28 / 91
あの子の幻影
2つじゃないと完成しない
しおりを挟む
すぐにその場を立ち去ろうとしたママを、僕は追いかけなかった。選んだフィギュアを両手で大事に抱えながら、土産物売り場をもう一度見回す。
レジへ向かうママの姿が、視界の端で確認できた。
僕は、ママが望んだような誰にも嫌われない、無難で可愛らしい商品が並ぶ棚を、敢えて見ている。
「ねえ、ママ」
僕はママの後ろ姿に声をかけた。
「ちょっと待って」
ママは歩みを止め、硬い表情のまま振り返った。
「これだけじゃなくて、もう一つ、あげるものを足そうと思うんだけど……どの色がいいと思う?」
僕の手には、水族館の動物達のシルエットが小さくプリントされた可愛らしいシュシュが握られていた。
「わたらいさん、髪が長いから似合うと思うんだ。でも僕、こういうのよく分からなくて……」
僕のその言葉で、ママの顔が明らかに安堵したように見えた。
やはり、グソクムシのフィギュアだけでは、僕の献身があまりに一方的で普通ではないと、ママの心のどこかが不安を感じていたのだろう。
ママはすぐに笑顔を取り繕ったが、まだ戸惑っているようにみえた。
「そうね……女の子にあげるものなら、変に目立つ色は避けた方がいいわ。アザラシの白とか、このシャチのプリントの黒とか。ベージュも使いやすいわよ、このラッコの模様の。
あんたにはわからないかもしれないけど、そういうのが無難で一番喜ばれるの。もし似たような物を持っていたとしても、実用的な消耗品だし」
ママは、僕の知識の欠如を指摘することで、新しい支配の手綱を必死に握りしめようとしていた。
僕は黙ってその意見を聞く。そして、その指示に逆らうことなく、無言で黒いシュシュを手に取った。
「それじゃあ、このシャチのやつにする」
僕が何の葛藤も見せずに従ったことで、ママの表情は少しだけ緩んだ。
「ええ、それがいいわ。センスがいいわね。あなたも少しは……」
しかし、ママは言葉を途中で止める。僕の選んだシュシュを、改めて見つめていた。
「ちょっと待って……その子、あなたとおんなじ年頃よね?ということは、髪を染めていないんでしょう?」
ママの手が、シュシュを持つ僕の手に伸びる。
「黒い髪に黒いシュシュ?……ううん、せっかくなら、もっと黒に生える明るくて綺麗な色の方がいいんじゃないかしら。黄色とか、ピンク色とか。それじゃあ、ちょっと無難すぎ。目立たないし、地味よ」
ママは自分から黒を勧めたにも関わらず、僕の選択にケチをつけ始めた。
僕は、ママの顔をじっと見つめる。さっきと言っていることが違うと、わざわざ指摘することもしない。
僕は目を伏せてから、静かに答えた。
「これにする」
それは、さっきグソクムシのフィギュアを選んだ時と同じくらい、譲れない選択だった。
「目立たない黒だからいいんだ。それにシャチは捕食者だから、強い」
後半の言い訳は自分でもよく分からなかった。論理ではなく、ただ衝動が口を突いて出た。
それでも、ママの顔からみるみる血の気が引く。僕の言葉の場違いな、駄々をこねる幼児のような頑固さに、もはや怒りや反論の言葉を見失っていた。
僕は確かな足取りで、お土産のシュシュとダイオウグソクムシのフィギュアをレジに持っていく。ママの気が変わる前に、さっさと買ってしまいたかった。
店員が手早くバーコードをスキャンする。遅れてやってきたママが「ちょっと待ってください」とレジの人に慌てて声をかけた。
僕はママの方を見る。
ママは僕に向かって「こっちだけでも充分喜んでもらえると思うわよ」と、シュシュを指差して言った。
その縋るような目線から逃れるように、僕は何も言わずにフィギュアのグソクムシにシュシュを襟巻きみたいに巻きつけた。
このプレゼントは、2つじゃないと完成しない。
ママは諦めたように、長い息を吐いた。
「それ、プレゼント用なんです……包む前に、値札のタグを取ってもらえます?」
簡易包装でもリボンの色を選べると言い、店員にサンプルを差し出された。
ママの顔を伺うと、選択を促すでもなく、ただじっと僕を見つめていた。せめて、外側だけでも華やかな色を選んで欲しいという無言の圧力を感じる。
僕はサンプルを一瞥して、すぐに紺色のリボンを指差した。
「これがいい。これでお願いします」
それは静かな夜のような、あるいは冷たい深海のような深い青だった。
それから会計を済ませる間、ママは何も言わなかった。
レジ袋の中にグソクムシのフィギュアとシュシュが梱包された紙袋と、ママの職場のお土産のクッキーが一緒に入れられる。僕はレジ袋を大事に受け取った。
そのまま歩き出そうとしたが、ママ急に立ち止まる。
「それ、ちょっと貸して」
ママはレジ袋からプレゼントの入った紙袋を取り出した。必然的に片手だが、下から手を添えるように持ち、できるだけ丁寧に扱っていることが伺えた。
「ほら、せっかくリボンが潰れちゃうから。あんた持ってなさい」
僕はママの言葉には答えず、綺麗に包装されたプレゼントを――誰にも侵されない僕だけの真実を、胸元にぎゅっと抱きしめた。
レジへ向かうママの姿が、視界の端で確認できた。
僕は、ママが望んだような誰にも嫌われない、無難で可愛らしい商品が並ぶ棚を、敢えて見ている。
「ねえ、ママ」
