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階段の前で止まったアドウェルに先に声を掛けたのは国王だった。機嫌を損ねたように眉根が寄っている。
「……俺が、世凪と一緒になりたいからです」
「許すと思うか?」
低い声が響き、広間が一瞬で凍り付いたように静かになる。世凪も国王を見上げたまま動けなくなっていた。怖い――単純にそう思って世凪が視線を逸らす。
けれどそんな世凪の手を握り、アドウェルは気丈に国王を見上げた。
「許しを乞うつもりはありません。これは、世凪と一生共にするという宣言です」
アドウェルの言葉が広間に響くと、再びざわめきが起こった。それは当然だろう。ここに集まっている若い男女はあわよくばアドウェルの結婚相手になりたいと思って集まっているはずだ。
「お前に世凪を娶る権限はないはずだ」
「権限なんて、初めから誰にもありません。世凪が選んで初めて与えてもらえるものです」
アドウェルがさらに強く世凪の手を握る。白い手袋を付けているのにじんわりと濡れた感触がするのは、それだけアドウェルが緊張しているからだろう。もしかしたら世凪の汗が手袋を濡らしているのかもしれない。それくらい、世凪の心臓も不安と恐怖で鼓動を速めていた。
「……世凪、君は『王族』のためにこちらに来たはずだ。アドウェルはいずれ王子ではなくなるのだから、それに付いて行っては泉の意図に反することになる。素直に俺を選ぶんだ」
国王からの視線が刺さる。それがとても怖かった。けれど、ここに立っていられるのはアドウェルがいるからだ。アドウェルの隣に居たいから、世凪は戦える。
「……僕があなたの側室になることが王族のためになるとは限りません。確かにここまで僕はミシェルさんのように目立った功績を残しているわけではないですが、アド王子の傍に居ることが泉の意図に反するとは思えません」
こちらに来て初めて感じた柔らかく優しい、けれど時々苦くて切ない気持ち。こんなところまで来て本当の恋を知ったのに、それが運命じゃないなんて、その方が信じられなかった。
「世凪、君は今何を言っているか分かっているのか?」
国王が立ち上がり、こちらへと歩き出す。力づくで離される予感がして、世凪はアドウェルに身を寄せた。それを感じ取ったアドウェルが世凪を庇うように一歩前へと出る。
けれど二人が接触する前に、お待ちください、と声が響いた。それはフェルジェのものだった。
「世凪は確かに王族の為に来たのだと思います。宮廷の食事の改善や使用人の心と体を癒すための部屋を作ったり、レミウェルも随分成長したと思います。何より……オレたちの関係を変えるきっかけをくれた」
フェルジェはそう言うと、隣にいた妻に視線を向けた。それを受けて妻が微笑む。こんな柔らかい表情をする人なのだと、世凪はその時初めて知った。人形のような冷たい美しさを持っている人だと思っていたが、今は春の陽だまりのような優しい美少女のように見える。
「礼を言うよ、世凪。オレたち夫婦はきっと上手くいく」
フェルジェが再びこちらに視線を戻して笑う。世凪はそれを見て、アドバイスしたことで上手くいったのだと分かった。きっとこのまま愛し合う夫婦として過ごして、やがて世継ぎも生まれるのだろう。ならば、益々世凪など誰の側室に入る必要もない。
「オレはこの先も、側室を持つことはない。父上もそうして欲しい。できればまた母に、目を向けて頂きたいです。母の心を救えるのはあなただけです」
当然のように今日も王妃は欠席のようだ。公式の場にも家族の晩餐にも姿を見せずにいるのは、自分の役割はもう終えたから好きにしたいのだろうと勝手に思っていたが、きっと違うのだ。自分のことを気にして欲しい、目を向けて欲しいから、閉じこもっているのだろう。
自分の夫が迎えに来てくれる時を待っているのかもしれない。
「……僕も、フェルジェ様に賛成です。国王様が寄り添って差し上げることで、王妃様も表に出てこられるだろうし、宮廷の雰囲気は変わると思います」
世凪が国王を見上げて告げる。国王は少しだけ視線を泳がせた。きっと思い当たることはあるのだろう。
「しかし、もうずっと別に暮らしている。もう俺のことなど……」
「贈り物をしてはいかがですか?」
国王が言い淀むと、それに被せるようにフェルジェが告げる。それは世凪がアドバイスしたことだった。世凪が驚いているとフェルジェは一瞬こちらを見て微笑む。
「確かに随分していないが……今はそれどころではないだろう。話をすり替えるな」
本題を逸らされたと思った国王が少し低い声で告げ、世凪に視線を向ける。
「すり替わってなどいません。王妃様との関係が変われば、側室なんか必要なくなりますし、そうなると僕は誰と結ばれてもいいことになります」
世凪がアドウェルの手を強く握り直す。アドウェルは一瞬だけ世凪を見つめたが、すぐに国王に視線を戻した。
「世凪は、母ではありません。母をなくした時に誰が支えてくれたのか、思い出してください」
アドウェルの言葉を聞いて、国王の表情が変わった。きっと、側室をなくした悲しみは、王妃が癒してくれたのだろう。ただ、悲しみが喉元を過ぎたらレミウェルに構うようになったから、王妃も未だにミシェルの幻影に取りつかれているだけだ。それだけ彼の存在は大きかったのだろうが、今はもうここにミシェルはいない。今大事にすべき人が誰なのか、ようやく気づいたのだろう。
「……世凪は泉が呼んだ、この国にとって大事な存在だ。雑に扱ったらその場で引き離す」
