用心棒な家政夫

ハジメユキノ

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拓馬、走る

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安田に送ってもらい家に着いた拓馬は、玄関の鍵を開けた瞬間違和感を感じた。この引っかかる変な感じはどこから来ているのか?足下に目を凝らすと小さな黒い虫のようなものを見つけた。
「何だ?これ…」
虫じゃない!これは…!
「ダメだ!伊織が危ない!」
しかし、明日は勤務。持ち物をリュックにつめるとガレージに走った。いつも手入れを欠かさなかったランドローバーは、拓馬の体の一部のように気持ちの良いエンジン音を立てた。
「頼む!間に合ってくれ!!」
自分の職務を忘れず、でも可能な限りスピードを出した。祈るような気持ちを胸に持ちつつ、頭は冷静だった。自分の冷静さをどこかで責めつつ、有り難いと思っていた。こんな時に自分が冷静さを失ったら、伊織と母の身を危険に晒すだろう。
車は拓馬の気持ちに添うように、順調に伊織の元へと走っていた。

「伊織くん。洗濯物干すの、手伝ってくれる?」
「はい!」
いい返事。糸はこの素直さがこの子の良さを引き立ててるわねと一人微笑んだ。
その時、拓馬から電話がかかってきた。
「はい、どうしたの?」
「母さん!俺の家に盗聴器が…」
「そう、そこまで…。分かったわ。誰も家に入れないし、誰か来てもドアは開けません。伊織くんは母さんに任せて!」
「ごめん、母さん…。母さんまで危険に晒すことになって…」
「拓馬。あなたは人のために生きる職業を選んだのよ。あなたの体は誰かの役に立つためにあるの。だから、絶対にケガをしないこと。それに、母さんはあなたたちを育てた人間よ。見てらっしゃい…」
糸は電話の傍に置いてある竹刀を握り締めた。
「返り討ちにしてあげるから(笑)」
じゃあ気を付けるのよ、と電話を切った。
伊織は横で心配そうに糸を見ている。
「あの…。何かあったんですか?」
糸は何故か満面の笑みで伊織を見た。
「腕が鳴るわね(笑)」
伊織はちょっとぶるっとした。糸さん…。怖いです。

……………………………………………………………
糸の家の近くによくタクシーが止まって運転手が休憩する場所として有名な公園があった。。そこに、見慣れない黒いワンボックスカーが止まっていた。スモークが濃く、中の様子は全然伺えない。
「盗聴器はダメになってるな…」
「アニキ。どうするんです?」
「ん?大丈夫だ。これに着替えろ」
「アニキ、頭いいっすね」
「おべっかはいいから、早く着替えろ。お前は黙って付いてくればいい」

……………………………………………………………………
その頃、爽と安田は手嶌家で門前払いを食らっていた。
「何よ!実際伊織くんは家の中にいないくせに、伊織は大丈夫だなんて…」
「こんな大きなお屋敷で、華道の流派でも一位二位を争う家柄だよ?世間体を守ろうとするんじゃないか?」
「世間体なんかくそ食らえよ!」
あ~もう…。可愛いのが台無しだよ。
「でも、一石を投じれば、必ず波紋が広がる。ほら、誰か出てきたぞ…」
手嶌家に背を向けて立っていた爽と安田に、後ろからおずおずと話しかけてきた人がいた。
「あの…。伊織は無事なんでしょうか?」
振り返ると、伊織に顔立ちのよく似た女性が立っていた。
「あなたは?」
「私は伊織の母です」
言い方は悪いが、二人は大物が釣れたと思った。
「私達はこういう者です」
二人は名刺を渡した。
「私、伊織の母の杏(きょう)と申します」
伊織は母親似なんだなと分かる、よく似た綺麗な面差しと美しい所作だった。
「伊織はどうしているんですか?ちゃんと食べているんですか?」
「ここではなんですから、場所を変えてもよろしいですか?」
安田の申し出に杏は素直に頷いた。

糸は伊織に、洗濯物干しは今日は家の中にしましょうと言われ、何かあったんだなと察した。
「糸さん」
「お母さんよ(笑)」
「お、お母さん?さっきの電話は…」
糸は伊織もついでに鍛えてしまおうと思った。
「さぁ!戦よ(笑)」
「いくさ?」
「敵はあなたが狙い。私は剣道をやっていたから、いざとなったら竹刀で返り討ちにする。あなたはどうする?」
「僕は…」
「あなたはどうすれば自分の身を守れると思う?」
「…。物を投げる?」
「護身に何か習ったことはない?」
「すみません。僕、運動も苦手で…。手をケガしちゃいけないからって、何もさせてもらえなかったんです」
「そう…。じゃあ接近戦は避けた方がいいわね」
その時、キッチンにある物を見つけた。
「あれを使いましょう!拓馬も喜ぶわ(笑)」
そして狼煙は上がった。
「家の鍵を全部かけましょう!どんな人が来ても開けないわよ。感じのいい人には、特にね♪」
「感じのいい人?」
「そうよ!伊織くん。使い方は分かったわね?」
「はい!」
「いい返事!」

爽と安田は、近くにあるカフェで杏から話を聞いた。
「昔、伊織の父の作之助と、伊織の叔父に当たる龍之介さんは家元の座を争っていました。でも、長男だからとおじいさまは作之助を家元にし、龍之介さんは才能があったのに認められず、結局家を飛び出してしまいました。龍之介さんにはその時、許嫁がいたんですが、彼女を置いていなくなってしまいまったんです。彼女のお腹には龍之介さんの子がいたのに…」
「龍之介さんはどうなったんですか?」
「…。亡くなりました。遠くの街で、酒浸りになって、体を壊して…」
爽は何だかやるせない気持ちになった。
「お子さんは?許嫁の方が?」
「いえ…。作之助が無理に引き取って…」
「その子はちゃんと大切に育ててもらったんですよね?」
「ええ。私はその子も伊織も分け隔て無く愛していました。でも」
「でも?何です?」
「本当の父親のことを知ってしまったようなんです。それからあの子は変わってしまった。父親がなれなかった家元になるって。伊織を蹴落としてやるって…」
「なぜお父さんのことを隠したんです?それに、龍之介さんのことは探さなかったんですか?」
「探しました!人を頼んで、それこそ必死に。争っていたとは言え、憎んでいた訳じゃない。作之助だって本当は龍之介さんの才能を認めていたんです。でも、間に合わなかった。どうしてもあの子に言えなかったんです」

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