女装バーテンダーの恋人

橘 葛葉

文字の大きさ
7 / 20

7=企みと裏切り=

しおりを挟む
床に膝を折って座り込んだまま、タオルを顔に押し当てて声を殺す。視界を覆ったのがいけなかったのか、遥の手が莉緒の鎖骨に触れる。
はっとしてタオルを退けて胸元を見ると、乱れたブラウスを整え、ボタンを閉めようとしているようだった。
スッキリしたから、早く帰れと言いたいのだろうか。それとも優しさ、なんだろうか。
莉緒はじっとして、振り払うことはしなかった。
「ねぇ、莉緒ちゃん」
遥が何か言いかけたその時、ガチャっと店の扉が引かれる音がした。鍵が閉まっていたため、開かれる事はなかったが、すぐに扉の向こうからノック音と女の声。
「遥ママ、あたし!いるんでしょ?」
遥は扉に目を向けているが何も返さない。
莉緒は慌てて身なりを整えて立ち上がる。
ドンドン扉を叩く音は続いており、遥を呼ぶ声もまた継続している。
「ねぇ、上手く行った?あの女、ちゃんと泣かしてくれた?」
誰とも言わなかったが、あの女とは自分のことだろうと莉緒は思った。莉緒はじっと遥を見た。当然のように目は合わない。
「もう、寝ちゃってる?それとも帰ったのー?」
まだドンドン叩いている。
近隣の店から怒られないだろうか。
動かない遥の代わりに、莉緒がふらりと立ち上がって扉に向かう。ドアノブに手を伸ばし、ガチャリと引いてから鍵に手を伸ばす。動揺して手順が逆になったみたいだ。
「待って」
莉緒の肩に遥の手が置かれる。
「説明でもしてくれるんですか?あの女って、私の事ですよね」
振り返ると遥の顔が近くにある。ドアノブを掴んでいた手が、力強い遥の手によって離され、外に向かっていた体さえも反転させられ、強引に引き寄せられる。
「ねぇ、傷ついた?」
遥はそう言うと莉緒の両頬を包んだ。じっと見つめられたが、怒りが湧き上がりつつある莉緒は怯まなかった。
「あ、当たり前です」
睨みつけるように言うが、遥もまた怯まない。その手から抜け出して一歩下がる。
「ねぇ、ママー!いるなら早く開けてよー」
すぐ背後で聞く女の声は酔っているようだ。
じりじり寄ってくる遥の顔から逃げるように扉へ後退する。すぐに背が扉に着くと、どんどん叩く振動が伝わってきた。
「ねえー、ママぁー」
外の音を遮るように、ドンと扉に遥の手が強く叩きつけられる。
莉緒はその荒々しさにびくりと肩をすくめた。
中からの音に、外の振動と音が止んだ。
莉緒の左側に遥の右腕が、左手は莉緒の顎を掴んでいた。
すっと細めらる遥の瞳。優しく莉緒の唇に吸い付いて、すぐに離れた。
「かわいかった」
満足げに微笑んだ遥は、再び莉緒に顔を寄せてキスをした。耳に唇を付けるとそっと囁く。
「今度は優しく愛してあげる」
ちろりと舌が耳介をなぞり、首筋を舐めて鎖骨に落ちる。
ゾクリと背筋を駆け抜ける感覚と共に、手に自分の荷物が渡された直後、解放された。







遥によって鍵が開けられ、莉緒は勢いよく飛び出した。
扉を叩いていた女をちらりと見ると、駆けるようにしてその場を離れる。
あのショートボブは、会社で声をかけてきた女だ。じゃあ、あの人が晃司の浮気相手?
大通りに出てしばし考える。
このまま自宅へ帰るか、晃司の部屋に行くか。
流れていく車の中にいくつかタクシーが見え、無意識に呼び止めていた。
自宅の住所を言おうと思っていたのに、口からは晃司の住所が出る。
確認するのが怖い。でも知らずにいられない気もした。
あれこれ考えていると、あっという間に晃司のマンションについてしまった。
「ここで待っていてもらえますか?」
タクシーの運転手にそう告げた。
「はい、いいですよ。どれくらいですか?」
莉緒は少し考え、十分程と答えてマンションの中に入っていった。
あれこれ迷っていると何も進まないし解決しない。そう考えた莉緒は、何も考えずに、体の動くに任せる事にした。
無感情のまま部屋の前に立ち、そっと合鍵を差し込み、静かに家に入る。
一瞬、無音だと思った。
静かな家の中に入り、部屋へと進み始めてすぐ、忍ぶような声が聞こえてくる。
「あぁ、愛衣蘭あいらちゃん、いいよ」
「本当?晃司さんってエッチだね。もう3回目よ」
「はあ、はあ、愛衣蘭ちゃんが立たせるからだろ」
「うふん、次は後ろから突いて」
はっきり聞こえた会話に、定期的なベッドの軋む音。
まるで現実味のない音だった。何かの音声が流れているだけかもしれない。
莉緒はぼんやりそんな事を考えながら、足を進めて寝室を覗く。
愛衣蘭は全裸で晃司の上に乗り、淫らに腰を揺らしていた。
「あ、莉緒さんだ。やっほー」
入って来たことが分かっていたのか、晃司に騎乗したまま手を振る愛衣蘭。
気のせいでも音声でもない光景に、莉緒はますます思考を停止させた。
「莉緒!」
蒼白になった全裸の晃司が見える。
これ以上、見たくなくて踵を返す。
目についた自分の物を適当に掴み、急いで家を出た。再びタクシーに戻ると、自宅の住所を告げる。








