危ない双子〜その愛に溺れて〜

橘 葛葉

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4=家の事情=

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「火事の男とは別なんだが、ここの合鍵を持ったヤバいやつがいてな」
「え?」
桜の箸が止まる。
「前の住人の元彼なんだよね。借金を女に押し付けて逃走中なんだ。もしここに戻ってきたら捕まえてお仕置きするんだって」
澄人が気軽にそう言った。
「澄人の元彼の事もあって、この寮に棲む事は俺達にとっても都合よかったんだ」
阿澄がそう捕捉した。
「もし桜がその男を誘惑してくれたら、言う事ないんだけどなぁ」
「よせ、誘惑する必要がどこにある。そいつを捕まえてサーナに出すだけだろ。後は俺達の知ったこっちゃない」
桜は首を傾げながら食べるのを再開させた。しかしそれ以上の説明がないため、深く追求するのを止める。
「あ、あとねぇ、桜に言っておかなきゃ」
澄人が明るい声を出した。
「僕、女に興味ないけど、阿澄はどっちもいけるから気をつけてね。ついでにそれを美奈子ちゃんに言っといて。すっごくアピってくれたけど、僕、突くより突かれたいんだよね」
桜は固まってそれを聞いたが、ややしてぼっと頬を染めた。
「同意がない女に手を出したことはない」
「仕事でも?」
「仕事は別だろ」
ますます不可解な会話だ。
「二人の仕事って何なの?」
食べ終わろうと、自分の食器を持って流しに移動しながら、桜は二人に聞いた。
それを見た澄人と阿澄も、残りを全てたいらげて食器を持ってくる。
お湯を沸かしながら食器を洗う桜。二人の返答がなかったので、説明しにくい仕事なのだろうと予測した。
「夜だから、食後はお茶でいい?」
「え、お茶あるの?」
「うん、買ってきたの」
「やった!ペットボトルじゃないお茶なんて、久しぶり」
澄人の嬉しそうな声に顔を綻ばせた桜。
手早く用意を整えると、湯が沸くのを待って急須に煎茶を入れた。
「誰のマグカップとか決まりあるの?」
「特にない」
食器棚から大きさの似たようなカップを取り出し、煎茶を入れて食卓へ戻る。
「仕事は秘密クラブの出演者だ」
阿澄の目の前にカップを置いた瞬間、そう告げられた。
「秘密、クラブ?」
「その他にも、とある会社の社長に言われて色々調べる。私兵と言えば大袈裟だが、何でも屋ってところかな」
生真面目に答えた阿澄に、澄人がクスリと笑って捕捉する。
「秘密クラブってのは、要は過激なストリップショーだよ。女をひん剥いて、感じさせて、見物する人から金を貰う。その女を虐めちゃう悪い狐が僕達」
想像できなくて、桜はへぇと気のない返答をした。
「それで二人とも素敵な立ち居振る舞いなのね」
「へ?」
澄人の間抜けな声が響く。
「ショーの出演者なんでしょう?」
「うん。女をアンアン言わせるのが仕事」
「自分が気持ちいいんじゃなくて、観客が望むように見せて、女の子を稼がせてあげるって認識は間違い?」
ポカンとした澄人は、ややしてそれに頷いた。
「……いや、あってる」
「凄い。だから目を引くんだね。美奈子が夢中で誘うのも頷ける」
「え?それってイケてるって事?
澄人がマグカップをテーブルに置いて、桜の方へ乗り出す。嬉しそうな顔に、桜は驚いて頷いた。
「う、うん。二人ともそれぞれ魅力的だけど、揃っているとさらに魅力が増す気がする」
「ふうん、嬉しい言葉だよね、阿澄」
阿澄は無表情のまま黙って頷いた。
「でもそれって不安定なお仕事ではないの?」
「いや、一応会社に所属してて、そこから給料は出てる。営業部所属って事になってるが、実際は社長の手駒だ。ショーへの出演は特別ボーナスで別枠」
阿澄が無表情のまま説明した。
「なるほど、凄いね二人とも。私とは住む世界が違うんだね」
桜の言葉にくすりと笑うのは澄人。
「一緒に住もうってんのに、何言ってんの」
「それとこれとは……話が違うんじゃ?」
面白そうに笑う澄人と、それを見守る阿澄。
「あ、リスト、明日までに作っておいてね」
澄人の意見に、桜は頷いた。







「じゃ、僕、先に見張りだから行くね。桜、おやすみ」
「あ、おやすみなさい」
澄人は桜に手を振って家から出て行った。
「見張りって?」
「例の元彼がこの辺りに現れないか、交代で見張ってる」
「その人が見つかったらどうするの?」
「聞かない方がいい」
阿澄の意見に、桜は黙って頷いた。






