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56 プライスレスの味
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燕の色気に当てられて、和音はごくりとつばを飲んだ。
その時、エイラが食事を運んできて、なぜかほっとした。
「おくちに合うといいのですが…」
食事は久しぶりの本格的な和食だった。
「わあ」
綺麗に盛り付けられた八寸。小鉢に入ったお造り。冬瓜とひろうすの炊き合わせ。エビと枝豆の蕪蒸し。天ぷらに蒸し寿司とあさりの吸い物。最後にイチゴとメロンが出された。
エイラは手際よく片付けると、和音と燕を残して引き上げていった。
再び燕と二人きりになる。
「満足した?」
食後の高級煎茶を満足げに飲んでいる和音に燕が尋ねた。
「ええ。久しぶりの本格的な和食で美味しかった。自分で作るのとはやっぱり違うわ」
「和音は自分でも料理をするのか?」
「大した物はつくれないわ。ハンバーグやカレーとか、和食と言っても肉じゃがやおでんとか月並みなものばかりです。しかもキャベツやもやし、えのきとか安い食材を混ぜた節約料理を良く作っていたわ」
ここ一ヶ月は作ってもらってばかりだった。贅沢はできないため、自炊が基本だった。
手の込んだ豪華な料理も美味しいが、それを懐かしく感じる。
「和音の手料理。食べてみたい」
「え、だから、こんな豪華なものじゃないし、燕の口には合わない」
「和音の作ったものが口に合わない筈がない。五つ星シェフが作ったものより和音の料理が美味しいに決まっている」
「燕、それは言い過ぎ。不味いものは作らないけど、五つ星シェフの腕に勝てる訳がないじゃない」
「五つ星シェフの料理はお金を積めば皆が食べられるが、和音の料理は簡単には食べられない。どこにも売っていない」
「それは、売ってはいないけど、それは売るほどのものじゃないからで、値段なんてつけられない」
「そうだ。それこそプライスレス。和音の手料理に値段など付けられない」
「ん?」
なにげに話が通じていない気がする。
「プライスレスは値段が付けられないくらい価値があるってことよね。私のはただの家庭料理で、しかも一応母に教わったけど、ほとんど自己流だし」
「価値は人が決める。和音の手料理に私が価値を付けた」
「それは、実際に私のつくったものを食べてからにして下さい」
「わかった。和音がそう言うなら、そうする。で、いつ作ってくれる?」
「いつ?」
「早く食べたい。今すぐにでも」
「今食べたばかりなのに?」
「別腹と言うだろう?」
別腹というのは、お腹がいっぱいでも好きなものは食べられるというものだ。
甘い物好きな人がご飯をお腹いっぱい食べても、デザートなら入ったりする。
「つまり、燕にとって、私の作る料理は『好きなもの』?」
「当然だ。和音自身も和音の作るものも、和音に関わるものなら何でも好きだ」
「何でも…」
「そう、何でも」
ここまでくると、もう盲愛である。
そう思いながらも、和音はいつの間にか燕の口から紡ぎ出される甘い言葉に酔いしれていた。
同時に先程の疼きがまた身内から起こる。
「……!!」
「和音?」
「な、何でもない」
和音の体がブルリと震えたのを、燕は見逃さなかった。
「本当に…何でも、ないから」
それが和音自身の震えなのか、お腹の子のものなのかはわからない。
でもそれは悪寒とも違う、甘い痺れなのは間違いない。
「和音」
名を呼ばれると同時にふわりと和音の体が浮いて、燕の膝の上に座らされる。
背中越しに燕の体温を感じ、両の腕に体を包み込まれると、そこがもはや和音に取って何よりも心地良い場所になっていることに気づく。
「今度は子供のためじゃなく、本当に夫婦として和音の中に受け入れてもらえるか?」
妻として彼を受け入れることについて、最初は出産までの三年の間に考えてくれればいいと言われた。でも燕はただ待つのではなく、気持ちを和音にぶつけて迫られ、和音はただただ戸惑った。
「和音からずっと私を誘うような香りがするのは、私の気のせいだろうか」
「誘う?」
「そうだ。甘い艷やかな香りがここから漂ってくる」
燕の指が和音の耳の後ろに触れる。そこはさっき燕が印を付けた場所でもある。
「そ、そんなこと言われてもわからない」
ほんとにそんな匂いが出ているのだろうか。
でも、燕が自分を見つめる視線や触れる手の感触、艶のある囁き、そして先程の繋がりで感じた快感が、和音の体温を確実に上げ、鼓動を速めているのがわかる。
それらを燕は敏感に感じているのかも知れない。
「わからない…でも」
首を傾け、燕を見上げる和音の頬は紅潮し、視界が潤んでいるのが自分でもわかる。
すっと手を伸ばした手で燕の頬を撫でる。
「私も、燕ともう一度、ちゃんと繋がりたい。燕と本当の関係になりたい」
自分がこんな風に男性に誘いをかけるようなことを言う日が来ようとは、和音が自分で一番驚いている。
「和音」
燕の瞠目し、縦長の虹彩が少し太くなる。
