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しおりを挟む「世凪様が言っていることは、もちろん私には容易いことですが、ご説明を頂いてもよろしいですか?」
リゲルが便箋と封筒を持って世凪の部屋を訪れたのは、数時間後のことだった。ソファに座っていた世凪の前にあるテーブルにクリーム色の紙の束を乗せると、リゲルはその向かい側の椅子に腰かけた。その表情が険しいところを見ると、大体の想像は出来ているようだ。
「それが、僕ができる最後のことだと思うんです。僕が居なくなって悲しんでくれるのは嬉しいですが、実際に悲しませたいわけではないので」
「だからって、手紙を読み終えたら世凪様の記憶が消える魔法なんて、誰も望みませんよ」
リゲルに怪訝な顔をされ、世凪は眉を下げた。
初めから居ない人になれば悲しむ人もいないし、きっと日々は世凪が来る以前と同じように動いていくだろう。世凪が関わって改善されたことはこのまま残っていくのならそれで十分だ。
「リゲルさんにはご迷惑を掛けると思います。魔法を使って欲しいなんて、命を削ってほしいと言ってるようなものだし、僕が勝手に作った保健室に対する違和感の擦り合わせとかもお願いしてしまうだろうし……」
世凪に話を聞いてもらうと気持ちが楽になると言ってくれる使用人もいたくらい、あの部屋で世凪が話を聞くことはここで働く人にとって手助けになっていたようだ。突然なくなったら不思議に思うだろう。誰に話を聞いてもらってたかを思い出せないのに話は聞いてもらった記憶はあるという人も出てくるかもしれない。そうなるとリゲルに嘘をついて貰うことになる。
「そんなことは構いませんが……本当に忘れられていいのですか? ……アドウェル様にも」
その名前を聞くと、世凪の胸は鈍く痛む。きっと一生抱えていくだろうこの痛みは、いつか慣れるのだろうか――そんなことを考えながら、世凪は頷いた。
「アド王子が僕を覚えていることで胸を痛めるのなら、忘れて他の誰かと幸せになってくれた方がいいです。でも、僕はそれを見たくはない。あの人も僕と同じ痛みを抱えながら一人で生きていると思い込んだままでいた方が、僕にとってはいいから」
アドウェルは今日も世凪のことを想いながら過ごしてくれていると思うだけで、世凪も頑張れる気がしていた。それが世凪が作り出した妄想でも願望でもいいのだ。
世凪が話すと、リゲルはしばらく黙った後、分かりました、と頷いた。
「では、手紙を書いていただけますか? もちろん、アドウェル様の分も」
「はい、じゃあ夜までには書いておきます」
世凪がゆっくりと頷くと、リゲルが椅子から立ち上がった。
「それでは、夜にまたお伺いします。使用人たちの分はまとめて一通でよろしいですよ。私が立ち会ってその場で魔法を掛けますから。あとは、手紙の内容は素直にお書きくださいね」
「……分かってます。最後の言葉ですから」
世凪の言葉に大きく頷いたリゲルはゆっくりと部屋を後にした。それを見送り、世凪がテーブルに置かれた便箋に手を伸ばす。
「素直に……書いていいのかな……」
取り上げたまっさらな紙を見つめて思い浮かぶのはあの日別れた時のアドウェルの真剣な眼差しだった。『好きだ』と言ってくれたと思っていいなら、その返事を書きたい。
世凪は紙の束を取り、立ち上がると、よし! と気合いを入れて部屋のデスクの前へと向かった。
使用人達には感謝を、マリアにはそれに謝罪も含めた。レミウェルには『かあさま』と呼ばれて嬉しかったこと、立派な大人になって欲しいと書いて、国王には感謝と国の発展のお祈りをしたため、フェルジェには奥さんとの関係が良くなるように激励の言葉を綴った。
そしてアドウェルには、何を書いたらいいのか迷った挙句、一言だけ書いて封筒に入れた。
『アド王子をこの先も心から愛しています』
届いた瞬間に忘れられてしまう言葉でも、伝えられたならそれだけでいい。そう思って、その言葉をリゲルに預けることにした。
「――それで、こちらがアドウェル様の分ですね。確かに全てお預かりしました」
約束通り、夕飯の後すぐにリゲルは世凪の部屋を訪ねてきた。リゲルが世凪から手紙を手渡され、その封筒を一つずつ確かめていく。それから世凪に向き直ると、それから、と言葉を繋ぐ。
「あちらに戻る日ですが、三日後の夜にしましょう」
手紙も書いたし、今夜すぐにでもと言われると思っていた世凪が、三日後? と聞き返した。三日後だと儀式からちょうど一週間だ。国王かフェルジェが部屋に来てしまうのではないかと不安な気持ちでリゲルを見ると、その顔が、大丈夫です、と微笑んだ。
「その日はちょうどアドウェル様のお誕生日の祝賀会が開かれますので、どちらもお見えにならないと思います。使用人もそちらの仕事で忙しくなるので、中庭の泉が無人になる可能性が高いのです」
後から知ったことだが、泉のある中庭は王宮でも奥の居住スペースの中に位置しているので、客人が入れる場所ではない。特にそういうイベントがある日なら、外側からの侵入には特に警戒するだろうが、内側での動きには鈍感になるだろう。リゲルはそこを狙いたいのだと分かった。
「誕生日にお別れとか……寂しいですけど、仕方ないですね」
せめてお祝いだけでも言いたかったなと思いながら、世凪が小さく息を吐く。それを見ていたリゲルが手紙をまとめて持って来たカバンに入れながら、そうですね、と同調する。
「でもきっと、世凪様はここでたくさんの経験をされたので、ちゃんと幸せになると思いますよ」
「……偉い魔法使い様が言うなら、それを信じます」
リゲルがこちらに微笑んだので、世凪もそれにつられるように小さく笑う。
「信じて下さっていいですよ」
リゲルが優しく微笑んでから部屋を出ていった。その自信はきっと彼の経験から来るのだろう。その言葉を信じたいと世凪は改めて思った。
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