天使のような子の怪我の手当てをしたら氷の王子に懐かれました

藤吉めぐみ

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「大丈夫ではないだろう? 世凪は今、俺に襲われているが、俺の腕を振りほどけるか?」
 肩からするりとアドウェルの手が世凪の腕を辿り、手のひらを重ねるように世凪の手を押さえつける。指を絡めて繋がれた手を見て、世凪はその手にぐっと力を入れた。アドウェルだって細身に見えるし筋肉隆々というわけではないのに、世凪の手は動かすことも出来なかった。
「これは……いきなりで、少し油断しただけです」
「世凪、この世のどこに『これから襲います』と宣言する暴漢がいると思う? 咄嗟に何もできないなら、大丈夫とは言えない」
 アドウェルがまっすぐにこちらを見つめ、いつもよりも低い声で言い切った。確かにアドウェルの言う通りだ。そんな宣言をしてもらえるなら、誰だってそのうちに逃げ出すことが出来るだろう。そんな正論に何も言い返せず、世凪はアドウェルから視線を逸らすように横を向いた。すると、いままできつく繋がれていた手がふわりと解放され、その代わりにアドウェルの腕が背中へと廻り込んだ。
「アド……」
 驚いて名を呼ぼうとしたその瞬間、世凪の体が抱き起こされ、そのままアドウェルに抱きしめられた。驚きで世凪の呼吸が一瞬止まる。
「……このまま閉じ込めておけたらいいのに……」
 耳元でささやかれた言葉に、世凪の鼓動がどきんと高く鳴った。それはどういう意味なのか聞きたくて世凪が顔をあげると、アドウェルの青い瞳と目が合う。吸い込まれそうな空の色を見つめていると、ふいに唇に温かな物が触れ、世凪は体を体を固くした。
 アドウェルにキスをされている――そう理解出来たのは、その唇が自分から離れていった後だった。
「ア、ド、王子……」
 ゆっくりと体を離され、世凪が震える声でアドウェルを呼ぶ。アドウェルはそんな世凪から視線を逸らした。
「……嫌だったのなら、なかったことにしていい」
 アドウェルが立ち上がり、ソファから離れる。その横顔は確かにほんのり赤くなっていた。そのまま部屋のドアへと向かい歩いていく。世凪はそれを見送りながら、これだけは伝えなければと思い、立ち上がった。
「嫌ではなかったです!」
 アドウェルの背中に強く言葉を伝えると、アドウェルが立ち止まった。こちらを振り返るその顔が、柔らかく笑む。
「……ゆっくり休んで、世凪」
 アドウェルはそれだけ言うと、そのまま部屋を後にした。ドアが閉まり、人の気配が消えると世凪はソファに崩れるように腰を下ろし大きく息を吐いた。
「……好きになるなって方が無理だよ、こんなの……」
 同じ男なのに。身分だって違うし、向こうは自分に母親を重ねて甘えているだけなのに。
 世凪の心は既にアドウェルに捕らえられ動けなくなっている。
 叶うことのない恋。そんなもの、自分なんかがしていいものではないと思っていた。あれは、漫画の中のヒロインにだけ許された試練だ。叶うことなんかないと言いつつ、ラストにはヒーローに抱きしめられている、それが『#叶わぬ恋』だろう。
 だから、自分のためにもこの気持ちには蓋をしておかなくてはいけない。隠しておかなくてはいけない。この気持ちは報われることなどないのだから。
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