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★本編★あなたのタマシイいただきます!
【4-1】 How to 食霊
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【日当瀬晴生】
喫茶【シロフクロウ】はモーニングとランチの間に一度店をCloseする時間がある。
客商売なのでお客さん次第で開いてるときもあるが基本的には一度閉める。
今日は千星さんとランチに入る日なので、お願いして少し早めに来てもらった。
「悪ィ!晴生ー、おまたせ。」
「いえ、こちらこそ、すいません、折角の時間を割いてしまって」
カウンターへと座っていると従業員入口から千星さんの声が聞こえて、俺は座りやすいようにと椅子を引く。
天夜はまだ来てねぇし、明智は元々今日シフトに入ってねぇ。
俺達の他にはマスター、神功左千夫〈じんぐう さちお〉だけがカウンターの中で昼に向けての準備をしている。
「晴生、話ってなんだ?」
「明智から頼まれたやつなんスけど、千星さん、《食霊─しょくれい─》について何か聞きましたか?」
「あー……。剣成は、魂食って腹いっぱいって言ってた…」
結局、何も伝わってなくて、髪を掻き上げるように額に手をつき溜息を落とした。
カウンター内にいる神功も小さく肩を揺らして笑っている。
俺が話を進めようとすると、「どうぞ。」と、神功が俺達の前にアイスコーヒーとサンドイッチのまかないを並べる。
確かに昼からの仕事を考えると腹拵えも必要かもしれねぇ。
グラスに並ぶ氷がカランと立てる音を聞きながら俺は話を進めた。
「まず、“もう一つの仕事”についてなんですが。
簡単に言いますと《紅い魂─あかいたましい─》を《idea─イデア─》化することになります。」
「あの、火の玉みたいなやつか?」
「そうです。
あの、赤い色の魂を俺たちは《紅い魂》、通称《紅魂─あかたま─》と読んでます。
《紅魂》には色々ケースがありまして。
まず、一番目にその生き物が居なくなるときに想いや憎しみが残ってその思念が《紅魂》化したケース。
二番目に生き物はまだ生存するが何かの原因で思いだけが思念化し《紅魂》になるケース。
三番目が肉体から逸脱した魂が《紅魂》になるケース。
一番と二番に関しましては特に問題なく《食霊─しょくれい─》してもらえばいいと思います。
三番に関しましては、意識を失ってるだけの本体があるんで、《紅い魂》の負のエネルギーだけを《食霊》し、《蒼い魂─あおいたましい─》に浄化してやる必要があります。
まぁ、これに関してはマスターが詳しいんで、マスターにまた聞いてください。
つーか、神功、テメェが、人、乗っ取ったりするのはこの3番の原理なんだろ?」
不意にヤツに話をふると1本だけ髪から飛び出ている、触覚がゆらりと、上下する。
開店作業を進めていた神功が手を止め、カウンター内の俺らの前までくると、いつもの食えない笑みのまま小さく頷いた。
「そうですね、そういう感覚で見てもらって間違いないと思いますよ。
僕は自分の肉体に帰れなくなったことはないので《紅い魂》の気持ちはわかりませんが」
落ち着いた口調で神功は言葉を落とす。
神功の特殊能力は“幻術”、あとは人を乗っ取ったりとか、精神破壊したりとか取り敢えずタチの悪いことは全般できる。
俺の“物質を分子化・詳細化”する能力とは相性が悪い。
ヤツの“幻術”はまやかしですら、物質の数値を合わせてくる。
それに俺は色々見てしまうので“幻術”には掛かりやすいんだ。
元から食えないやつだったが最近はそれに拍車が掛かってきている。
今も食えない笑みのまま俺達の前で仕事を着々とこなし何を考えているか窺い知れない。
「チっ。まぁ、いい、それでですね、千星さん。………千星さん、ちょっと休憩しますか?」
【千星那由多】
ヤバイ。
理解できない。
いや、理解したくないのかもしれない。
そもそもこの世には《紅い魂》ってもんがあるってとこまでは理解できた。
この前、剣成がこのパターンは初めて、と、言ってたのは動物の《紅い魂》が人間に入っていたからなのか。
「あ、大丈夫じゃねえーけど、大丈夫ッ!
えっと、質問いいか?
《紅い魂》を野放しにしとくとなんか悪いことあるのか?」
「流石、千星さん、お目が高い!!
ただ、別に悪いことがあるわけじゃないんスが…。
《紅い魂》ってのは思念が強いものが多いんです。
なのでそこに居つき不純物が溜まっていくと、よくある人の声が聞こえる、女の人の霊が見える、後はポルターガイスト現象ですかね、そういうもののキッカケにはなりやすいです。──他の事例ってあるのか?」
「…そうですね。
《紅い魂》が魂のある生き物を乗っ取ってしまったり。
有体で魂だけが抜けている場合、本体に負担がかかりますし長時間戻れないと死んでしまうこともありますね。」
晴生とマスターが順番に説明してくれる。
しかし、それはよくよく考えなくても心霊現象そのものなのだ!
オバケが怖い俺にとって望ましい仕事ではない。
「って、それってオバケそのものなのでは!?
マスターって昔オバケ苦手でしたよね…!?」
俺と晴生の視線が一気にマスターに向くと少し考えるような素振りを見せてから俺達へと再び視線を合わせてくる。
「オバケとは違いますよ?
エネルギーの塊、……電磁波とか、磁場とかそういった類と思念がくっついて現実では考え難いことが起きているだけなので。」
…マスター、人間社会ではそれを怪奇現象と呼ぶんです。
何となくマスターはオバケ≠《紅い魂》にする事で怖くないように言い聞かせているような気もするのでそこはそっとしといた。
俺も、頑張ってそう言い聞かせてみよう!怖いけど!!
「なので、その、《紅い魂》をエネルギーとして、頂戴しちゃうつーのが俺達の“もう一つの仕事”になります。
そのエネルギーにするまでの手順なんですが、まずは《食霊─しょくれい─》します。
これは明智の野郎が食う、と、表現するところですね。
《紅い魂》を自分の体内に取り込んで浄化するという役割を負います。
《食霊》の仕方は人それぞれで、わかってないことも多いんですが、基本的には口で行います。
俺は相手が生き物の形をしているときはその生き物の“耳”の辺りに口を近づけて、エネルギー化して体内に取り込むことができますね。」
晴生が自分の唇を数度叩いてからピアスの空いた右耳を指差す。
「天夜は相手の傷など、体液…内側からですね。
逆に明智は外部要因、外からつけられた現象等ですかね。
この二人はちょっと特殊なんで本人に聞いたほうがわかりやすいと思います。
マスターは“目”
あと、今実家に帰ってる九鬼の野郎は“手足”が主な起点となってます。
まぁ、弱い《紅い魂》なら実体化もしてないので場所は関係なく《食霊》出来ますが…。
おい、神功。千星さんはどこなんだよ。」
確かに、剣成はこの前カラスに刺さった矢に唇を近づけていた。
その後は剣成に取り込まれるような形になったんだけど…。
晴生がマスターに無遠慮に質問を投げかける。
マスターは晴生の口調を気にすることなく笑顔のまま俺を見つめた、が、次の瞬間口許から笑みが消える。
一瞬で辺りが凍り付きそうな気配に俺の身は萎縮した。
マスターの瞳が怪しく揺らめく、勿論殺気を撒き散らしたりしている訳ではないが、昔よりも益々底の知れない気配に俺は鳥肌が立った。
口許に手をやり、真っ直ぐ俺を見つめる彼から自然と俺の視線は逃げていく。
「くち……“口”ですかね。
《紅い魂》を実体化させてしまうのも那由多くんが応答したときみたいですしね。」
マスターが普段の表情に戻るとあたりの怪しい気配が消え、いつも通りの空間が戻ってくる。
俺はホッと息をつき、胸を撫で下ろした。
自分は“口”で食霊を行えるらしい。
この時その箇所について深くは考えなかった。
「あ、そう言えば千星さん、《紅い魂》を実体化させられるのは千星さんだけなんスよ。」
「それって、俺が、オバケにしちゃってるってこと?」
「と、言うよりは、そこに居ることを見えやすくしてくれてる感じスかね。
弱い《紅い魂》は俺らでも感じることができねぇ時もあるので…
千星さんの能力は、何が影響されてるのかはまだ解明できてないんです。
すいません、力不足で。」
自分が何か悪いことしている訳ではないと、理解しホッとしたが、晴生はいつも通り俺に対しては律儀過ぎる。
そもそも、《紅い魂》とか、《食霊》とか難しいのが多いのに俺が更にイレギュラーを増やしたってことだよな。
額に手をやりながら、はぁーと、長く溜息を吐いた。
「《食霊》が終わると俺達は一度、《紅い魂》の汚れたエネルギーを体内に取り込むって感じですね。
ここも人それぞれで感覚が違うんですが、俺的には体内で浄化して純粋なエネルギーにするって感じですかね。
で、後はマスターが俺達からそのエネルギーを取り出して………そうっ、スね、イデアさんがもう一度動くエネルギー源になればいいな、つー感じっす。
あ、因みにこの、エネルギーを抽出することは《idea─イデア─》化って呼んでます。」
晴生から懐かしい名前が零れた。
イデア…、正式名称はidealoss(イデアロス)。
俺達が昔共に過ごしたヒューマノイドだ。
俺には高校時代の記憶が大半欠損している。
マスターに言うと、思い出さないほうがいい事もあると言われて気にしない事にはしている。
が、イデアにはいい感情はない。
なんか、毎日、地獄の特訓をさせられていたような?
俺、なんか、すげーブラックな体育会クラブでもしてたのか?
それなら、俺の周りがみんなこぞって人間離れしているのもわかる気がする。
イデアにはいい感情はないが、俺は再び動く彼女には会いたいと思う。
なぜかわからないけどもう一度会わないといけないと感じるんだ。
俺の表情が少しシンミリしたからか晴生がまた慌てて説明を続けだす。
「くらいっスかね!
あと、この喫茶店のエプロンなんですが、特殊な素材で出来てますので、防火、防弾は勿論、俺達が“もう一つの仕事”をする時の衣装にも形状変化します。
あ、スボンの色も簡単に変わりますので後でコツ教えますね。」
なんだその、お得意の戦隊モンの変身みたいなやつは…!
いや、しかし、それはすごい、この年になっても男の俺には魅力的に感じて自分のエプロンを握りしめた。
触った感覚では普通の布切れなんだがこれでホントに変身できるのだろうか。
晴生が「質問ないですか?」と、聞いてきたので俺は頭の中で反芻した。
結局、沢山の情報があったため半分程度しか覚えられてないが、要するに魂を食って、それをマスターに取り出して貰ってイデアに食わせるつーことだな。と、俺は剣成と似たりよったりの解釈に留まり、少し笑ってしまった。
「あ、一つ、質問。
《紅い魂》って取り込んでも害ないのか?」
その質問に此方を向いていた晴生が赤くなった。
彼は慌てて片手で顔を覆い、「ないこともない…ス」と、小さくだけ零したあと、気を取り直すように表情を戻すが言葉を悩んでいるようだ。
横から助け舟と言わんばかりにマスターの声が落ちる。
「そうですね…。害があった、と、言う報告はまだ聞いていません。
ただ、多量にエネルギーを取り込むと消化不良みたいなことが起きてしまうかもしれないので、早めに《idea化─イデア化─》はして欲しいかもしれません。」
「え、消化不良ってどうなるんですか?」
俺達の話を聞きながらマスターは昼の開店準備を終えたようで、自分の紅茶のカップに唇を触れさせていた。
俺の質問に、マスターは数度瞬き、逡巡した後、ゆったりと唇を開いた。
「体内から爆発……ですかね。
高エネルギーを中に蓄え過ぎるわけですから。」
「ば、ばばばばば、ばくはつぅぅぅ!?」
マスターは至って普通の顔のまま告げるが一気に物騒になった内容に俺の顔も一気に青褪める。
立ち上がってマスターに詰寄るように言葉を荒らげるが彼は飄々としたままだった。
「……多分ですが。
大丈夫ですよ、まだ誰もなったことありませんし、頻繁に僕のところに来て貰えれば、ちゃんと抽出しますので。
あ、あと、…それと。」
頭の中が混乱でしかない。
マスターの言葉はわかりやすい。
ちゃんと俺にあわせて話してくれているので毎回とても分かりやすいが内容自体が俺向けではない。
いつもハチャメチャなやつだ。
それと、と、文章が繋がったことによりまだあるのかと俺は彼を見上げたが、マスターは口角を緩めたまま変わらぬトーンで言葉を綴る。
「れいやられ…《霊ヤラレ》と、言うものがありますね。
エネルギー自体は取り出すんですが、雑念思念のエネルギーは《食霊》した人に置いていく形になるので、まぁ、魂を食べた分のカロリーは各々消費して頂く形になります。」
「そ、それって、どうやって消費するんですか?」
「んー……僕は《霊ヤラレ》にはなりにくい体質なので、説明しにくいんですが運動でもなんでも、欲望を発散しておけば《霊ヤラレ》にはならないとは思いますよ?」
「もし、なってしまったら、どうなるんですか…」
「そうですね…。欲求不満状態、即ち“ムラムラ”…するらしいです。」
ムラムラ?
村々?
今、マスター、ムラムラっていったよな?
えー、なんかもっと、呪い殺されます。とか、期待したけどなんか違う方向だ。
なんだよムラムラって、エロい気分になるってことか?
マスターが喋っている間、晴生に視線を向けていたので俺の視線も其方に向く。
晴生はアイスコーヒーのストローに口をつけて平静を装っていたが覗いている耳が少し赤かったのを見逃さなかった。
晴生は、きっと、《霊ヤラレ》…欲求不満状態に陥った事があるに違いない。
もしなったら、どうしたらいいか聞いておこうと軽い気持ちで俺はサンドイッチを口へと運んでいく。
「おい、マスター、今日店閉まってから、実際に軽く《食霊》してぇんだけど」
「今日のClose以降予定はキャンセルしときますので構いませんよ。
さて、そろそろ時間が迫って来ましたね、僕は最終チェックをしてきますので、開店まではごゆっくりどうぞ。」
どうやら、今日は晴生とマスターと一緒に《食霊》しにいくらしい。
初めての“もう一つの仕事”に俺は緊張を隠せないが、非日常に期待がないわけでもなく。
開店に間に合わせるようにマスターが作ってくれたサンドイッチを頬張った。
【日当瀬晴生】
Close作業を終えると、千星さんに簡単にエプロンとマントへの変換作業を伝えた。
俺の教え方が悪いのだろう、なかなか手こずったが何とか形状変化を覚えてもらえた。
この衣装についてももっと改造が必要かもしれない。
ヒューマノイドのイデアさんが居た頃はこういったテクノロジーを駆使して作るものは彼女が作ってくれていたのだが、現状は俺が作っている。
地下にLABO〈ラボ〉があるので機材の不足はないんだが、なかなか骨の折れる作業だ。彼女の優秀さを改めて知ることになる。
千星さんも俺も、“もう一つの仕事”《食霊》用の白い衣装とマントを纏っていると奥のスタッフスペースへ繋がる入口から既に白い衣装に身を包んだ神功が出てくる。
「お待たせしました、さて、行きましょうか。」
時刻は21時を少し回ったところか。
本当はもっと遅い時間のほうが《紅魂》は見付けやすい。
しかし、明日も授業がある千星さんのことを考えてこれくらいの時間を選んだ。
喫茶【シロフクロウ】からでると人気のない道のりを選んで山間へと進んていく。
闇に白い衣装だと目立ちやすいと思われがちだが逆に例え目立っても光を反射し、顔がわかりづらいと言う利点がある。
勿論ステルス機能も実装させているので隠れることも可能なのだが。
千星さんの速度に合わせながら茂みを掻き分けるようにすすんでいく。
「はぁ…、ちょ、晴生、まだ、つかねぇの?」
「あ、すいません。もうすぐ着きます。」
肩で呼吸を始めた千星さんをフォローするように、俺と神功は動く。
俺も平和ボケしていたので再びこういう場に身を置いた時なかなか勘が戻ってこなかった。
こういう時、自分の配慮の無さに小さく肩を落とす。
更に奥へ進むと墓主が居なくなり放置された墓場へと辿り着く。
雑草が生茂り、転がり崩れた墓石は視覚では捉えにくいので直ぐにはわからないかもしれない。
心霊スポットにも話題を上げている更に奥へと俺達は足を進めた。
【千星那由多】
なにこれ。
なんか山の中入ったし、虫もいっぱいいるし、これっていわゆる肝試しと変わんないやつ!
しかも、晴生とマスターは月明かりだけで辺り一面がわかるのか懐中電灯もつけてくれない。
めっちゃ怖い、こんな仕事が毎日とかだったら無理だ。
一人は絶対無理だ。
「な、…なぁ、これって毎日やるのか?」
「いいえ、違いますよ。
今回は見てもらう為に来てるだけで、こういったところの《紅魂》はエネルギー効率が悪いんです。
もっと現実に溶け込んでるようなものを普段は探します。と、言うよりは見つけたら《食霊》します。」
普段は自分達から探しに行くことは少なくて、基本待ちの姿勢みたいだ。
どこか安心して、ほっと胸を撫で下ろしていると何かに躓いて俺の身体が盛大に傾く。
「………ぅわ!」
「っと…。」
「───と、すいません、ありがとうございます。」
「いえ。でも気を付けてくださいね。
無縁仏〈むえんぼとけ〉なので、まだ中に誰かいらっしゃるかもしれませんので。」
転けそうになった俺の体をマスターが支えてくれた。
マスターが俺の足下に視線を向けたので俺の視線も下を向く。
俺はマスターの言っている意味がすぐに理解出来なかったが…、自分の躓いたのが崩れた墓石であることに気づいた瞬間俺は青くなった。
まだいるってどういうことだ!?
バチが当たっておばけが出てくるってことか!?
マスターは相変わらずニコニコと笑みを浮かべていたが、支えていた手を離す瞬間、その瞳が妖しく揺らめく。
「那由多くんに、…僕が観ている世界を視〈み〉せますね。」
次の瞬間、背筋に冷たいものが走る。
マスターは既に俺を見てなくて、俺の背後をジッと見つめている。
ゴクリと、一際大きく自分の喉を大きく動かしゆっくりと背後に視線を向けた。
「────ひっ!」
先程迄とは全く違う世界。
妖しく黒い靄が掛かり、その中に赤い火の玉がゆらゆらと幾つも飛び交っている。
ジッとしているものもあれば、ゆらゆらと踊るように舞っているものもある。
場所も先程までは暗くて気づかなかったが墓石はそこら中に散乱し、汚れ、荒廃していた。
自然と後退る俺の肩にマスターが手を置き、いつも通りに微笑み掛けてくる。
「さて、《食霊》しましょうか。」
「え!これを…ですか!?」
俺はもう一度火の玉に視線を向けて硬直する。
まっっっったく、美味そうに見えない魂の塊に俺の口許は引き攣った。
今からこれを食うらしい。
「晴生くんも、此方に視線を向けてください。」
「あ゛ー?
……ッて、おい……かけやがったな。」
「視〈み〉えるようにしただけなので、安心してください。」
晴生がマスターと視線を合わせた瞬間目許を手で覆うように抑えた。
それからいつも以上に眉を顰め、無茶苦茶不機嫌そうに火の玉のほうを向いた。
「ったく、視えすぎんだよ、俺には…。
千星さん、《紅魂》は見えますか?」
「あ、…おう。なんかいっぱい飛んでる。」
「なら説明しやすいですね、見ててください。」
晴生が俺達から離れて火の玉…《紅い魂》へと近づいていく。
《紅い魂》は特に何もせず辺りを漂っているだけであった。
不思議そうに見ていると横に立っているマスターが俺へと言葉を落とす。
「ここに居る魂にはそんなに強い意思を感じません。
襲ってきたりはしませんが、危ないタイプのものも居るため《紅い魂》と接触した場合はくれぐれも気を抜かないようにしてくださいね。」
油断するなと言われると一気に俺は緊張感に包まれる。
晴生は大丈夫なのかと、不安げに見つめているが、ふと、一つの《紅い魂》の前で歩みを止めた。
それはこの中でも一際大きいもので、暫く晴生はそいつの前で立ち止まっていた…………が。
「はぁ?ンなもん、知らねぇし。
そもそも、そんな未練だったら、さっさと忘れて次の人生やり直したほうがいいんじゃね?
まぁ、生まれ変わるとか天国とか地獄とかあるかは知んねぇけど。
少なくとも誰も参りに来ないこんな廃れた墓で、そんなもん待つのは時間の無駄だろ」
え?ちょー!!晴生!?!?
取り憑かれた!?
《紅い魂》に話しかけてる!?
晴生が喫茶【シロフクロウ】で無遠慮な客が来たときの対応を《紅い魂》に向けて行っている。
俺の表情が余りにも間抜けだったのか、横からフフ…と、マスターの笑い声が落ちた。
「すいません、失礼しました。
晴生くんは《紅い魂》の声を聞いているんですよ。
彼の“耳”は弱い“思い”ですら聞き出せてしまうみたいです。
ただ、聞き出しても返答はいつもあんな感じですが…説得力はあるみたいですよ。」
確かに【シロフクロウ】の悩み相談でも晴生はあんな感じだが、嘘は全く言ってない。
全て本心なのだ。
本心を取り繕わない言葉で発言するので心を打たれる人が多いのも事実。
多分、晴生本人はそこまで深くは考えてないんだろうけど。
晴生がそこから、何か話していたがそれは聞き取ることが出来なかった。
それからゆっくりとした動作で《紅魂》を掬うように持ち上げる。
晴生が唇をゆっくりと近づけていくと、周りに無数のつむじ風が起き、月明かりに照らされたブロンドの髪が踊る。
風の流れが薄く緑がかった色に視覚化されていくと小さいつむじ風が《紅魂》を包むようにもう一つ産まれた。
《紅魂》に唇が触れるか触れないかの距離でスッと、《紅魂》はそこに何も存在しない空気のように溶けていった。
「───ごちそうさま、でした。
千星さん、俺の、《食霊》はこんな感じになります。
まぁ、これはエネルギー的にも弱めなので略式ですが。
おい、神功、テメェも見せてやれよ。」
「構いませんが…もう、思念がありそうな《紅魂》は無いみたいですねぇ。
那由多くん、真っ直ぐ前を見ててください、ね?」
《紅い魂》自体はまだ無数に飛んでいるのだが、聞くことができる内容の強い意志を持っているものは居ないということだろうか。
マスターはそれだけ告げると俺の後ろから優しいタッチで両肩を掴んだ。
言われるがままに前を見ると俺の表情は自然と強張る。
晴生も俺の横に戻ってくると、辺り一面に見える無縁仏と《紅い魂》のみになった。
ゆらりと立ち上がる朱い炎。
《紅い魂》の傍で同じ様にゆらゆらと揺れ幻想的な空間が目の前に広がる。
なにかの儀式でも見ているような研ぎ澄まされた空間にこれがマスターの《食霊》かと、目を輝かせた瞬間。
朱〈あか〉色の炎が漆黒を纏い、《紅い魂》を燃やし尽くすように轟々と火柱を上げる。
火柱の中の《紅い魂》は蠢き、藻掻き、苦しんでいるようにしか見えず俺は思わず目を見張った。
え!?!?なんか、晴生とか、剣成とかと違ってめっちゃ
悪者みたいな《食霊》なんだけど!
「マスター!!なんか、《紅い魂》が痛そうなんですけど!!」
「んー、まぁ、炙っているわけですからねぇ。
もう、マトモなのは残ってないんです。
『もっと、金を奪っておけばよかった。』
『もっと、女で遊んでおけばよかった。』
『アイツも、殺しておけばよかった。』
簡単に言うとそんな感じですかねぇ。」
“相手”の事情は聞く必要がないと言われてしまい、ますます体が強張る。
視線を後ろに流すとマスターの瞳が朱く、まるで炎のように揺らめいていた。
それよりも喫茶では見せない、彼独特の笑みに俺の背筋は凍る。
目の前の炎はとても熱く、美しく、そして醜くく、全てを漆黒〈くろ〉くしていくのに、俺の体は凍ったように冷めている感覚がした。
何本もの火柱は絡み合い俺と晴生、そしてマスターを包むような火柱になる。
パラパラと火の粉が落ちてきて視覚的には熱そうに感じるが、実際に熱さは感じない。
マスターは俺の肩から手を離すと、顎を少し上げ、瞼を薄く閉じ、小さく息を吸い込んだ。
「ご馳走様でした。」
彼がそう告げた瞬間何事もなかったように全てが消え去る。
もう、《紅い魂》の姿は見えない。
まるで幻でも見ていたかのように目の前に広がるのは荒れて転がる墓石だけだった。
「オイ!神功、てめぇ、全部《食霊》しちまったら千星さんの練習の分がなくなるだろ!」
「大丈夫ですよ、一つ残してますから。」
全く現実味がなくなり呆然としている俺をよそに、ギャイギャイと晴生がマスターに噛み付いている。
どうやらマスターは俺のために一つ残してくれているようだが、どう見たって見当たらない、どこかと聞こうとマスターのほうを振り返ると彼の右手の上に朱い炎が牢屋となり逃げれなくなっている《紅い魂》があった。
先程のマスターの《食霊》を見て完全に食欲(?)は失せていたが、俺は今からこれを食べるらしい。
これだけ近くにいても、《紅い魂》からは何も聞こえたりしなかった。
魂自体も小さいし、危ない気配も感じられない。
この魂はどんな思いで《紅い魂》になったのだろうか。
俺が魂に対して口を開こうとした瞬間、マスターが俺の口に人差し指を立てる。
「那由多くん、今日は実体化させずに《食霊》してみましょうか。」
そこまで言われてようやく気づいた。
そういえば俺は魂と会話してしまうと《紅い魂》を実体化させてしまうんだった。
「す、すいません!」と、謝ったが、マスターはいつも通り微笑んでるのみで、俺は俯いた。
えーと、どうするんだっけ。
取り敢えず、“口”でするっつってたな。
火の玉の形だからさっき晴生は唇を近づけているだけで出来てた。
きっと俺も同じことをしたらできるはず。
「晴生ってどんなこと考えながら《食霊》してんだ?」
「俺ッスか……俺は…空気に流すって、感じですかね。」
「…………へ?」
「あ、いや、電磁波とか磁場つーのは、電圧とか電流が関係してまして、それが留まっている───────」
「あ、いや、俺が悪かった。わかった!わかんねぇけど、わかった!!」
そうだこいつ頭良かったんだ。
俺が聞いてもこいつの頭の中が分かるはずなかった。
なんか、難しい理論のところまで進んで話してくれる晴生の言葉を慌てて俺は遮った。
あと、もう一人聞ける人物がここにいるのだが。
俺は目の前に佇むマスターをジッと見上げた。
けれど、マスターに訊いたとしてもきっと分かんねぇ気がする。
「酸素を消費して炎が出るんですよ」(?)的な事を難しく言われそうだ。
俺があまりにもジッとマスターを見上げていたからか彼は小さくクツクツと喉を揺らした。
「那由多くん、普通に、食べてみたらいいと思いますよ。」
そう言うとマスターは朱い炎の牢獄から《紅い魂》を解き放った。
それを俺のすぐ口元まで持ってくる。
食べる…。
この紅い火を食べる。
熱そうに思えたが近づいてみると熱くはなかった。
熱くないのなら食えるかもしれない。
俺は覚悟を決め、剣成の感覚が一番近いので食う、に、重点を置いた。
ここはもう勢いだ!
漢、那由多いきます!!
食ってやる!と、心の中で思いながら口を近づける。
《紅い魂》の手前で薄く口を開くと吸い付くようにと唇を寄せた。
その時だった。
俺の唇が、《紅い魂》にふれる。
すると、《紅い魂》はゆらりと踊り、幾重にも光が重なり、虹が輝き、風が舞い、炎が燃え上がる…………はずもなく、パンっと言う音もなく…
……………消えた。
音沙汰もなく、エフェクトもなく、兎に角消えた。
そして、俺の腹はちょっとだけ満たされた気もする。
あれ?
おかしくね?
なんか、みんな神々しく輝いてなかった?
晴生は風、渦巻いてたし、マスターはめっちゃ炎出てたし。
え?俺は?
俺は何もねーの?
失敗したのか?
「千星さん、凄いっすね!!
ノーアクションで《食霊》なんて流石っス!!!」
どうやら失敗ではないらしい。
晴生の嬉しそうな声を耳にしながら俺の体がワナワナと震えだす。
「──────な、なんでなんだよー!!!!」
どうやら俺はノーアクションで《食霊》をしてしまえるらしい。
普通では無い事なのかもしれないが、こんなときこそ、こんな時くらい、皆と一緒の普通でいいのに!?
想いは虚しく、俺の声だけが暗闇に響き渡った。
【何者でもない誰か(語り部)】
地下2階に広がる白いの空間に佇むのはいつもの人物、神功左千夫〈じんぐう さちお〉である。
神功は今日あった事を報告するかのようにヒューマノイドのイデアに話しかけている。
赤いワンピースに身を包む彼女の手に自分の手を重ね。
永遠の眠りが退屈なものにならないようにと言葉を綴る。
だが、その言葉も長くは続くことがなく、神功は唇を止め、視線をイデアから外す。
そうすれば彼の視線の先に、地下へと続くエレベーターからもう一つの気配が姿を表した。
日当瀬晴生〈ひなたせ はるき〉は不機嫌そうな面持ちのまま電子煙草を唇で挟み、唇から紫煙を燻らせながら白い暗闇に入ってくる。
日当瀬は《idea─イデア─》の光で照らされている鳥籠を一つずつ一瞥し、電子煙草をズボンのポケットに直しながらヒューマノイドイデアの側まで来る。
その間に視線を一度も神功に向けることなく彼はイデアの前で片膝を付き、動かぬイデアの手をそっと握った。
宝石のように澄んだ翡翠の瞳がイデアを見つめるが言葉は落ちることなく、大きく吐くような息を逃がしてから一礼し、立ち上がる。
また、ポケットから電子煙草を取り出すといつもの手順でスイッチを入れ、深く深く紫煙と息を吸い込む。
まるで神功を居ないものと、振る舞っていた体と視線は白い部屋の壁に凭れ掛かったところで初めて解かれ、神功へと視線が向けられる。
「お疲れ様です、晴生くん」
「御託はいいから、さっさと始めやがれ。」
神功に流すように向けていた視線を伏せ、吐き出す息に紫煙を乗せる。
腕と脚を組むようにしながら煙草の煙を燻らせていると、日当瀬の目の前まで来た神功が親指と人差し指で顎を掴むと視線を上げさせた。
「僕はノーモーションでは出来ませんよ、晴生くん。」
千星那由多〈せんぼし なゆた〉に放ったノーアクションにかけるように、神功は言葉を綴る。
翡翠の瞳に緋色の瞳が重なった瞬間、顎を持ち上げ手を滑らせ神功は彼の左の前髪を掻き上げるようにして耳に触れる。
その瞬間、ゴォォォォォッと、激しい竜巻が巻き起こり、神功の編み込んだ髪を結ぶ赤い糸が切れる。
それだけでは済まず風の刃は神功の肌を弄ぶかのように皮膚が裂ける。
服、太腿、腕、首、頬へと切り傷を刻んで行くが神功の表情は変わることなく日当瀬を見つめる。
濃く、そして薄い風の渦が二人の周りを舞い、ブロンドの髪と漆黒の髪を弄ぶ。
「晴生くん、もう少し、…落ち着いて──」
「うるせぇ、だまれ!!」
日当瀬はそれだけ告げると視線を伏せ、指で握りしめていたタバコを唇に付け、もう一度深く吸ってから唇からタバコを外し長く呼吸を吐き出すことを意識する。
荒れ狂う暴風は鳥籠をガシャガシャと揺らしエネルギーを持て余すかのようにカマイタチを戯〈あそ〉ばせる。
少しずつ、形を整えるかのように風の流れが球体へと近くなっていき、何度も何度も円を描くようにすべての風が集まり一つのものへと圧縮されていく。
日当瀬の瞳と同じ色のエネルギーの塊を見詰めると、神功は炎を宿した両手で横から抑え込むように挟み込む。
「お疲れ様でした。」
《idea─イデア─》 を籠へと炎で囲いながら促すと綺麗な球体を描き、中へと緑の炎を灯す。
神功は流れる動作で籠へと鍵を締めた。
肌に無数についた傷口は、ぱっくりと割れてはいるが血はほとんど滲んでおらず、解けてしまった髪はそのままに、神功の指先が自分についた頬の傷へと指を這わせる。
「客商売なので顔の傷は遠慮していただきたいところなのですが…」
「女みてぇなこと言ってんじゃねぇよ…
大体、テメェはこっちの領域を侵してきすぎなんだ。」
「晴生くんが素直に開いてくれると《idea─イデア─》化はすぐに出来ると思うんですが。
まぁ、…気をつけることにしましょうか。」
神功が顔の傷を親指で、グーッとなぞるとそこには何もなかったように元の透き通った肌が顔を出し、傷は消えてしまう。
いや、消えたように見えてしまう。
これも彼の“マヤカシ”の力の一つである。
日当瀬は用が済んだと言わんばかりに踵を返し、ヒューマノイドのイデアを一瞥してからもと来た道を帰っていった。
End
喫茶【シロフクロウ】はモーニングとランチの間に一度店をCloseする時間がある。
客商売なのでお客さん次第で開いてるときもあるが基本的には一度閉める。
今日は千星さんとランチに入る日なので、お願いして少し早めに来てもらった。
「悪ィ!晴生ー、おまたせ。」
「いえ、こちらこそ、すいません、折角の時間を割いてしまって」
カウンターへと座っていると従業員入口から千星さんの声が聞こえて、俺は座りやすいようにと椅子を引く。
天夜はまだ来てねぇし、明智は元々今日シフトに入ってねぇ。
俺達の他にはマスター、神功左千夫〈じんぐう さちお〉だけがカウンターの中で昼に向けての準備をしている。
「晴生、話ってなんだ?」
「明智から頼まれたやつなんスけど、千星さん、《食霊─しょくれい─》について何か聞きましたか?」
「あー……。剣成は、魂食って腹いっぱいって言ってた…」
結局、何も伝わってなくて、髪を掻き上げるように額に手をつき溜息を落とした。
カウンター内にいる神功も小さく肩を揺らして笑っている。
俺が話を進めようとすると、「どうぞ。」と、神功が俺達の前にアイスコーヒーとサンドイッチのまかないを並べる。
確かに昼からの仕事を考えると腹拵えも必要かもしれねぇ。
グラスに並ぶ氷がカランと立てる音を聞きながら俺は話を進めた。
「まず、“もう一つの仕事”についてなんですが。
簡単に言いますと《紅い魂─あかいたましい─》を《idea─イデア─》化することになります。」
「あの、火の玉みたいなやつか?」
「そうです。
あの、赤い色の魂を俺たちは《紅い魂》、通称《紅魂─あかたま─》と読んでます。
《紅魂》には色々ケースがありまして。
まず、一番目にその生き物が居なくなるときに想いや憎しみが残ってその思念が《紅魂》化したケース。
二番目に生き物はまだ生存するが何かの原因で思いだけが思念化し《紅魂》になるケース。
三番目が肉体から逸脱した魂が《紅魂》になるケース。
一番と二番に関しましては特に問題なく《食霊─しょくれい─》してもらえばいいと思います。
三番に関しましては、意識を失ってるだけの本体があるんで、《紅い魂》の負のエネルギーだけを《食霊》し、《蒼い魂─あおいたましい─》に浄化してやる必要があります。
まぁ、これに関してはマスターが詳しいんで、マスターにまた聞いてください。
つーか、神功、テメェが、人、乗っ取ったりするのはこの3番の原理なんだろ?」
不意にヤツに話をふると1本だけ髪から飛び出ている、触覚がゆらりと、上下する。
開店作業を進めていた神功が手を止め、カウンター内の俺らの前までくると、いつもの食えない笑みのまま小さく頷いた。
「そうですね、そういう感覚で見てもらって間違いないと思いますよ。
僕は自分の肉体に帰れなくなったことはないので《紅い魂》の気持ちはわかりませんが」
落ち着いた口調で神功は言葉を落とす。
神功の特殊能力は“幻術”、あとは人を乗っ取ったりとか、精神破壊したりとか取り敢えずタチの悪いことは全般できる。
俺の“物質を分子化・詳細化”する能力とは相性が悪い。
ヤツの“幻術”はまやかしですら、物質の数値を合わせてくる。
それに俺は色々見てしまうので“幻術”には掛かりやすいんだ。
元から食えないやつだったが最近はそれに拍車が掛かってきている。
今も食えない笑みのまま俺達の前で仕事を着々とこなし何を考えているか窺い知れない。
「チっ。まぁ、いい、それでですね、千星さん。………千星さん、ちょっと休憩しますか?」
【千星那由多】
ヤバイ。
理解できない。
いや、理解したくないのかもしれない。
そもそもこの世には《紅い魂》ってもんがあるってとこまでは理解できた。
この前、剣成がこのパターンは初めて、と、言ってたのは動物の《紅い魂》が人間に入っていたからなのか。
「あ、大丈夫じゃねえーけど、大丈夫ッ!
えっと、質問いいか?
《紅い魂》を野放しにしとくとなんか悪いことあるのか?」
「流石、千星さん、お目が高い!!
ただ、別に悪いことがあるわけじゃないんスが…。
《紅い魂》ってのは思念が強いものが多いんです。
なのでそこに居つき不純物が溜まっていくと、よくある人の声が聞こえる、女の人の霊が見える、後はポルターガイスト現象ですかね、そういうもののキッカケにはなりやすいです。──他の事例ってあるのか?」
「…そうですね。
《紅い魂》が魂のある生き物を乗っ取ってしまったり。
有体で魂だけが抜けている場合、本体に負担がかかりますし長時間戻れないと死んでしまうこともありますね。」
晴生とマスターが順番に説明してくれる。
しかし、それはよくよく考えなくても心霊現象そのものなのだ!
オバケが怖い俺にとって望ましい仕事ではない。
「って、それってオバケそのものなのでは!?
マスターって昔オバケ苦手でしたよね…!?」
俺と晴生の視線が一気にマスターに向くと少し考えるような素振りを見せてから俺達へと再び視線を合わせてくる。
「オバケとは違いますよ?
エネルギーの塊、……電磁波とか、磁場とかそういった類と思念がくっついて現実では考え難いことが起きているだけなので。」
…マスター、人間社会ではそれを怪奇現象と呼ぶんです。
何となくマスターはオバケ≠《紅い魂》にする事で怖くないように言い聞かせているような気もするのでそこはそっとしといた。
俺も、頑張ってそう言い聞かせてみよう!怖いけど!!
「なので、その、《紅い魂》をエネルギーとして、頂戴しちゃうつーのが俺達の“もう一つの仕事”になります。
そのエネルギーにするまでの手順なんですが、まずは《食霊─しょくれい─》します。
これは明智の野郎が食う、と、表現するところですね。
《紅い魂》を自分の体内に取り込んで浄化するという役割を負います。
《食霊》の仕方は人それぞれで、わかってないことも多いんですが、基本的には口で行います。
俺は相手が生き物の形をしているときはその生き物の“耳”の辺りに口を近づけて、エネルギー化して体内に取り込むことができますね。」
晴生が自分の唇を数度叩いてからピアスの空いた右耳を指差す。
「天夜は相手の傷など、体液…内側からですね。
逆に明智は外部要因、外からつけられた現象等ですかね。
この二人はちょっと特殊なんで本人に聞いたほうがわかりやすいと思います。
マスターは“目”
あと、今実家に帰ってる九鬼の野郎は“手足”が主な起点となってます。
まぁ、弱い《紅い魂》なら実体化もしてないので場所は関係なく《食霊》出来ますが…。
おい、神功。千星さんはどこなんだよ。」
確かに、剣成はこの前カラスに刺さった矢に唇を近づけていた。
その後は剣成に取り込まれるような形になったんだけど…。
晴生がマスターに無遠慮に質問を投げかける。
マスターは晴生の口調を気にすることなく笑顔のまま俺を見つめた、が、次の瞬間口許から笑みが消える。
一瞬で辺りが凍り付きそうな気配に俺の身は萎縮した。
マスターの瞳が怪しく揺らめく、勿論殺気を撒き散らしたりしている訳ではないが、昔よりも益々底の知れない気配に俺は鳥肌が立った。
口許に手をやり、真っ直ぐ俺を見つめる彼から自然と俺の視線は逃げていく。
「くち……“口”ですかね。
《紅い魂》を実体化させてしまうのも那由多くんが応答したときみたいですしね。」
マスターが普段の表情に戻るとあたりの怪しい気配が消え、いつも通りの空間が戻ってくる。
俺はホッと息をつき、胸を撫で下ろした。
自分は“口”で食霊を行えるらしい。
この時その箇所について深くは考えなかった。
「あ、そう言えば千星さん、《紅い魂》を実体化させられるのは千星さんだけなんスよ。」
「それって、俺が、オバケにしちゃってるってこと?」
「と、言うよりは、そこに居ることを見えやすくしてくれてる感じスかね。
弱い《紅い魂》は俺らでも感じることができねぇ時もあるので…
千星さんの能力は、何が影響されてるのかはまだ解明できてないんです。
すいません、力不足で。」
自分が何か悪いことしている訳ではないと、理解しホッとしたが、晴生はいつも通り俺に対しては律儀過ぎる。
そもそも、《紅い魂》とか、《食霊》とか難しいのが多いのに俺が更にイレギュラーを増やしたってことだよな。
額に手をやりながら、はぁーと、長く溜息を吐いた。
「《食霊》が終わると俺達は一度、《紅い魂》の汚れたエネルギーを体内に取り込むって感じですね。
ここも人それぞれで感覚が違うんですが、俺的には体内で浄化して純粋なエネルギーにするって感じですかね。
で、後はマスターが俺達からそのエネルギーを取り出して………そうっ、スね、イデアさんがもう一度動くエネルギー源になればいいな、つー感じっす。
あ、因みにこの、エネルギーを抽出することは《idea─イデア─》化って呼んでます。」
晴生から懐かしい名前が零れた。
イデア…、正式名称はidealoss(イデアロス)。
俺達が昔共に過ごしたヒューマノイドだ。
俺には高校時代の記憶が大半欠損している。
マスターに言うと、思い出さないほうがいい事もあると言われて気にしない事にはしている。
が、イデアにはいい感情はない。
なんか、毎日、地獄の特訓をさせられていたような?
俺、なんか、すげーブラックな体育会クラブでもしてたのか?
それなら、俺の周りがみんなこぞって人間離れしているのもわかる気がする。
イデアにはいい感情はないが、俺は再び動く彼女には会いたいと思う。
なぜかわからないけどもう一度会わないといけないと感じるんだ。
俺の表情が少しシンミリしたからか晴生がまた慌てて説明を続けだす。
「くらいっスかね!
あと、この喫茶店のエプロンなんですが、特殊な素材で出来てますので、防火、防弾は勿論、俺達が“もう一つの仕事”をする時の衣装にも形状変化します。
あ、スボンの色も簡単に変わりますので後でコツ教えますね。」
なんだその、お得意の戦隊モンの変身みたいなやつは…!
いや、しかし、それはすごい、この年になっても男の俺には魅力的に感じて自分のエプロンを握りしめた。
触った感覚では普通の布切れなんだがこれでホントに変身できるのだろうか。
晴生が「質問ないですか?」と、聞いてきたので俺は頭の中で反芻した。
結局、沢山の情報があったため半分程度しか覚えられてないが、要するに魂を食って、それをマスターに取り出して貰ってイデアに食わせるつーことだな。と、俺は剣成と似たりよったりの解釈に留まり、少し笑ってしまった。
「あ、一つ、質問。
《紅い魂》って取り込んでも害ないのか?」
その質問に此方を向いていた晴生が赤くなった。
彼は慌てて片手で顔を覆い、「ないこともない…ス」と、小さくだけ零したあと、気を取り直すように表情を戻すが言葉を悩んでいるようだ。
横から助け舟と言わんばかりにマスターの声が落ちる。
「そうですね…。害があった、と、言う報告はまだ聞いていません。
ただ、多量にエネルギーを取り込むと消化不良みたいなことが起きてしまうかもしれないので、早めに《idea化─イデア化─》はして欲しいかもしれません。」
「え、消化不良ってどうなるんですか?」
俺達の話を聞きながらマスターは昼の開店準備を終えたようで、自分の紅茶のカップに唇を触れさせていた。
俺の質問に、マスターは数度瞬き、逡巡した後、ゆったりと唇を開いた。
「体内から爆発……ですかね。
高エネルギーを中に蓄え過ぎるわけですから。」
「ば、ばばばばば、ばくはつぅぅぅ!?」
マスターは至って普通の顔のまま告げるが一気に物騒になった内容に俺の顔も一気に青褪める。
立ち上がってマスターに詰寄るように言葉を荒らげるが彼は飄々としたままだった。
「……多分ですが。
大丈夫ですよ、まだ誰もなったことありませんし、頻繁に僕のところに来て貰えれば、ちゃんと抽出しますので。
あ、あと、…それと。」
頭の中が混乱でしかない。
マスターの言葉はわかりやすい。
ちゃんと俺にあわせて話してくれているので毎回とても分かりやすいが内容自体が俺向けではない。
いつもハチャメチャなやつだ。
それと、と、文章が繋がったことによりまだあるのかと俺は彼を見上げたが、マスターは口角を緩めたまま変わらぬトーンで言葉を綴る。
「れいやられ…《霊ヤラレ》と、言うものがありますね。
エネルギー自体は取り出すんですが、雑念思念のエネルギーは《食霊》した人に置いていく形になるので、まぁ、魂を食べた分のカロリーは各々消費して頂く形になります。」
「そ、それって、どうやって消費するんですか?」
「んー……僕は《霊ヤラレ》にはなりにくい体質なので、説明しにくいんですが運動でもなんでも、欲望を発散しておけば《霊ヤラレ》にはならないとは思いますよ?」
「もし、なってしまったら、どうなるんですか…」
「そうですね…。欲求不満状態、即ち“ムラムラ”…するらしいです。」
ムラムラ?
村々?
今、マスター、ムラムラっていったよな?
えー、なんかもっと、呪い殺されます。とか、期待したけどなんか違う方向だ。
なんだよムラムラって、エロい気分になるってことか?
マスターが喋っている間、晴生に視線を向けていたので俺の視線も其方に向く。
晴生はアイスコーヒーのストローに口をつけて平静を装っていたが覗いている耳が少し赤かったのを見逃さなかった。
晴生は、きっと、《霊ヤラレ》…欲求不満状態に陥った事があるに違いない。
もしなったら、どうしたらいいか聞いておこうと軽い気持ちで俺はサンドイッチを口へと運んでいく。
「おい、マスター、今日店閉まってから、実際に軽く《食霊》してぇんだけど」
「今日のClose以降予定はキャンセルしときますので構いませんよ。
さて、そろそろ時間が迫って来ましたね、僕は最終チェックをしてきますので、開店まではごゆっくりどうぞ。」
どうやら、今日は晴生とマスターと一緒に《食霊》しにいくらしい。
初めての“もう一つの仕事”に俺は緊張を隠せないが、非日常に期待がないわけでもなく。
開店に間に合わせるようにマスターが作ってくれたサンドイッチを頬張った。
【日当瀬晴生】
Close作業を終えると、千星さんに簡単にエプロンとマントへの変換作業を伝えた。
俺の教え方が悪いのだろう、なかなか手こずったが何とか形状変化を覚えてもらえた。
この衣装についてももっと改造が必要かもしれない。
ヒューマノイドのイデアさんが居た頃はこういったテクノロジーを駆使して作るものは彼女が作ってくれていたのだが、現状は俺が作っている。
地下にLABO〈ラボ〉があるので機材の不足はないんだが、なかなか骨の折れる作業だ。彼女の優秀さを改めて知ることになる。
千星さんも俺も、“もう一つの仕事”《食霊》用の白い衣装とマントを纏っていると奥のスタッフスペースへ繋がる入口から既に白い衣装に身を包んだ神功が出てくる。
「お待たせしました、さて、行きましょうか。」
時刻は21時を少し回ったところか。
本当はもっと遅い時間のほうが《紅魂》は見付けやすい。
しかし、明日も授業がある千星さんのことを考えてこれくらいの時間を選んだ。
喫茶【シロフクロウ】からでると人気のない道のりを選んで山間へと進んていく。
闇に白い衣装だと目立ちやすいと思われがちだが逆に例え目立っても光を反射し、顔がわかりづらいと言う利点がある。
勿論ステルス機能も実装させているので隠れることも可能なのだが。
千星さんの速度に合わせながら茂みを掻き分けるようにすすんでいく。
「はぁ…、ちょ、晴生、まだ、つかねぇの?」
「あ、すいません。もうすぐ着きます。」
肩で呼吸を始めた千星さんをフォローするように、俺と神功は動く。
俺も平和ボケしていたので再びこういう場に身を置いた時なかなか勘が戻ってこなかった。
こういう時、自分の配慮の無さに小さく肩を落とす。
更に奥へ進むと墓主が居なくなり放置された墓場へと辿り着く。
雑草が生茂り、転がり崩れた墓石は視覚では捉えにくいので直ぐにはわからないかもしれない。
心霊スポットにも話題を上げている更に奥へと俺達は足を進めた。
【千星那由多】
なにこれ。
なんか山の中入ったし、虫もいっぱいいるし、これっていわゆる肝試しと変わんないやつ!
しかも、晴生とマスターは月明かりだけで辺り一面がわかるのか懐中電灯もつけてくれない。
めっちゃ怖い、こんな仕事が毎日とかだったら無理だ。
一人は絶対無理だ。
「な、…なぁ、これって毎日やるのか?」
「いいえ、違いますよ。
今回は見てもらう為に来てるだけで、こういったところの《紅魂》はエネルギー効率が悪いんです。
もっと現実に溶け込んでるようなものを普段は探します。と、言うよりは見つけたら《食霊》します。」
普段は自分達から探しに行くことは少なくて、基本待ちの姿勢みたいだ。
どこか安心して、ほっと胸を撫で下ろしていると何かに躓いて俺の身体が盛大に傾く。
「………ぅわ!」
「っと…。」
「───と、すいません、ありがとうございます。」
「いえ。でも気を付けてくださいね。
無縁仏〈むえんぼとけ〉なので、まだ中に誰かいらっしゃるかもしれませんので。」
転けそうになった俺の体をマスターが支えてくれた。
マスターが俺の足下に視線を向けたので俺の視線も下を向く。
俺はマスターの言っている意味がすぐに理解出来なかったが…、自分の躓いたのが崩れた墓石であることに気づいた瞬間俺は青くなった。
まだいるってどういうことだ!?
バチが当たっておばけが出てくるってことか!?
マスターは相変わらずニコニコと笑みを浮かべていたが、支えていた手を離す瞬間、その瞳が妖しく揺らめく。
「那由多くんに、…僕が観ている世界を視〈み〉せますね。」
次の瞬間、背筋に冷たいものが走る。
マスターは既に俺を見てなくて、俺の背後をジッと見つめている。
ゴクリと、一際大きく自分の喉を大きく動かしゆっくりと背後に視線を向けた。
「────ひっ!」
先程迄とは全く違う世界。
妖しく黒い靄が掛かり、その中に赤い火の玉がゆらゆらと幾つも飛び交っている。
ジッとしているものもあれば、ゆらゆらと踊るように舞っているものもある。
場所も先程までは暗くて気づかなかったが墓石はそこら中に散乱し、汚れ、荒廃していた。
自然と後退る俺の肩にマスターが手を置き、いつも通りに微笑み掛けてくる。
「さて、《食霊》しましょうか。」
「え!これを…ですか!?」
俺はもう一度火の玉に視線を向けて硬直する。
まっっっったく、美味そうに見えない魂の塊に俺の口許は引き攣った。
今からこれを食うらしい。
「晴生くんも、此方に視線を向けてください。」
「あ゛ー?
……ッて、おい……かけやがったな。」
「視〈み〉えるようにしただけなので、安心してください。」
晴生がマスターと視線を合わせた瞬間目許を手で覆うように抑えた。
それからいつも以上に眉を顰め、無茶苦茶不機嫌そうに火の玉のほうを向いた。
「ったく、視えすぎんだよ、俺には…。
千星さん、《紅魂》は見えますか?」
「あ、…おう。なんかいっぱい飛んでる。」
「なら説明しやすいですね、見ててください。」
晴生が俺達から離れて火の玉…《紅い魂》へと近づいていく。
《紅い魂》は特に何もせず辺りを漂っているだけであった。
不思議そうに見ていると横に立っているマスターが俺へと言葉を落とす。
「ここに居る魂にはそんなに強い意思を感じません。
襲ってきたりはしませんが、危ないタイプのものも居るため《紅い魂》と接触した場合はくれぐれも気を抜かないようにしてくださいね。」
油断するなと言われると一気に俺は緊張感に包まれる。
晴生は大丈夫なのかと、不安げに見つめているが、ふと、一つの《紅い魂》の前で歩みを止めた。
それはこの中でも一際大きいもので、暫く晴生はそいつの前で立ち止まっていた…………が。
「はぁ?ンなもん、知らねぇし。
そもそも、そんな未練だったら、さっさと忘れて次の人生やり直したほうがいいんじゃね?
まぁ、生まれ変わるとか天国とか地獄とかあるかは知んねぇけど。
少なくとも誰も参りに来ないこんな廃れた墓で、そんなもん待つのは時間の無駄だろ」
え?ちょー!!晴生!?!?
取り憑かれた!?
《紅い魂》に話しかけてる!?
晴生が喫茶【シロフクロウ】で無遠慮な客が来たときの対応を《紅い魂》に向けて行っている。
俺の表情が余りにも間抜けだったのか、横からフフ…と、マスターの笑い声が落ちた。
「すいません、失礼しました。
晴生くんは《紅い魂》の声を聞いているんですよ。
彼の“耳”は弱い“思い”ですら聞き出せてしまうみたいです。
ただ、聞き出しても返答はいつもあんな感じですが…説得力はあるみたいですよ。」
確かに【シロフクロウ】の悩み相談でも晴生はあんな感じだが、嘘は全く言ってない。
全て本心なのだ。
本心を取り繕わない言葉で発言するので心を打たれる人が多いのも事実。
多分、晴生本人はそこまで深くは考えてないんだろうけど。
晴生がそこから、何か話していたがそれは聞き取ることが出来なかった。
それからゆっくりとした動作で《紅魂》を掬うように持ち上げる。
晴生が唇をゆっくりと近づけていくと、周りに無数のつむじ風が起き、月明かりに照らされたブロンドの髪が踊る。
風の流れが薄く緑がかった色に視覚化されていくと小さいつむじ風が《紅魂》を包むようにもう一つ産まれた。
《紅魂》に唇が触れるか触れないかの距離でスッと、《紅魂》はそこに何も存在しない空気のように溶けていった。
「───ごちそうさま、でした。
千星さん、俺の、《食霊》はこんな感じになります。
まぁ、これはエネルギー的にも弱めなので略式ですが。
おい、神功、テメェも見せてやれよ。」
「構いませんが…もう、思念がありそうな《紅魂》は無いみたいですねぇ。
那由多くん、真っ直ぐ前を見ててください、ね?」
《紅い魂》自体はまだ無数に飛んでいるのだが、聞くことができる内容の強い意志を持っているものは居ないということだろうか。
マスターはそれだけ告げると俺の後ろから優しいタッチで両肩を掴んだ。
言われるがままに前を見ると俺の表情は自然と強張る。
晴生も俺の横に戻ってくると、辺り一面に見える無縁仏と《紅い魂》のみになった。
ゆらりと立ち上がる朱い炎。
《紅い魂》の傍で同じ様にゆらゆらと揺れ幻想的な空間が目の前に広がる。
なにかの儀式でも見ているような研ぎ澄まされた空間にこれがマスターの《食霊》かと、目を輝かせた瞬間。
朱〈あか〉色の炎が漆黒を纏い、《紅い魂》を燃やし尽くすように轟々と火柱を上げる。
火柱の中の《紅い魂》は蠢き、藻掻き、苦しんでいるようにしか見えず俺は思わず目を見張った。
え!?!?なんか、晴生とか、剣成とかと違ってめっちゃ
悪者みたいな《食霊》なんだけど!