そして和音は伸びをして彼の唇に軽くキスをして、真実の気持ちであることを告げた。
「でも、先にご飯、作ってあげるわね」
その時、エイラが食事を運んできて、なぜかほっとした。
「おくちに合うといいのですが…」
食事は久しぶりの本格的な和食だった。
「わあ」
綺麗に盛り付けられた八寸。小鉢に入ったお造り。冬瓜とひろうすの炊き合わせ。エビと枝豆の蕪蒸し。天ぷらに蒸し寿司とあさりの吸い物。最後にイチゴとメロンが出された。
エイラは手際よく片付けると、和音と燕を残して引き上げていった。
再び燕と二人きりになる。
「満足した?」
食後の高級煎茶を満足げに飲んでいる和音に燕が尋ねた。
「ええ。久しぶりの本格的な和食で美味しかった。自分で作るのとはやっぱり違うわ」
「和音は自分でも料理をするのか?」
「大した物はつくれないわ。ハンバーグやカレーとか、和食と言っても肉じゃがやおでんとか月並みなものばかりです。しかもキャベツやもやし、えのきとか安い食材を混ぜた節約料理を良く作っていたわ」
ここ一ヶ月は作ってもらってばかりだった。贅沢はできないため、自炊が基本だった。
手の込んだ豪華な料理も美味しいが、それを懐かしく感じる。
「和音の手料理。食べてみたい」
「え、だから、こんな豪華なものじゃないし、燕の口には合わない」
「和音の作ったものが口に合わない筈がない。五つ星シェフが作ったものより和音の料理が美味しいに決まっている」
「燕、それは言い過ぎ。不味いものは作らないけど、五つ星シェフの腕に勝てる訳がないじゃない」
「五つ星シェフの料理はお金を積めば皆が食べられるが、和音の料理は簡単には食べられない。どこにも売っていない」
「それは、売ってはいないけど、それは売るほどのものじゃないからで、値段なんてつけられない」
「そうだ。それこそプライスレス。和音の手料理に値段など付けられない」
「ん?」
なにげに話が通じていない気がする。
「プライスレスは値段が付けられないくらい価値があるってことよね。私のはただの家庭料理で、しかも一応母に教わったけど、ほとんど自己流だし」
「価値は人が決める。和音の手料理に私が価値を付けた」
「それは、実際に私のつくったものを食べてからにして下さい」
「わかった。和音がそう言うなら、そうする。で、いつ作ってくれる?」
「いつ?」
「早く食べたい。今すぐにでも」
「今食べたばかりなのに?」
「別腹と言うだろう?」
別腹というのは、お腹がいっぱいでも好きなものは食べられるというものだ。
甘い物好きな人がご飯をお腹いっぱい食べても、デザートなら入ったりする。
「つまり、燕にとって、私の作る料理は『好きなもの』?」
「当然だ。和音自身も和音の作るものも、和音に関わるものなら何でも好きだ」
「何でも…」
「そう、何でも」
ここまでくると、もう盲愛である。
そう思いながらも、和音はいつの間にか燕の口から紡ぎ出される甘い言葉に酔いしれていた。
同時に先程の疼きがまた身内から起こる。
「……!!」
「和音?」
「な、何でもない」
和音の体がブルリと震えたのを、燕は見逃さなかった。
「本当に…何でも、ないから」
それが和音自身の震えなのか、お腹の子のものなのかはわからない。
でもそれは悪寒とも違う、甘い痺れなのは間違いない。
「和音」
名を呼ばれると同時にふわりと和音の体が浮いて、燕の膝の上に座らされる。
背中越しに燕の体温を感じ、両の腕に体を包み込まれると、そこがもはや和音に取って何よりも心地良い場所になっていることに気づく。
「今度は子供のためじゃなく、本当に夫婦として和音の中に受け入れてもらえるか?」
妻として彼を受け入れることについて、最初は出産までの三年の間に考えてくれればいいと言われた。でも燕はただ待つのではなく、気持ちを和音にぶつけて迫られ、和音はただただ戸惑った。
「和音からずっと私を誘うような香りがするのは、私の気のせいだろうか」
「誘う?」
「そうだ。甘い艷やかな香りがここから漂ってくる」
燕の指が和音の耳の後ろに触れる。そこはさっき燕が印を付けた場所でもある。
「そ、そんなこと言われてもわからない」
ほんとにそんな匂いが出ているのだろうか。
でも、燕が自分を見つめる視線や触れる手の感触、艶のある囁き、そして先程の繋がりで感じた快感が、和音の体温を確実に上げ、鼓動を速めているのがわかる。
それらを燕は敏感に感じているのかも知れない。
「わからない…でも」
首を傾け、燕を見上げる和音の頬は紅潮し、視界が潤んでいるのが自分でもわかる。
すっと手を伸ばした手で燕の頬を撫でる。
「私も、燕ともう一度、ちゃんと繋がりたい。燕と本当の関係になりたい」
自分がこんな風に男性に誘いをかけるようなことを言う日が来ようとは、和音が自分で一番驚いている。
「和音」
燕の瞠目し、縦長の虹彩が少し太くなる。
そして和音は伸びをして彼の唇に軽くキスをして、真実の気持ちであることを告げた。
「でも、先にご飯、作ってあげるわね」
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