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過去編【あなたまメンバーの裏生徒会(高校生)時代】
【過去編】3 アラタ成る魂
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とんでもない事をした。
千星はあの後家に帰ったが一睡もできなかった。
いや、それは偽りだ。
かなり疲労困憊だった為寝る事には寝た。
そして目が覚めて思い返してみると、自分の行動が信じられなかった。
いくらイデアを壊されたくなかったと言えど、自分は会長に、神功に対して攻撃し、傷を負わせてしまったのだと。
会長の行動は納得出来ないものであったが、それを差し置いても自分がした行動は許されるものでは無い。
そう思い返した千星は頭を抱えた。
結果、彼は夜中に目覚めてから一睡もできず朝を迎えることになる。
睡眠が充分では無かった為、疲労していた身体は言うことを利かず、筋肉痛と戦いながらベッドから這いずり起きるといつものように支度していく。
あやまろう…。
何度考えても、千星の中でそう結論がついた。
寧ろ謝らないという選択は無い。
問題はどうやって、何と言って謝るかだ。
昨日の戦闘で武器が破壊されてしまい、それに直結していた携帯も壊れてしまった。
武器はイデアが作っていたので作り直す事は出来ないが、携帯自体はあの後意識を取り戻した日当瀬が修理をすると全員の分を預かっていた。
能力をセーブする機能自体も壊れてしまったのだが、今の所リミットを解除したままでも千星の体に異常はなかった。
しかし、たとえ携帯があったとしてもメッセージだけで済ませる問題ではない。
なんて言えばいいのか。
“綺麗な体に傷をつけてしまってすいません”は、おかしな方向にも取れるし、“動揺して、攻撃しちゃいました、あはは……”は軽すぎる。
結果、無難にごめんなさいと平謝りするしか方法は無さそうなので、更に重い足取りで家から出る。
「いってきまーす……」
「那由多、おはよう」
「巽ッ!もう大丈夫なのかよ……!」
「うん、まぁ、表面上は?まだちょっと痛いんだけど」
天夜は苦く笑みを浮かべながら自分の腹部の辺りを擦ってみせた。
それからはいつも通り並んで高校への道程を歩いた。
ただいつもとは異なって重い空気が二人にのしかかる。
その空気を先に押し退けて口を開いのは天夜であった。
「生徒会やめるの?」
「……ッ!なんで知って……」
「昨日、会長があの後家まで様子見に来てくれて教えてもらった」
「……、そうだよ……辞める」
「そっか……俺も辞めていいって言われたよ」
天夜は苦笑を浮かべたまま視線を斜め上へと上げた。
千星は天夜の途切れた言葉の先が気になってしまい、自然とオレンジ色の瞳を真っ直ぐに見詰めた。
天夜がそれに気づくと視線が合う。
そして、申し訳無さそうに表情が歪む。
何事に対しても千星を優先してきた天夜が自分に対しては余り見せたことが無い表情に、千星の胸はギュッと締め付けられた。
「でも、もう少し残る事にする」
別に一緒に辞めてほしかった訳ではない。
でも、千星は天夜も辞めるものだと思っていた。
こういった時に幼馴染の天夜が別選択をする事は無かったからである。
「お、……おう、そっか…………わかった」
あからさまに千星の心が沈んでしまう。
煮え切らない気持ちを持て余すが何も告げる事はできず、更に重苦しい空気のまま学校へと向かう事になった。
結局頭の中でウダウダと色んなことを考えているうちに、放課後になってしまった。
天夜は用事が有ったため、千星は一人で(裏)生徒会室に繋がる理科準備室の前まで来た。
イデアに破壊された廊下は神功の幻術により何も無かったように見えるため、いつも通り(裏)生徒会の中へと入っていく。
神功は定位置に腰を掛け、少し難しい顔をしながらノートパソコンの画面に視線を落としていたが、思いも寄らない来客の気配を感じた途端、顔を上げると同時に慌てて立ち上がる。
「お疲れ様です、那由多くん……どうか、されましたか?」
「あ…………あの、その……」
言い淀む千星に神功は近付いていく。
神功は千星が言葉を告げやすいようにと静かに笑みを湛えながら千星を見詰めているが、落とされた言葉には何度も瞬いた。
「す、すいませんでしたっ!!会長を……会長に、怪我を……させてしまって」
「?……嗚呼、そんなことですか」
「そんなこと……そんなことって!!」
「大丈夫ですよ、君の剣で僕は殺せません」
「────ッ!!!?」
分かっている。
神功は千星を気遣ってそう言っているのだと。
しかし、千星には神功の言葉は意図を分かっていても酷く心を掻き乱された。
君は弱いから僕を倒す事は出来ないと、言われているようにしか聞こえない。
結局、自分は神功には敵わないのだと再び打ちのめされてしまう。
「それに、こちらこそすいませんでした。……イデアを壊してしまって」
「壊す」の言葉に千星の視線が細くなる。
矢張り、神功にとってイデアは物であり人では無いのだと再認識させられてしまう。
だからあんなに非情になれるのだと。
「いえ……きっと仕方無かったんです。会長がどうにもできないものを俺がどうにか出来るはずもないし」
「那由多くん……」
「すいません、嫌な言い方ですね……、失礼します、もうここには来ません。今までありがとうございました」
「…………那由多……くん」
千星は捲し立てるように言葉を綴ると、溢れる気持ちを抑えきれず早急に部屋から立ち去る。
神功は千星の名前を呼び追い掛けようとするものの、身体を蝕む傷が痛みその場に膝を付いた。
普段、傷の治りが早いはずの神功は体力が回復しない事を不思議に思い、幻術を解いて自分の服の裾を捲った。
千星が与えた傷がジュクジュクと膿んだまま、包帯、更には制服にまで血が滲み、体全体に幾つもの青い斑点が昨日よりも大きくなっている事に静かに睫毛を伏せた。
続いて腹部に痛みを感じゴホゴホと咳き込むと、掌にべっとりと血液が付着した。
「僕の体はもう……駄目かもしれませんね」
嘲笑うかのように笑みを浮かべると手の甲でぐっと唇を拭い、また自分に幻術を掛け、傷を見えなくしてしまう。
一度服を着替えるために神功は私室に戻るしか無かった。
一方、生徒会室を飛び出した千星の歩みは自然と中庭へ向かった。
