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いつものこと
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お腹すいたな。昨晩から水すら口にしてない。そんな私にかまうことなく母親は訪ねてくる。
「それじゃあ、今週は何があったのか聞かせてちょうだい」
リビングの大きなテーブルで向かい合わせに座る私たち。
日曜の朝だというのに品の良いブラウスに細いパンツ、黒髪をしっかりとアップにし、軽く化粧までしていた。いつものことながら、完璧な淑女っぷり。
私が話しはじめると、彼女は静かにオムレツにナイフを入れた。サイドにはグリーンサラダとミネストローネとクロワッサン。ホテルの朝食みたいだ。
そして私の前には何もない。日曜日に朝食をとるのは母親だけ。
いつものこと。何年も前からそう。
彼女は上品な手つきでシズシズとご飯を食べる。私は今週あったことを詳細に話す。
「もうすぐ体育祭だから…」
「綾人が誕生日で…」
「神社の猫が…」
この他にも生理がやたらと重かったこと、同じクラスの男子生徒に告白されたこと、その男子を好きな女子生徒から恨みを買ったことまで全てを話す。
母親はそれを聞いてる。ただ聞いてるだけ。同意もなければ否定もなく、要所要所で相槌を打つだけ。これもまた、いつものこと。
そしておよそ1時間かけて朝食を食べ終えると、ニコリと笑い、立ち上がった。
「では、行きましょうか」
私と母親は地下に行く。ドアを開くと薄暗い階段があり、降りるとまたドアがあり、それを開けばまたドアがある。3つのドアを開けてやっと、5畳程度の部屋に辿りつく。
何もない部屋だ。比喩的でも大げさでもなく、本当にモノと呼べるものが一つもない。グレーの絨毯が敷いてあるだけの部屋。
そこに私だけが入る。母親はドアの前でそれを見届ける。
そして私は跪く。手を組んでそっと目を閉じる。母親はそれをみて、きっと満足げな顔を浮かべている。
パチっというスイッチの音が、部屋の外から聞こえる。そして電気が消えた。背中に母親の声がかかる。
「じゃあしっかりね。光あれ」
「光あれ」
私の返事を待たずに部屋のドアが閉まる。そしてドアの方からカチリと鍵の閉まる音が聞こえた。
いつものこと。
とてもそうは見えないんだろうが、俺は学校が好きだ。
勉強が得意なわけではないし、部活に入ってるわけでもないし、仲の良いクラスメートもいない。
でも決まった時間に授業を受け、休憩し、また授業。責任も義務もなければ生産性もない時間と、単調な繰り返しのリズムが不思議と心地いい。
特に図書室は大好きだ。本はあまり読まないけど、静かだし、古びた紙の匂いはどうしてだかリラクゼーション効果を感じる。
そしてやっぱり、認めるのは少し癪ではあるものの、こいつがいるからなんだろう。
「それでねえ、仕方ないから貴重なGWを2日も使って企画して、私がキューピットになって、その男子と女子をくっつけてあげたわけ」
「これでようやく一件落着よ、私って偉すぎる、心が広すぎる。でも休み明けの今日の朝よ!教室入ったらさ…」
図書室の窓から射す光が、隣に座る祈の髪をキラキラに輝かせていた。そんな彼女が手振りを交えながら、表情をコロコロ変えながら話している。まるで映画のワンシーンだ。ヒロインとヒーローのキスでエンドロールが流れる感じのやつ。何をやってても絵になる女だ。
祈はいつものように延々と喋り続けてる。彼女と昼飯食いたいやつなんかごまんといるはずだ。なのに昼休みになると、フラッとやってきて、当たり前のように隣に座る。
俺はボンヤリと祈の話を流し聞くだけ。相槌すらしないし、それで文句ひとつ言われない。理科室の模型に喋りかけてるも同然だろうに、なにが面白いんだか。
それでいて、祈の隣はいつも静かだ。彼女は俺の心境に波風ひとつ立てない。
それにこうして学校内で祈が俺に絡むことで、かなり助けられている部分もある。祈の幼馴染であるというだけで、一目置かれるのだ。そうでなければ、こんな協調性皆無のやつ、クラスの誰かが敵意を向けてもおかしくない。
俺が校内で孤立しつつも静かに過ごせているのは、祈のおかげだった。俺は彼女に寄りかかってばかりだ。
「ふあ」思わずあくびがでた。
「連休はバイトざんまいかね?少年よ?」
祈は話を中断し、身をかがめ、覗き込むようにして聞いてきた
「稼ぎどきだからな」目をこすりながら答える俺
「そういえばあの猫ちゃんはどうしてんの?」
「まあまあ元気になったよ、餌は流石にカリカリのやつにした」
「そっか……」珍しく降りてきた沈黙。チラリと見た祈の横顔はどこか物憂げだった。「今日も一緒に帰ろうよ」彼女は表情を変えることなく、話題だけを変えた
「別にいいけど、バイトだから駅までだぞ」
「いいよ」窓からフワリと風が吹き。揺れる髪を抑え、微笑みながら言った。
「じゃあ終わったらそっちいくわ」
その姿に、不覚にも少し見惚れてしまったことは、墓場まで持っていこう。
