ただ愛されたかっただけなのに、許してと言うまで愛された

橘 葛葉

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9=不在=

ベッドに向かいながら、丸い球体のスイッチを入れてみる。
昨夜のことを思い出すと下腹部がきゅんとうずいた。振動しているそれを、そろりと下へ持っていき下着の中へ入れる。
「あ……」
ぶぶぶと鈍く聞こえる音に目を閉じ、ゆるりと歩み寄る快楽に身を任せながら、ベッドにゆっくり横たわった。
徐々に高まっていく感覚と共に思い出される昨夜の出来事。
「優斗……さん」
羞恥と愛しさにもだえ、手に力が入る。
「ん……」
昨晩の熱を思い出すと、ぎゅうぅっと下腹部に力が入った。
「ふっ……んん」
あっと言うまに絶頂を迎え、どくどく鳴る胸の鼓動を感じながら瞳を閉じた。








結局、一回ではおさまらず、優斗の事を思い出しては球体の電源をいれるのを繰り返した結果、あまり眠ることが出来なかった。
うとうとしただけで朝を迎えた美奈子は、化粧で顔色を誤魔化して出勤する。
しかし昼の休憩時、桜は美奈子の顔を覗き込んで問いかけてきた。
「目の下、クマができてるけど大丈夫?寝不足?」
「あ、うん。ちょっとね」
一晩中考えていたら気が立って眠れなかったと誤魔化した。
「ごめんね、昨日話聞いてあげられなくて。今日は二人とも仕事があって、この辺には来ないって聞いてるから、話聞くよ」
うんと頷く美奈子。しかし何をどう話せばいいのか自分でもよく分からなかった。








マーレでニョッキをつつきながら、美奈子は桜に質問した。
「桜の彼はいつ連絡先を教えてくれたの?」
「え?いつって、付き合うよりずっと前だよ。火事の時に助けてもらったってのもあって、生活の事とか色々必要だったから」
そうかと呟いた美奈子。そのまま食べるのを止めて考えこむ。
「出会い方が特殊だとそうなるのかな……」
小さく言った声が聞き取れなかったのか、桜の首がかしぐ。
「美奈子は店長さんの連絡先を聞かなかったの?」
質問の意図を理解した桜がそう聞いてくる。美奈子はごく小さく頷くと、誤魔化すようにニョッキを口に放り込んだ。
「向こうも美奈子の連絡先を知らない?」
「交換して無いから、知らないと思う」
「そっか……変だね」
次々口にニョッキを入れていた美奈子は、変だと言われてそれを止めた。頬をいっぱい膨らませて桜を見る。
「だって、あんなに好きそうな態度とっておいて、連絡先を聞かないなんて」
モグモグと噛み砕きながら美奈子は、優斗が家に来た夜の事を思い出していた。
「そっか」
ごくんと口に残っていたニョッキを飲み込んでから桜の目を見て言った。
「やりたかっただけなんだ」
あの日で満足したという事なのだろう。
「それって昨日の夜の話?」
「え?」
桜はどうして昨日の夜だと聞くのだろうか。美奈子は不思議に思ってその顔を見る。
「昨日ここに会いに来たでしょう?ここで約束して、夜どこかで落ち合ったんじゃないの?」
違うので首を横に振る。
「じゃあ昨日の夜は会ってないんだ」
頷いて桜の言葉を待つ。
「それよりも前に体の関係があって、そこで興味がなくなったのなら会いに来ないよね?ここまで、わざわざ」
言われてみればそうだが、美奈子にだって優斗がなぜここに来たのかは分からない。
「澄人の話だと、連れて行けって言われたみたいよ。美奈子に会いたいからって」
「え!」
「互いに遠慮してるのかもね」
桜は小さく息を吐き出して笑う。
「ちょっと聞いてみようか」
桜はそう言うと手早くスマホを操作して、すぐに食事に戻った。
「桜、誰に何を聞いたの?」
「澄人に店長と連絡とれるか聞いたの。返事がきたら遠回しに美奈子の事聞いてみるよ。どうして昨日ここに来たのか、どうして連絡先の交換をしないのか」
桜の言葉に頷いて、美奈子も食事を再開する。驚くほど軽やかな気持ちだった。









「美奈子、ごめん。まだ返事来てないの。今日はちょっと忙しいかもしれないって言ってたから、そのせいだと思う」
何かわかったら連絡をくれると言って桜は帰っていく。帰って行く桜を見送り、美奈子も早々に切り上げて会社を出た。
「行ってみようかな……」
そんな事を考えながら歩いていたからか、自宅とは逆方向に足が進んでいる。電車に乗って移動し、マーメイドバーの最寄り駅まで来てしまった。
「でも……」
あの一回で美奈子に興味がなくなったのなら、職場に来られても困るだろう。会いたいがそれを確認するのも怖い。
結局、美奈子は迷いながらもその場から動けないでいた。
「あれ?美奈子ちゃん」
駅構内を迷いながら歩いている美奈子は、名を呼ばれて足を止める。振り返るとそこには一沙がいた。
「ひょっとしてマーメイドバーに行こうとしてる?」
「あ、い、いえ!」
慌てて首を横に振って否定したが、店に行く口実になると気がついた。
「一沙さんもですか?」
「そうだよ。ちょっとだけ飲もうかと思ってね」
「ご一緒してもいいですか?」
「もちろんだよ」
嬉しそうな顔で快諾した一沙。美奈子は少し申し訳なく思ったが、これで優斗と対面できると思うと気持ちが晴れて来た。