イデアがもう居ないことは分かっているのだがもう一度確認したくて結界の中に入ると、そこには日当瀬が居た。
緑色のオーラのようなものを纏い、中庭の真ん中で空中に浮いていた日当瀬は千星の存在に気付くなり集中を解いて走って側まで寄っていく。
「千星さん、大丈夫ですか?今日はお迎えに上がれず、すいません!」
「いや、どう見たってお前のほうがボロボロだろ……」
そう声を掛ける日当瀬の方がどう見ても重傷で、至る所にガーゼや包帯が巻かれている。
そうなってもいつもと変わらず千星を気遣い、彼の横まで一目散に歩み寄って行く。
「そういや、昨日も思ったけど今のって……」
「あ、能力の属性化っすか?巷で噂にはなってたんスけど、やっぱり戦闘中にいきなりつーのはやるもんじゃ無かったですね、面目無い……」
「んなことないだろ。晴生の攻撃が無かったら全滅だったし……」
「そうですか?……でももう、次は失敗しません」
そう言って日当瀬は周りの空気を集めるように集中していく。
瞼を落とすと周りに幾つもの空気の渦ができ、日当瀬自体も空中へと浮いていく。
「なんとか……っ、ここまでは、操れるように……ッ!!はぁ、……やっぱ疲れるッす……千星さんは凄いですよね、これを全属性操れるなんて……!」
フワッと大きく風が吹き抜けた後、渦は消えてなくなる。
額から汗を滴らせて、日当瀬は肩で呼吸を繰り返しながら辛そうに俯いた。
「いや、俺は剣が出してた訳だしッ!もう……武器無くなっちまうから出来ねぇかも」
「……千星さんならできると思いますけど。あ、そういや携帯の機能だけなら直ってるんで持ってきましょうか?解除しっぱなしで辛くないッスか?」
「え?……あー、リミット外れてる状態になるつってたな……今んとこはなんとも無いし、携帯は練習終わってからでいいぜ?」
「そうッスか……くっそ、神功の野郎は炎灯したんスよね?」
「え…!?……あ、ああ、そう……だな」
「アイツ、やっぱバケモノッスよね。いきなりで特殊金属溶かすほどの温度って……」
日当瀬は純粋に悔しそうに思いを口にするが、千星は昨日の事を思い出してしまい、視線を昨日イデアが溶けてなくなった場所へと向けた。
そこの地面は焦げてしまっていたがもうなにも残骸は残っていなかった。
どうしても消化仕切れない思いに千星はその場で俯いてしまう。
「千星さん?大丈夫ですか?……そう言えば千星さん、辞めてしまわれるんですね」
「……え。晴生も知って」
「会長が言ってました。まぁ、最近の神功の行動を見てたら仕方ないッスね、アイツは会長失格です。
つーか、もともと俺はアイツが会長なのは納得してないですけどね、ワンマンだし、秘密主義だし、自己中だし、ナルシストだし!!……一人で何でもできちまいやがるし」
最後にそういった日当瀬の表情は眉を顰めていたが苦い笑みが混ざる。
千星はその表情を見逃さなかった。
これだけ会長の事が嫌いな日当瀬でもやはり会長の魅力には引き寄せられていると分かってしまったからだ。
千星の中のどす黒い感情が育っていく。
きっと答えは分かっている、それでも千星は聞くしかなかった。
「晴生は……どうすんだ?」
「俺?俺ですか?……俺は続けますよ」
当たり前だと言わんばかりに真っ直ぐに告げられる言葉に千星の心が軋んだ。
結局親友と言うポジションにいても神功には敵わないのだと。
その後日当瀬は言葉を続けていたが、それはもう千星には届かなかった。
千星の思考が深く沈んでいく。
結局自分一人では何も出来ないのだと。
イデアすらも守ることができなかった。
(裏)生徒会も自分が辞めたところで何かが変わる訳ではない。
寧ろお荷物が居なくなって今より良くなるのではないか。
何て自分は無意味なんだろうと。
(要らないなら貰ってやろうか?)
そんな声が自分の頭の中に響いた。
こんな自分貰ってくれるなら貰ってほしい。
千星がそう思った瞬間指がひとりでに宙を滑る、“新”と言う文字を刻んだ瞬間────
ゴウッッとけたたましい風が千星を包み込む。
「ッ千星さん!?!?」
日当瀬は慌てて一歩引き、両腕を顔の前でクロスするようにして吹き荒ぶ風に飛ばされないようにと耐える。
ブロンドの髪が風に遊ばれ、砂埃で全く見えなくなった視界がはっきりしていくと千星の様子に目を見開いた。
毛先が赤く染まった千星の形をした者は怠そうに首の後ろをさすり、ボキボキと首を鳴らしていた。
そして日当瀬の存在に気づくと今まで見た事もない人を見下したような微笑みを浮かべて言葉を放った。
「どうも、こんにちは、那由多でーす」
人を馬鹿にした物言いでその男は日当瀬にグイッと顔を近付ける。
「アンタ、日当瀬だよね。ふーん、キレイな顔してんな」
「はぁ?……誰だよテメェ、千星さんの体に何した?」
日当瀬はそもそも千星の人間性を見ている為、姿形が同じでも目の前の物体はもう既に千星には見えなかった。
睨みつけるようにガンを飛ばし、眉間に皺を刻む。
「ナニ?何って何?俺も千星那由多だけど?日当瀬は変な事言うな」
クツクツと喉を揺らすように笑い、ゆっくりと日当瀬から離れるように中庭を歩く。
歩くという感覚を確かめる様に足で一歩一歩地を踏みしめ、その感覚にすらその男は愉しげに口角を歪めた。
「はぁぁぁ、気持ちいい……日当瀬、アンタ俺の事尊敬してんだろ?下僕になる?」
「はぁ?俺が尊敬してんのは千星さんだ。間違ってもテメェじゃねぇよ」
「あ、そ。俺も那由多だ、つってんのにツマンネー」
その男は体を慣らすようにピョンピョンと跳ねたり、手を握ったり開いたりと体全体を確かめる様に動かしていく。
そして調整が済んだと言わんばかりに深く膝を曲げ、ジャンプすると日当瀬に飛び付くように一直線に殴りかかる。
「遊ぼうぜぇ!日当瀬ッ!!」
「────ッ!!ざけんな!体を返しやがれ!!」
日当瀬は繰り出された拳を受けるように横に流すが、勢いを殺しきれずふっ飛ばされる。
先日覚えたばかりの属性化の能力を使って風を起こすと、空中で飛ばされた勢いを殺して止まる。
そのまま宙を蹴ると風の輪っかを幾つも作ってその男へ順々と投げつけていく。
その間に元からの能力である分析能力を使用しようとするが、昨日の今日での併用は難しく、日当瀬の表情は歪んだ。
簡単なものしか数値化できなかったが、目の前の男は毛先が赤いと言うこと以外は千星那由多〈せんぼし なゆた〉 で有るように思えた。
その男は日当瀬の作った風の輪をいとも簡単に避けていく。