だが結局、俺はHRが終わっても祈を迎えに行くことができなくなったのだ。
「それじゃあ、今週は何があったのか聞かせてちょうだい」
リビングの大きなテーブルで向かい合わせに座る私たち。
日曜の朝だというのに品の良いブラウスに細いパンツ、黒髪をしっかりとアップにし、軽く化粧までしていた。いつものことながら、完璧な淑女っぷり。
私が話しはじめると、彼女は静かにオムレツにナイフを入れた。サイドにはグリーンサラダとミネストローネとクロワッサン。ホテルの朝食みたいだ。
そして私の前には何もない。日曜日に朝食をとるのは母親だけ。
いつものこと。何年も前からそう。
彼女は上品な手つきでシズシズとご飯を食べる。私は今週あったことを詳細に話す。
「もうすぐ体育祭だから…」
「綾人が誕生日で…」
「神社の猫が…」
この他にも生理がやたらと重かったこと、同じクラスの男子生徒に告白されたこと、その男子を好きな女子生徒から恨みを買ったことまで全てを話す。
母親はそれを聞いてる。ただ聞いてるだけ。同意もなければ否定もなく、要所要所で相槌を打つだけ。これもまた、いつものこと。
そしておよそ1時間かけて朝食を食べ終えると、ニコリと笑い、立ち上がった。
「では、行きましょうか」
私と母親は地下に行く。ドアを開くと薄暗い階段があり、降りるとまたドアがあり、それを開けばまたドアがある。3つのドアを開けてやっと、5畳程度の部屋に辿りつく。
何もない部屋だ。比喩的でも大げさでもなく、本当にモノと呼べるものが一つもない。グレーの絨毯が敷いてあるだけの部屋。
そこに私だけが入る。母親はドアの前でそれを見届ける。
そして私は跪く。手を組んでそっと目を閉じる。母親はそれをみて、きっと満足げな顔を浮かべている。
パチっというスイッチの音が、部屋の外から聞こえる。そして電気が消えた。背中に母親の声がかかる。
「じゃあしっかりね。光あれ」
「光あれ」
私の返事を待たずに部屋のドアが閉まる。そしてドアの方からカチリと鍵の閉まる音が聞こえた。
いつものこと。
とてもそうは見えないんだろうが、俺は学校が好きだ。
勉強が得意なわけではないし、部活に入ってるわけでもないし、仲の良いクラスメートもいない。
でも決まった時間に授業を受け、休憩し、また授業。責任も義務もなければ生産性もない時間と、単調な繰り返しのリズムが不思議と心地いい。
特に図書室は大好きだ。本はあまり読まないけど、静かだし、古びた紙の匂いはどうしてだかリラクゼーション効果を感じる。
そしてやっぱり、認めるのは少し癪ではあるものの、こいつがいるからなんだろう。
「それでねえ、仕方ないから貴重なGWを2日も使って企画して、私がキューピットになって、その男子と女子をくっつけてあげたわけ」
「これでようやく一件落着よ、私って偉すぎる、心が広すぎる。でも休み明けの今日の朝よ!教室入ったらさ…」
図書室の窓から射す光が、隣に座る祈の髪をキラキラに輝かせていた。そんな彼女が手振りを交えながら、表情をコロコロ変えながら話している。まるで映画のワンシーンだ。ヒロインとヒーローのキスでエンドロールが流れる感じのやつ。何をやってても絵になる女だ。
祈はいつものように延々と喋り続けてる。彼女と昼飯食いたいやつなんかごまんといるはずだ。なのに昼休みになると、フラッとやってきて、当たり前のように隣に座る。
俺はボンヤリと祈の話を流し聞くだけ。相槌すらしないし、それで文句ひとつ言われない。理科室の模型に喋りかけてるも同然だろうに、なにが面白いんだか。
それでいて、祈の隣はいつも静かだ。彼女は俺の心境に波風ひとつ立てない。
それにこうして学校内で祈が俺に絡むことで、かなり助けられている部分もある。祈の幼馴染であるというだけで、一目置かれるのだ。そうでなければ、こんな協調性皆無のやつ、クラスの誰かが敵意を向けてもおかしくない。
俺が校内で孤立しつつも静かに過ごせているのは、祈のおかげだった。俺は彼女に寄りかかってばかりだ。
「ふあ」思わずあくびがでた。
「連休はバイトざんまいかね?少年よ?」
祈は話を中断し、身をかがめ、覗き込むようにして聞いてきた
「稼ぎどきだからな」目をこすりながら答える俺
「そういえばあの猫ちゃんはどうしてんの?」
「まあまあ元気になったよ、餌は流石にカリカリのやつにした」
「そっか……」珍しく降りてきた沈黙。チラリと見た祈の横顔はどこか物憂げだった。「今日も一緒に帰ろうよ」彼女は表情を変えることなく、話題だけを変えた
「別にいいけど、バイトだから駅までだぞ」
「いいよ」窓からフワリと風が吹き。揺れる髪を抑え、微笑みながら言った。
「じゃあ終わったらそっちいくわ」
その姿に、不覚にも少し見惚れてしまったことは、墓場まで持っていこう。
だが結局、俺はHRが終わっても祈を迎えに行くことができなくなったのだ。
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