天使のような子の怪我の手当てをしたら氷の王子に懐かれました

藤吉めぐみ

文字の大きさ
18 / 73

5-2

しおりを挟む
 世凪の腕を掴んでいたのはアドウェルだった。
「おいで、治療をしてもらう」
 アドウェルはそれだけ言うと世凪を連れて部屋を出た。そのまま速い歩調で廊下を歩いていく。世凪はそんなアドウェルの背中を追いかけるようについていきながら、掴まれた腕の先の自身の手のひらに視線を向けた。小さな傷が数カ所あるのか、ところどころ血が滲んでいて、ずきずきとした痛みもあった。
「夢で怪我してもいつもは痛くないのに……」
 ストレスが溜まっている時に、たまに誰かに刺されたり殴られたりする夢を見ることがある。でも『怖い』という感情はあっても痛いと思ったことはないのだ。
 もしかしたら、これは夢ではないのかもしれない。
「痛むか? 世凪」
 世凪の動揺が伝わったのか、アドウェルが振り返り、世凪を見やる。世凪は、大丈夫です、と微笑んだ。けれど、それは決して上手な笑顔ではなかったのだろう。アドウェルは腕を離した代わりに、世凪の肩を抱き寄せた。
「心配するな。すぐに治る」
 世凪の肩を抱いたまま、アドウェルは、廊下の端まで歩く。そこから扉を開け、渡り廊下を通ると、その向こうにある建物の扉を開けた。さらに奥へと歩き、一つの部屋の前で立ち止まる。するとその扉が勝手に開いた。この国の文明に自動扉はないはずだから、世凪は驚いたが、アドウェルは構わず世凪を連れて中へと入った。
「お約束もない、こんな朝早くにどうされましたか?」
 目の前の大きな執務机の向こうに座るのは、栗色の髪を後ろで束ねた細身の、おそらく男性だった。おそらく、とつけたのは、声の低さが男性のようだったからなのだが、その顔立ちが怜悧で、ボーイッシュな女性と言われても納得してしまうほどキレイだったからだ。
 書斎を思わせるような部屋の主が立ち上がり、こちらへと近づく。アドウェルは、突然済まない、と告げてから改めて口を開いた。
「リゲル、彼の怪我の治癒をしてもらいたい」
 アドウェルが世凪の手を取り、リゲルと呼ばれた彼の前に差し出す。
「これは……破片が刺さって痛そうですね。では、すぐに」
 リゲルは世凪の手を取り、傍にあった椅子に世凪を座らせた。その目の前は執務机だが、その上にはたくさんの小瓶が並んでいる。様々な色の液体の入ったそれは、色水のようでとてもきれいだ。
「これは魔法使いの妙薬です。お手を触れることのないよう」
 世凪の視線に気づいたのだろう、リゲルがそう言いながら、その小瓶のいくつかを取り出す。それを小鉢のようなものに少しずつ加え、さながら薬の調合のようなことをすると、世凪の手にその中の液体をかけた。
「……!」
 驚きで声は出なかったものの、びくりと震えた世凪の傍にアドウェルが寄り添う。
「世凪、心配ない。リゲルはこの国一番の魔法使いだ。治癒魔法など、まさに朝飯前だ」
「確かに朝食はまだですねーー世凪様とおっしゃいましたか。傷は治しておきましたよ」
 リゲルが世凪の手をハンカチのようなものでさらりと拭う。現れた自分の手のひらには本当に傷ひとつ残っていなかった。本当に魔法だ。
「あ、りがとう、ございます……」
 こんなの自分の想像力をはるかに超えている。ここまで来てようやくこれが夢ではないと思えた。というか、夢ならきっともうとっくの前に醒めているはずなのだ。
 この世界で怪我をしたら普通に痛いし、死んだら、本当に死んでしまうということだ。
「言動には気を付けよう……」
 世凪がぽつりと呟くと、隣から、そうだな、とため息まじりの声が聞こえた。顔を上げるとアドウェルがその声と同じように安堵したような表情を向けている。
「常に俺が傍にいられるわけではないから、今のようなことがあれば、助けられるか分からない。リゲルだって全能ではないし」
 アドウェルが言うと、リゲルは少し眉を下げた。
「怪我や病気なら、お任せ下さればいいのですが、生死に関わることは私にもどうすることもできません」
 小さな怪我や軽い病気なら対処出来るが、死に直結するようなことに関しては何もできないということなのだろう。しかも、リゲルの表情が曇ったところを見ると、過去に救えない命があったのかもしれない。
「……母のことは、リゲルのせいじゃない。だからこそ、父も未だに君をここに置いてるんじゃないか」
「……そうですね。『ここ』以外、どこにも行けませんが」
 リゲルが小さく笑う。その様子を見ることしか出来なかった世凪だが、その言葉には違和感を覚えた。ただ、それに触れてはいけないことも分かる。
「……世凪、そろそろ戻ろうか。レミが機嫌を損ねているかもしれない」
 話題を変えるようにアドウェルが声のトーンを上げ、世凪に手を差し出した。世凪がそれを掴み、立ち上がる。
「そう、ですね。リゲルさん、ありがとうございました」
「はい、世凪様。またゆっくりとお会いしましょう」
 アドウェルに手を引かれ歩き出した世凪に、リゲルが微笑む。その顔はさっきの憂いなどなかったかのように優しい表情だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