その表情はとても楽しそうで遊んでいるという形容が合っていた。
「ハハッ!弱っちぃー。そりゃ、俺のこと尊敬する訳だッ。つーか、俺の体も弱ぇー……、まぁ思ってたよりはマシか」
「テメェなんか、尊敬してねぇ……ッ!!」
日当瀬は目を見張った。
自分が作った風の攻撃を躱すだけならまだしも、目の前の男からかまいたちが飛んできたからだ。
男の指が“風”と言う字を綴る。
その流れるような指使いは千星が剣で綴っていた字体とは異なるが、そこから旋風が生まれ、書き切ると同時に日当瀬に向かってかまいたちが飛んでくる。
日当瀬はそれに応戦するように中指と親指を鳴らして空気を弾く。
パチンッと、弾くような音と同時に風が舞い上がると、男へと向かって空中を滑りカマイタチを相殺していく。
「へぇ、流石だな。風か……じゃ、これならどーすんの?」
「なッ……………ッ!!?」
千星の姿をした男が顎を引きながら愉しげに口角を持ち上げる。
指先を一度日当瀬に向けてから“火”の文字をゆっくりと綴って行く。
指先が動く途中で気付いた日当瀬は、属性化では無くて元の解析能力へと自分の能力を戻そうとしたが、まだ自在に能力を扱うことが出来ず、男から飛んでくる幾つもの火の玉を風で切り裂く事しかできなかった。
勿論そんなことをしてしまえば酸素を更に含んだ炎はより一層大きく燃え上がる。
眼前に迫る赤い炎は幻などでは無い。
一際大きく燃え盛る炎が幾つも矢の形を形成して日当瀬を取り囲む。
「火之矢斬破(ヒノヤギハ)……だっけ」
「ッあ゙ぁぁぁぁあ!!」
その男が呟いた瞬間、矢が雨のように日当瀬に降り注ぐ。
防御も間に合わず日当瀬の全身を細い炎の矢が貫いて勢い良く燃え上がった。
前日の怪我に加え、深手を負った体はその傷の深さに耐え切れず、膝を付くように崩れる。
幸い特殊繊維でできた制服であったため直ぐに炎は消え、日当瀬は薄れ行く意識の中で緊急事態を知らせるための携帯ボタンを押した。
「あれ?もうおしまい?準備運動にもなんねぇんだけど」
男は日当瀬に近付くと俯せの体を足で転がすようにして仰向けにさせる。
わざと傷ついた太腿を踵で踏み付けるとグリグリと抉るように靴裏を傷に擦り付ける。
「ッあ゙!!ぐ……ッぅゔぁぁぁ!!」
「尊敬してる相手を救えないってどんな気分?俺はずーっとそんな劣等感に苛まれてたみたいだぜ。笑っちまうよな?こんなに何でも出来るはずの能力を持ってんのに何もしてなかったんだぜ?」
「……はっ、ぐぅ!!だ、黙れっ!!」
「黙るのはアンタだよ……、なぁ教えてくれよ。いつも犬みたいに尻尾振って慕ってるくせに、その千星さんのピンチに無様に地に這いつくばる気分はどうなんだよ」
日当瀬から掠れるような悲鳴が漏れる。
男は体だけで無く日当瀬の心をも抉るように愉快げに言葉を落としていく。
悔しそうに眉を潜めた日当瀬が睨み上げるが段々とその瞳に色が無くなっていく。
指先も痺れるように動かなくなり、日当瀬の意識が暗転していった。
「あれ?お寝んねかよ……ツマンネ。さーて、次行くか」
「…………那由多?」
千星の体に居る男は頭の後ろで腕を組むと唇を尖らせる。
脳内の記憶を辿るように視線を斜め上へと遊ばせていると背後から声が掛かる。
その声にその男は大きく目を数度瞬かせ、屈託なのない笑みを後ろに居る天夜へと向けた。
その表情は千星のものとはまた異なり、きれいに口角を上げるような微笑みだった。
「巽、久しぶりだな」
「久しぶり?……どういうこと?日当瀬から緊急信号が飛んできたから来たんだけど……」
「あー……そいや、コイツなんか押してたな」
男の表情が一変し、つまらなさそうに日当瀬を足裏で小突く。
その行動を天夜は信じられず慌てて駆け寄ると、男の手を持って引っ張る。
「那由多ッ!どうなって……なんで、こうなったの?」
「日当瀬が、俺は那由多じゃねぇつーから」
「え?どういう……あれ?那由多じゃない?……え、え?いやでも……」
天夜は混乱する。
日当瀬はその男を直ぐに千星ではないと判断したが天夜は出来なかった。
それが何故かと問われると天夜自身も分からなかったが、片手で額を抱え、毛先だけ赤く染まった千星を揺れる視線で見つめた。
言動も行動も千星ではない、ただ天夜の本能は彼が千星だと言っているのだ。
しかし今はそんな場合では無い。
急いで天夜は日当瀬に走り寄ると自分の制服を脱ぎ切り裂くと、止血していく。
「……なぁ、巽。何でわざわざ助けんだよ」
「え?……怪我してるから……那由多、ほんとどうしちゃったの?」
「どうかしてんのはオマエだろ?」
千星は天夜のネクタイを引っ張るように顔を近付けると酷く冷めた瞳で天夜のオレンジ色の瞳を見つめた。
「オマエは俺がいればそれでいいんだろ?他の奴要んのか?」
真っ直ぐにぶつけられる言葉にゾクゾクゾクと天夜の背筋が粟立つ。
自分の心理を暴かれるような言葉に相手は矢張り那由多であると認識してしまう。
でも、それなら何故こんな事が起こってしまったのか。
天夜は考える。
現状がどうなってしまっているのかを考えると一つの出来事を思い出した。
昔、天夜が千星の家に行った時、彼の母が言っていた本当は二人居たはずだと言う言葉。
そのもう一人の名前は“アラタ”
その時は深くは聞かなかったので真相はわからないが、天夜は結論づいたその名前を声にした。
「アラタ……?」
その名前に千星の瞳が大きくなる。
「は、ははッ……ハハハハハハッ!!まさかその名前まで知ってるとはな。流石だな、巽。俺の幼馴染なだけあるぜ。良かったな那由多、お前の名前知ってくれてるやつが居たぜ?」
千星は頭を抱え俯いたかと思うと狂気じみた笑い声が上がった。
嬉しそうなどこか切なそうな笑い事を響かせる彼から、天夜は視線を外す事は出来なかった。
「那由多がアラタ?……お前がアラタ?」
「俺がアラタ?違う、俺は那由多……まあ、どっちでもいいか、じゃ、俺がアラタで。取り敢えずこの体は俺のモノ。ずーっとアイツが好き勝手してたけど、これは俺の」
「…………ッ!!そ、それは違う、それは那由多の、……あれ、アラタの?いやでも、俺は……俺は」
「なんだよ、……巽、お前まで俺を否定すんのかよ」
「違ッ……でも、俺は……那由多が、アラタがッ…………」
「がっかりだぜ、巽。オマエなら俺を選んでくれると思ったのに。まさか悩むなんてな……そんなに、あっちの那由多は良かったのかよ?オマエを満足させてくれた?俺なら……お前を満足させられると思うけど?」
