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「い、ずみ……?」
男のつぶやきにも似た言葉に、世凪が首を傾げる。男はしばらく世凪を見た後、少し困ったような顔をしてから口を開いた。
「だとしても、レミウェル様に怪我をさせたことには変わりない。悪いが一緒に来てもらう」
男は槍を収め、世凪を拘束している男に目配せをした。すると後ろにいた男が世凪の手を離した。けれど後ろに立ったままで、逃がさないというその圧は感じる。
「逃げようとするな。このまま歩け」
後ろから低い声で言われ、世凪は素直に歩き出した。ここはきっと従った方がいいのだろう。
「かあさま! かあさまを連れて行かないで!」
一人の男は、レミウェルと呼ばれた男の子を抱えたまま動かない。世凪との距離が空いて、彼が叫んだ。彼の母親ではないけれど、連れて行かないでなんて言われたら、少し心苦しい。
けれどここでまた何か動いて槍を突きつけられるのは嫌なので、世凪は黙って男の後について歩いた。
「ここで、処分が決まるまで待機だ」
男に連れられて来たのは、石造りの壁の小さな部屋だった。一面が鉄製の格子になっていて、おそらく牢屋なのだろう。ひんやりとした空気のその場所は、濡れたままだった世凪の体温を奪うくらい寒かった。おもわずくしゃみが出る。
すると、番人のように格子の向こうに立っていた男がこちらを振り返った。
「……上着のひとつでも貸してやりたいところだが、我慢してくれ。もし、お前が『泉に呼ばれた者』なら、我々一般衛兵は触れることすらできない」
「あの、さっきから『泉に呼ばれた者』って言ってますけど、それ、なんですか?」
世凪が問うと、衛兵は少し視線を泳がせてから、するりと前を向いて立ち直した。やっぱり答えてくれないのか、と世凪がため息を吐く。
「……お前がいたあの池のようなところは『縁の泉』という。ここではない世界から、この国に必要な人物を呼ぶという言い伝えがあるんだ。ただ、呼ばれてすぐに不敬罪を犯すなんてヤツはお前だけだ」
「不敬罪って……僕はあの子の怪我の手当をしただけです。そもそも、僕に駆け寄った時に転んでできた怪我なのに……」
格子を掴み、衛兵の横顔を眇めた目で見つめる。不満を表情に出すが、衛兵はちらりと世凪を見ただけで、視線は再び目の前に戻った。
「俺に金があれば、お前みたいな美人なら娶るんだがな……今日は、首を吊るのがいいか、溺れるのがいいかを考えて寝てくれ」
「どっちも嫌です……ていうか、ここはどこなんですか? その、泉に呼ばれたってのが本当なら、勝手に呼んだくせに勝手に捕まえて首を吊れとか溺れ死ねとか……なんなんですか」
世凪が大きくため息を吐く。何も答えない衛兵を見て、再びため息をついて世凪はその場に座り込んだ。
夢ならもっと楽しくて幸せなものを見たいのに、こんな悪夢みたいなものを見てるなんて、きっと自分は疲れているのだろう。夢さえ辛いなんて最悪、と項垂れたその時、扉の開く音が聞こえ、世凪が顔を上げた。格子の向こう、ここに入るための唯一のドアが開いたらしい。姿勢をただした衛兵の向こうに見えたのは、若い男性だった。
それが、アドウェルと出会うまでの、世凪の記憶すべてだった。
男のつぶやきにも似た言葉に、世凪が首を傾げる。男はしばらく世凪を見た後、少し困ったような顔をしてから口を開いた。
「だとしても、レミウェル様に怪我をさせたことには変わりない。悪いが一緒に来てもらう」
男は槍を収め、世凪を拘束している男に目配せをした。すると後ろにいた男が世凪の手を離した。けれど後ろに立ったままで、逃がさないというその圧は感じる。
「逃げようとするな。このまま歩け」
後ろから低い声で言われ、世凪は素直に歩き出した。ここはきっと従った方がいいのだろう。
「かあさま! かあさまを連れて行かないで!」
一人の男は、レミウェルと呼ばれた男の子を抱えたまま動かない。世凪との距離が空いて、彼が叫んだ。彼の母親ではないけれど、連れて行かないでなんて言われたら、少し心苦しい。
けれどここでまた何か動いて槍を突きつけられるのは嫌なので、世凪は黙って男の後について歩いた。
「ここで、処分が決まるまで待機だ」
男に連れられて来たのは、石造りの壁の小さな部屋だった。一面が鉄製の格子になっていて、おそらく牢屋なのだろう。ひんやりとした空気のその場所は、濡れたままだった世凪の体温を奪うくらい寒かった。おもわずくしゃみが出る。
すると、番人のように格子の向こうに立っていた男がこちらを振り返った。
「……上着のひとつでも貸してやりたいところだが、我慢してくれ。もし、お前が『泉に呼ばれた者』なら、我々一般衛兵は触れることすらできない」
「あの、さっきから『泉に呼ばれた者』って言ってますけど、それ、なんですか?」
世凪が問うと、衛兵は少し視線を泳がせてから、するりと前を向いて立ち直した。やっぱり答えてくれないのか、と世凪がため息を吐く。
「……お前がいたあの池のようなところは『縁の泉』という。ここではない世界から、この国に必要な人物を呼ぶという言い伝えがあるんだ。ただ、呼ばれてすぐに不敬罪を犯すなんてヤツはお前だけだ」
「不敬罪って……僕はあの子の怪我の手当をしただけです。そもそも、僕に駆け寄った時に転んでできた怪我なのに……」
格子を掴み、衛兵の横顔を眇めた目で見つめる。不満を表情に出すが、衛兵はちらりと世凪を見ただけで、視線は再び目の前に戻った。
「俺に金があれば、お前みたいな美人なら娶るんだがな……今日は、首を吊るのがいいか、溺れるのがいいかを考えて寝てくれ」
「どっちも嫌です……ていうか、ここはどこなんですか? その、泉に呼ばれたってのが本当なら、勝手に呼んだくせに勝手に捕まえて首を吊れとか溺れ死ねとか……なんなんですか」
世凪が大きくため息を吐く。何も答えない衛兵を見て、再びため息をついて世凪はその場に座り込んだ。
夢ならもっと楽しくて幸せなものを見たいのに、こんな悪夢みたいなものを見てるなんて、きっと自分は疲れているのだろう。夢さえ辛いなんて最悪、と項垂れたその時、扉の開く音が聞こえ、世凪が顔を上げた。格子の向こう、ここに入るための唯一のドアが開いたらしい。姿勢をただした衛兵の向こうに見えたのは、若い男性だった。
それが、アドウェルと出会うまでの、世凪の記憶すべてだった。
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