国王はそれだけ言うと、きびすを返して、中座する、と使用人を従え会場を出ていった。それまで凪いだ海のようだった会場内から次第に騒めきが湧き出していく。
「……俺が、世凪と一緒になりたいからです」
「許すと思うか?」
低い声が響き、広間が一瞬で凍り付いたように静かになる。世凪も国王を見上げたまま動けなくなっていた。怖い――単純にそう思って世凪が視線を逸らす。
けれどそんな世凪の手を握り、アドウェルは気丈に国王を見上げた。
「許しを乞うつもりはありません。これは、世凪と一生共にするという宣言です」
アドウェルの言葉が広間に響くと、再びざわめきが起こった。それは当然だろう。ここに集まっている若い男女はあわよくばアドウェルの結婚相手になりたいと思って集まっているはずだ。
「お前に世凪を娶る権限はないはずだ」
「権限なんて、初めから誰にもありません。世凪が選んで初めて与えてもらえるものです」
アドウェルがさらに強く世凪の手を握る。白い手袋を付けているのにじんわりと濡れた感触がするのは、それだけアドウェルが緊張しているからだろう。もしかしたら世凪の汗が手袋を濡らしているのかもしれない。それくらい、世凪の心臓も不安と恐怖で鼓動を速めていた。
「……世凪、君は『王族』のためにこちらに来たはずだ。アドウェルはいずれ王子ではなくなるのだから、それに付いて行っては泉の意図に反することになる。素直に俺を選ぶんだ」
国王からの視線が刺さる。それがとても怖かった。けれど、ここに立っていられるのはアドウェルがいるからだ。アドウェルの隣に居たいから、世凪は戦える。
「……僕があなたの側室になることが王族のためになるとは限りません。確かにここまで僕はミシェルさんのように目立った功績を残しているわけではないですが、アド王子の傍に居ることが泉の意図に反するとは思えません」
こちらに来て初めて感じた柔らかく優しい、けれど時々苦くて切ない気持ち。こんなところまで来て本当の恋を知ったのに、それが運命じゃないなんて、その方が信じられなかった。
「世凪、君は今何を言っているか分かっているのか?」
国王が立ち上がり、こちらへと歩き出す。力づくで離される予感がして、世凪はアドウェルに身を寄せた。それを感じ取ったアドウェルが世凪を庇うように一歩前へと出る。
けれど二人が接触する前に、お待ちください、と声が響いた。それはフェルジェのものだった。
「世凪は確かに王族の為に来たのだと思います。宮廷の食事の改善や使用人の心と体を癒すための部屋を作ったり、レミウェルも随分成長したと思います。何より……オレたちの関係を変えるきっかけをくれた」
フェルジェはそう言うと、隣にいた妻に視線を向けた。それを受けて妻が微笑む。こんな柔らかい表情をする人なのだと、世凪はその時初めて知った。人形のような冷たい美しさを持っている人だと思っていたが、今は春の陽だまりのような優しい美少女のように見える。
「礼を言うよ、世凪。オレたち夫婦はきっと上手くいく」
フェルジェが再びこちらに視線を戻して笑う。世凪はそれを見て、アドバイスしたことで上手くいったのだと分かった。きっとこのまま愛し合う夫婦として過ごして、やがて世継ぎも生まれるのだろう。ならば、益々世凪など誰の側室に入る必要もない。
「オレはこの先も、側室を持つことはない。父上もそうして欲しい。できればまた母に、目を向けて頂きたいです。母の心を救えるのはあなただけです」
当然のように今日も王妃は欠席のようだ。公式の場にも家族の晩餐にも姿を見せずにいるのは、自分の役割はもう終えたから好きにしたいのだろうと勝手に思っていたが、きっと違うのだ。自分のことを気にして欲しい、目を向けて欲しいから、閉じこもっているのだろう。
自分の夫が迎えに来てくれる時を待っているのかもしれない。
「……僕も、フェルジェ様に賛成です。国王様が寄り添って差し上げることで、王妃様も表に出てこられるだろうし、宮廷の雰囲気は変わると思います」
世凪が国王を見上げて告げる。国王は少しだけ視線を泳がせた。きっと思い当たることはあるのだろう。
「しかし、もうずっと別に暮らしている。もう俺のことなど……」
「贈り物をしてはいかがですか?」
国王が言い淀むと、それに被せるようにフェルジェが告げる。それは世凪がアドバイスしたことだった。世凪が驚いているとフェルジェは一瞬こちらを見て微笑む。
「確かに随分していないが……今はそれどころではないだろう。話をすり替えるな」
本題を逸らされたと思った国王が少し低い声で告げ、世凪に視線を向ける。
「すり替わってなどいません。王妃様との関係が変われば、側室なんか必要なくなりますし、そうなると僕は誰と結ばれてもいいことになります」
世凪がアドウェルの手を強く握り直す。アドウェルは一瞬だけ世凪を見つめたが、すぐに国王に視線を戻した。
「世凪は、母ではありません。母をなくした時に誰が支えてくれたのか、思い出してください」
アドウェルの言葉を聞いて、国王の表情が変わった。きっと、側室をなくした悲しみは、王妃が癒してくれたのだろう。ただ、悲しみが喉元を過ぎたらレミウェルに構うようになったから、王妃も未だにミシェルの幻影に取りつかれているだけだ。それだけ彼の存在は大きかったのだろうが、今はもうここにミシェルはいない。今大事にすべき人が誰なのか、ようやく気づいたのだろう。
「……世凪は泉が呼んだ、この国にとって大事な存在だ。雑に扱ったらその場で引き離す」
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