千星は天夜のネクタイを引っ張ると彼の耳元で甘く冷たく囁いた。
天夜の頬は無意識のうちに紅潮し、体全体が一度小さく震えた。
理解が追い付かないが、天夜はどちらも那由多であると気付いてしまった。
なので余計にどうしたらいいか分からなくなる。
困惑の表情を千星へと向けていると、中庭の結界内を焼き付くような殺気が充満する。
ゆっくりと千星を見下す様に歩いてくる男は神功であった。
「これは一体、どういう事ですか?」
神功の熱を持った声が低く辺りに響き渡る。
天夜はここ迄警戒心を丸出しにした神功を初めて見た。
体を焼くような殺気に自然と呼吸を弾ませていると、千星は天夜のネクタイから手を放した。
素知らぬ顔で神功へと視線を絡めた後、その顔が歪む。
見つけ出したと言わんばかりに愉悦に表情を歪めると同時に、地面を蹴り走り出した。
「アンタが会長?ふーん、イイじゃん!愉しそ!」
疾走しながら空中へと“火”の文字を綴っていく。
すると炎の球が幾つも空中に浮かび、神功へと飛んでいくが、彼は身を翻す様にして簡単に避けてしまう。
その行動が更に千星を、いや、アラタを掻き立て“炎”の字を空中へと綴った。
幾つもの矢が神功へ向かって降り注ぐが神功は日当瀬と天夜から距離を取るように地面を素早く走るとそのまま壁を蹴り上げる。
中庭を取り囲む様にしてそびえ立つ旧校舎の屋上まで火の矢を避けながら雨よけの庇〈ひさし〉を使っていとも簡単に登っていく。
屋上まで登ると落下防止の鉄格子の錆びた箇所を蹴るようにして折ると、槍の代わりに両手で掴み構えた。
その後を追うようにしてアラタが屋上まで登ってくる。
「那由多くん……ですか?だいぶ雰囲気が違うみたいですが」
「ああ、そうだぜ。でも、ややこしいからアラタって呼んでくれよ。アイツと俺は同じだけど違う。んで、この体は俺が貰う」
「それは、那由多くんは納得しているんですか?」
「納得?さぁ?知らねぇ、つーか、元々はアンタが悪いんだぜ?」
「……………………」
「アンタを見てると、俺の自己肯定感まで下がるくらい、那由多はアンタの事が憎いみたいだぜ?だから、殻に引き篭もっちまいやがった」
「そうですか……なら仕方無いですね」
そう言って神功は落としていた重心を正した。
真っ直ぐに立つと鉄パイプを地面に付けるようにして縦に持ち、風に靡く髪を更に首を振るようにして揺らした。
その行動がアラタには自分を那由多に戻すのを諦めた、戦意喪失した姿に見えて腹を抱えるようにして笑った。
「ハハッ!ハハハハッ!!やっぱりアンタは那由多を見棄てるんだな、ホントに殺すんだな。
壊れたニンゲンにも興味ないって?
まぁ、確かにアイツなんていなくなっても誰も困らねぇよな」
「……フ、……フフフ、フハハハハハハッ、……そうですね」
その声に重なるように神功が高笑いする。
その声はアラタの気に触り、自然と表情が険しくないアラタから笑い声が消える。
そして、神功は困った様な、心外だと言わんばかりに表情を崩したまま口角を上げた。
「君は本当に僕の事、分かってませんね」
「……………ッ!!」
神功の双眸が怪しく燻る。
朱く揺らめき、見る者全てを魅力する色合いへと変化していく。
そんな神功の瞳を図らずともアラタは見つめてしまいクラリと視界が歪んだ。
中から何かを引っ張られているような感覚に内蔵がせり上がるような感覚を覚える。
「君が、……アラタくんが分からないなら、僕は那由多くんに聞きますよ。本当にこのままでいいのか、それを聞くまではアラタくんの事は認められませんね」
そう告げる頃には口角を上げたまま攻撃的な表情に戻っており、更に瞳の毛細血管を広げていく。
相手の深層心理に潜り込もうとするように自分を殺して同調を試みる。
しかし、そこでアラタは動いた。
自分に向かって震える指で“破”と綴ったのだった。
パチン、と、額を頭突きされたような痛みがアラタに走るが同時に神功にも目元に痛みが走り、血液が目尻からひと粒だけ流れ落ちる。
どうやら上手く潜り込ませては貰えなかったようで神功は目尻を手の甲で拭った。
「矢張り、一筋縄では行きませんか……、すいませんが意識を失ってもらいましょうかね」
「ハハッ……流石、那由多が畏怖しただけのことはあるな……愉しいっ、愉しいぜ、神功ッ!俺の心を満たしてくれよ!!」
再び神功は鉄の棒を構えた。
一方でアラタは空中に炎の文字を綴っていく。そしてその合間に水の字も綴る。
神功は持ち前の反射神経で屋上内を疾駆しながらアラタの攻撃を躱していく。
ヒラリと彼の体が舞い、途中に混ざる長いロープのような水にすら拘束されることなくアラタとの間合いを詰め、足払いをし、長い鉄の棒でアラタの体を押さえようとする。
しかし、楽しげなアラタの指が“雷”の文字を綴ると目の前に獅子のような形をした電気の塊が現れると、大きく口を開いた。
「猛御雷(タケミカズチ)」
「───────ッ!!!!ぁ゙アアッ!!」
反射的に神功は空中にもかかわらず体を捻り、鉄パイプを地面に刺し、電気の威力を分断させながら雷の獅子に喰われる。
直撃を逃したものの、バリバリバリと辺り一帯が放電するとその衝撃の雷で制服が焦げ付き、神功の体が勢い良く腐敗した鉄格子へとぶちあった。
雷は完璧に放電されてはおらず、当たった格子すらバチバチと音を立てて空気を震わせていた。
その場に跪いた神功は鉄パイプを握り、立ち上がろうとするが指先に力が入らずに震えて痙攣する手を見下ろした。
「はぁー……俺、強ぇ……最高、アンタが地に這いつくばる姿見るとさぁ、すっげぇ心震える。なんでだろ、那由多がアンタに劣等感ばっか感じてたからか?めちゃくちゃ気持ちぃいッ、最ッ高!!」
アラタは幸福感を隠しもせず手をクロスして自分をぎゅっと抱きしめる。
満足そうに艶かしく息を吐き、高揚した気分を隠しもせずその瞳を子供のように輝かせた。
神功は鋭い視線をぶつけると、震える足を叱咤しながら立ち上がりその左手に炎を灯した。
「最高ッ!……会長、俺堪んねぇ。生きてるって感じがする」
「そうですか……」
「でも、アンタもそろそろダメそうだよな。はぁ……切ねェ、どうしてこう人間って脆いんだろ……」
「有難うございます」
「…………は?」
神功から突如落とされる礼の言葉に、アラタは大きな瞳をゆっくりと瞬かせた。
