精悍な囚人騎士を護送したら溺愛されました

吉桜美貴

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本編

57. アランはオーギュストの用意してくれた

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 アランはオーギュストの用意してくれた巡礼者の衣装に着替え、馬を走らせた。
 勝手知ったるロタリー伯領だ。アランは幼い頃からロタリー伯爵に可愛がってもらったし、地方でくすぶっていた時代も、よく遊びにきていた。
 一時間ほどで、イーゼ川を見下ろす丘にそびえ立つロタリー城が見えてくる。かつて帝国軍に何度も包囲され、戦禍を被った石造りの城塞だ。帝国と和平条約が結ばれたおかげで脅威はなくなり、現在はロタリー伯爵の居城になっている。
 丘の麓に広がる集落は農業がさかんで、早朝から市が立ち、賑わっていた。
 町はずれの林にある墓地にポツンと小さな礼拝堂が建っている。あまり人が訪れることのない、寂しい場所だ。
 アランはこの礼拝堂の前で馬を降り、杭に繋いだ。古びた扉を開けると、ギィィ……と、軋んだ音を立てる。
 アランの予想通り、薄暗い堂内に少年が一人座っていた。少年はニコリともせず、じっとこちらを凝視する。
 なにかを問うような少年の表情に、アランは確信を得た。
「君がつなぎ役だな?」
 少年はアランの質問には答えず、代わりにこう言った。
「聖典の重要な一句を言ってください」
 アランはとある一句を口ずさんだ。
「すなわち神はあわれみを注ぐために、からの聖杯を人にもたらした」
 少年は瞳をキラリと光らせ質問する。
「空の聖杯とは?」
 アランは即答した。
「不従順である」
 少年はものも言わずに立ち上がると、礼拝堂を出ていった。
 今のは合言葉だ。戦時中などの緊急事態のとき、連絡を取ったり落ち合ったりするときに使われる。代々の王たちも歴代のロタリー伯爵と密談するときに使ったらしい。
 礼拝堂内で待つこと数分。
 突然、すごい勢いで扉がバアンッと開き、何者かが駆け込んできた。
「殿下! よくぞ! よくぞご無事であらせられました」
 オーギュストの実父であるイジドール・ペルティエこと、ロタリー伯爵だ。
 イジドールはアランの顔を一目見るなり号泣しはじめた。
「あの悪逆非道なギヨームのくわだてで事実無根の判決が下され、殿下が地下牢に監禁されてしまい、この不肖イジドール、宮殿の厳戒態勢を前に手も足も出せず……。誠に! 誠に不甲斐なく、謝罪の言葉もございませぬっ……!」
「えーと、イジドール。健勝そうだな」
 イジドールの激情に気圧されつつ、アランはなだめにかかる。
「まぁ、あの地下牢は無理だ。気にするな。宮殿の警備兵を斬り殺すわけにもいかないしな。皆、父上の代から仕えてくれている、大事な精鋭だ」
「その精鋭があのような逆賊にかどわかされ、殿下に刃を向けるとは……。この歴史と栄誉あるシュヴァルゴール王国騎士団の名折れにございますぞっ! 王家の血筋をなんだと心得るっ! まったく情けないっ……」
 イジドールはむせび泣いている。
「まぁ、まぁ。家族を人質に取られているんだろうから、仕方ない。彼らに選択肢などないからな。俺なら大丈夫だし、気にしていないよ。いいじゃないか。現にこうして俺は無事だったわけだし」
 イジドールは涙に濡れた目をカッとひん剥いた。
「なんとっ! なんといういたわりと温情に満ちたお言葉っ……! このイジドール、深く感服いたしますと同時に、このたびの件を阻止できなかったことは痛恨の極みにございますっ……!」
 イジドールは悔し涙を流しはじめる。
 正直面倒くさい……と思ってはいけない。のはわかっているが、いつまで続くんだ? このイジドール劇場は。早く本題に入りたい……
 アランはやきもきしつつ、かと言って怒鳴りつけるわけにもいかず、ひたすらイジドールが落ち着くのを待った。
 今年六十五歳になるイジドールは、アランが子供の頃からずっとこの調子だ。こう見えて、気性は生真面目にして質実剛健。戦ともなれば自ら一個大隊を率い、要塞の如き鉄壁の防衛力を誇る。籠城戦をやらせたら、彼の右に出る者はこの大陸にはいないだろう。
 とにかく慎重かつ堅実で、あらゆる兵法に聡い。優れた頭脳は息子のオーギュストに引き継がれている。強い愛国心を持ち、ドラポルト家に対しても他に類を見ないほど忠義に厚い。
 申し分のない男なのだが、この真面目すぎるがゆえの暑苦しさだけが難点なのだ。
 というわけで、イジドールとわーきゃーしている時間はない。アランは無理やり割り込んだ。
「本題に入ろう。戴冠式があると聞いた。奴が宮殿から出て丸腰になる最後の好機だ。宮殿の警備が手薄になったタイミングでアンリを救け出したい。奴が王座に就いたあとでは奪還はほぼ不可能になる。力を貸してくれるか?」
「もちろんにございますっ!」
 イジドールは元気よく応じ、スンと鼻をすすった。
「せがれは口のききかたも知らない無作法者で、色恋にうつつを抜かし、軽率短慮でどうしようもない奴ですが、このような策謀をめぐらせるのは得意なのでございます。大聖堂へ潜入する準備を進めておりますので、詳細ご報告いたします。まずは秘密の地下道から、城へご案内いたしましょう」
「すまない。恩にきる」
 アランが立ち上がると、イジドールは優しそうに目を細めた。
「お食事と湯をご用意してございます。まずは傷の手当てをして、湯に浸かっていただき、お食事を召し上がってからにいたしましょう」
 イジドールの申し出に感謝しつつ、アランは風呂といえばキャンディスを思い出していた。
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