僕はママの後ろ姿に声をかけた。
「ちょっと待って」
ママは歩みを止め、硬い表情のまま振り返った。
「これだけじゃなくて、もう一つ、あげるものを足そうと思うんだけど……どの色がいいと思う?」
僕の手には、水族館の動物達のシルエットが小さくプリントされた可愛らしいシュシュが握られていた。
「わたらいさん、髪が長いから似合うと思うんだ。でも僕、こういうのよく分からなくて……」
僕のその言葉で、ママの顔が明らかに安堵したように見えた。
やはり、グソクムシのフィギュアだけでは、僕の献身があまりに一方的で普通ではないと、ママの心のどこかが不安を感じていたのだろう。
ママはすぐに笑顔を取り繕ったが、まだ戸惑っているようにみえた。
「そうね……女の子にあげるものなら、変に目立つ色は避けた方がいいわ。アザラシの白とか、このシャチのプリントの黒とか。ベージュも使いやすいわよ、このラッコの模様の。
あんたにはわからないかもしれないけど、そういうのが無難で一番喜ばれるの。もし似たような物を持っていたとしても、実用的な消耗品だし」
ママは、僕の知識の欠如を指摘することで、新しい支配の手綱を必死に握りしめようとしていた。
僕は黙ってその意見を聞く。そして、その指示に逆らうことなく、無言で黒いシュシュを手に取った。
「それじゃあ、このシャチのやつにする」
僕が何の葛藤も見せずに従ったことで、ママの表情は少しだけ緩んだ。
「ええ、それがいいわ。センスがいいわね。あなたも少しは……」
しかし、ママは言葉を途中で止める。僕の選んだシュシュを、改めて見つめていた。
「ちょっと待って……その子、あなたとおんなじ年頃よね?ということは、髪を染めていないんでしょう?」
ママの手が、シュシュを持つ僕の手に伸びる。
「黒い髪に黒いシュシュ?……ううん、せっかくなら、もっと黒に生える明るくて綺麗な色の方がいいんじゃないかしら。黄色とか、ピンク色とか。それじゃあ、ちょっと無難すぎ。目立たないし、地味よ」
ママは自分から黒を勧めたにも関わらず、僕の選択にケチをつけ始めた。
僕は、ママの顔をじっと見つめる。さっきと言っていることが違うと、わざわざ指摘することもしない。
僕は目を伏せてから、静かに答えた。
「これにする」
それは、さっきグソクムシのフィギュアを選んだ時と同じくらい、譲れない選択だった。
「目立たない黒だからいいんだ。それにシャチは捕食者だから、強い」
後半の言い訳は自分でもよく分からなかった。論理ではなく、ただ衝動が口を突いて出た。
それでも、ママの顔からみるみる血の気が引く。僕の言葉の場違いな、駄々をこねる幼児のような頑固さに、もはや怒りや反論の言葉を見失っていた。
僕は確かな足取りで、お土産のシュシュとダイオウグソクムシのフィギュアをレジに持っていく。ママの気が変わる前に、さっさと買ってしまいたかった。
店員が手早くバーコードをスキャンする。遅れてやってきたママが「ちょっと待ってください」とレジの人に慌てて声をかけた。
僕はママの方を見る。
ママは僕に向かって「こっちだけでも充分喜んでもらえると思うわよ」と、シュシュを指差して言った。
その縋るような目線から逃れるように、僕は何も言わずにフィギュアのグソクムシにシュシュを襟巻きみたいに巻きつけた。
このプレゼントは、2つじゃないと完成しない。
ママは諦めたように、長い息を吐いた。
「それ、プレゼント用なんです……包む前に、値札のタグを取ってもらえます?」
簡易包装でもリボンの色を選べると言い、店員にサンプルを差し出された。
ママの顔を伺うと、選択を促すでもなく、ただじっと僕を見つめていた。せめて、外側だけでも華やかな色を選んで欲しいという無言の圧力を感じる。
僕はサンプルを一瞥して、すぐに紺色のリボンを指差した。
「これがいい。これでお願いします」
それは静かな夜のような、あるいは冷たい深海のような深い青だった。
それから会計を済ませる間、ママは何も言わなかった。
レジ袋の中にグソクムシのフィギュアとシュシュが梱包された紙袋と、ママの職場のお土産のクッキーが一緒に入れられる。僕はレジ袋を大事に受け取った。
そのまま歩き出そうとしたが、ママ急に立ち止まる。
「それ、ちょっと貸して」
ママはレジ袋からプレゼントの入った紙袋を取り出した。必然的に片手だが、下から手を添えるように持ち、できるだけ丁寧に扱っていることが伺えた。
「ほら、せっかくリボンが潰れちゃうから。あんた持ってなさい」
僕はママの言葉には答えず、綺麗に包装されたプレゼントを――誰にも侵されない僕だけの真実を、胸元にぎゅっと抱きしめた。
0
あなたにおすすめの小説
お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。
下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。
またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。
あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。
ご都合主義の多分ハッピーエンド?