「僕の事を脆いって、ニンゲンって認めてくれて有難うございます」
「アンタは人間じゃないってくらい強いって?はっ、自慢かよッ!反吐が出るぜッ」
「フフ……、君も那由多くんも僕を“人間”として扱ってくれるので僕は君たちの事……大好きですよ」
神功はいつものように笑みを浮かべる。
ふらつく足で踏ん張り、地面を蹴ると、自らアラタへと向かって走り出す。
「そしたら、その大好きな人間に葬られるなら文句ねぇよなッ」
吐き捨てるような言葉とイライラした感情をぶつけるようにアラタは宙へと文字を綴る。
火、水、雷、風、全ての文字を順に綴り上げ屋上内で神功を攻め立てるが、神功は体を翻るように火や水、風の攻撃を避け、手の炎を原動力として体を宙留めるようにして雷の攻撃まで避けてしまう。
痺れを切らしたアラタが超低空で上半身から突っ込むように神功に突っ込んでいけば、神功は驚いた様に一瞬目を見張った。
しかし、その視線も直ぐ元に戻り、手から炎を消してしまうと、走る勢いを乗せたまま殴り込んでくる千星の手をはたくようにして自分の体の中心から逃がす。
コンパクトな動きから繰り出される突きや蹴りの威力は無いものの確実に人体の急所を狙っており、神功はマトモに食らわない様、意識せざるを得ない精度であった。
神功は急所に入れ込まれないように腕や足裏を利用して攻撃を受け、時には避けて少し間合いを開けようとした瞬間、アラタの指先が“水”の字を綴る。
瞬時にそこから水がロープの様に伸びて螺旋を描くように神功の体を拘束した。
「ッ─────!!」
「つっかまえ……た…………!!は、マジかよ」
直ぐ様勢い良く神功の足元から火柱が上がる、その炎は赤い色を通り越して青く揺らめき神功に絡みついていた水を一気に気化させた。
それと同時に神功の上半身の服も燃えてしまう。
「……なかなか自然エネルギーというものは……ッ……加減が難しい……ですね」
「昨日の今日でソレだろ?自慢にしか聞こえねぇ、……けどッ」
神功もアラタに対して同様に考えを巡らせた。
那由多は体術が全くだった筈だが、アラタと呼ばれる青年になった途端体の動きは一変した。
逆に千星那由多〈せんぼし なゆた〉 であったとき彼は剣を使用していたが、もしかするとそれが彼の動きを阻害していたのでは無いかと思う程の身のこなしであった。
「あー!だりぃ!!全ッ然鍛えられてなくてムカつくぜ……」
「それでも、初期よりはかなりマシになったんですが……」
「は?フザケてんの?自分が凄いからっておちょくってんの?ま、いいか、動けばそれでッ!」
神功は嘘を言っていないのだが理解は得られない。
まさか那由多と手合わせする日が来るとは思わなかった神功は不思議な感覚に陥る。
少し気を抜けば確実に急所に打ち込まれる突きや蹴りをいなすと、アラタは突きを繰り出すために引いた手で文字を綴っていた。
その時屋上へと続く扉が開かれる。
「左千夫様……、千星……くん?」
目の前の相手に集中していた神功はハッとした。
屋上へ現れたのは三木と天夜であった。
そして直ぐに視線はアラタの手許へと流れる。
彼が綴った文字は“水と雷”であった。
一瞬の判断で神功は三木と天夜を炎の壁で包み込み自分は地面を走ると、先程転がした鉄パイプを手に掬い、屋上を囲む柵を足場に中庭に飛び出しながらその鉄の塊を遠投しようとする。
しかし、一気に辺り一面に雨のように水の塊が降り注いだ後、一点から広範囲に広がる電流の速さには間に合わず、避雷針のように全ての電流は鉄パイプに流れ、神功の体を通って屋上を囲む柵へと流れていった。
「──────ッ゙!!すいま…せん……ッ、ここまでの……よ…う」
雷が直撃した神功の体が屋上から中庭に向かって投げ出される。
体が空中に放り出されながらもその視線は千星と包んだ炎から解放された三木、天夜へと向けられて、その無事を確認するとビクンと大きく体が硬直した後地面へと落下していった。
「左千夫さ…ま、左千夫様、いや、いやぁああ!!」
炎の壁の中まで水は到達しなかった為、電流は流れることは無く二人は無傷であった。
しかし、屋上から黒焦げになって中庭に落ちていく神功に、三木は取り乱す様に叫び声を上げ、その場に崩れそうによろけながらも神功を追うように柵を飛び越え中庭へと降りていく。
「あー、あ、残念。お終いかよ。守り切れないくせになんで他の奴まで守ろうとすんだろーな」
「那由多?……那由多が会長を?」
「あん?そうだぜ?……で、巽、お前はどうすんの?」
「俺?」
アラタは楽しかったお遊びが終わってしまったかのように残念そうにポケットに手を突っ込む。
そしてゆっくりと巽へと近づいて行けば、巽の顎を掬うように上げて口角だけで笑みを浮かべた。
しかしそのアラタの手に神功の血液がベッタリと付いている事に一瞬眉を顰めた。
それは片手だけではなく両手共に赤く染まっていた。
「あれ、アイツ血なんか、流してたっけ?まーいいや。
で、巽どーすんの?俺と戦う?それとも昔みたいに俺の後ろに隠れとく?」
「え……?なんで知って……」
「だから、言ってんだろ?俺が那由多だって、まぁ、もうどっちでもいいけどよ。体貰っちまうし」
「それはっ、それは困るッッ!!」
ガシッと天夜はアラタの肩を掴む。
痕が付きそうな程強く指に力を入れると、無表情なアラタはその指を一瞥してから目の前の必死な表情をした天夜へと視線を戻してから口角を上げた。
「じゃ、お前も俺と遊ぶ?昔みたいに─────」
-----------------
「左千夫様、左千夫様……ッさち…お……さま?」
屋上から庇〈ひさし〉を使って中庭まで降りると生い茂る木々の間を三木はキョロキョロと視線を彷徨わせながら神功を探した。
そして神功を見つけると三木は慌てて駆け寄るが、全身の凄まじいまでの傷に三木は両手で口許を覆った。
「柚子由?……すいません、見苦しくて、もう幻術を練る力も…残ってなくて」
「さ…ち……お、さま?……私、直ぐに、手当を……」
「いえ、それよりもこちらへ」
至るところの肌が裂け、血液が地面に広がっていく様に三木は小さく震えた。
言われるがままに神功の元へと歩みを進め、神功の上半身の近くに膝をつく。
神功は体を起こそうとするがそれすらも叶わなくて小さく息を逃す。
彼の左手は真っ黒に変色していた。
