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しおりを挟むその日の夜、いつもなら一人で訪ねてくるアドウェルが、使用人と共に世凪の部屋にやってきた。誰かを連れて歩いているのはいつものことなのだが、部屋の中まで入ってくるのは稀だったので、よほど大事な用事なのかと思い、世凪は座っていたソファから立ち上がった。
「もう、儀式について誰かから聞いたか? 世凪」
世凪の背中に手を廻し、アドウェルが世凪をソファへと座らせる。同時に隣に座ったアドウェルだったが、使用人に、アドウェル様、と小さく咎められ、アドウェルは世凪から少し距離を取って座り直した。やっぱりいつもと様子が違う。
「リゲルさんからざっくりと……決まり事とはいえ、僕は納得していませんが」
「そう言うだろうなと思っていた」
アドウェルが世凪の言葉を聞いて小さく笑う。それから表情を戻してまっすぐに世凪を見つめた。
「二週間後の満月の夜に、洗礼が行われる。それから一週間世凪の療養を経て、その後フェルジェと国王、それぞれとの相性をみることになっている。婚姻の儀は早ければその翌週だ」
アドウェルがこれから世凪にまっていることをゆっくりと説明してくれる。けれど、それはほとんど頭に入ってこなかった。やっぱりこれは決定事項になっているのだろう。世凪がどれだけ嫌だと言っても変わらないのかもしれない。
「だから……俺とこうして会えるのは、あと二週間だけだ。さらに言えば、もう二人きりで会うことはできない」
「……え?」
アドウェルの言葉が信じられず、世凪が思わずアドウェルに詰め寄る。するとその分アドウェルは距離を取った。
「世凪の婚姻相手の候補に俺は入っていない。俺はいずれ王宮を出ていく立場だから、『縁の泉』から来た者と結ばれることはない。だからこれ以上世凪の傍に居ることはできないんだ」
アドウェルが眉を下げ、弱い笑みを浮かべる。こんなに辛そうな表情をこれまで見たことはなかった。胸がきゅっと痛みを覚えるのと同時に、世凪の中にひとつの確証が生まれる。
アドウェルが世凪と会えなくなることを悲しんでくれているのは明らかだ。悲しいということは、アドウェルも世凪のことを憎からず思ってくれているのだろう。
告げられた現実は悲しいけれど、それだけは嬉しかった。
「アド王子と僕の間に何かあっては困るから、という配慮なのは分かります。でも、二週間は会えるんですよね」
「他に人がいて、距離もこのくらい離れてしまうが、会うことはできる」
そう言われて世凪は部屋の壁際に立っている使用人の男性に視線を向けた。遠くを見ていて目が合うことはないが、視界の端には常にアドウェルと世凪がいるのだろう。触れようとすればきっとさっきのように咎められる。本当に会うことしかできないのだと思った。
「だったら……アド王子のお休みを一日僕にいただくことはできませんか?」
「それは構わないが……何かしたいことがあるのか?」
「アド王子と過ごしたいだけです。できれば城の外に出たいですが、無理ならどこでも構いません」
もうこの恋は叶わないと分かっている。思うだけは自由、とはいえこの先どうしても他の誰かと交わり、好きでもない人の子を産み育てなければいけないのだとしたら、せめて思い出が欲しかった。辛くなったら時々取り出して浸れるくらい、幸せな思い出が欲しい。
「……分かった。調整してみよう。護衛が増えることにはなるが街へ行けるかもしれない」
「本当ですか? それは楽しみです」
最初で最後のデート。それが叶うだけでも嬉しい。見たことのない街並みをアドウェルと歩けるだけでもきっと一生分の幸せを得られるだろう。
世凪が微笑むと、アドウェルが優しく頷いた。
「予定が決まったらまた話しに来る。その時に何をするか決めよう」
「はい!」
きっと二週間なんてあっという間だ。でも、その後のことはその時にまた考えればいい。今はただ、アドウェルと過ごせる時間を大事にしたいと思った。
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