ところが。
「美奈子ちゃんはこの前のこと覚えてる?愛衣蘭ちゃんが言ったこと、本気にしてる?」
「え?」
聞き返そうとしたところで、肩に手を置かれた。
「あれ、愛衣蘭のヤキモチだから信じないで」
「ヤキモチ?」
「そう。俺が結婚してるってやつ。言われた俺がびっくりしたよ。ああやっていろんな人に俺がいかないよう、牽制してくるんだよ」
「はぁ、そうなんですね」
一沙が既婚でも未婚でも、美奈子には関係のない話だ。肩の手から逃れようと体を横にずらし、少し前に出ると振り返りながら聞いた。
「愛衣蘭ちゃんとつきあってるって事ですか?」
「まあ、そんなところかな」
それなら肩に手など置かないでほしいと思ったが、すでに逃げているし、バーにいく口実のために利用させてもらうので、機嫌を損ねると面倒だ。
美奈子はさくさく歩く事で一沙のスキンシップを避けつつ、優斗の待つバーへ急いだ。









「え、休み?」
オーナーの遥が優斗の代わりに出勤していた。
「体調不良ですか?」
カウンターの端に座りながら聞く美奈子に、遥はコースターをセットしながら答えた。
「家の用事ですって。不要な物の処分に業者を呼んだけど、まだ来ないって連絡あってね。急遽変わる事にしたのよ」
「風邪とかじゃないんですね。よかった」
ほっと安堵すると一沙が横から遥に質問する。
「愛衣蘭ちゃんは?」
「もうそろそろ出勤してきます」
魅惑的な笑みを湛えたオーナーがそう言うと、一沙はその顔に魅入られたように口をぽかんと開けている。気の多い人だと思ったが、それには何も言わずカクテルを注文した。
優斗がいないのなら長居は無用だ。さっと飲んですぐに帰ろうと思った。
「ママ、ビール」
一沙は何の躊躇いもなく美奈子の隣に座る。端に座ったせいで逃げ場がない。
しまったと思ったが、一沙を利用してここに来たのは自分だと思うと、露骨に嫌な顔もできなかった。
美奈子の前にオレンジ色のカクテルが、一沙の前には琥珀色のビールが出される。
「美奈子ちゃん乾杯しよ」
「あ、はい」
薄そうなグラスだったため、打ち付けようとする一沙の動きを読んで食器が当たらないようにし、少し掲げる事で乾杯の意を示す。
口当たりの良いカクテルは、するりと口の中に消えていく。
しかし寝不足の喉には刺激が強く、すぐに酔ってしまいそうだった。
「平日休みかぁ。羨ましいな店長が」
一沙が美奈子の隣で、遥に向かってそう言っていた。
「美奈子ちゃんは土日休み?」
ぼんやりカクテルグラスを見ていた美奈子は、突然問われて動揺した。しかし耳奥に残っていた音から、休日を問われたのだと分かって答える。
「そうですね。土日が休みです。まだ平日ですし、今週はちょっと疲れる仕事が多かったので、今日はすぐに帰りますね」
優斗の事を考えて昨晩一人でやってたなんて口が裂けても言えない。疲れているのは本当なので問題ないだろう。
「顔色があまりよくないわね。寝不足かしら?」
オーナーの遥がそう言って、カクテルグラスの横に水を置く。
「ありがとうございます」
お礼を言うために目を向けたが、改めて見ると美人で気後れしそうだ。一沙に対して気が多いなんて思ったが、こんな美人がいたら見てしまうのは仕方がない。
同時に、そこまでの美人が身近にいて、自分なんかを好きになるはずがないと思った。
「ははは……ちょっと、ほんとに体力無くなって来たので帰りますね。一杯だけでごめんなさい」
「そんな、謝らないで。大丈夫?一人で帰れる?」
遥はそう言いながらも、会計金額を書いたカードを美奈子の水の横に置く。
「大丈夫です。ただの寝不足なので」
手早く現金をおくと、一沙が何も言ってこない内にと立ち上がった。
「愛衣蘭ちゃんによろしくお伝えください」
そう言うと、ぺこりと頭を下げて出口に向かう。一沙が立ち上がったのを見て、急いでバーを出る。
背後で遥が一沙を呼び止める声を聞きながら店から離れた。

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