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翌日からは、朝食を済ませると世凪はリゲルのところへと向かうようになった。
リゲルが魔法薬の試行錯誤をする横で、世凪は簡単な治療ができるものを作っていた。
「世凪様、この布を煮込めばいいんですか?」
「うん、そう。そうすることで雑菌が増えないようにするんだ。滅菌ってわけにはいかないけど、やらないよりはマシだからね」
世凪を手伝ってくれているのは、父親が医者だという城のメイド・マリアだ。可愛らしい容姿をしているが世凪の指示にテキパキと働いてくれる、とても優秀な助手だ。
「これを取り寄せたのも、殺菌のためとおっしゃってましたね」
マリアが机の端に置いていた茶色の瓶に触れる。中には七十パーセントのアルコールが入っていた。これは消毒用に作ってもらったものだ。ワインを作る技術があるのなら、アルコールを蒸留することも可能なのではと思い聞いてみたのだが、町の医者は既に消毒用アルコールを使っていた。なので、それを取り寄せたのだ。
「そう。怪我も病気も清潔を心がけるだけで悪化しないからね」
「そういえば……世凪様に言われて厨房をこちらで拭くようにしたら、腹痛を訴える人が減りましたね」
ねえリゲル様、とマリアがリゲルに視線を向ける。それに応じるように顔を上げたリゲルが、そうだね、と穏やかに頷いた。
「世凪様がこちらにお越しになるようになってから、私の出番はほとんどなかったんですが、それ以上に体の不調を訴える者は少なくなりましたね」
「世凪様が使用人たちも野菜の摂取をするように言ってくださってから、みんな調子がいいですし」
肌もきれいになったんです、とマリアが嬉しそうに笑った。
世凪は、使用人たちの食事について聞いた時、肉の切れ端とパンで済ませていると知って驚いた。それでは、一日仕事をして動き回っている人たちには完全に栄養不足だ。なので、レミウェルに出している食事を使用人たちも食べたらいいと思い、どうせ出る野菜の切れ端でいいから上手く摂取してほしいと告げると、シェフがそれに応じてくれたのだ。効果が出ているならそれだけでほっとする。
「ここに来れば世凪様が話を聞いてくれますしね」
リゲルが言葉を足すと、マリアが、そうなんですよ、と笑った。
「僕は、本当に聞くだけですけど」
世凪が苦く笑うと、それがいいんですよ、とマリアが机に手をついて世凪の方へ身を乗り出した。
「昨日もメイド仲間が、恋の話を聞いてくれたって、喜んでました」
「ああ……あれは、ちょっとキュンキュンしたよね」
昨日は、悩みを聞いてほしいと、一人のメイドがここを訪れた。リゲルには席を外してもらい聞いた話は、城の衛兵になった幼馴染みを追いかけて城のメイドになったのに、彼は「どうしてこんなところに来た」と、彼女を歓迎しなかった、というものだった。
実はその前日に怪我をした衛兵から治療のついでに、幼馴染みの女の子が城のメイドになったんだけど心配だ、という話を聞いたばかりで、世凪的には『すれ違い両片思い、しかも幼馴染み属性!』とテンションが上がる話だったのだ。
メイドの子には、心配されてるだけだから大丈夫、とアドバイスをして帰ってもらったのだが、それが彼女の心に力を与えていたのなら世凪にとっても嬉しいことだ。
「世凪様は聞き上手なので、きっとここの噂はすぐに広まりますよ」
忙しくなりますね、とマリアに言われ、世凪は眉を下げた。
「保健室が盛況って、あまりいいことじゃないんだけどね」
自分の仕事は暇なくらいがちょうどいいと思っていた。ここに来てもそれは同じだ。
「でも、何もなくても話をしに来れる場所があるって、やっぱり私たちには新鮮だし、少し嬉しいです」
「そういうことなら僕も嬉しいけど」
大学生の時に資格を取るために履修した心理学やカウンセリング学だったが、こうして役に立っているのなら、あれも無駄な時間ではなかったのだろう。
どうしてここに居るのか分からないというモヤモヤとした悩みも少しだけ晴れた気がして、このままここで『泉に呼ばれた者』なんかにならずにこんな毎日を過ごしていくのも悪くない――この時の世凪はそう思っていた。