無表情のまま自宅へ辿り着き、玄関を中から施錠してようやく、その場にへたりこんだ。
震えが全身を襲い、涙が決壊したように溢れ出る。
晃司のしていたことも、自分の身に起きたことも、すべてが信じられなかった。
ひと時の間、玄関で泣いた莉緒は、よろよろと立ち上がるとドアチェーンをかけた。
晃司が来る事はほとんどないが、合鍵を渡してあるので普段はチェーンをかけないようにしている。しかし今夜はもう誰とも話したくない。晃司が弁明に来てもまともに顔を見れないだろうし、自分だって……
そこまで考えて遥の顔が蘇った。舐められた事を思い出すと、足の間がきゅっと縮こまり、下腹部が震えて痛みを覚える。
「お風呂に……」
小さく呟くと、よろよろと浴室へ向かった。






湯にラベンダーの精油を垂らしてゆっくり浸かる。
「はあ……」
出来事が多すぎて頭がいっぱいだった。
泣きすぎて瞼はじわりと痛いが、温かい湯のおかげか、体の震えは止まった。
晃司については、なんとなく違和感を覚えていたが、それに気がつかないようにしていたように思う。元カノとちゃんと切れていなかったのかもしれないし、二股だった可能性もある。
いずれにせよ、もう関係を修復できるとは思えなかった。
気になるのはあの店の従業員達だ。
最後に見たショートボブは、晃司とどういう関係なのだろう。
元カノかもしれないし、浮気相手かもしれない。
もっと疑えば、新しい彼女の可能性もある。
それがあの店と関わっているのだとしたら、依頼を受けた遥が晃司と莉緒を罠にかけたということだろう。
(その罠に嵌って、晃司は店に借金を作ったあげく従業員と関係を持ち、私は嫌がらせであんな事を……)
心の中の呟きはそこで絶えた。
下腹部がじわりと熱を持つ。
ふと気になって、下へ手を伸ばしてみる。
裂け目を指でなぞると、驚くほど濡れていた。
「うそ……」
ぬるっとした感触と同時に、遥の妖艶な笑みを思い出す。そして自分が何をされたのかも、鮮明に思い出して赤面した。
遥は楽しんでいるように見えたが、実際はどうだったのだろうか。
弄ばれただけだと分かっているのに、時々感じる優しさにすがりたくなる。
湯に沈めた指が、自然と足の間へ伸びる。
ハチミツのように粘つく体液を、小さな突起に擦り付けた。
「……うぁ」
しばし夢中になって指を動かしていると、ふいに玄関から音が聞こえた。
ドアチェーンが伸びて、中に入れないと分かったのか、遠くに晃司の声が聞こえる。
「莉緒!」
パシャっと湯が跳ねたと同時に自分も跳ねた。莉緒は動きを止めて耳を澄ます。
何度かドアを開け閉めする音、莉緒の名前を呼ぶ声。夜中だというのに、それはしばらく続いた。
莉緒は浴槽から上がると、聞こえないと主張するためにシャワーを出した。なるべく音を立てて髪を洗い、体を洗い、滑りまで流してしまった。
シャワーを止める頃には音は止んでおり、タオルを頭に巻きつけたまま玄関に向かったが、施錠された扉は動かず静かだ。外を確認したらいるかもしれないとは思ったが、そのまま自分のベッドに戻って横になる。
「疲れた……」
そう呟くと、濡れた髪のまま眠りについた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

最後の女

蒲公英
恋愛
若すぎる妻を娶ったおっさんと、おっさんに嫁いだ若すぎる妻。夫婦らしくなるまでを、あれこれと。

ヘンタイ好きシリーズ・女子高校生ミコ

hosimure
恋愛
わたしには友達にも親にも言えない秘密があります…。 それは彼氏のこと。 3年前から付き合っている彼氏は実は、ヘンタイなんです!

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

小野寺社長のお気に入り

茜色
恋愛
朝岡渚(あさおかなぎさ)、28歳。小さなイベント企画会社に転職して以来、社長のアシスタント兼お守り役として振り回される毎日。34歳の社長・小野寺貢(おのでらみつぐ)は、ルックスは良いが生活態度はいい加減、デリカシーに欠ける困った男。 悪天候の夜、残業で家に帰れなくなった渚は小野寺と応接室で仮眠をとることに。思いがけず緊張する渚に、「おまえ、あんまり男を知らないだろう」と小野寺が突然迫ってきて・・・。 ☆全19話です。「オフィスラブ」と謳っていますが、あまりオフィスっぽくありません。 ☆「ムーンライトノベルズ」様にも掲載しています。

なし崩しの夜

春密まつり
恋愛
朝起きると栞は見知らぬベッドの上にいた。 さらに、隣には嫌いな男、悠介が眠っていた。 彼は昨晩、栞と抱き合ったと告げる。 信じられない、嘘だと責める栞に彼は不敵に微笑み、オフィスにも関わらず身体を求めてくる。 つい流されそうになるが、栞は覚悟を決めて彼を試すことにした。

続・上司に恋していいですか?

茜色
恋愛
営業課長、成瀬省吾(なるせ しょうご)が部下の椎名澪(しいな みお)と恋人同士になって早や半年。 会社ではコンビを組んで仕事に励み、休日はふたりきりで甘いひとときを過ごす。そんな充実した日々を送っているのだが、近ごろ澪の様子が少しおかしい。何も話そうとしない恋人の様子が気にかかる省吾だったが、そんな彼にも仕事上で大きな転機が訪れようとしていて・・・。 ☆『上司に恋していいですか?』の続編です。全6話です。前作ラストから半年後を描いた後日談となります。今回は男性側、省吾の視点となっています。 「ムーンライトノベルズ」様にも投稿しています。

処理中です...