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しおりを挟むその日の夕方、世凪はベージュのフロックコートのスーツを着せられ、鏡の前に立っていた。首元のスカーフが慣れなくて触れようとすると、世凪様、と使用人から声が飛ぶ。
「形を整えてますので、触れないようお願いします」
パンツの裾を整えて、靴の汚れをふき取った使用人に言われ、世凪は眉を下げた。
「こんなスーツ着たことなくて……結婚式の新郎みたい」
「本当にご結婚される時は、こんなシンプルなスーツではないですよ。これはあくまで晩餐用です。でも、とてもよくお似合いですよ」
「ありがとう、ございます」
「さすが、アドウェル様ですね。世凪様の優しい、柔らかな雰囲気に合うものをお選びになって」
「これ……アド王子が?」
「ええ、スーツから靴、カフスまで全て」
言われて世凪は改めて鏡に映る自分を見つめた。スーツの襟と袖口には白い糸で控えめな刺繍が入っている。スカーフを留めているのは薄い青の石が付いたピンで、同じ色のカフスボタンもとてもキレイだ。装飾品の類はそれだけだが、自分が少し華やかに見えるのは、アドウェルが選んでくれたもののおかげだろう。
それにやっぱりきちんと国王に会うのはすごく緊張していたから、お守りのようで少し嬉しかった。
「ちゃんとお礼をしなきゃ」
世凪が、アドウェルの瞳の色と同じ色の石を見つめながら呟いた時だった。
「礼には及ばない。世凪が着こなしてくれるだけでいい」
そんな声が聞こえ、世凪が振り返る。部屋のドア近くに柔らかい笑みを浮かべたアドウェルが立っていた。
「アド王子……」
「とてもよく似合っている」
アドウェルがこちらに近づき世凪の肩に触れる。そんなアドウェルも光沢のあるグレーのスーツを着ている。銀色のクロスタイは漆黒の石で留められていた。純白のイメージの強いアドウェルだが、暗い色調もよく似合っていた。
「アド王子も素敵ですよ」
「世凪が褒めてくれるなら、このスーツの出番も増えそうだな」
アドウェルが、ふふ、と笑ってから世凪に手を差し出す。
「迎えに来た。一人では食堂まで行きにくいだろうと思って。今日は、父とフェルジェと義姉、それにレミしかいないからそんなに気負わなくてもいい」
世凪はその言葉に少しだけほっとしてアドウェルに手を差し出した。アドウェルがそれを優しく掴んだ。
「……昨日は悪かった。あんな態度、大人げないと反省した」
突然アドウェルの方からそんな言葉を切り出され、世凪はふるふると首を振った。
「僕の言葉選びが良くなかったんです……誕生日のお祝いがしたいのは、本当ですし、プレゼントも差し上げたい。ただ、お見合いに関しては、アド王子が幸せになれる相手を選んで欲しいと思っています。あなたが幸せだと思う相手とご婚約されたら、その時に僕からもプレゼントを差し上げたいです」
きちんと、昨日本当に言いたかったことを言葉にしたつもりだ。これでもなお、アドウェルが機嫌を損ねてしまうのなら、もうこのことに関しては何も口にしないと決めた。
「……幸せになれる相手、か……世凪の言葉、今度はきちんと受け止めた。俺が幸せになれる相手を選んだら、世凪がプレゼントをくれるのも忘れないが、いいか?」
アドウェルの青い瞳がこちらを見つめる。優しいのにまっすぐなその目に世凪の鼓動は自然と早くなった。
「は、はい……もちろんです」
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