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しおりを挟む「天気が良くて、お出かけ日和ですね」
世凪とアドウェルを乗せた馬車は城から農地を抜けた先にある街まで来ていた。二頭立ての馬車は珍しいのか、馬車の扉についた王家の紋章が目を引くのか、窓越しに何人もの人がこちらを見上げる姿を見た。
だから当然のように、路地に馬車が止まり、その扉が開くと人の目が集まる。
「雨なら雨で行き先が変わるだけだ。世凪とともに過ごすことは変わらない」
アドウェルが先に馬車を降り、世凪に手を差し出す。今日のアドウェルは外に出るためか、いつもよりもかっちりとしたスーツを着ていた。深いグレーの上下と白いシャツ。襟元には大きなノットのタイをしている。世凪に差し出すその手も白い手袋で覆われていた。
一方の世凪も今日はブラウンのスーツを着ている。同系色のアスコットタイがとてもおしゃれなそれも、アドウェルが選んだものらしい。
「それでも、こうしてアド王子とここまで来れて嬉しいです」
微笑む世凪の手を、アドウェルが自身の腕に乗せる。これでは距離が近すぎるかと思ったが、護衛の男性は一定の距離を保ったまま、特に何も咎めない。エスコートという形であれば、このくらい近くに居てもいいらしい。外でアドウェルが恥をかかない為でもあるのだろう。それでもその状況は世凪にとっては好都合で、遠慮なくアドウェルに腕を組んだ。
これが最後だと思えば、恐れることは何もなかった。
「俺も、世凪にこの街を見せることが出来てよかったよ。この先は、こんなふうにここまで来ることがあるか、分からないから」
国王とフェルジェ、どちらの側室になったとしても、立場はいずれ『第二王妃』になる。そんな肩書を持ってしまったら自由にこんなところへ来ることなど出来ないだろう。買い物がしたければ外商が来て、食べたいものがあればシェフが作る――世凪がみずから動くことはきっとなくなってしまう。これが最後かもしれない、とアドウェルは言っているのだろう。だったら余計に楽しまなければいけない。
「どこか行きたいところはあるか? 世凪」
アドウェルが世凪に微笑みかける。世凪はその笑顔を見上げてからしばらく悩むように首を傾げた。
まだアドウェルに何をあげようか決めていない。金額の上限もあるので洋服なんかは買えないし、かといって食べ物のようなすぐになくなってしまうものも贈りたくはない。
「もし決まらないのなら、舞台を見に行かないか? 夜は少し難しい演目なんだが、昼の公演は堅苦しくない演目が多いし、世凪でも楽しめるはずだ」
この国の古典が分からない世凪にとってその提案は嬉しかった。おそらく能と狂言のような違いなのだろうが、楽しく文化に触れられるのは貴重な経験だ。なにより、アドウェルと同じものを見て、その時間を共有できることが嬉しい。
「はい、行きたいです!」
是非もなく頷くと、アドウェルが、少し急ぐか、と世凪の手を握って歩調を早めた。街の中をアドウェルと手を繋いで歩いている――それだけで世凪は幸せだと思えた。
「良かった。世凪と同じものを見て楽しめる時間があっただけでも嬉しい」
アドウェルもきっと同じ気持ちなのだろう。
でもお互いに言葉には出せない。出してはいけない。それを思うと、世凪の胸はぎゅっと鈍い痛みを覚えた。
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