大切にされないなら、大切にしてくれる人を選びます

南部

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6話

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 今夜の私は、以前とは違う。

 鏡に映る自分の姿を見つめたとき、胸の奥にあったのは不安ではなく、静かな誇りだった。淡い蒼のドレス。クライドが「あなたの瞳の色に似ている」と選んでくれたものだ。

 夜会の広間は、燭台の光に満ちている。人々の視線が集まるのを感じながらも、私はもう俯かない。

 隣には、クライドがいるのだから。

 彼の存在が私を強くし、自信を持たせてくれる。

「緊張していますか」

 彼が小さく囁く。

「少しだけ。でも……大丈夫です」

 私が微笑むと、彼も穏やかに微笑み返す。その視線には、疑いも計算もない。ただ、私を大切に思う気持ちがまっすぐに宿っている。

 そのときだった。

「……随分と、楽しそうだな」

 低い声。

 振り向かなくてもわかる。

 ハリー。

 ゆっくりと向き直ると、彼は以前と変わらぬ端正な姿で立っていた。だが、その瞳には苛立ちが滲んでいる。

「ごきげんよう、ハリー様」

 私は丁寧に一礼する。心は、不思議なほど穏やかだった。

「どうしてそんなに幸せそうなんだ」

 単刀直入な問い。

 周囲のざわめきが、わずかに静まる。

「……幸せだからです」

 はっきりと答えた。

「クライド様は、私を大切にしてくださいます」

 隣に立つ彼の手に、そっと触れる。

「そして私も、彼を大切に思っています。互いに尊重し、愛し合っているのです」

 言葉にすると、胸の奥が温かく満たされる。

 ハリーの表情が険しくなる。

「……クライド相手にそういう態度が取れるなら、俺のときにも同じようにすればよかっただろう」

「同じように、ですか」

「そうだ。従順で、素直で、愛らしく振る舞えばよかったんだ」

 かつての私なら、傷つき、言葉を失っていただろう。

 けれど今は違う。

「私は、相手に相応しい態度を取っただけです」

「何?」

「ハリー様は、私を大切にはなさいませんでした」

 静かに告げる。

「愛していないと仰り、期待するなと仰った。ならば私は、期待しない婚約者として振る舞うしかありませんでした」

 彼の顔が赤くなる。

「生意気な……!」

「違います」

 私は一歩も退かない。

「大切にされているからこそ、人は素直になれるのです。愛されていると知っているからこそ、愛を返せるのです」

 周囲で、小さく頷く気配がする。

「あなたは、私を軽んじた。だから私は、心を閉ざした」

 胸の奥にあった痛みは、もはや鋭い刃ではなく、ただの過去になっている。

「そのような態度だから、幸せになれないのです」

 広間が、しんと静まった。

 誰かが小さく「その通りだ」と呟く。

 ハリーは周囲を見回し、顔を歪めた。誇り高い彼にとって、この視線は耐え難いものだろう。

「……覚えていろ」

 低く吐き捨てると、彼は踵を返した。人々の間をかき分けるようにして、足早に去っていく。

 残された静寂の中で、私はようやく息を吐いた。

 震えていない。

 怖くもない。

 ただ、終わったのだと感じる。

「……大丈夫ですか」

 クライドがそっと問いかける。

「ええ」

 私は彼を見上げる。

「もう、何も怖くありません」

 彼の瞳が柔らかく細められる。

「あなたは、本当に強くなりましたね」

「強くしてくださったのは、あなたです」

 そう言うと、彼は静かに首を振った。

「違います。あなた自身が選び、立ち上がったのです」

 その言葉に、胸がじんと熱くなる。

 彼は私の手を取り、指先にそっと口づけた。

「僕は、あなたを誇りに思います」

 広間の音楽が、再び流れ出す。

 私は彼の腕に手を添えた。

「次の曲、踊っていただけますか」

「喜んで」

 音楽に身を委ねながら、私は思う。

 愛は、奪うものではない。

 与え合い、育てるものなのだと。

 今、私の隣には、その愛を共に育ててくれる人がいる。

 それだけで、世界はこんなにも明るい。
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