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愛を誓うよりも
しおりを挟むホテルのランチブッフェのチケット貰ったんだ、と楽が嬉しそうに帰って来た翌日、壱月と楽はそのチケットが使えるホテルへと来ていた。二人にとって、久々のデートだ。
一緒に暮してしまうと、結局家で会えてしまうので、経済的な理由もあり、あえて出かけることもしなくなっていた。それだけに、壱月はこうやって二人で出かけることがすごく嬉しかった。
アールデコ調の外観のホテルはランドマークとしてはよく知っているが、入るのは初めてだった。ロビーもしっとりとしたキャラメル色の床に幾何学模様の壁で海外に来たような印象だった。
学生である壱月と楽に海外旅行なんてする余裕はないけれど、そんな気分にさせてくれて、壱月はなんだかワクワクしていた。
「二階にレストランがあるんだって。行こう、壱月」
フロントで場所を確認していた楽が壱月を振り返る。自然に出された左手に壱月は右手を絡める。それから、ここが海外などではなく自分たちが暮らす街の中だった、と思い出し、慌てて離そうとした。けれど、その手は楽にしっかりと握られてしまい、そのまま歩き出す楽に、壱月は、楽、と呼ぶ。
「誰かに見られたら……」
男同士、子どもでもない自分たちが手を繋いでいる姿はきっと異様だ。どんな奇異の目に晒されるかと思うと、壱月はとても怖かった。
「平気だよ、見られても。だって俺は壱月が好きだし」
「でも、変に思われたら……」
「変じゃないでしょ」
好きな人と手を繋いでて何がダメなの、と楽はより一層強く壱月の手を握りしめる。それを振り解くことは壱月にはできなかった。
誰に見られてもいい、という楽の気持ちが嬉しかったし、こういう時の楽はあまり壱月の意見を聞いてくれない。
壱月は視線を足元に落とし、楽に言い返せない自分にため息を吐いた。
エレベーターに乗り込み、二階で降りると、目の前には整えられた公園の様な空間が広がっていた。
目の前には白いタイルの道と水路があり、緑や花も植えられている。空間の真ん中には丸い屋根のガゼボが建っていて、おしゃれな中庭になっていた。
「うわ、すごい……きれい」
「ここで結婚式とかするらしいよ」
さっきフロントでパンフ見た、と楽が言う。きっと中央のガゼボで愛を誓うのだろう。想像してみるとすごくおしゃれで絵になるところだった。
「俺たちもいつかここで式挙げる?」
「何言ってるの、楽。僕たちがこんなところでなんて、受け入れてくれるはずないよ」
男同士の結婚が出来ない世の中なのに、そんなものが受け入れられるはずがない。そんな思いで楽を見上げると、その顔は少し不機嫌だった。何か悪いことでも言ったかと思い、壱月が首を傾げる。
「さっきから何なの、壱月。壱月が真面目で少し堅いのは知ってるけどさ、久々の外デートなんだから、もう少し素直になってもいいんじゃない?」
楽はそう言うと壱月の手を離し、歩き出した。壱月は離された手を見つめ、握り込む。
「行くよ、壱月」
楽に呼ばれ顔を上げた壱月は、頷いて楽の後ろに付いていった。
キレイな緑と、水路のせせらぎを聞きながら美味しいランチが食べられるそんな素敵な場所だったのに、あれから一度も喋らない楽の向かい側で、壱月はいつもよりも食べられないまま、食事を終えてしまった。
「……もう食べないのか? 壱月」
「うん……僕、お手洗い行ってくる」
まだ食事中だった楽にそう言って壱月は席を立った。楽は、ん、とだけ頷いて食事の続きを始める。壱月はそれを見てから歩き出した。
レストランの中にはお手洗いはないから、中庭を突っ切って向こう側にあるものを使うことになっていた。壱月もそうして中庭に出てきたのだが、ふとガゼボの前で足を止める。
正面には通路があるが、それ以外はぐるりと水路に囲まれているそこに、壱月は足を踏み入れてみた。少しひんやりとするそこは、人が五人も入ればいっぱいになるような空間だった。
「人前で誓うなんて無理だよ……」
楽にならいくらでも愛を誓えるけれど、それを誰かに共有して欲しいとは思えない。そこにどんなリスクがあるか分からないからだ。
楽はいつも人の目を惹く。容姿ももちろんだけど明るい性格も人を惹きつけるようだ。
だから未だに壱月と楽の関係をよく思っていない人もいる。壱月が釣り合わないというのは分かるけれど、やっぱり言われると切ない。
それだけではない。楽に対する心無い言葉も聞こえてくるのだ。女に飽きたから壱月と付き合っている、どうせまた何股もしてみんな捨てるんだろ、なんて言われたこともある。楽と自分が乗り越えてきたものを知らない人たちにそんなことを言われて、やっぱり悔しいのだ。
壱月はそれがどうしても嫌だった。
だから楽とのことはなるべく秘密に、なるべく目立たなく、祝福なんかなくていいから罵詈雑言もない毎日になるようにしたいのだ。
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