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僕の家
座りなさい
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リビングのドアが、ママの手によって静かに開かれた。
朝日が差し込む食卓では、ママが鼻歌混じりに並べていた朝食が役者が揃うのをただ待ち侘びている。
リビングに入ると、僕はすぐに食卓に背を向け、入り口横の収納棚の前に立った。
ここだ。ここに、あの鍵がある気がした。
この収納棚には、ガムテープや新聞紙を縛るための紐などの日用雑貨の他に、家具の組み立てで余ったネジとか、そういったとにかくいつか使うかもしれないものばかりが収められているのを、僕は知っていた。
ママも、探し物をするときは大抵ここを開けている。
仮に、僕が使っていた本物の鍵じゃなくても、合鍵なら他の鍵類と一緒に、ママがまとめて管理していてもおかしくない。
根拠なんてあってないようなものだ。
それでもとにかく、思いつく限りしらみ潰しに探さなきゃ。
木製の戸が擦れるほんの小さな音すら鳴らないよう、指先に神経を集中させて収納棚の引き戸を開けた。
手当たり次第に引っ掻き回して探したい気持ちをグッと堪えて、ひとまず目視だけで全体を捉える。一番下に押しつぶされるような形で、スポーツブランドのキーケースを見つけた。
恐る恐る手を伸ばした僕の背後で、ママが椅子を引く音がした。
「颯、立ってないで座りなさい。冷めちゃうわよ」
突然の声掛けに心臓が跳ねる。僕は伸ばした手を引かなかった。しっかりと掴んだそれを、ひと想いに引っ張り出す。
ママは先に食卓に着いて、優雅にコーヒーを飲み始めた。背中に視線を感じるけれど、何も言わない。
僕はキーケースの中身をあらためる。冷や汗をかき、震え始めた手が鍵同士を擦り合わせて微かな音を立てた。
その音が、やけに大きく感じられる。
僕は、反射的に振り返った。
ママは、ただコーヒーカップを手にしたまま、僕を見ていた。
まるで、面白い見世物でも眺めているみたいに。
止めるでも、咎めるでもない。
ただ、静かに、微笑んでいる。
「……もしかして、何か探してる?」
ママはそう言いながら、コーヒーカップをソーサーに戻す。その声は、責めるでもなく、ただ確認するみたいだった。
それから、自由になった手をゆったりとした優雅な動作で、自分のズボンのポケットに差し入れた。
そして、何気ない調子で食卓の、僕が座るはずだった場所に――カチャリと小さな音を立てて、鍵を置いた。
「だから、早く座りなさいと言ったでしょう?」
僕は声も出なかった。
「あんた、あの子……恵ちゃんに会ってから、少しおかしくなったって、自分でも思わない?」
ママの声は低くて、静かだった。
「分かるでしょう。ママ、心配してるのよ」
じっと僕の目を見ている。
「あんた、自転車のこと、あんなに嫌がってたじゃない」
確かにそれは、否定しようのない事実だった。でも、今は状況が違う。
「それが急に、鍵だなんて」
ママがまたコーヒーカップを持ち上げ、舐めるようにほんの一口だけ含む。
「逃げるみたいに、必死になって……どう考えても、不自然よ」
手にしていたキーケースを放り投げる勢いで、僕は食卓へと駆け出す。
ほんの少しの差で、鍵に手は届かなかった。
ママが食卓の上の鍵に、そっと指先を置くと、そのまま自分の方へと引き寄せてしまったのだ。
「だめ」
ママは食卓から身を乗り出し、呆然とする僕の目の前まで顔を近づけて囁いた。
「これは、絶対に渡せないわ」
朝日が差し込む食卓では、ママが鼻歌混じりに並べていた朝食が役者が揃うのをただ待ち侘びている。
リビングに入ると、僕はすぐに食卓に背を向け、入り口横の収納棚の前に立った。
ここだ。ここに、あの鍵がある気がした。
この収納棚には、ガムテープや新聞紙を縛るための紐などの日用雑貨の他に、家具の組み立てで余ったネジとか、そういったとにかくいつか使うかもしれないものばかりが収められているのを、僕は知っていた。
ママも、探し物をするときは大抵ここを開けている。
仮に、僕が使っていた本物の鍵じゃなくても、合鍵なら他の鍵類と一緒に、ママがまとめて管理していてもおかしくない。
根拠なんてあってないようなものだ。
それでもとにかく、思いつく限りしらみ潰しに探さなきゃ。
木製の戸が擦れるほんの小さな音すら鳴らないよう、指先に神経を集中させて収納棚の引き戸を開けた。
手当たり次第に引っ掻き回して探したい気持ちをグッと堪えて、ひとまず目視だけで全体を捉える。一番下に押しつぶされるような形で、スポーツブランドのキーケースを見つけた。
恐る恐る手を伸ばした僕の背後で、ママが椅子を引く音がした。
「颯、立ってないで座りなさい。冷めちゃうわよ」
突然の声掛けに心臓が跳ねる。僕は伸ばした手を引かなかった。しっかりと掴んだそれを、ひと想いに引っ張り出す。
ママは先に食卓に着いて、優雅にコーヒーを飲み始めた。背中に視線を感じるけれど、何も言わない。
僕はキーケースの中身をあらためる。冷や汗をかき、震え始めた手が鍵同士を擦り合わせて微かな音を立てた。
その音が、やけに大きく感じられる。
僕は、反射的に振り返った。
ママは、ただコーヒーカップを手にしたまま、僕を見ていた。
まるで、面白い見世物でも眺めているみたいに。
止めるでも、咎めるでもない。
ただ、静かに、微笑んでいる。
「……もしかして、何か探してる?」
ママはそう言いながら、コーヒーカップをソーサーに戻す。その声は、責めるでもなく、ただ確認するみたいだった。
それから、自由になった手をゆったりとした優雅な動作で、自分のズボンのポケットに差し入れた。
そして、何気ない調子で食卓の、僕が座るはずだった場所に――カチャリと小さな音を立てて、鍵を置いた。
「だから、早く座りなさいと言ったでしょう?」
僕は声も出なかった。
「あんた、あの子……恵ちゃんに会ってから、少しおかしくなったって、自分でも思わない?」
ママの声は低くて、静かだった。
「分かるでしょう。ママ、心配してるのよ」
じっと僕の目を見ている。
「あんた、自転車のこと、あんなに嫌がってたじゃない」
確かにそれは、否定しようのない事実だった。でも、今は状況が違う。
「それが急に、鍵だなんて」
ママがまたコーヒーカップを持ち上げ、舐めるようにほんの一口だけ含む。
「逃げるみたいに、必死になって……どう考えても、不自然よ」
手にしていたキーケースを放り投げる勢いで、僕は食卓へと駆け出す。
ほんの少しの差で、鍵に手は届かなかった。
ママが食卓の上の鍵に、そっと指先を置くと、そのまま自分の方へと引き寄せてしまったのだ。
「だめ」
ママは食卓から身を乗り出し、呆然とする僕の目の前まで顔を近づけて囁いた。
「これは、絶対に渡せないわ」
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