イデアを貫いたとき、属性化した炎は彼自身の手を燃やして創り上げたものであった為、その火傷は深い層まで浸透し、元の透き通った白い肌はどこにも残されて居なかった。
三木の瞳から涙が溢れる。
精神を共有している自分が彼の状態に気付けなかったことを悔やむが、神功のその指先は三木の首に掛かっているペンダントトップに服の上から触れた。
ふわりと温かい空気が三木を包む。
神功は残りの精神力で三木のペンダントに病気を治療させる為の力を注ぐ。
「僕の体はもう直ぐ死にます。……イデアの毒が傷口からかなり深くまで浸透してしまったようで、毒の分解が間に合いそうにありません……」
「……左千夫さま?」
「激しく動いた事も原因だと思うのですが、…何にせよ、もう僕の精神力も残ってませんしね」
神功はゆっくりと苦笑を唇に乗せた。
神功の体は千星が作った鎖骨の間から臍下までの膿んだ傷口も酷いものだが、それ以上に至るところに黒い斑点が広がっており、今現在も心臓の付近へと血管を浮き出させる様に迫り蝕んで行っていた。
「左千夫様ッ!嫌です、私……一人じゃ、生きられませんッ」
「柚子由、エーテルをお願いしますね……。もし、何かあったら十輝央兄さんに、………柚子由?泣いているんですか?すいません、もう余り見えなくて……泣かなくていいんですよ?僕、とても楽しかっです、有難うございました」
神功の表情が静かに笑みを浮かべる。
三木の頬に手を伸ばそうとしたがどちらの手も火傷し、血にまみれていて躊躇され、手を引っ込めた。
逆に三木が手を伸ばそうとしたため制止するように掌を見せる。
「触っては駄目ですよ、死にかけた奴隷になんて、……実験動物になんて触るもんじゃありません」
「────じゃあ、飼い主のボクならイイよネ?」
どこからともなく声が降り注ぐ。
それと同時に空中から落ちるように一人の男が地上に降り立った。
辺り一面に白い鳥の羽が舞い狂い、そこに姿を現したのは紛れもない九鬼であった。
神功は瞳が見えなくても九鬼の気配を視線が追い、一度目を見開いた後破顔した。
「九鬼」
「──あーあ、何してんの?ホント、ジッとしてないんだから」
「戻るのは来月だった筈では?」
「あんなメッセージ見たらすっ飛んでくるデショ?しかも2日待ってって、返信したのに既読すら付かナイし…!!」
「フフフ、すいません……携帯壊れてしまって」
「だと思ったヨ。で、どうしたいの?」
九鬼はかなり発汗し、呼吸も上がっていたが神功はそこまで気づく余力は無く、自分の直ぐ近くに膝を付き顎を持ち上げてきた九鬼の手を戸惑いなく掴むと、自分の首から掛かったペンダントトップのリングへとその手を当てた。
「お返しします」
「要らないよ?それは君にあげたモノだから」
「でも、もう僕は死ぬので」
「うん、知ってる。で、後は?」
「…………柚子由を、(裏)生徒会を、お願いします……ね
」
「ボク、反、副会長だけど?」
「(裏)生徒会長を……貴方に…お、ゆずり……します…」
「…………うん、わかった」
九鬼は少し眉を下げながら神功の黒くなってしまった左手を握りしめる。
その手はもう痛覚を宿していないため神功は握られた感覚すら感じられず、それだけが惜しいなと感じてしまった。
神功が生を諦めたように瞳を落とすと、イデアの毒の面積が一気に広がりを見せる。
胸がみるみるうちに黒い緑色に染まり、心臓の血管を黒く染めその機能を狂わせると神功は苦しそうに眉を顰めて、大きく咳き込み吐血した。
三木はその光景を涙しながら見つめる事しか出来なかったが、その瞳に九鬼の瞳が絡む。
三木はその意図に気付くと唇を結んだ。
「九鬼、最後に逢えて良かった……嬉しかった……、さようなら。僕の死を持って──(裏)生徒…会長の権限……を九鬼へ…移行……します」
実際はヒューマノイドを前にして行う儀式が秘密裏に執り行われる。
権限の移行を告げるように二人がふわりと輝いた。
精神力で押し留めていた毒が神功の体を蝕む。
そして、完全に黒く染まった神功の心臓が止まる。
しかしその表情はどこか満ち足りたもので静かな微笑みを浮かべたままであった。
その表情に九鬼は微笑んたまま困った様に眉を下げた。
そして静かに言葉を綴っていく。
「副会長の権限・能力を放棄して、(裏)生徒会長の権限を取得します
──────なーんて、言うわけ無いよネ♪」
政府が用意していたシステムが発動するがそれが九鬼の言葉で狂う。
ただ、それを正すヒューマノイドもその場には存在せず、システムエラーのまま現実は進んでいく。
九鬼は体内から沸騰するような熱を感じた。
自分が(裏)副会長になり神功左千夫と対になる能力を得た時と同じような感覚に身震いを起こし、自分の左手小指にはまってる指輪をダガーのように尖らせると歯で挟み引き抜き、そのまま自分の二の腕から手の甲までを一気に引き裂いてその血液を神功の亡骸に注ぐ。
胸に添えてある手を規則正しく押し込み、心臓マッサージのように全身に血液を巡らせて行き、神功を自分の血の色に染めていく。
「そんなんじゃ死なせてあげられないよネ~。いたぁーい!!嫌だー!死にたくなーい!!九鬼、愛してる♡って言ってくれないと!!」
神功が会長の権限を、九鬼が副会長の権限・能力を放棄したことにより九鬼の本来の能力が目覚める。
その能力は他人の体内の“創造”であり、神功の傷口や体内で破壊された臓器が九鬼の血液を媒体として細胞分裂を繰り返し治っていく。
言葉こそチャラけたものであったが九鬼の表情は真剣で、初めて使う能力で人体精錬をやってのける。
神功の体が凄いスピードで治癒し、元の形へと戻っていく。
炭化したように黒くなった手の皮膚も元のきめ細やかな白い肌に戻るが、イデアの毒で黒くなった血管の色は戻らなかった。
「流石イデちゃん♪嫉妬深いオンナノコだネ~」
「不潔です……」
普段の三木からは想像できない冷たい声が空気を震わせる。
流石にこの状態の三木は九鬼でも恐怖するようで表情を引き攣らせていた。
三木はそんな九鬼にお構い無しで両手を神功の腹部へと触れさせると、ゆっくりと瞳を閉じた。
彼女も神功が死んだ事によりシンクロして使えていた能力が放棄された。
そして彼女自身の能力が芽生える、三木の能力は“調和・中和”イデアの毒は濃硫酸に近いものであった為、それを人体に害のないものへと変化させていく。
初めて行う自身の能力の使用に彼女の表情は歪み、神功の体は黒く緑がかったり、白い肌に戻ったりを繰り返していた。
