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しおりを挟む大人になると、楽を覚えるし、そもそも走るという機会は減っている気がする。元々筋肉が付きにくく、男として華奢なことは認めるが、こんなにも体力がないとは思っていなかった。
「……疲れた……」
レミウェルが満足するまで庭を駆け回り、その後夕飯を一緒に食べた後、レミウェルは世凪の部屋を出ていったのだが、その途端ぐったりとした疲れが世凪を襲い、ふらふらとベッドに寄ると、そのまま体を放り投げるようにベッドに転がった。
正直五歳男児の体力を舐めていた。例え栄養の偏った食事をしていたとしても、基本の体力は世凪よりも上なのだろう。最後は日陰で様子を見ているくらいしか出来なかった。それでもレミウェルが『かあさま見ててね』なんて言って楽しそうにしていたら、部屋に戻って休むなんてことは考えられなかった。
今の自分の仕事はレミウェルの相手をすることだということもあるが、やっぱり子どもの笑顔を奪うのは気が引けたのだ。きっと疲れたから部屋に帰る、なんて言ったら彼の笑顔は曇ってしまっただろう。そうしなかった自分は偉いと思うので、今日これからはきっとだらだらと過ごしていいはずだ。風呂も明日の朝にして、今日はこのまま眠ってしまおう――そう思って世凪はゆったりと目を閉じた。
世凪が目を覚ましたのは、暗闇の中だった。ベッドの上に転がったはずだったのに、その体には柔らかな布団が掛けられている。天蓋から降りるカーテンは閉められ、いつものランタンがその向こうに見えた。
そこに人影が映り、世凪が驚いて体を起こす。
「起こしてしまったか」
そんな声と共にカーテンを揺らして姿を見せたのはアドウェルだった。それを確認して世凪がほっと息を吐く。
「アド王子……どうして、ここに?」
「仕事を終えて、ここに来たら世凪がベッドで倒れていたから驚いてリゲルを呼んだ。ただの疲労だと言うから、回復魔法をかけてもらったんだが……調子はどうだ?」
アドウェルがベッドの傍に寄る。世凪は寝る前に感じていた体の重さがないことを感じ、大丈夫です、と答えた。
「そこまでされなくても……おそらくこれ、僕の運動不足のせいですから」
普段運動をほとんどしないくせに何時間もレミウェルと走り回ったせいで疲れただけだろう。そのために呼び出されたリゲルも災難だ。明日にでも謝ろうと思う。
「結果としてそうだったが……声を掛けてもぴくりとも動かない様子には少し焦ったよ」
「眠りが深くて……ご心配お掛けしました」
「リゲルに『寝てるだけ』って言われた時は、『本当か』と三回聞き返した」
その様子を想像して、世凪は更に申し訳ない気持ちになってしまった。おそらく冷静に『寝てるだけです』と言われ、にわかに信じがたくて聞き返したのだろう。そこまで心配してくれたのだと思うと嬉しくて、世凪は思わず小さく笑ってしまった。
「笑いごとではないぞ、世凪」
アドウェルが世凪の隣に腰かけ、とても近くで顔を見やる。しばらくじっと見つめられると、世凪の心臓はドキドキと鼓動の速度を速めた。
「僕、体力ないし、体も大きくはないですけど、あまり病気はしたことがないんですよ。だから、そんなに心配しなくても大丈夫です」
アドウェルに笑顔を向けると、その表情が少し緩み、安心したように大きく息を吐く。それから大きな手がこちらに伸びて、世凪の髪を撫でた。
「世凪がそう言うなら信じよう。心配されたくないと言うなら、あんな倒れるように眠るのはやめて欲しい」
「疲れちゃって、つい……レミの体力に全力で付き合ったらあんな結果になってしまって、反省します」
「そうしてくれ。心臓が止まるかと思った」
アドウェルが優しく微笑み、髪を撫でていた手を背中へと廻す。そのまま抱き寄せられ、世凪は驚いて目を見開いた。香木の香りだろうか、アドウェルから柔らかな優しい香りが漂う。アドウェルの肩越しにランタンの明かりが揺らめいて、世凪はようやく、あの、と口を開いた。
「アド、王子……」
その名を呼ぶと、アドウェルが慌てて世凪の体を離す。視線を逸らしたアドウェルの頬は赤く染まっていた。それを見るとこちらまで照れてしまう。
「すまない。……母が、亡くなった時もベッドで倒れていて、そのままだったから、つい」
「それは、嫌なことを思い出させてしまって、すみません。でも、僕は大丈夫ですから……もう、お部屋にお戻りください」
世凪ができるだけ穏やかに告げると、そうだな、とアドウェルが立ち上がった。それからこちらを振り返り、もう一度髪を撫でる。
「おやすみ、世凪」
ゆっくり休むといい、とアドウェルは世凪から手を離し、そのまま部屋を出ていった。
その後ろ姿を見送ってから、世凪が大きくため息を吐く。
「……母親に重ねただけ、か……」
自分のことを心配して傍に居て、安心してハグをしてくれたと思って、世凪は心配させたにも関わらず、嬉しいと思った。それだけ、大事な存在になれたのかもしれないと思ったのに、母親が亡くなった時と状況が似ていたから過剰に心配しただけだったのだと分かると、世凪の気持ちは真っ逆さまに奈落まで落ちていく。
勝手に好きになって、勝手に喜んだり悲しんだりして、きっとこんな気持ちはアドウェルには迷惑以外の何ものでもない。それは分かっているのに、世凪の唇からは、再び大きなため息が零れていった。
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