簒奪王の劣情と黄金の秘めごと

陣リン

文字の大きさ
54 / 87
第ニ章 溺れればよかった、その愛に

刺さる棘(7)

しおりを挟む
     ※  ※  ※


 それは、あのときの記憶。



 金色の髪を風に遊ばせて、街路を駆ける少年がいる。
 翡翠色の大きな双眸をキラキラと輝かせるのは、見るものすべてが新鮮だからだ。

 レティシアの城下町を一人駆けるあの少年は、九年前の自分だ。

 そうだ、カインは言っていたではないか。
 自分たちはかつて会ったことがあると。
 それは事実だったのだとアルフォンスはようやく思い至る。

 ただしそれは甘やかなものではなく、悪魔の記憶だった。


 城下の街とはいえ、幼いアルフォンスが一人でうろつくことはまずない。
 しかも今は戦が終わったばかりで城下は混乱している。
 捕虜や奴隷が大勢つれてこられ、大通り沿いには略奪品を扱う屋台も並んでいた。

 きっと今ごろ従者が自分を探しているだろう──そうは思ったが、城へ戻る気などない。
 姉の誕生日はもうすぐだ。
 贈り物はどうしても自分で選びたかったのだ。

「俺はおおきくなった軍人になって、姉うえをお支えするんだから」

 寒冷地であるレティシアには、城下ですら凍てつく突風が吹き抜ける。
 だが今は凍える空気すら清々しく感じられたのだ。
 屋台を横目に、踊る足取りで通りを曲がったときのこと。

「たすけてください」
「大人しくしていろ」
「この奴隷は幾らだ」
「家へ帰らせてくれ」

 弱々しい哀願と居丈高な命令の声が飛び交う様に、アルフォンスは硬直した。

 高い建物に囲まれ、陽の光が届かない路地だ。
 そこには無数の檻が並べられていた。
 寒さなんて平気だったアルフォンスがカタカタと震え出す。

 檻の中に入れられているのは猛獣ではない。
 人間だったのだ。
 その前では売り主と買い手が値段の交渉をしていた。

 奴隷市である。
 苦労を知らずに育った王子が直面するには重すぎる、それはレティシアの暗部であった。

「な、なんで人がオリのなかに……?」

 薄暗さが幸いしてか、誰もそこに小さな王子が紛れていることに気付かない。
 足元から力が抜け、アルフォンスはそばにあった檻をつかんでしまう。
 あっと声をあげたのは、檻の入口が簡単に開いたからだ。

 驚き。
 あとは好奇心。
 カシャンと小さな音を立てて、アルフォンスは小さな檻の中に身を滑り込ませる。

 中に人がいると──しかも自分とそう変わらない年齢の少年がいると気付いたのだ。

「なにしてるの?」

 無邪気とも無神経ともいえぬ質問を投げかけられ、檻の中の少年は闖入者をチラと見やった。
 暗く沈んだ眼に表情はない。

 構わずアルフォンスは手を伸ばした。
 無遠慮に少年の腕をつかむ。

「俺がここからだしてあげるよ」

 オリに入れられた子を助けてあげたら、きっと姉うえが褒めてくれる。
 だってセイギのみかたみたいだもん──幼い心が描くのは甘くて無謀な感傷だけ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

塔の上のカミーユ~幽囚の王子は亜人の国で愛される~【本編完結】

蕾白
BL
国境近くにあるその白い石の塔には一人の美しい姫君が幽閉されている。 けれど、幽閉されていたのはある事情から王女として育てられたカミーユ王子だった。彼は父王の罪によって十三年間を塔の中で過ごしてきた。 そんな彼の前に一人の男、冒険者のアレクが現れる。 自分の世界を変えてくれるアレクにカミーユは心惹かれていくけれど、彼の不安定な立場を危うくする事態が近づいてきていた……というお話になります。 2024/4/22 完結しました。ありがとうございました。 

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

【完結】抱っこからはじまる恋

  *  ゆるゆ
BL
満員電車で、立ったまま寄りかかるように寝てしまった高校生の愛希を抱っこしてくれたのは、かっこいい社会人の真紀でした。接点なんて、まるでないふたりの、抱っこからはじまる、しあわせな恋のお話です。 ふたりの動画をつくりました! インスタ @yuruyu0 絵もあがります。 YouTube @BL小説動画 アカウントがなくても、どなたでもご覧になれます。 プロフのwebサイトから飛べるので、もしよかったら! 完結しました! おまけのお話を時々更新しています。 BLoveさまのコンテストに応募しているお話を倍以上の字数増量でお送りする、アルファポリスさま限定版です! 名前が  *   ゆるゆ  になりましたー! 中身はいっしょなので(笑)これからもどうぞよろしくお願い致しますー!

