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しおりを挟むその日の夜、世凪は部屋のバスタブに満たされた湯に浸かりながら、うーん、と唸っていた。
「どう言ったらアド王子が納得してくれるかな……」
世凪がぽつりと呟き、天井を見上げる。白い壁を辿ったその先の天井には青空の絵が描かれていて、その手前にはシャンデリアが飾られている。しかも、ここのシャンデリアは電気ではなく、何本ものろうそくがセットされているもので、世凪が入浴する前に使用人たちが明かりを点けてくれるのだ。何度も『ランタンの明かりで十分』と言ったのだが、それはできないらしく、ずっと拒まれている。
とはいえ、今はこの揺らめく優しい光は考え事をするのにちょうどよかった。
リゲルの寿命の話は、きっとアドウェルだって知っているはずだ。でも、それに関して何も手を出していないということは、アドウェルもあの状況を当然と思っているのだろう。人の命が目の前で少しずつ削られているのを見ても何も思わない、そんな人ではないと信じたいが、当然と思っていることに対して、人はとても残酷にもなれる。
例えば、スーパーで売っている肉や魚だって命だ。けれど自分たちは何も思わずそれを買って食べている。
「……僕もお肉好きだしなあ……」
「そうか、世凪は肉も好きなんだな」
ぽつりと呟いた言葉に対して返事がして、世凪は驚いて体を起こした。振り返ると、バスタブの傍に置かれたパーテーションの向こうから、アドウェルが顔を出していた。
「ア、アド王子……! あの、こんなところに入られるのは、困ります!」
世凪が傍に置いていたタオルを手に取り、胸に引き寄せた。価値のある体ではないが、見られるのはやはり恥ずかしい。特に相手は全ての造形が整っているのだ。そんな人に見せられる体は持ち合わせていない。
「か、勘違いするな! 部屋で世凪を呼んだが返事がなかったからここまで来た。別に覗くつもりはなかったんだ」
世凪の慌てぶりが伝染したのか、アドウェルが慌てた様子でパーテーションの向こう側へと体を隠す。それを見て、世凪は大きく息を吐いてから口を開いた。
「何か、ご用でしたか?」
世凪はバスタブから出て、体を拭くのもそこそこに夜着を身につけた。白いシンプルなシャツにウエスト部に紐が入った緩いパンツは、普段世凪が着ているパジャマに似ていて着心地がいい。髪から滴る水を受け止めるために肩にタオルを掛けただけで、世凪は身支度を整えた。
「用というほどではないが……世凪はどうしてるかと思って。何か困ったことはないか、とか」
アドウェルなりに気をつかって様子を見に来てくれたということなのだろう。彼にとって自分は世話を任された存在なのだから、これも仕事のうちだと分かるがそれでも会いに来てくれたことは嬉しい。
「困ったことはないです。でも、お願いがひとつだけ」
世凪はアドウェルが隠れているパーテーションの向こうに顔を出した。見上げたアドウェルの顔は、少し紅潮しているように見えたが、シャンデリアの光が当たっただけかもしれない。
「お願い? なんだ、言ってみるといい」
よほどのことでなければ聞くぞ、と告げる頃には、アドウェルの顔色はいつもの透明感のあるものに戻っていた。
「……少し、お茶でも飲みながら話しませんか?」
世凪が少し緊張した面持ちでアドウェルを見上げる。その雰囲気で察したのだろう、アドウェルは世凪の肩に触れると、背中を押すように歩き出した。
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