《本編 完結 続編 完結》29歳、異世界人になっていました。日本に帰りたいのに、年下の英雄公爵に溺愛されています。

かざみはら まなか
BL
24歳の英雄公爵✕29歳の日本に帰りたい異世界転移した青年

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

勇者になるのを断ったらなぜか敵国の騎士団長に溺愛されました

BL
「勇者様!この国を勝利にお導きください!」 え?勇者って誰のこと? 突如勇者として召喚された俺。 いや、でも勇者ってチート能力持ってるやつのことでしょう? 俺、女神様からそんな能力もらってませんよ?人違いじゃないですか?

処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます

ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。 しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。 ——このままじゃ、王太子に処刑される。 前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。 中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。 囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。 ところが動くほど状況は悪化していく。 レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、 カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、 隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。 しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。 周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり—— 自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。 誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う—— ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます

野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。 得た職は冒険者ギルドの職員だった。 金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。 マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。 夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。 以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。

【完結】異世界転移で落ちて来たイケメンからいきなり嫁認定された件

りゆき
BL
俺の部屋の天井から降って来た超絶美形の男。 そいつはいきなり俺の唇を奪った。 その男いわく俺は『運命の相手』なのだと。 いや、意味分からんわ!! どうやら異世界からやって来たイケメン。 元の世界に戻るには運命の相手と結ばれないといけないらしい。 そんなこと俺には関係ねー!!と、思っていたのに… 平凡サラリーマンだった俺の人生、異世界人への嫁入りに!? そんなことある!?俺は男ですが!? イケメンたちとのわちゃわちゃに巻き込まれ、愛やら嫉妬やら友情やら…平凡生活からの一転!? スパダリ超絶美形×平凡サラリーマンとの嫁入りラブコメ!! メインの二人以外に、 ・腹黒×俺様 ・ワンコ×ツンデレインテリ眼鏡 が登場予定。 ※R18シーンに印は入れていないのでお気をつけください。 ※前半は日本舞台、後半は異世界が舞台になります。 ※こちらの作品はムーンライトノベルズにも掲載中。 ※完結保証。 ※ムーンさん用に一話あたりの文字数が多いため分割して掲載。 初日のみ4話、毎日6話更新します。 本編56話×分割2話+おまけの1話、合計113話。

魔王に転生したら幼馴染が勇者になって僕を倒しに来ました。

なつか
BL
ある日、目を開けると魔王になっていた。 この世界の魔王は必ずいつか勇者に倒されるらしい。でも、争いごとは嫌いだし、平和に暮らしたい! そう思って魔界作りをがんばっていたのに、突然やってきた勇者にあっさりと敗北。 死ぬ直前に過去を思い出して、勇者が大好きだった幼馴染だったことに気が付いたけど、もうどうしようもない。 次、生まれ変わるとしたらもう魔王は嫌だな、と思いながら再び目を覚ますと、なぜかベッドにつながれていた――。 6話完結の短編です。前半は受けの魔王視点。後半は攻めの勇者視点。 性描写は最終話のみに入ります。 ※注意 ・攻めは過去に女性と関係を持っていますが、詳細な描写はありません。 ・多少の流血表現があるため、「残酷な描写あり」タグを保険としてつけています。

異世界転移してΩになった俺(アラフォーリーマン)、庇護欲高めα騎士に身も心も溶かされる

ヨドミ
BL
もし生まれ変わったら、俺は思う存分甘やかされたい――。 アラフォーリーマン(社畜)である福沢裕介は、通勤途中、事故により異世界へ転移してしまう。 異世界ローリア王国皇太子の花嫁として召喚されたが、転移して早々、【災厄のΩ】と告げられ殺されそうになる。 【災厄のΩ】、それは複数のαを番にすることができるΩのことだった――。 αがハーレムを築くのが常識とされる異世界では、【災厄のΩ】は忌むべき存在。 負の烙印を押された裕介は、間一髪、銀髪のα騎士ジェイドに助けられ、彼の庇護のもと、騎士団施設で居候することに。 「αがΩを守るのは当然だ」とジェイドは裕介の世話を焼くようになって――。 庇護欲高め騎士(α)と甘やかされたいけどプライドが邪魔をして素直になれない中年リーマン(Ω)のすれ違いラブファンタジー。 ※Rシーンには♡マークをつけます。

処理中です...