浴室でゆったり湯へと浸かる桜。
二人が心をほぐしてくれたが、これでようやく体の緊張からも解放された。
その日は疲れている事もあり、奥のベッドでぐっすり眠ることができた。








翌日。
「りさいしょうめい?」
「はい、お願い致します」
罹災証明以外にも様々な見積もりを火災保険の会社から言われ、頭を抱えていると阿澄が詳しく教えてくれた。助言を受けながら、なんとか地道に手続きをする。
平日でなければ手続できないような事も多く、会社を休めていなければどうしようもなかったと思う。
火事の手続がひと段落した頃、澄人と買い出しに行き、食器や調味料を揃えた。リストは用意したが、メーカーや大きさなどが不明で、桜がいないと分からないと結論づけた澄人によって無用の物となったからだ。
「お昼も桜が作ってくれるの?」
オレンジ色の大きめセーターをざっくり着こなした澄人が嬉しそうに言う。
「うん、家にいるし作るよ。でも夜がメインになるから、軽いものにするね。夜の分はまた買い出しに行かなきゃ」
「ランチはパスタとか?」
「あ、いいね。じゃあサラダとスープも作ろうかな」
「マーレみたいだね」
「言われてみれば……」
二人と出会った場所だ。阿澄も喜んでくれるだろうか。
「そういえば二人は昼間、出勤したりしないの?」
「呼ばれれば行くよ。でも今日は休み」
「そうなんだ」
ふふふと澄人が笑う。
「阿澄が休み取ったんだよ。桜が心配だって社長に直訴してね」
「ええ!そんな……」
「気にしないでいいよ。僕の尻拭いのつもりもあるんだろうし」
それに、と澄人は続ける。
「火事って、ほんと、びっくりするくらい大変なんだね。こんなに何もかも無くなるなんてショックじゃない?日用品から思い出まで」
桜は頷くと澄人を見て言う。
「思い出なんて、元彼に貰ったものくらいで……逆に燃えて良かったのかも」
寂しそうに笑う桜に、澄人は気づかないふりをして聞いた。
「ふうん、いつの彼氏?」
「高校の時の彼。だからお揃いのキーホルダーとか、ゲームで取った景品のぬいぐるみとかそんなの」
「高価な物じゃなきゃ価値がないって事はないんじゃない?」
「それは……うん、そうだね。でも、別れた彼だから」
「どうして別れたの?」
澄人の問いに、口籠る桜。
「その……社会人になって生活が変わったからというか」
少し赤い顔を見て、茶化すように澄人が言った。
「なるほどなるほど。夜の生活の不一致だね」
反論はなく、押し黙った桜の顔を見て、澄人はあたりだと思った。
「桜、いったことないでしょ」
「い……いったこと……」
「ま、僕は協力してあげられないけどね、阿澄に頼んでみたら?」
「えぇ!」
「ほら、あっちからは手を出さないって言ってたでしょ?でも桜から迫るのはOKじゃん?」
「迫るって……」
「阿澄、上手だよ」
ニヤニヤしながら言う澄人に顔を向けた桜は、もう、と怒ったふりをして言った。
「私の反応みて楽しんでるでしょう。澄人は苛めっ子だね」
「ちぇ、もうバレたか。だって桜、反応が面白い」
「そんな事ばっかり言ってると、澄人のパスタにだけ唐辛子いっぱい入れちゃうんだからね」
「あ、それご褒美にしかなりませんから~」
「えぇ~」
和気藹々と歩いていると、背後から声がかかる。
「楽しそうだな」
「阿澄!」
桜は飛び跳ねて驚き、声の方を見てその名を呼んだ。
阿澄は頷くと桜から買い物袋を引き取り、代わりに持つと歩き始める。
「澄人は激辛が好きって聞いたんだけど、阿澄は?」
「食べれない事もない」
「かっこつけないで、苦手って言えばいいのに」
くすっと笑った桜は、そんな澄人と阿澄に挟まれて二人を交互に見た。
「じゃあ、唐辛子はやめてガーリックで味つけましょう」
「パスタ?」
阿澄がそう聞いてくるので、桜は頷いて先ほどのメニューを説明した。
「マーレみたいな味にはならないけど、頑張るね」
そう言うと阿澄を見上げた。視線に気がついた阿澄は答えるように優しく笑う。
桜に向けられた阿澄の笑顔が綺麗で、不意に胸の高鳴りを感じた。
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