リゲルが魔法薬の試行錯誤をする横で、世凪は簡単な治療ができるものを作っていた。
「世凪様、この布を煮込めばいいんですか?」
「うん、そう。そうすることで雑菌が増えないようにするんだ。滅菌ってわけにはいかないけど、やらないよりはマシだからね」
世凪を手伝ってくれているのは、父親が医者だという城のメイド・マリアだ。可愛らしい容姿をしているが世凪の指示にテキパキと働いてくれる、とても優秀な助手だ。
「これを取り寄せたのも、殺菌のためとおっしゃってましたね」
マリアが机の端に置いていた茶色の瓶に触れる。中には七十パーセントのアルコールが入っていた。これは消毒用に作ってもらったものだ。ワインを作る技術があるのなら、アルコールを蒸留することも可能なのではと思い聞いてみたのだが、町の医者は既に消毒用アルコールを使っていた。なので、それを取り寄せたのだ。
「そう。怪我も病気も清潔を心がけるだけで悪化しないからね」
「そういえば……世凪様に言われて厨房をこちらで拭くようにしたら、腹痛を訴える人が減りましたね」
ねえリゲル様、とマリアがリゲルに視線を向ける。それに応じるように顔を上げたリゲルが、そうだね、と穏やかに頷いた。
「世凪様がこちらにお越しになるようになってから、私の出番はほとんどなかったんですが、それ以上に体の不調を訴える者は少なくなりましたね」
「世凪様が使用人たちも野菜の摂取をするように言ってくださってから、みんな調子がいいですし」
肌もきれいになったんです、とマリアが嬉しそうに笑った。
世凪は、使用人たちの食事について聞いた時、肉の切れ端とパンで済ませていると知って驚いた。それでは、一日仕事をして動き回っている人たちには完全に栄養不足だ。なので、レミウェルに出している食事を使用人たちも食べたらいいと思い、どうせ出る野菜の切れ端でいいから上手く摂取してほしいと告げると、シェフがそれに応じてくれたのだ。効果が出ているならそれだけでほっとする。
「ここに来れば世凪様が話を聞いてくれますしね」
リゲルが言葉を足すと、マリアが、そうなんですよ、と笑った。
「僕は、本当に聞くだけですけど」
世凪が苦く笑うと、それがいいんですよ、とマリアが机に手をついて世凪の方へ身を乗り出した。
「昨日もメイド仲間が、恋の話を聞いてくれたって、喜んでました」
「ああ……あれは、ちょっとキュンキュンしたよね」
昨日は、悩みを聞いてほしいと、一人のメイドがここを訪れた。リゲルには席を外してもらい聞いた話は、城の衛兵になった幼馴染みを追いかけて城のメイドになったのに、彼は「どうしてこんなところに来た」と、彼女を歓迎しなかった、というものだった。
実はその前日に怪我をした衛兵から治療のついでに、幼馴染みの女の子が城のメイドになったんだけど心配だ、という話を聞いたばかりで、世凪的には『すれ違い両片思い、しかも幼馴染み属性!』とテンションが上がる話だったのだ。
メイドの子には、心配されてるだけだから大丈夫、とアドバイスをして帰ってもらったのだが、それが彼女の心に力を与えていたのなら世凪にとっても嬉しいことだ。
「世凪様は聞き上手なので、きっとここの噂はすぐに広まりますよ」
忙しくなりますね、とマリアに言われ、世凪は眉を下げた。
「保健室が盛況って、あまりいいことじゃないんだけどね」
自分の仕事は暇なくらいがちょうどいいと思っていた。ここに来てもそれは同じだ。
「でも、何もなくても話をしに来れる場所があるって、やっぱり私たちには新鮮だし、少し嬉しいです」
「そういうことなら僕も嬉しいけど」
大学生の時に資格を取るために履修した心理学やカウンセリング学だったが、こうして役に立っているのなら、あれも無駄な時間ではなかったのだろう。
どうしてここに居るのか分からないというモヤモヤとした悩みも少しだけ晴れた気がして、このままここで『泉に呼ばれた者』なんかにならずにこんな毎日を過ごしていくのも悪くない――この時の世凪はそう思っていた。
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