ラストレター

ハジメユキノ

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哀しみの果て

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俺は泣き腫らしたまま、帰りの車の中でずっと下を向いていた。優作も敢えて話しかけてはこなかった。
俺はずっと言えなくていた事を口にした。
「なぁ…俺のせいかな?」
「…。違うと思うぞ」
「でも、どっかで繋がってないかな…」
「芹、人間が生きていく中で、誰も傷つけずにいることは不可能なんだよ。こちらが良かれと思った事でも違う風に取られることもある…」
俺の方は見ないけれど、空けた左手で俺の手を握った。
「俺も人のことはとやかく言えない人間だ。俺こそどれだけ女に恨まれてるか…。でもな、そうすることしか出来ない時ってあるんだよ。だから自分のケツは自分で拭く。俺にはそれしか出来ないから、自分のしでかした事の責任からは逃げないって決めてる」
横顔が厳しい表情を浮かべていた。
「逃げないで立ち向かう。そうしないと後から必ず追いかけられて、同じだけの不幸を背負うことになる」
車を海に面した駐車場に停めた。優作は左手で俺の頭を抱え込んだ。
「でもな。芹は一人じゃない。俺はどんなお前でもずっと一緒にいるって決めてるんだ…」
「お前、俺のことばっかり…」
「しょうがないだろ。初めて惚れた相手だ」
「…。俺だって優作が抱えてる事、支えたいんだからな…」
「俺?」
「優作は前に、俺は幸せにはならないって…。でも、俺はお前にもらった分以上にお前を幸せにしたいんだ」
ふっと笑った。
「ダメだな、俺。もうすっかりお前に幸せにしてもらってる。格好つけてたみたいだ」
優作は初めて俺に抱え続けていた傷を晒した。

「俺が大学の時からずっとつるんでた奴。すごくいい奴で、何で俺みたいなのと友達でいてくれたのか分からなかったよ(笑)」
学生時代、法科大学院、司法試験、司法修習…。いつでも隣に弘樹がいた。一緒に検事になる夢を叶え、お互い別の場所で働いていてもいつも相手の事を考えていた。
「あいつは優秀な男だった。なのに、理不尽なパワハラに遭っていて、だんだん自信を失っていって…。うつ状態だったんだろうな」
あるときから連絡が取れなくなった。ラインを送っても電話をかけても何も返ってこなかった。でもある日、聞いたことない声が電話から聞こえてきた。
「あいつのお袋さんが出たんだ。そこで初めて俺はあいつの死を知った」
優作は辛そうだった。いつも鎧を着けた強いはずの男が、眉間に皺を寄せて泣くのを堪えているように見えた。
「本当に大事な友達だったんだな…」
優作は何も言わず頷くだけだった。
俺は優作の手を握った。優作は俺を引き寄せると、俺の肩にあごを乗せ囁いた。
「俺達は今、自分たちが出来ることを考えよう。起きてしまった事を悔やむより、今のこの瞬間を大事にしていきたいんだ」
優作の頭を撫でた。優作は声を出さずに泣いているようだった。
……………………………………………………………………
「お前は凄いな」
うちに着いて着替えていると、優作が俺に言った。
「何が?」
「俺が人前で泣いたの初めてだぞ?」
「小っさい時は泣いただろ(笑)」
「大人になってから!」
思わず笑ってしまった俺を見て、優作も笑った。
「少しは落ち着いたか?」
その言葉に、優作が俺のことを心配していたことを知った。
「うん…。お前の言うとおりだ。起きてしまった事を悔やんでもな。でも、もしそんな組織があるなら…。潰したいけどな」
「…。パンドラの箱だぞ?」
「そうだろうな。でもさ、悔しいだろ。千聖は死のうとするまで追い込まれた」
「……」
「どこまで出来るか分からないけど、これでも雑誌記者の端くれだからな。俺なりの攻め方があるはずだ」
「俺は心配だけどな。でも、あの人の姿を見ちゃうと…。止めるのは難しいんだろ?」

