女装バーテンダーの恋人

橘 葛葉

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7=企みと裏切り=

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床に膝を折って座り込んだまま、タオルを顔に押し当てて声を殺す。視界を覆ったのがいけなかったのか、遥の手が莉緒の鎖骨に触れる。
はっとしてタオルを退けて胸元を見ると、乱れたブラウスを整え、ボタンを閉めようとしているようだった。
スッキリしたから、早く帰れと言いたいのだろうか。それとも優しさ、なんだろうか。
莉緒はじっとして、振り払うことはしなかった。
「ねぇ、莉緒ちゃん」
遥が何か言いかけたその時、ガチャっと店の扉が引かれる音がした。鍵が閉まっていたため、開かれる事はなかったが、すぐに扉の向こうからノック音と女の声。
「遥ママ、あたし!いるんでしょ?」
遥は扉に目を向けているが何も返さない。
莉緒は慌てて身なりを整えて立ち上がる。
ドンドン扉を叩く音は続いており、遥を呼ぶ声もまた継続している。
「ねぇ、上手く行った?あの女、ちゃんと泣かしてくれた?」
誰とも言わなかったが、あの女とは自分のことだろうと莉緒は思った。莉緒はじっと遥を見た。当然のように目は合わない。
「もう、寝ちゃってる?それとも帰ったのー?」
まだドンドン叩いている。
近隣の店から怒られないだろうか。
動かない遥の代わりに、莉緒がふらりと立ち上がって扉に向かう。ドアノブに手を伸ばし、ガチャリと引いてから鍵に手を伸ばす。動揺して手順が逆になったみたいだ。
「待って」
莉緒の肩に遥の手が置かれる。
「説明でもしてくれるんですか?あの女って、私の事ですよね」
振り返ると遥の顔が近くにある。ドアノブを掴んでいた手が、力強い遥の手によって離され、外に向かっていた体さえも反転させられ、強引に引き寄せられる。
「ねぇ、傷ついた?」
遥はそう言うと莉緒の両頬を包んだ。じっと見つめられたが、怒りが湧き上がりつつある莉緒は怯まなかった。
「あ、当たり前です」
睨みつけるように言うが、遥もまた怯まない。その手から抜け出して一歩下がる。
「ねぇ、ママー!いるなら早く開けてよー」
すぐ背後で聞く女の声は酔っているようだ。
じりじり寄ってくる遥の顔から逃げるように扉へ後退する。すぐに背が扉に着くと、どんどん叩く振動が伝わってきた。
「ねえー、ママぁー」
外の音を遮るように、ドンと扉に遥の手が強く叩きつけられる。
莉緒はその荒々しさにびくりと肩をすくめた。
中からの音に、外の振動と音が止んだ。
莉緒の左側に遥の右腕が、左手は莉緒の顎を掴んでいた。
すっと細めらる遥の瞳。優しく莉緒の唇に吸い付いて、すぐに離れた。
「かわいかった」
満足げに微笑んだ遥は、再び莉緒に顔を寄せてキスをした。耳に唇を付けるとそっと囁く。
「今度は優しく愛してあげる」
ちろりと舌が耳介をなぞり、首筋を舐めて鎖骨に落ちる。
ゾクリと背筋を駆け抜ける感覚と共に、手に自分の荷物が渡された直後、解放された。







遥によって鍵が開けられ、莉緒は勢いよく飛び出した。
扉を叩いていた女をちらりと見ると、駆けるようにしてその場を離れる。
あのショートボブは、会社で声をかけてきた女だ。じゃあ、あの人が晃司の浮気相手?
大通りに出てしばし考える。
このまま自宅へ帰るか、晃司の部屋に行くか。
流れていく車の中にいくつかタクシーが見え、無意識に呼び止めていた。
自宅の住所を言おうと思っていたのに、口からは晃司の住所が出る。
確認するのが怖い。でも知らずにいられない気もした。
あれこれ考えていると、あっという間に晃司のマンションについてしまった。
「ここで待っていてもらえますか?」
タクシーの運転手にそう告げた。
「はい、いいですよ。どれくらいですか?」
莉緒は少し考え、十分程と答えてマンションの中に入っていった。
あれこれ迷っていると何も進まないし解決しない。そう考えた莉緒は、何も考えずに、体の動くに任せる事にした。
無感情のまま部屋の前に立ち、そっと合鍵を差し込み、静かに家に入る。
一瞬、無音だと思った。
静かな家の中に入り、部屋へと進み始めてすぐ、忍ぶような声が聞こえてくる。
「あぁ、愛衣蘭あいらちゃん、いいよ」
「本当?晃司さんってエッチだね。もう3回目よ」
「はあ、はあ、愛衣蘭ちゃんが立たせるからだろ」
「うふん、次は後ろから突いて」
はっきり聞こえた会話に、定期的なベッドの軋む音。
まるで現実味のない音だった。何かの音声が流れているだけかもしれない。
莉緒はぼんやりそんな事を考えながら、足を進めて寝室を覗く。
愛衣蘭は全裸で晃司の上に乗り、淫らに腰を揺らしていた。
「あ、莉緒さんだ。やっほー」
入って来たことが分かっていたのか、晃司に騎乗したまま手を振る愛衣蘭。
気のせいでも音声でもない光景に、莉緒はますます思考を停止させた。
「莉緒!」
蒼白になった全裸の晃司が見える。
これ以上、見たくなくて踵を返す。
目についた自分の物を適当に掴み、急いで家を出た。再びタクシーに戻ると、自宅の住所を告げる。








