ネグレクト少年の拾い食いとヤンデレ少女の餌付け

小鳥遊愚香

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町の傷跡

鉛色

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「自分の足で確かめたいの」

 そう言ったわたらいさんの目が、あまりに頑なだったから、僕たちは一台ずつ別々の自転車に乗って町へ出た。

 わたらいさんが先を走り、僕が少し後ろをついていく。

 彼女はふらふらと危なっかしい足取りで、時折ハンドルを大きく取られそうになりながらも、決してペダルを漕ぐ足を止めない。

「とにかく、思い当たるところを……片っ端から辿ってみようと思う」
 前を向いたまま投げられた、彼女の声。

 視線だけは、どんな些細な痕跡も逃すまいと町の至るところを鋭く這わせている。

 馴染みの商店街の裏路地。
 いつも涼んでいた公園の茂み。
 夕暮れ時に野良猫が集会をしていた空き地。

 どこにも、いない。

 はじめのうちは、「あっちの公園にいるかも」「路地裏を探してみよう」と楽観的な言葉をかけていた僕も、次第に喉の奥がカラカラに乾いていった。

 彼女の自転車がブレーキをかけて止まるたびに、僕の心臓が嫌な音を立てた。

 彼女が見つめる先には、空っぽのベンチや、枯れた雑草があるだけだ。

 探せば探すほど、いないという事実だけが、浮き彫りになっていく。

 そのうち、聞こえるのはタイヤが地面を擦る音と、僕たちの荒い呼吸だけになっていた。



 やっぱり、二人乗りでくるべきだったのかもしれない。

 そうすれば、僕の腰を掴む彼女の指先から、その体温や震えを感じ取って、言葉にならない不安を分かち合うことができたのに。

 法律がどうとか、警察に怒られるとか、そんなのは後付けの理由に過ぎないのに。


 
「あっ!!」

 大声と共に、わたらいさんが急ブレーキをかけた。

 一拍遅れた僕も、慌ててブレーキを握りしめる。

 タイヤが悲鳴を上げ、体が前のめりに揺れ、ぶつかる寸前で止まった。

「……ぺこ、あれ」
 彼女が、何かを指差す。

 目を凝らすと、住宅街を抜けた先にある古いガードレールの支柱が、不自然に膨らんでいるのが見えた。

「……分からないの?」
 自転車を道路の端に停めてから、わたらいさんはガードレールの近くまで僕の手を引いた。

「ほら、これ……」

 それは、金属の一部がドロドロに溶け、砂利や雑草を飲み込んだまま、歪に癒着して固まっている――光を吸い込むような鈍い鉛色の跡だった。

「こんなことできるの……あの子しかいないよね?」

 彼女が言うように、確かにそれは、わたらいさんの飼い猫――よじれが遺していった、消えない悲鳴のようだった。

 ちょうど良い答えが、出てこない。
 僕はガードレールの痕跡と、わたらいさんの顔とを交互に見た。

 彼女は、その場にしゃがみ込む。
 
「……あの子が、ここを通ったんだよ。苦しい、のかな?……どこかに触れていないと立っていられなかった、とか……」
 
 その痕跡をじっと見つめては、そっと指先で撫でていた。

 僕にはそれが、街に刻まれた、街そのものの悲鳴のようにも見えた。

 どう考えても、普通ではない。

 ともすれば、おぞましくて逃げ出したくなるような光景なのに。

 それを撫でているわたらいさんは、まるで行方不明の家族の形見を見つけたような、痛々しいほど穏やかな表情をしていた。

「……なんか、分かりかけてきたかも。よじれの居場所」

 僕らは、再び自転車に乗る。

「次、あっち」

 前を見ながら、彼女が言う。
 彼女の誘導は、まるで見えない糸を辿っているようだった。

 それでも、「分かりかけてきた」という言葉の通り、ひとつ、またひとつと、街のあちこちに、よじれの痕跡を見つけていく。
 
 僕は、必死にペダルを漕いだ。

 前を走る彼女と、後ろを走る僕。

 同じ道を走っているはずなのに、僕たちの間には、決して越えられない時間の壁があるような気がした。

「ちょっと待って……」
 僕は、何度も何度も彼女の後ろ姿に声をかけた。



 やがて、住宅街の喧騒が遠のき、水の匂いが混じり始める。

「……川だ」
 荒い息を整えながら、僕は呟く。
 痕跡は、大きな川の堤防へと続いていた。

「自転車、ここに置いて下まで降りてみる?」

 視線を向けた時には、もう彼女はいなかった。

 僕が言うより早く、彼女は自転車をスタンドで止めることもなく、堤防を駆け降りていた。
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