俺は優作がスマホに入れたGPSの他にも、スマートウォッチを持たされた。
「肌身離さず持ってろよ」
「でもこれ…。外されちゃったら意味なくない?」
「いいんだよ。とりあえずの保険みたいなもんだ」
「心配性…」
「ああ、そうさ(笑)」
ニカッとふざけたように笑う。
「ドSの人でなしだと思ってたんだけど…」
「まぁ…。否定は出来ないな」
「俺も似たようなもんだけど」
「誰とでも寝るって?」
「変われば変わるもんだな(笑)」
ハモった。
「手始めに俺が前に仕事したことのあるモデルの子に聞いてみるよ」
「なんかあったら相談しろよ」
「分かってる。頼りにしてるよ!弁護士先生(笑)」
………………………………………………………………
モデルの尚美とは、彼女の住んでる街の古風な喫茶店で待ち合わせた。小さな商店街にあるそこは、不審な人物が居たら目立つ場所だった。
「お久しぶりです」
「こちらこそお久しぶりです。仕事の話じゃないって…私に聞きたい事ってなんですか?」
「濱野千聖さんの事なんですが…」
尚美の警戒心が一気に高まった。
「私、あまりよく知らないんです。同じ事務所だって言っても付き合いはありませんから…」
何も知らないし、話しませんとその目が言っていた。
「俺、彼女の様子を病院まで見に行ったんです」
「そうですか」
素っ気なく興味ないふりをしているように見えた。
「誰のことも分からないって言われた…」
「えっ?分からないって…どういう意味ですか?」
知らないのか…。尚美は俺の言葉にそれまでと違う様子を見せた。
「復帰は難しいって…」
「なんで…」
「あなたは千聖さんのことはよく知らないって言ってましたよね?」
「ええ。でも、有名な方ですから…。気になるでしょう?」
尚美は少しだけ警戒を解いていた。俺はこの人はなにかを知ってると感じていた。
「ねえ、尚美さん。あなたの事務所についての噂って知ってます?俺、千聖さんが偶然写り込んだ写真のことで襲われたんです」
千聖の写り込んだ写真と言ったとき、ピクッと体が動いた。
「そこにはある議員と…。おたくの社長が写っていたんです」
俺は畳みかけるように尚美に問いかけた。
「この写真のデータを取り戻すために人を使ったらしい。雇われたのは俺のセフレだった男。俺はクスリを飲まされてやられる寸前だった」
「え…」
「おたくの社長が千聖さんに何をさせたんです?カラダでも売らせたとか?」
尚美は迷ってるようだった。俺はどうしても突破口が欲しかった。
「事務所の知り合いにいませんか?困ってる人は…」
「困ってる?あなたは何をしようとしてるんですか?」
「俺はどうしても許せないんです。俺は…真面目に付き合ってた訳じゃなかった。でも、だからこそ千聖さんがあそこまで追い詰められた事を見て見ぬふりは出来なかった…。これ以上千聖さんみたいな思いをする人がいなくなって欲しいんです」
「私…」
尚美はまだ迷う様子を見せていたが、意を決したように語り始めた。

「私、最初はまぁ人気があって仕事も沢山きてた。だけど、だんだん若い子が後から後から入ってきて、そんな才能もさほどない私くらいのモデルの仕事はどんどん減っていったの」
尚美は若い頃ちやほやされた自分を思い出しているのか、少し遠くを見ていた。
「伸び悩んでいるとき、うちの社長が声をかけてきてくれた。やり手で中々のイケメン。その辺の俳優なんて霞んじゃうくらい素敵な人に心配されて、私はすっかり舞い上がったわ」
ため込んだ息を吐いて、これから先を話す為に心の準備をしているように見えた。
「でも…。そんなふり、私みたいな見た目が多少良い、自信をなくした女をたやすく手に入れるための手練手管だった。そんなことにも気づかないなんて、私も相当よね」
何かを諦めたような顔をして、俺を見た。
「あたしも一緒よ。千聖さんは別格な扱いだったけど、結局やることは一緒。言われた場所に行って、男の相手をしてくるの。ただ救いだったのは、都心の綺麗なホテルでそんなに変な趣味を持ってる男じゃなかった事くらいかな…」
「やめたいとは思わないの?」
「やめられる訳ない。あいつと寝たときの写真やら動画が、私達を縛る」
それで…。仕方なく、か…。
「尚美さんみたいに脅されている人は他にもいますか?」
「みんな沈黙を貫いて、売れっ子になる夢を捨てられないのよ…」
沈黙ね。でも、やっぱり…。
「俺も他人をとやかく言える人間じゃなかった。恋人を失って、自分の心に空いた穴を埋めたくて誰彼構わず寝てたんだ」
俺はやっぱり潰したい。
「そんな時に千聖さんと出会った。あんなに綺麗で優しい人を、俺は大事に出来なかった。元々恋人が男だったのに、遊びで手を出したんだ」
良心の呵責。罪滅ぼし…。なんだっていい。
「そんな俺を本当に好きだったって…。それでも俺は彼女をくいものにした。ホテルでの密会って銘打った写真でね」
尚美は真剣に聞いていてくれた。
「千聖さんはもう、この世界には戻れない。だけど、そこまで追い込んだ奴を野放しにしたくないんだ」
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