53 / 87
第ニ章 溺れればよかった、その愛に
刺さる棘(6)
しおりを挟む
一歩、二歩。
不確かな足取りで歩を進めたカインの黒衣がくるりと舞った。
派手な水飛沫をたてて人工池へ落ちる。
その音にアルフォンスとディオールはようやく我に返った。
アルフォンスは池に飛び込み、ディオールは暗殺者を追う。
「ディオ、リリアナ嬢、手を貸せ!」
たちどころに水面には赤い波紋が浮かび上がった。
失神したのだろうか。
力を失ったカインの体を後ろから抱えるようにして、アルフォンスは陸に近付く。
水が入らないように左手でカインの口元と鼻を覆いながら片手で体を支えるので、水の中での足取りは遅々として進まない。
その間にもどんどん流れ出る赤はカインから生命を奪ってゆく。
「こっちですわ。早く!」
リリアナの手がようやくアルフォンスの肩をつかむも、か弱い女性の力で二人の男を陸に引き上げることは不可能だ。
「すまない、見失った」
「そんなものはいいから早く助けろ」
戻ってきたディオールはアルフォンスの叫びに身を震わせ、池に手を伸ばす。
二人の襟首をつかむと、ぐいと陸へ引き上げた。
「し、止血を……」
全身からボトボトと水を垂らし肩で大きく息をしながら、アルフォンスがカインの服をたくしあげる。
刺された腹が露わになる寸前のことだ。
「触るな……っ!」
カインの腕が跳ね上がり、アルフォンスの手を払いのけた。
「な、何言ってるんだ。こんな状況で……」
翡翠の双眸が小刻みに震える。
明らかに傷ついた表情で、しかし決して態度には出すまいとアルフォンスはなるべく事務的な手つきを装ってカインの服をまくり、そして息を呑んだ。
腹に胸に背に──黒衣の内には醜く抉られた傷跡が無数に走っていたのだ。
元軍人である。
一体どんな戦場を潜り抜けてきたのだ。
「……いや、違う」
傷跡は白く引きつれていて、かなり古いものと分かる。
アルフォンスは呆然と呟いた。
「俺は、この傷を知っている……」
突然、脳内で光が瞬いた。
蘇る記憶──それは今と同じ。血の匂いに彩られたものであった。
※ ※ ※
不確かな足取りで歩を進めたカインの黒衣がくるりと舞った。
派手な水飛沫をたてて人工池へ落ちる。
その音にアルフォンスとディオールはようやく我に返った。
アルフォンスは池に飛び込み、ディオールは暗殺者を追う。
「ディオ、リリアナ嬢、手を貸せ!」
たちどころに水面には赤い波紋が浮かび上がった。
失神したのだろうか。
力を失ったカインの体を後ろから抱えるようにして、アルフォンスは陸に近付く。
水が入らないように左手でカインの口元と鼻を覆いながら片手で体を支えるので、水の中での足取りは遅々として進まない。
その間にもどんどん流れ出る赤はカインから生命を奪ってゆく。
「こっちですわ。早く!」
リリアナの手がようやくアルフォンスの肩をつかむも、か弱い女性の力で二人の男を陸に引き上げることは不可能だ。
「すまない、見失った」
「そんなものはいいから早く助けろ」
戻ってきたディオールはアルフォンスの叫びに身を震わせ、池に手を伸ばす。
二人の襟首をつかむと、ぐいと陸へ引き上げた。
「し、止血を……」
全身からボトボトと水を垂らし肩で大きく息をしながら、アルフォンスがカインの服をたくしあげる。
刺された腹が露わになる寸前のことだ。
「触るな……っ!」
カインの腕が跳ね上がり、アルフォンスの手を払いのけた。
「な、何言ってるんだ。こんな状況で……」
翡翠の双眸が小刻みに震える。
明らかに傷ついた表情で、しかし決して態度には出すまいとアルフォンスはなるべく事務的な手つきを装ってカインの服をまくり、そして息を呑んだ。
腹に胸に背に──黒衣の内には醜く抉られた傷跡が無数に走っていたのだ。
元軍人である。
一体どんな戦場を潜り抜けてきたのだ。
「……いや、違う」
傷跡は白く引きつれていて、かなり古いものと分かる。
アルフォンスは呆然と呟いた。
「俺は、この傷を知っている……」
突然、脳内で光が瞬いた。
蘇る記憶──それは今と同じ。血の匂いに彩られたものであった。
※ ※ ※
10
あなたにおすすめの小説
やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。
毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。
そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。
彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。
「これでやっと安心して退場できる」
これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。
目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。
「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」
その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。
「あなた……Ωになっていますよ」
「へ?」
そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て――
オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。
【完結】抱っこからはじまる恋
* ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。
ふたりの動画をつくりました!