「ゆずず、深呼吸、深呼吸♪左千夫クンに言いたいことあるでしょ」
「……左千夫様、私、左千夫様のお人形でよかった、ずっと後ろで隠れてるだけで幸せだったのに、言う事聞いているだけで幸せだったのに、……今は違う、(裏)生徒会の皆で集まって一緒に居るのが楽しい、左千夫様の横にいるのがとても楽しい……だから左千夫様の言う事は聞けません!エーテルにも(裏)生徒会にもまだ左千夫様は必要です、だから……戻ってきて……さちお……さま」
神功の体がふわりと優しい光に包まれる。
すると彼の体が元の白い肌に戻ると同時にゲホッと大量に吐血し、体を丸めるように何度も咽る。
「ゲホッ………ッゲホッ……は、はっ、……痛いッ?痛ッい……!!どういう?…………ここは?………───フ……貴方達は……本当に」
瞳を開いた神功は反射的に体を起き上がらせる。
全身を襲う痛みに珍しく彼は、痛いと口にし、ここは地獄かどこかかと言わんばかりに辺りを見渡すが、九鬼と三木の姿と自分の体が視界に入ると困った様に微笑んだ。
三木は神功に泣きながら抱き付き、九鬼はやっと緊張感を解くように肩を落とすと情けなく微笑んで、神功の鎖からトップにあるリングを外すと元に戻った透き通るような肌をした細い左小指へとリングを通した。
「返すヨ」
「……わかりました。ただ、指輪は預かるだけですが」
「ケチ!いい加減諦めなよ…ッ!」
「僕は諦めが悪いんです……さて、会長の座を返してもらいましたし、彼、…那由多くんを止めに行きましょうか」
「いいヨ♪仕方無いから付き合ってあげる」
神功が死ななかった為に会長の座が継続となり文言が放棄される。
システムの構想が崩れ、九鬼は元の能力も新しく目覚めた能力もどちらも自分のものとなった。
神功があやす様に三木の背中を撫でいた手を離すと、自分から三木が離れる。
九鬼に引き上げられるように神功は立ちあがると、自分の全身にくまなく視線を遊ばせていく。
その間に九鬼は衣類を包帯のようにして切り裂いた自分の腕を止血し、戦闘用のグローブをはめ直すと、近くにある金属に触れて神功用の槍を形成していった。
「はぁ……にしても痛い」
「え?痛いの?一応左千夫クンのパパさんから君の体のデータは貰ってたからその通りに治したけど」
「何故僕の体のデータを君が……まぁ、いいです。貴方は性格だけじゃ無くて、能力もねじ曲がってるようですよ?」
「え~意味ワカンナイ~、ボク、自分は治せそうにないから、その快感味わえナイ」
「残念でしたね。九鬼、視線を此方へ」
「なになに~?」
九鬼の能力は治癒に近い能力だが、あくまでも体内を彼が思った通りに“創造”するだけである為、その時感じた痛みは取り除かれないという特殊なものであった。
九鬼を見つめながらその瞳に映った自分の姿で、先ずは神功自身に幻術を掛けていく。
体は治ったのだとしっかりと思い込ませ知覚させていくと痛みは消え、普段通りの感覚が戻ってくる。
更に身体能力を最大限まで高める様に暗示をかけ、槍を受け取ると、同様の暗示を九鬼に掛けようと此方を見つめる彼をそのまま見詰めた。
「暗示を掛けます……那由多くん……いや、アラタくんはかなり強く…て……、九鬼?もしかしてキャパオーバー間近ですか?」
「うん。ガス欠近いネ♪」
「使えませんね」
「相変わらずヒドイッ!稼業を一日で片付けて帰ってきたのにッ」
「明日、足腰立たなくなるかもしれませんが能力の限界値も引き上げますね」
「ちゃんと、介抱してネ」
ニッコニコと口角を持ち上げながら九鬼は神功を見つめるが、段々と神功の口角が下がり真顔になっていく。
「……………………………………九鬼」
「…ん?」
「すいません、見つめるだけじゃなくてちゃんと暗示を受け入れてください」
「ゴメーン、だって左千夫クンから見つめてくれることあんま無い、───ちょ、槍は駄目だって!キャパオーバー近いからホント死ぬ」
いつもの様な駆け引きに、近くに居た三木が小さく笑う。
神功は槍を構え不穏なオーラを発し、それを九鬼が宥めているという構図であったが、その笑い声に二人とも見つめ合いながら小さく笑みを落とした。
その視線が絡んだ瞬間に神功の瞳が朱く揺らめき、九鬼の瞳も一瞬だけ朱く輝いた。
「さて、行きましょうか」
神功がそう言葉を落とすと、中庭から続く校舎の上を三人は見上げた。
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「はぁ……はぁ……」
「はぁぁぁ……巽、強いじゃん、これで一緒に遊べるな」
天夜は貯水槽の隙間へと身を隠す。
真っ向から勝負できるほどの武器も無ければ、能力の属性化も使えないため天夜は自分の体術に頼るしか無かった。
しかし致命傷を与える事はできず体力ばかりが削られて行く。
アラタは楽しげに長く息を吐く。
その言葉通り本当に遊んでいるといった様子で、幾つも炎の矢を浮かべると貯水槽に突き刺す。
大きく音を立てて穴から水が飛び出すと、圧力に耐えることができず穴が大きくなるように水が飛び出す。
それが炎に熱されあたりに水蒸気が立ち込めると、天夜は視界を奪われキョロキョロと辺りを見渡した。
ふと視界の端にアラタの影を捉えた巽は其方を向くが、後ろから背中に衝撃が走る。
「ハズレ!」
アラタの指は“水と土”が綴られていて光を屈折させ水蒸気の中に偽物の自分の像を作り上げ、本物をも屈折で隠していたのだ。
また姿を隠してしまうと巽は気配を探るが、吹き出る水と視界を塞ぐ水蒸気により聴覚が狂わされる。
「巽、楽しかった……ぜ?───ぐっ!!」
天夜の死角から喉元を狙うようにアラタが突っ込んでくるが、それよりも的確にアラタの横っ腹を蹴り込んで来たものが居る。
それは日当瀬であった。
「日当瀬……!動ける傷じゃ…」
「あ゙?こんな時に寝とけるわけねぇだろ、もう治った」
そう告げる日当瀬の足は震えており。
立っているのが精一杯と言うのが誰の目にも見て取れた。
パンっと両手を打ち鳴らすとそこを中心に風が巻き起こり水蒸気が霧散してしまう。
キラキラと日光に照らされてあたり一面を水滴が宝石のように舞う中、日当瀬はアラタを真っ直ぐに見つめた。
「千星さん。起きてください」
「……ッ、死に損ないが何のようだ」
「テメェに、話してねぇよ。まぁ、さっきも数値化してテメェと千星さんの数値がほぼ一緒なのが分かって焦ったけどよ…やっぱ違ェ、俺が尊敬している千星さんはテメェじゃねぇ」