無表情のまま自宅へ辿り着き、玄関を中から施錠してようやく、その場にへたりこんだ。
震えが全身を襲い、涙が決壊したように溢れ出る。
晃司のしていたことも、自分の身に起きたことも、すべてが信じられなかった。
ひと時の間、玄関で泣いた莉緒は、よろよろと立ち上がるとドアチェーンをかけた。
晃司が来る事はほとんどないが、合鍵を渡してあるので普段はチェーンをかけないようにしている。しかし今夜はもう誰とも話したくない。晃司が弁明に来てもまともに顔を見れないだろうし、自分だって……
そこまで考えて遥の顔が蘇った。舐められた事を思い出すと、足の間がきゅっと縮こまり、下腹部が震えて痛みを覚える。
「お風呂に……」
小さく呟くと、よろよろと浴室へ向かった。






湯にラベンダーの精油を垂らしてゆっくり浸かる。
「はあ……」
出来事が多すぎて頭がいっぱいだった。
泣きすぎて瞼はじわりと痛いが、温かい湯のおかげか、体の震えは止まった。
晃司については、なんとなく違和感を覚えていたが、それに気がつかないようにしていたように思う。元カノとちゃんと切れていなかったのかもしれないし、二股だった可能性もある。
いずれにせよ、もう関係を修復できるとは思えなかった。
気になるのはあの店の従業員達だ。
最後に見たショートボブは、晃司とどういう関係なのだろう。
元カノかもしれないし、浮気相手かもしれない。
もっと疑えば、新しい彼女の可能性もある。
それがあの店と関わっているのだとしたら、依頼を受けた遥が晃司と莉緒を罠にかけたということだろう。
(その罠に嵌って、晃司は店に借金を作ったあげく従業員と関係を持ち、私は嫌がらせであんな事を……)
心の中の呟きはそこで絶えた。
下腹部がじわりと熱を持つ。
ふと気になって、下へ手を伸ばしてみる。
裂け目を指でなぞると、驚くほど濡れていた。
「うそ……」
ぬるっとした感触と同時に、遥の妖艶な笑みを思い出す。そして自分が何をされたのかも、鮮明に思い出して赤面した。
遥は楽しんでいるように見えたが、実際はどうだったのだろうか。
弄ばれただけだと分かっているのに、時々感じる優しさにすがりたくなる。
湯に沈めた指が、自然と足の間へ伸びる。
ハチミツのように粘つく体液を、小さな突起に擦り付けた。
「……うぁ」
しばし夢中になって指を動かしていると、ふいに玄関から音が聞こえた。
ドアチェーンが伸びて、中に入れないと分かったのか、遠くに晃司の声が聞こえる。
「莉緒!」
パシャっと湯が跳ねたと同時に自分も跳ねた。莉緒は動きを止めて耳を澄ます。
何度かドアを開け閉めする音、莉緒の名前を呼ぶ声。夜中だというのに、それはしばらく続いた。
莉緒は浴槽から上がると、聞こえないと主張するためにシャワーを出した。なるべく音を立てて髪を洗い、体を洗い、滑りまで流してしまった。
シャワーを止める頃には音は止んでおり、タオルを頭に巻きつけたまま玄関に向かったが、施錠された扉は動かず静かだ。外を確認したらいるかもしれないとは思ったが、そのまま自分のベッドに戻って横になる。
「疲れた……」
そう呟くと、濡れた髪のまま眠りについた。
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