小説家になろう様でも投稿しています。
完結【強引な略奪婚】冷徹な次期帝は、婚姻間近の姫を夜ごと甘く溶かす
小木楓
恋愛
完結しました✨
タグ&あらすじ変更しました。
略奪された大納言家の香子を待っていたのは、冷徹な次期帝による「狂愛」という名の支配でした。
「泣け、香子。お前をこれほど乱せるのは、世界で私だけだ」
「お前はまだ誰のものでもないな? ならば、私のものだ」
大納言家の姫・香子には、心通わせる穏やかな婚約者がいた。
しかし、そのささやかな幸福は、冷徹と噂される次期帝・彰仁(あきひと)に見初められたことで一変する。
強引な勅命により略奪され、後宮という名の檻に閉じ込められた香子。
夜ごとの契りで身体を繋がれ、元婚約者への想いすら「不義」として塗り潰されていく。
恐怖に震える香子だったが、閉ざされた寝所で待っていたのは、想像を絶するほど重く、激しい寵愛で……?
「痛くはしない。……お前が私のことしか考えられなくなるまで、何度でも教え込もう」
逃げ場のない愛に心が絡め取られていく中、彰仁は香子を守るため、「ある残酷な嘘」を用いて彼女を試す。
それは、愛するがゆえに彼女を嫉妬と絶望で壊し、「帝なしでは息もできない」状態へ作り変えるための、狂気じみた遊戯だった。
「一生、私の腕の中で溺れていろ」
守るために壊し、愛するために縛る。
冷酷な仮面の下に隠された、
一途で異常な執着を知った時、香子の心もまた甘い猛毒に溶かされていく――。
★最後は極上のハッピーエンドです。
※AI画像を使用しています。
お兄ちゃんはお兄ちゃんだけど、お兄ちゃんなのにお兄ちゃんじゃない!?
すずなり。
恋愛
幼いころ、母に施設に預けられた鈴(すず)。
お母さん「病気を治して迎えにくるから待ってて?」
その母は・・迎えにくることは無かった。
代わりに迎えに来た『父』と『兄』。
私の引き取り先は『本当の家』だった。
お父さん「鈴の家だよ?」
鈴「私・・一緒に暮らしていいんでしょうか・・。」
新しい家で始まる生活。
でも私は・・・お母さんの病気の遺伝子を受け継いでる・・・。
鈴「うぁ・・・・。」
兄「鈴!?」
倒れることが多くなっていく日々・・・。
そんな中でも『恋』は私の都合なんて考えてくれない。
『もう・・妹にみれない・・・。』
『お兄ちゃん・・・。』
「お前のこと、施設にいたころから好きだった・・・!」
「ーーーーっ!」
※本編には病名や治療法、薬などいろいろ出てきますが、全て想像の世界のお話です。現実世界とは一切関係ありません。
※コメントや感想などは受け付けることはできません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
※孤児、脱字などチェックはしてますが漏れもあります。ご容赦ください。
※表現不足なども重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけたら幸いです。(それはもう『へぇー・・』ぐらいに。)
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
夫と息子に邪険にされたので王太子妃の座を譲ります~死に戻ってから溺愛されても今更遅い
青の雀
恋愛
夫婦喧嘩の末に置き去りにされた妻は、旦那が若い愛人とイチャついている間に盗賊に襲われ、命を落とした。
神様の温情により、10日間だけこの世に戻った妻と護衛の騎士は、その10日間の間に心残りを処分する。それは、娘の行く末と……もし、来世があるならば、今度は政略といえども夫以外の人の妻になるということ。
もう二度と夫と出会いたくない彼女は、彼女を蔑ろにしてきた息子とも縁を切ることを決意する。
生まれかわった妻は、新しい人生を強く生きることを決意。
過去世と同じ轍を踏みたくない……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる