の一室のような部屋だった。
「具合はどうだ?」
「大丈夫です」
燕と出会ってから、こんな風に体調ばかり気遣われている気がする。
以前は母が無理しないでね、と言ってくれていたが、母が病気になってから気遣うのは和音の役割だった。
「どうした? やはりまだ目眩が?」
そんなことを考えていると、表情が翳ったのだろう。燕が焦って顔を覗き込んで来た。
「いえ、いつも気にかけてくれてありがとう」
「当然だ。それが私の役割だ。今のところ完璧とは言えないが」
自嘲して苦笑いする。
「和音と子供にとって完璧な存在になりたいと思っていたのに、うまくいかないものだ」
「スーパーヒーローだって悩んだり失敗したりして成長するでしょ」
「それは物語だから」
「でも、そんな自信なさげな燕も、身近に感じて可愛くて私は好きです」
惜しげもなく和音のためにお金や権力を使い、何かあれば守ってくれる彼も素敵だが、さっきのようにエイラに叱られ反省している燕も可愛く思えてしまう。
「可愛いか」
「いやですか?」
「今までそんなこと言われたことがない。私は生まれてからずっとトゥールラーク人の代表となるべく育てられ、常に他より優れていなければならなかった。甘えは許されなかった。『可愛い』は私への褒め言葉の中にはなかった」
微妙な顔をしたのは、それが燕に対する賛辞の言葉のレパートリーになかったからだろう。
男性の中でも可愛いと言われることを喜ばない人はいる。
「でも、和音の口から紡がれると、それも特別な褒め言葉に聞こえて心地良い」
和音を見つめる燕の瞳が、艶を帯びた。
身体の火照りはそのせいだったのか。
濡れて張り付いた服を脱ぎ、身体を拭いてから今は浴衣を着ている。
和音の浴衣は白地に牡丹の柄が入ったもので帯は赤。
燕はベージュの無地の浴衣に黒い帯を絞めた燕の姿が眩しい。
よく見ると生地には銀糸の糸が施されている。まるで燕のためにあつらえたような浴衣だ。
初めて彼を見た時も白いスーツを着ていた。
顔はエルフのようなのに、和装も似合うなんて。
「本当に加減というものを考えてください」
和音の額に冷たいタオルを置きながら、エイラが燕に苦言を投げる。
「面目ない」
耳があったら垂れ下がっていただろうと思うくらい、燕は項垂れている。
「初めてのことで私もつい…」
「『つい』ではありませんよ。同じ初めてでも殺しても死なないような燕様と違い、和音様は人間なのですよ。やり方はちゃんとわかっていましたよね」
「無論だ。しかし、頭でわかっていても、こればかりは初体験だから…それに、和音が可愛くて」
「和音様のせいにするのですか? それは燕様が自制できない言い訳では?」
「それは、否定できないな。実際想像以上に和音の中は気持ちよくて…」
「あ、あの、もうそれくらいにして下さい」
燕がさっきのことでとんでもない発言をしそうな気配がして、慌てて止めに入った。
「和音様、お水を飲まれますか?」
「はい」
「では、私が。エイラ、ありがとう」
エイラの手から水の入ったコップを奪い去り、燕は彼女を追い出しにかかった。
彼女の燕に対する遠慮の無い物言いが気になる。燕はトゥールラーク人の頂点にいると思っていたが違うのだろうか。
「さあ、和音、水だ」
燕が背中に手を当て和音を抱き起こし、その手にコップを渡す。
冷たい水が喉に心地良かった。
「彼女は私の従妹みたいなものだ」
「従妹?」
和音が二人の関係を気にしていることに気づいた燕が教えてくれた。
「不本意ですけど」
「酷いな」
「改めまして、エイラと申します。従妹みたいなものと言うことですが、私の父が彼の父親と従弟なので、正確には違います」
燕の言葉を無視してエイラが和音に頭を下げた。
軽口を言い合える二人の関係が羨ましいと思ってしまう。
「やっぱりエイラさんも燕と同じような力を?」
「はい。彼ほど強くはありませんけど。瞬間移動も彼ほどの距離は飛べませんしね」
「それでもトゥールラーク人の中では強い方だ」
「そうなんですね」
もうひと口水を飲んだ時、和音のお腹がく~っと鳴った。
「エイラ」
「はい。お食事をお持ちしますね」
燕とエイラは目を見合わせ頷いた。
「仲がいいんですね」
エイラが出ていき、ふうっと吐息を吐いて、ようやく部屋の中を見渡す余裕が出来た。
そこは小上がりが畳敷きになっていて、他にソファや机が置かれ、縁側から美しい日本庭園が見える高級旅館の一室のような部屋だった。
「具合はどうだ?」
「大丈夫です」
燕と出会ってから、こんな風に体調ばかり気遣われている気がする。
以前は母が無理しないでね、と言ってくれていたが、母が病気になってから気遣うのは和音の役割だった。
「どうした? やはりまだ目眩が?」
そんなことを考えていると、表情が翳ったのだろう。燕が焦って顔を覗き込んで来た。
「いえ、いつも気にかけてくれてありがとう」
「当然だ。それが私の役割だ。今のところ完璧とは言えないが」
自嘲して苦笑いする。
「和音と子供にとって完璧な存在になりたいと思っていたのに、うまくいかないものだ」
「スーパーヒーローだって悩んだり失敗したりして成長するでしょ」
「それは物語だから」
「でも、そんな自信なさげな燕も、身近に感じて可愛くて私は好きです」
惜しげもなく和音のためにお金や権力を使い、何かあれば守ってくれる彼も素敵だが、さっきのようにエイラに叱られ反省している燕も可愛く思えてしまう。
「可愛いか」
「いやですか?」
「今までそんなこと言われたことがない。私は生まれてからずっとトゥールラーク人の代表となるべく育てられ、常に他より優れていなければならなかった。甘えは許されなかった。『可愛い』は私への褒め言葉の中にはなかった」
微妙な顔をしたのは、それが燕に対する賛辞の言葉のレパートリーになかったからだろう。
男性の中でも可愛いと言われることを喜ばない人はいる。
「でも、和音の口から紡がれると、それも特別な褒め言葉に聞こえて心地良い」
和音を見つめる燕の瞳が、艶を帯びた。
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