インスタ @yuruyu0 絵もあがります。
YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。
プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら!
完結しました!
おまけのお話を時々更新しています。
BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です!
名前が * ゆるゆ になりましたー!
中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!
禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り
結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。
そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。
冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。
愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。
禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。
完結・オメガバース・虐げられオメガ側妃が敵国に売られたら激甘ボイスのイケメン王から溺愛されました
美咲アリス
BL
虐げられオメガ側妃のシャルルは敵国への貢ぎ物にされた。敵国のアルベルト王は『人間を食べる』という恐ろしい噂があるアルファだ。けれども実際に会ったアルベルト王はものすごいイケメン。しかも「今日からそなたは国宝だ」とシャルルに激甘ボイスで囁いてくる。「もしかして僕は国宝級の『食材』ということ?」シャルルは恐怖に怯えるが、もちろんそれは大きな勘違いで⋯⋯? 虐げられオメガと敵国のイケメン王、ふたりのキュン&ハッピーな異世界恋愛オメガバースです!
転生して王子になったボクは、王様になるまでノラリクラリと生きるはずだった
angel
BL
つまらないことで死んでしまったボクを不憫に思った神様が1つのゲームを持ちかけてきた。
『転生先で王様になれたら元の体に戻してあげる』と。
生まれ変わったボクは美貌の第一王子で兄弟もなく、将来王様になることが約束されていた。
「イージーゲームすぎね?」とは思ったが、この好条件をありがたく受け止め
現世に戻れるまでノラリクラリと王子様生活を楽しむはずだった…。
完結しました。
希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう
水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」
辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。
ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。
「お前のその特異な力を、帝国のために使え」
強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。
しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。
運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。
偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!
鎖に繋がれた騎士は、敵国で皇帝の愛に囚われる
結衣可
BL
戦場で捕らえられた若き騎士エリアスは、牢に繋がれながらも誇りを折らず、帝国の皇帝オルフェンの瞳を惹きつける。
冷酷と畏怖で人を遠ざけてきた皇帝は、彼を望み、夜ごと逢瀬を重ねていく。
憎しみと抗いのはずが、いつしか芽生える心の揺らぎ。
誇り高き騎士が囚われたのは、冷徹な皇帝の愛。
鎖に繋がれた誇りと、独占欲に満ちた溺愛の行方は――。
春風の香
梅川 ノン
BL
名門西園寺家の庶子として生まれた蒼は、病弱なオメガ。
母を早くに亡くし、父に顧みられない蒼は孤独だった。
そんな蒼に手を差し伸べたのが、北畠総合病院の医師北畠雪哉だった。
雪哉もオメガであり自力で医師になり、今は院長子息の夫になっていた。
自身の昔の姿を重ねて蒼を可愛がる雪哉は、自宅にも蒼を誘う。
雪哉の息子彰久は、蒼に一心に懐いた。蒼もそんな彰久を心から可愛がった。
3歳と15歳で出会う、受が12歳年上の歳の差オメガバースです。
オメガバースですが、独自の設定があります。ご了承ください。
番外編は二人の結婚直後と、4年後の甘い生活の二話です。それぞれ短いお話ですがお楽しみいただけると嬉しいです!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる