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しおりを挟む正直、向こうの自分がどうなっているか分からないとか、ここで過ごしたことも記憶しているのか分からないとか、そもそも失敗したらどうなるのかとかたくさん不安はある。
でも、世凪はもうこの世界には居ないことになった方が、上手くいくような気がしたのだ。
「本当は『泉に呼ばれた者』ってトラブルメーカーなんじゃないかなあ?」
「まあ、歴代おキレイな方ばかりと伺ってますから、争いの火種になりかねないでしょうけど、そんなことはないと思いますよ」
翌日、午後のお茶を用意しに来てくれたマリアに世凪が思っていたことを口にすると、マリアは眉を下げて微笑んだ。
「でも、ミシェルさんだって彼が来ていなければ、国王様だって家族を大事にしただろうからフェルジェ様もあんな捻くれた性格にはなってなかったかもしれないし、僕だって、アド王子の心を惑わすことも、国王と第一王子で争うこともなかったと思うんだよね」
世凪が目の前に置かれたティーカップを手に取り、口元に近づける。今日はとてもいい香りのする紅茶だ。
「それは結果論ですよ、世凪様」
マリアがこちらを少し真剣な目で見つめる。
「ミシェル様がいらっしゃらなければ、国王様のワガママな政治が続いて、いつ国が傾いてもおかしくなかったそうです。王妃様は隣国の第二王女様なのでお嬢様としての知識もマナーも完璧ですが、政治や経済は学んでらっしゃいません。そういったことを学んでいたミシェル様が側室として国王に助言してくださったから今があるんです。それに、ミシェル様がいなければ、アドウェル様も存在しませんよ」
マリアが最後は楽しそうに告げる。それはその通りだ。ミシェルがいなければアドウェルはいないし、世凪とも会っていない。
「でも僕は何もしてないし……」
「結果を急ぐことではありません。ミシェル様の成し遂げたことだって振り返ったらそこが転機だったってだけの話だと思います。きっと、世凪様も振り返った時に呼ばれた理由が分かると思います……だから、帰るなんて、言わないでください……」
それまではきはきと話していたマリアだが、最後は声が掠れていて、世凪はマリアに視線を向ける。いつも可愛らしい顔がこの時は歪んでしまっていた。その瞳から涙が落ちる。
「泣かないで、そんな顔しないでよ」
世凪が立ち上がり、マリアを抱きしめる。一緒に保健室の真似事をしてくれて、共にいる時間が長かったからだろう。世凪と離れたくないと思ってくれていることが嬉しかった。
「世凪様を助けたいと思ってる使用人はたくさん居ます。絶対逃げ出すことは出来ますし、その後の暮らしも保障します。だから、帰らないでください」
お願います、とマリアが世凪に抱きつく。世凪はそんなマリアの髪を撫でながら、こんなに悲しんでもらえるのは嬉しいけれど、心苦しいなと思った。
「……まだ時間はあるから、考えてみるよ」
嘘を口にしたせいか、世凪の胸がぎゅっと痛む。それでも、ホントですか、と世凪から離れて笑顔を向けるマリアを前にしたら、この嘘は吐いてよかったのだと思った。
「マリア、もしあればでいいんだけど、便箋と封筒って用意できるかな?」
「ええ、ご用意できますが……お手紙を書かれるんですか?」
まさか別れの手紙ですか、とマリアの表情が険しくなる。その通りなのだが、違うよ、と世凪は笑顔で嘘を重ねた。
「ほら、全ての使用人さんたちに挨拶できるわけじゃないでしょう? それに、国王様やフェルジェ様にも会うわけにはいかないけど、生活させてもらった恩はあるし、手紙くらい書いてもいいかなって」
「そういうことでしたら……多めにご用意しますね」
「うん、お願い。あ、あと、いつでもいいからリゲルさんを呼んでもらえる?」
「はい。この時間なら執務室にいらっしゃると思うので声を掛けてきます」
早速行ってきます、とマリアが部屋を出る。それを笑顔で見送ってから、世凪はため息を吐いた。
「ごめんね……マリアにもちゃんと手紙書くよ」
ズキズキと胸が痛む。優しくしてくれた人を裏切るのは辛いけれど、きっとこの選択は正しかったと思える日が来るはず――そう信じて、世凪は深いため息を吐いた。
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