天使のような子の怪我の手当てをしたら氷の王子に懐かれました

藤吉めぐみ

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 世凪がアドウェルと出会う、その数時間前。
 高校の養護教諭である世凪は、午後九時を回る頃、懐中電灯を片手に学校のプールへと来ていた。
 校庭の奥にぽつんと建てられたこのプールは十年ほど前に水泳部が全国大会に行くからと作られたプールらしいが、今の水泳部はそこまでの活躍もなく、最近は生徒たちのサボりの場所になっていた。
「おーい、誰かいるならもう帰れよー」
 金網に付けられた扉を開け、プールサイドへ向かう。プールにはぎりぎりまで水が入っているので、プールサイドとの境目が曖昧になっていた。足元も濡れているし、なにより世凪はカナヅチなので、慎重に歩く。
 奥の部室と更衣室を見て回るが、さすがにこの時間に生徒はいないらしい。明日から学校祭なので、浮かれた生徒がここで騒いでるかもしれないと教頭に言われ、一番若い自分が渋々ここまで来たが、今日はもう帰っているようだ。
 それにしても、夜のプールは怖い。今日は月のない日だからか、プールを満たしている水は漆黒に染まり、手を入れたら吸い込まれてしまいそうな気がする。
「……僕も帰ろう。十時からだったよな、あの原作のドラマ。楽しみにしてるんだよな」
 今ならまだ間に合うなと、世凪は大きな独り言を言いつつプールサイドを再び歩き出した。そうでもしないと誰もいない夜のプールはやっぱり何か出そうで怖い。
 その時だった。
 真っ黒なプールに白い光が浮き上がり、世凪は自身が持っていた懐中電灯を見やった。足元を照らしているつもりでプールに向けたかな、と思っていると、足元がずる、と滑る。
「まず、いっ!」
 体勢を立て直そうともがいたが、既に体はプールの方へと傾いでいた。ここまできたら筋肉がつかず細いままの世凪に戻る力はなかった。
 ごぼぼ、と空気が泡になって登っていく音が聞こえ、その後は何も聞こえなくなる。泳げないなりに手足をばたつかせ、なんとか浮上できないかと泳ぐ格好をしてみるが、真っ暗な空間では、ただ苦しいだけでその視界が拓けることはなかった。
 ――このまま死ぬのだろうか。
 深い闇に溶けていくような感覚がして、ふとそんなことを思う。
 助けてくれそうな人はいないし、自力ではもう浮き上がれない。聞いていた走馬灯は見れないけれど、きっとここで短い人生が終わるのだろうと思った。
   せめて、結婚くらいはしてみたかったな、まあ就職してから恋人はいないけど、優しいパートナーと可愛い子どもと休日に出かけるとか、してみたかったな……そんなことを思った時だった。
 急に視界が明るくなり、今まで重かった体が軽くなる。本能で息を吸い込もうとすると、空気が胸いっぱいに入ってきて、世凪はむせながら、目を開いた。
 そこは、さっきまでいた学校のプールではなかった。
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