希少なΩだと隠して生きてきた薬師は、視察に来た冷徹なα騎士団長に一瞬で見抜かれ「お前は俺の番だ」と帝都に連れ去られてしまう

水凪しおん
BL
「君は、今日から俺のものだ」 辺境の村で薬師として静かに暮らす青年カイリ。彼には誰にも言えない秘密があった。それは希少なΩ(オメガ)でありながら、その性を偽りβ(ベータ)として生きていること。 ある日、村を訪れたのは『帝国の氷盾』と畏れられる冷徹な騎士団総長、リアム。彼は最上級のα(アルファ)であり、カイリが必死に隠してきたΩの資質をいとも簡単に見抜いてしまう。 「お前のその特異な力を、帝国のために使え」 強引に帝都へ連れ去られ、リアムの屋敷で“偽りの主従関係”を結ぶことになったカイリ。冷たい命令とは裏腹に、リアムが時折見せる不器用な優しさと孤独を秘めた瞳に、カイリの心は次第に揺らいでいく。 しかし、カイリの持つ特別なフェロモンは帝国の覇権を揺るがす甘美な毒。やがて二人は、宮廷を渦巻く巨大な陰謀に巻き込まれていく――。 運命の番(つがい)に抗う不遇のΩと、愛を知らない最強α騎士。 偽りの関係から始まる、甘く切ない身分差ファンタジー・ラブ!

禁書庫の管理人は次期宰相様のお気に入り

結衣可
BL
オルフェリス王国の王立図書館で、禁書庫を預かる司書カミル・ローレンは、過去の傷を抱え、静かな孤独の中で生きていた。 そこへ次期宰相と目される若き貴族、セドリック・ヴァレンティスが訪れ、知識を求める名目で彼のもとに通い始める。 冷静で無表情なカミルに興味を惹かれたセドリックは、やがて彼の心の奥にある痛みに気づいていく。 愛されることへの恐れに縛られていたカミルは、彼の真っ直ぐな想いに少しずつ心を開き、初めて“痛みではない愛”を知る。 禁書庫という静寂の中で、カミルの孤独を、過去を癒し、共に歩む未来を誓う。

〈完結〉【書籍化・取り下げ予定】「他に愛するひとがいる」と言った旦那様が溺愛してくるのですが、そういうのは不要です

ごろごろみかん。
恋愛
「私には、他に愛するひとがいます」 「では、契約結婚といたしましょう」 そうして今の夫と結婚したシドローネ。 夫は、シドローネより四つも年下の若き騎士だ。 彼には愛するひとがいる。 それを理解した上で政略結婚を結んだはずだったのだが、だんだん夫の様子が変わり始めて……?

【完結】一生に一度だけでいいから、好きなひとに抱かれてみたい。

抹茶砂糖
BL
いつも不機嫌そうな美形の騎士×特異体質の不憫な騎士見習い <あらすじ> 魔力欠乏体質者との性行為は、死ぬほど気持ちがいい。そんな噂が流れている「魔力欠乏体質」であるリュカは、父の命令で第二王子を誘惑するために見習い騎士として騎士団に入る。 見習い騎士には、側仕えとして先輩騎士と宿舎で同室となり、身の回りの世話をするという規則があり、リュカは隊長を務めるアレックスの側仕えとなった。 いつも不機嫌そうな態度とちぐはぐなアレックスのやさしさに触れていくにつれて、アレックスに惹かれていくリュカ。 ある日、リュカの前に第二王子のウィルフリッドが現れ、衝撃の事実を告げてきて……。 親のいいなりで生きてきた不憫な青年が、恋をして、しあわせをもらう物語。 第13回BL大賞にエントリーしています。 応援いただけるとうれしいです! ※性描写が多めの作品になっていますのでご注意ください。 └性描写が含まれる話のサブタイトルには※をつけています。 ※表紙は「かんたん表紙メーカー」さまで作成しました。

身代わりにされた少年は、冷徹騎士に溺愛される

秋津むぎ
BL
魔力がなく、義母達に疎まれながらも必死に生きる少年アシェ。 ある日、義兄が騎士団長ヴァルドの徽章を盗んだ罪をアシェに押し付け、身代わりにされてしまう。 死を覚悟した彼の姿を見て、冷徹な騎士ヴァルドは――? 傷ついた少年と騎士の、温かい溺愛物語。

処理中です...