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しおりを挟むこの国の食事は朝と晩の二回だけだ。とはいえ、午後に一度ティータイムがあり、その時に軽食も一緒に摂るのが習慣らしい。
アフタヌーンティーといえばケーキスタンドに載ったスイーツを想像していたのだが、一番初めに見たのは、固いパンとサラミだったので、随分がっかりした。
「本日は、卵サンドと果物の盛り合わせをご用意いたしました」
けれどここ最近、アフタヌーンティーで出てくる軽食は、随分彩りが豊かになった。レミウェルの食事を変えてから、このティータイムのメニューも世凪の意見を取り入れてもらい、刷新したのだ。目指すアフタヌーンティーまであともう少しだな、と世凪が中庭に用意されたガーデンテーブルの上を見て満足そうに頷く。
「かあさま、どうかしたの?」
先にガーデンチェアに座ったレミウェルが世凪を見上げる。
この日は、午後からレミウェルと中庭で遊ぶ約束をしていて、つい先ほど、メイドにお茶が入ったと呼ばれるまでは紙飛行機を作ってそれを追いかけて遊んでいた。
レミウェルがバランスのいい食事を始めてまだ二週間というところだが、今日は一度も転ばなかったので、いい傾向なのだと思う。
「なんでもない。美味しそうだね」
世凪がレミウェルの向かい側に座り、微笑む。それから二人で淹れたての紅茶の入ったカップを手に取った、その時だった。
「レミウェルじゃないか」
そんな声がして、世凪は中庭を横断するように作られた渡り廊下に視線を向けた。廊下と中庭を隔てる腰ほどの高さの欄干を軽く飛び越える黒いスーツ姿の男性には覚えがなかった。けれど、レミウェルが慌てて立ち上がり、傍に居たメイドが恭しく頭を下げたので、位の高い誰かなのは予想が出来た。
世凪も彼らに倣い、席を立って頭を下げる。
「フェルジェ兄さま……」
レミウェルの呟いた名前で、この人が第一王子なのだと分かった。遠くから見た感じはアーモンド色の髪に、アドウェルよりもしっかりした体躯を持っているようだった。兄弟、というには似ていないが、異母兄弟なのだからそういうこともあるだろう。
「……最近、食事に顔を出さないから父上が心配しているが……この者と居たのか?」
こちらに視線が向いたと感じ、世凪が更に深く頭を下げる。
「顔を見せてくれ。名は?」
アドウェルよりも大きく少し威圧的にも感じる声を聞き、世凪が顔を上げる。目の前には、黒いスーツを着た男性が立っていた。アーモンド色の髪と、深いブルーの瞳が印象的だ。この人がアドウェルとレミウェルの異母兄弟で第一王子のフェルジェのようだ。
「……石丸世凪、と申します」
「お前が『泉に呼ばれた者』か。ふーん……」
フェルジェが品定めでもするかのように、世凪をつま先から頭のてっぺんまで見回す。世凪はその視線に嫌悪を感じて、ほんの少し後退りをした。無意識に距離を取りたいと思ってしまったのだろう。
「オレは女の方が好みだが、お前なら毎晩愛でてもいいな。どうだ、オレの側室になるのは」
第一王子とはいえ、初めて会った男にいきなりプロポーズ、しかも二番目にならないか、などとのたまう男に、どうして『はい』などと言えるだろう。世凪はあえてにっこりと微笑み、フェルジェを見上げた。
「お断りします」
世凪がはっきりと伝えると、フェルジェはしばらく時間が止まったように動かなくなってしまった。それから少し震える声で、もう一度、と呟く。
「お断りします、と申し上げました」
「……なるほど。初めて聞く言葉で、理解が遅れたよ。まあ、そういう相手を落とすのも悪くないな」
フェルジェは本当に誰からも振られたことがなかったのだろう。男らしく整った顔が少しひきつった笑顔になっている。第一王子に対してとんでもない態度を取ったかとも思ったが、曖昧な返事をして、外側の大きな力でこの人の横に並べられたら嫌だなと思ったのだ。
「ご理解いただけて良かったです。では、僕らはお茶の時間なので、これで失礼します」
世凪が頭を下げようとすると。不意に肩を掴まれフェルジェに抱き寄せられた。驚きと嫌悪で肌がわななく。
「レミウェルの前だからと、意地を張って嫌いなフリをしなくてもいい。演技だと分かっている」
耳元でそんなことをささやかれ、世凪が、え、と返すが、世凪を離したフェルジェは世凪を見つめ、笑顔を向けた。
「また会いに来る」
それだけ言うと、フェルジェはまた渡り廊下の方へと戻っていった。
「何、今の……」
世凪はそんなフェルジェを呆然と見送ることになってしまい、彼が視界の中から消えるまで動けずにいた。
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