天使のような子の怪我の手当てをしたら氷の王子に懐かれました

藤吉めぐみ

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   その日は、いつも静かな世凪の部屋にも慌ただしい音が響いていた。窓の外に見える裏庭でも今日使うのだろう大きなテーブルクロスが大量に干され、風に揺れている。
   気持ちのいい昼過ぎだが、今日の世凪は朝から少し緊張していた。
「世凪様、本当に誰にも頼らず城を出られるのですか?」
   窓辺の拭き掃除をしながらマリアがこちらに視線を向ける。小さなカバンに服を詰めていた世凪が、その問いに頷いた。
「リゲルさん経由で国外に行けることになったから大丈夫。マリアの申し出も嬉しかったんだけど」
「国外の方が確実に逃げ切れると思うのでそれは賛成ですが......会えなくなるのは寂しいです」
   マリアが本当に切ない表情になる。世凪はそれに胸を締め付けられる思いで、ごめんね、ともう一度謝った。
   リゲルと相談して、マリアには本当のことを言わずに、国外に逃げると伝えることにした。どうせ、手紙を読んだら世凪のことは忘れるのだから一瞬だけの嘘だ。
   それでも嘘をつくのは少し気が重い。
「でも、生きてればいつか会えると思うから......こうやって一緒に掃除してくれたことも忘れないよ」
   ここでの生活を忘れないのは本当のことだ。みんなが世凪を忘れても、世凪は覚えている。
「世凪様......私も忘れませんし、絶対に会いに行きます!」
「うん、ありがとう。......部屋もだいたいキレイになったかな。そろそろお茶にしようか。マリアも付き合ってくれる?」
   世話になった部屋なので、最後に自分で掃除をしたくて道具を借りたらマリアも手伝ってくれた。だったら最後に一緒に楽しい時間も過ごしたい。
「嬉しいですが、わたしは立場上それは......」
「大丈夫だよ。僕の友達なんだから。それに今日は僕に構う人なんていないからバレないよ」
 世凪がちらりと窓の外を見やる。マリアがその視線の意味に気づき、そうですね、と頷いた。
「今日はアドウェル様の祝賀会ですから、私たちに構う人などいませんね」
 私以外のメイドたちも忙しそうでした、とマリアが掃除用具を片づける。それを手伝いながら、世凪はため息を吐いた。
「僕もお祝いくらい言いたかったな、アド王子に」
「……今は直接お会いになれないですからね」
 今は、と付けてくれているが、もうこの先永遠に彼に会うことはできない。世凪の心残りはそれだけだった。最後に一度でいいからあの人に会いたかった。
「アド王子を支えてくれる、素敵な人が現れるといいね」
 世凪が微笑むと、マリアは笑顔を引っ込めて少し真面目な顔をしてから口を開いた。
「世凪様はそう言いますが、世凪様が一番素敵な人です。きっと、アドウェル様にとっても」
 マリアはそう言い切ると、何も言わない世凪に頭を下げてから、お茶を淹れてきますね、と部屋のドアを開けた……ところで立ち止まった。
「マリア?」
 不自然な立ち止まり方に世凪が気になって近づくと、ドアの前にはレミウェルが立っていた。少し悲しそうな顔をしているのは、きっとこの部屋に入ってはいけないとドア前にいる衛兵に言われてしまったからだろう。
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