偽りの贖罪

七夜かなた

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「お嬢様、お帰りがあまりにも遅いので、心配しておりました」

 夜も更けた頃に帰宅したクリステルを、マチルダが待ち構えていた。
 ライオットの所から呼び出しを受けて出かけたのがお昼すぎ。今はもう真夜中近くなっていた。
 あまりに時間が経っていたことに、外に出てクリステルは驚いた。
 ライオットの部屋は鎧戸が閉まっていて、外の様子がわからなかったのもあるが、一番の原因はライオットとの睦事に気を取られていたからだ。
 ライオットが馬車を出してくれて、クリステルはもうすぐ引き払う予定の家に帰り着いた。

「ご、ごめんなさい」

 内心ドキドキしながら、クリステルは謝った。

(マチルダに気づかれないかしら)

 一応居住まいを正し、出かけた時と変わらぬようにしてきたつもりだが、自分がライオットと何をしたのか、彼女に悟られたらどうしようかと、気が気でない。

「それで、お話はうまく行ったのですが?」

 帰宅が遅れたということは、話がいい方向に向かったのかと当然期待するだろう。

「そ、そのことなのだけど……やはりすぐには謝罪を受け入れてはもらえなかったわ。お金も不要だと、突き返されたし」
「そうですか……」

 それは事実なので、そのまま伝えた。

「では、イングラーシア卿は、どのような謝罪も受け入れて下さらないということでしょうか」
「それが、そうでもなくて……」

 どう伝えればマチルダを納得させられるか、帰る道すがらクリステルはずっと考えていた。
 マチルダは父母が生きている頃から、ここに仕えてくれている家族同然の人だ。
 クリステルが母を亡くしたのちも、男親では行き届かない思春期のクリステルの良き理解者だった。
 しかし、レオンとの結婚が、クリステルの望まぬことだったと知ってはいても、クリステルがライオットに密かに恋心を抱いていることを知らない。
 けれどいかにレオンとの結婚が不幸だったとはいえ、贖罪の代わりに彼の子どもを産む。しかも妻としての身分は与えられないと知れば、きっとショックを受けるだろう。
 
「実は、イングラーシア卿に彼の家に住み込んで、彼の世話を……彼の目の代わりになり、看護をしろと言われたの」

 少しばかり体裁の良い言葉で、クリステルは状況を説明した。
 住み込みは間違いないし、看護と称して彼の部屋に出入りすれば、本当の関係を誤魔化せるかもしれない。父に会いに、何度かライオットはこの家に来たことがあり、彼のことをマチルダもよく覚えている。成績優秀で、品行方正だったライオットを、マチルダも気に入っていた。
 あんな方と結婚できたら、お嬢様も幸せでしょうね。などと冗談を言っていたこともある。

「それで、お嬢様が看護すればあの方はお赦しくださると?」

 レオンが起こした事故で怪我を負った中にライオットもいて、しかも彼が重傷だと聞いてとても心配していた。

「そ、それはまだわからないわ。その……私の働き方次第だと……お、おっしゃって……ともかく、衣食住の保障はしていただけるそうよ」

 それも嘘ではない。彼の情婦として体を委ね、いずれ彼の子を、跡継ぎとなる子を産む。それが彼がクリステルに求めた贖罪の方法だった。

「……お嬢様は、それを承諾なさったのですか?」

 マチルダが心配して尋ねた。

「イングラーシア卿のことは、いい方だと記憶しておりますが、しかし、今のお嬢様は……自分が怪我を負うことになった張本人の妻……恩師の娘であることを差し引いても、良い感情をお持ちとは……」

 マチルダの言いたいことはわかる。
 ライオットがクリステルに対し、どの程度悪感情を持っているか。贖罪の機会を得たからとは言え、酷い仕打ちを受けたりしないかと、思っているのだろう。

「それは……一応私が起こしたことではないことは、理解してくださっているみたいだったわ」
「なら、無理にお嬢様が犠牲になる必要はないということも、わかってくださるのではありませんか? この家を、旦那様が遺してくれたものを処分してまでお嬢様があの男の尻拭いをするなど、納得がいきません」

 マチルダはレオンのことを快く思っていない。クリステルの父が遺した財産を食い潰しただけでなく、クリステルを蔑ろにし、死んでも迷惑をかけていることに、腹を立てているのだ。

「イングラーシア卿のことはお気の毒ですが、なにもかもお嬢様が背負うなど、理不尽だと思います」
「マチルダ……」

 どう言えば、マチルダに納得してもらえるだろうかと、クリステルは考えた。
 彼女の言い分もわかる。しかし、相手がライオットだからこそ、クリステルは放っておけなかった。
 贖罪と言いながら、彼の傍に居られるこの機会を、逃したくない。
 赦されなくても、何度も彼の元へ通い続けようと思った。それは被害者と加害者の妻という関係さえも、彼に会うための口実にしたかったから。打算に塗れた行為なのだ。
 体にはまだ彼に抱かれた熱が残っている。脚の間には、まだ彼の熱く硬かったものが今でも入っている感覚がある。そして彼の熱が自分の中に注がれたことも。
 それを思い出すだけで、また体の芯が熱くなるのを感じる。
 彼がたとえ自分の子供を生む存在としかクリステルを見ていなくても、何の関係もなかった少し前よりも、心が浮き立つ。
 娘がこんな腹黒さを持っていたと知ったら、両親はどう思うだろうか。

「マチルダの気持ちも理解できるけど、これは私の気持ちの問題なの。他にすることもないし、今はただ、どんな形でも人のために尽くしたいの」
 
 固い決心を込めたクリステルの言葉に、マチルダは開きかけた口を閉じて、ふう~っとため息を吐いた。

「わかりました。お嬢様が、意外にも頑固なことを忘れておりました」
「それで、相談なのだけど、マチルダもついてきてもらえるかしら? あなたが構わないなら、あちらで仕事をくれるそうよ。もちろんお給金もいただけるそうよ」
「もちろんです。私はお嬢様にどこまでもついていきます」

 マチルダは一瞬も迷わなかった。
 
「ありがとう」
「ですが、それはいつまで続くのですか? その……イングラーシア卿の目は……」

 いずれ回復するものなら、それまで奉仕すればいいとわかるが、彼の目はこの先見えるという確証はない。
 そうなれば、彼の気が済むまでか、もしくは死ぬまでということもあり得る。

「それも、彼の判断次第ね」

 彼の後継ぎを産めば、一応はひとつの役目を果たしたことになるだろう。
 けれど、クリステルはまだ宿ってもいない我が子の成長を、見守り続けたい。子供だけでなく、出来ればライオットの傍にいられれば、一生を捧げてもいいと思っていた。
 それを今この段階でマチルダに伝えることを、クリステルは躊躇った。
 もしここで、そんな馬鹿なことは止めろと言われたら、長年抱き続けてきた彼への想いを彼女に伝えなくてはならなくなる。
 レオンを毛嫌いしていたので、彼を擁護するとは思えないが、クリステルが他の男性を思い続けていたことを知った時、彼女はどう思うだろう。
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