「マスター!!なんか、《紅い魂》が痛そうなんですけど!!」
「んー、まぁ、炙っているわけですからねぇ。
もう、マトモなのは残ってないんです。
『もっと、金を奪っておけばよかった。』
『もっと、女で遊んでおけばよかった。』
『アイツも、殺しておけばよかった。』
簡単に言うとそんな感じですかねぇ。」
“相手”の事情は聞く必要がないと言われてしまい、ますます体が強張る。
視線を後ろに流すとマスターの瞳が朱く、まるで炎のように揺らめいていた。
それよりも喫茶では見せない、彼独特の笑みに俺の背筋は凍る。
目の前の炎はとても熱く、美しく、そして醜くく、全てを漆黒〈くろ〉くしていくのに、俺の体は凍ったように冷めている感覚がした。
何本もの火柱は絡み合い俺と晴生、そしてマスターを包むような火柱になる。
パラパラと火の粉が落ちてきて視覚的には熱そうに感じるが、実際に熱さは感じない。
マスターは俺の肩から手を離すと、顎を少し上げ、瞼を薄く閉じ、小さく息を吸い込んだ。
「ご馳走様でした。」
彼がそう告げた瞬間何事もなかったように全てが消え去る。
もう、《紅い魂》の姿は見えない。
まるで幻でも見ていたかのように目の前に広がるのは荒れて転がる墓石だけだった。
「オイ!神功、てめぇ、全部《食霊》しちまったら千星さんの練習の分がなくなるだろ!」
「大丈夫ですよ、一つ残してますから。」
全く現実味がなくなり呆然としている俺をよそに、ギャイギャイと晴生がマスターに噛み付いている。
どうやらマスターは俺のために一つ残してくれているようだが、どう見たって見当たらない、どこかと聞こうとマスターのほうを振り返ると彼の右手の上に朱い炎が牢屋となり逃げれなくなっている《紅い魂》があった。
先程のマスターの《食霊》を見て完全に食欲(?)は失せていたが、俺は今からこれを食べるらしい。
これだけ近くにいても、《紅い魂》からは何も聞こえたりしなかった。
魂自体も小さいし、危ない気配も感じられない。
この魂はどんな思いで《紅い魂》になったのだろうか。
俺が魂に対して口を開こうとした瞬間、マスターが俺の口に人差し指を立てる。
「那由多くん、今日は実体化させずに《食霊》してみましょうか。」
そこまで言われてようやく気づいた。
そういえば俺は魂と会話してしまうと《紅い魂》を実体化させてしまうんだった。
「す、すいません!」と、謝ったが、マスターはいつも通り微笑んでるのみで、俺は俯いた。
えーと、どうするんだっけ。
取り敢えず、“口”でするっつってたな。
火の玉の形だからさっき晴生は唇を近づけているだけで出来てた。
きっと俺も同じことをしたらできるはず。
「晴生ってどんなこと考えながら《食霊》してんだ?」
「俺ッスか……俺は…空気に流すって、感じですかね。」
「…………へ?」
「あ、いや、電磁波とか磁場つーのは、電圧とか電流が関係してまして、それが留まっている───────」
「あ、いや、俺が悪かった。わかった!わかんねぇけど、わかった!!」
そうだこいつ頭良かったんだ。
俺が聞いてもこいつの頭の中が分かるはずなかった。
なんか、難しい理論のところまで進んで話してくれる晴生の言葉を慌てて俺は遮った。
あと、もう一人聞ける人物がここにいるのだが。
俺は目の前に佇むマスターをジッと見上げた。
けれど、マスターに訊いたとしてもきっと分かんねぇ気がする。
「酸素を消費して炎が出るんですよ」(?)的な事を難しく言われそうだ。
俺があまりにもジッとマスターを見上げていたからか彼は小さくクツクツと喉を揺らした。
「那由多くん、普通に、食べてみたらいいと思いますよ。」
そう言うとマスターは朱い炎の牢獄から《紅い魂》を解き放った。
それを俺のすぐ口元まで持ってくる。
食べる…。
この紅い火を食べる。
熱そうに思えたが近づいてみると熱くはなかった。
熱くないのなら食えるかもしれない。
俺は覚悟を決め、剣成の感覚が一番近いので食う、に、重点を置いた。
ここはもう勢いだ!
漢、那由多いきます!!
食ってやる!と、心の中で思いながら口を近づける。
《紅い魂》の手前で薄く口を開くと吸い付くようにと唇を寄せた。
その時だった。
俺の唇が、《紅い魂》にふれる。
すると、《紅い魂》はゆらりと踊り、幾重にも光が重なり、虹が輝き、風が舞い、炎が燃え上がる…………はずもなく、パンっと言う音もなく…
……………消えた。
音沙汰もなく、エフェクトもなく、兎に角消えた。
そして、俺の腹はちょっとだけ満たされた気もする。
あれ?
おかしくね?
なんか、みんな神々しく輝いてなかった?
晴生は風、渦巻いてたし、マスターはめっちゃ炎出てたし。
え?俺は?
俺は何もねーの?
失敗したのか?
「千星さん、凄いっすね!!
ノーアクションで《食霊》なんて流石っス!!!」
どうやら失敗ではないらしい。
晴生の嬉しそうな声を耳にしながら俺の体がワナワナと震えだす。
「──────な、なんでなんだよー!!!!」
どうやら俺はノーアクションで《食霊》をしてしまえるらしい。
普通では無い事なのかもしれないが、こんなときこそ、こんな時くらい、皆と一緒の普通でいいのに!?
想いは虚しく、俺の声だけが暗闇に響き渡った。
【何者でもない誰か(語り部)】
地下2階に広がる白いの空間に佇むのはいつもの人物、神功左千夫〈じんぐう さちお〉である。
神功は今日あった事を報告するかのようにヒューマノイドのイデアに話しかけている。
赤いワンピースに身を包む彼女の手に自分の手を重ね。
永遠の眠りが退屈なものにならないようにと言葉を綴る。
だが、その言葉も長くは続くことがなく、神功は唇を止め、視線をイデアから外す。
そうすれば彼の視線の先に、地下へと続くエレベーターからもう一つの気配が姿を表した。
日当瀬晴生〈ひなたせ はるき〉は不機嫌そうな面持ちのまま電子煙草を唇で挟み、唇から紫煙を燻らせながら白い暗闇に入ってくる。
日当瀬は《idea─イデア─》の光で照らされている鳥籠を一つずつ一瞥し、電子煙草をズボンのポケットに直しながらヒューマノイドイデアの側まで来る。
その間に視線を一度も神功に向けることなく彼はイデアの前で片膝を付き、動かぬイデアの手をそっと握った。
宝石のように澄んだ翡翠の瞳がイデアを見つめるが言葉は落ちることなく、大きく吐くような息を逃がしてから一礼し、立ち上がる。
また、ポケットから電子煙草を取り出すといつもの手順でスイッチを入れ、深く深く紫煙と息を吸い込む。
まるで神功を居ないものと、振る舞っていた体と視線は白い部屋の壁に凭れ掛かったところで初めて解かれ、神功へと視線が向けられる。
「お疲れ様です、晴生くん」
「御託はいいから、さっさと始めやがれ。」
神功に流すように向けていた視線を伏せ、吐き出す息に紫煙を乗せる。
腕と脚を組むようにしながら煙草の煙を燻らせていると、日当瀬の目の前まで来た神功が親指と人差し指で顎を掴むと視線を上げさせた。
「僕はノーモーションでは出来ませんよ、晴生くん。」
千星那由多〈せんぼし なゆた〉に放ったノーアクションにかけるように、神功は言葉を綴る。
翡翠の瞳に緋色の瞳が重なった瞬間、顎を持ち上げ手を滑らせ神功は彼の左の前髪を掻き上げるようにして耳に触れる。
その瞬間、ゴォォォォォッと、激しい竜巻が巻き起こり、神功の編み込んだ髪を結ぶ赤い糸が切れる。
それだけでは済まず風の刃は神功の肌を弄ぶかのように皮膚が裂ける。
服、太腿、腕、首、頬へと切り傷を刻んで行くが神功の表情は変わることなく日当瀬を見つめる。
濃く、そして薄い風の渦が二人の周りを舞い、ブロンドの髪と漆黒の髪を弄ぶ。
「晴生くん、もう少し、…落ち着いて──」
「うるせぇ、だまれ!!」
日当瀬はそれだけ告げると視線を伏せ、指で握りしめていたタバコを唇に付け、もう一度深く吸ってから唇からタバコを外し長く呼吸を吐き出すことを意識する。
荒れ狂う暴風は鳥籠をガシャガシャと揺らしエネルギーを持て余すかのようにカマイタチを戯〈あそ〉ばせる。
少しずつ、形を整えるかのように風の流れが球体へと近くなっていき、何度も何度も円を描くようにすべての風が集まり一つのものへと圧縮されていく。
日当瀬の瞳と同じ色のエネルギーの塊を見詰めると、神功は炎を宿した両手で横から抑え込むように挟み込む。
「お疲れ様でした。」
《idea─イデア─》 を籠へと炎で囲いながら促すと綺麗な球体を描き、中へと緑の炎を灯す。
神功は流れる動作で籠へと鍵を締めた。
肌に無数についた傷口は、ぱっくりと割れてはいるが血はほとんど滲んでおらず、解けてしまった髪はそのままに、神功の指先が自分についた頬の傷へと指を這わせる。
「客商売なので顔の傷は遠慮していただきたいところなのですが…」
「女みてぇなこと言ってんじゃねぇよ…
大体、テメェはこっちの領域を侵してきすぎなんだ。」
「晴生くんが素直に開いてくれると《idea─イデア─》化はすぐに出来ると思うんですが。
まぁ、…気をつけることにしましょうか。」
神功が顔の傷を親指で、グーッとなぞるとそこには何もなかったように元の透き通った肌が顔を出し、傷は消えてしまう。
いや、消えたように見えてしまう。
これも彼の“マヤカシ”の力の一つである。
日当瀬は用が済んだと言わんばかりに踵を返し、ヒューマノイドのイデアを一瞥してからもと来た道を帰っていった。
End
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