ビシッとアラタを指差しながら日当瀬は言葉を言い切る。
なんの確証もない言葉だが日当瀬にはそれが全てであった。
その言葉がアラタを苛つかせた。グッと奥歯を噛みしめると先程と同様に火の文字を綴っていく。
「何もできねぇ奴が偉そうにすんなっ!!」
「やってみねぇと、わかんねぇだろ!!」
売り言葉に買い言葉と言わんばかりに日当瀬が吠える。
此方を追撃してくる火の矢を、球体をした風の塊で迎え撃つ。
アラタはまた大きく火が燃え上がるだけだと思ったが、その風は二酸化炭素の塊であったため炎を喰い沈下させた。
「同じ失敗する訳ねぇだろっ!猿じゃねぇんだからよ!!」
アラタが驚きに目を見開いた時、日当瀬は直ぐ目の前まで来ていた。
殴りかかるその手を上に飛び上がるようにして避けて、アラタの耳を両手で包み込む様に持ち、脳に直接訴えかけるように空気を振動させる。
「千星さん……起きてッ…くださいッ!!」
「はっ!うぜぇ!!」
「ぐっ…………ぁ゙あああっ!!」
日当瀬はそのままアラタの頭上を前宙する様に超えるが、体勢を立て直す前に背中を蹴りつけられ地面を転がる。
アラタはゆっくりと地面に伏せる日当瀬に近づいて行く。
その光景が瞳に映った瞬間、アラタの中のもう一人が目を覚ました。
那由多だ。
那由多は不思議な感覚だった。
目の前に大きなディスプレイがありテレビでも見ているような光景を見つめた。
その向こう側には干渉出来ない。
地に伏せる日当瀬にアラタがゆっくりと歩み寄る。
その光景がエイドスと対峙した時を彷彿させ、その後殺されそうになった映像までが那由多の脳内へと流れる。
そうすると那由多に思考が戻ってくる。
前回は神功が止めてくれたが、今彼は居ない。
自分が、アラタが彼を屋上から突き落としてしまったからだ。
那由多はディスプレイの様なものを激しく叩き鳴らした。
しかし歩みは止まらず、一歩、また一歩と日当瀬にアラタは近づいて行った。
『止めろッ…!』
そしてアラタは空中で火の字を綴ったが、その火は飛んでいくことはなくアラタのすぐ近くで爆発し、その様子に日当瀬だけではなくアラタも目を見張った。
「千星さん………?」
「……ちっ、起きやがったか。ま、またコイツを沈めてショックで寝かせてやるか…なっ!!」
再度アラタが“火”を綴る。しかし炎が形成される前にすぐ近くで大きな球体の水が出現し、火を飲み込む。
「うわ、やっばい!!属性化って…エネルギーめっちゃ使うジャン!」
呑気な声が空中に響き渡る。
大きな白い翼を羽ばたかせ、中庭から屋上の更に上空に九鬼は止まった。
アラタは九鬼を見るなり嫌そうに視線を眇めた。
「俺、アンタ嫌いなんだよね」
「奇遇だネ~ボクもアラタのことあんま好きじゃないカモ~」
「九鬼、喧嘩を吹っ掛けに来たんではありませんよ」
その声にアラタは目を見張った。
屋上に現れたのは三木を抱いた神功であったからだ。
屋上に着くなり三木を下ろし、神功は槍を構えた。
その体は傷一つ付いておらずアラタの両手に付いた血液を困惑気味に見つめた。
「不死身かよ……」
「いいえ。残念ながら一回死にました」
「……………は?」
「でも、生き返ってしまって……それでは先程の続きと行きましょうか」
アラタは初めて恐怖を感じた。
目の前にいる得体が知れない男に。
そして、頭上から此方を見つめてくる冷たい視線に。
アラタの顔が歪むが、先に動いたのは九鬼であった。
生えていた翼に触れて解体してしまうと、いくつもの鳥の羽がダーツのようになりアラタへ降り注ぐ。
アラタは“火と土”の文字を横に滑らせるように書いて炎の壁を形成する。
鳥の羽は一瞬にして燃え盛るが、次に炎の壁が無くなった瞬間、アラタの目前には九鬼居た。
目を瞠りながら既のところで後ろに飛んで避けるが、九鬼の拳は屋上へと撃ち込まれる。
音を立ててコンクリートを破壊し、下の階へとパラパラと石の欠片が落ちた。
いとも簡単にコンクリートを破壊してみせる容赦のない拳にアラタの背筋が寒くなる。
そして直ぐにその冷たい視線のままアラタへと拳を突き出すがアラタも“土”と刻むとその拳を包むように受ける。
九鬼は視線を千星自体から外すことなく真っ直ぐに見つめ、訴えかけるように言葉を綴る。
「ボク、君に負けたんだよネ~。アレは結構屈辱だったヨ」
「……ッ…だったら今日もう一回負けるんだぜっ!」
「え~、もう遠慮したいカナ♪好きな子の前ではイイトコ見せたいし」
九鬼はチラッと視線を神功へと向ける。
神功の表情は動く事なく二人を見詰めており、九鬼はまた流れるように鋭い視線を千星へと向け直した。
「それにボク言ったよネ、なゆゆに。使い方気をつけてあげてね?って」
九鬼の口角が上がる。
しかし視線は冷たいままなので笑っているのか笑っていないのか分からない表情であった。
どこか怒気を含むような感情をぶつけられアラタは恐怖した。
いや、アラタではなく中の那由多の感情が引き摺り出されるように恐怖を感じさせられた。
九鬼がそのまま拳を押し込むと土の壁が割れて、両腕で防御しているアラタにそのまま衝撃が走る。
その容赦ない攻撃に痛みを感じ、ぐらりと膝が崩れそうになった。
低姿勢のまま九鬼へ蹴りを繰り出すと、彼は躊躇なく足のスネで受け止め、その痛みすらも心地良いと言うかのように更に口角を歪めた。
アラタは自分よりも更に狂った感性の持ち主に不安が込み上げていく。
そして暫く至近距離による攻防戦が続くが、アラタの雷の攻撃を九鬼が殴るように破壊すると全身が激しく痙攣した。
「ッ─────たまには浴びる方も、いいネ、浴びさせるほうが好みだケド」
「……ッ……なんだよ、コイツ」
そしてバトンタッチと言わんばかりに地面に手を触れさせ、隆起させるとアラタを神功の元へと追いやる。
アラタは盛り上がった地面から飛び降りるようにしながら、先程と同様に雷が纏わった腕を神功へと突き出す。
同じ技の軌道を神功は覚えてしまうため少し動くだけで躱し、槍を電流に触れさせるようにして地面に刺し違うルートへと雷を導く。
完全に流れ去るとまた槍を引き抜く。
そのままゆったりとした流れで槍を操ると神功は守りに徹していた。
アラタは攻めあぐね、焦りがうまれる。
同様に中の那由多にも何も出来ない自分にもどかしさが生まれていく。
炎を纏った拳で神功に殴りかかるが、槍の柄で簡単に弾かれた。
そして小さく唇を動かす。
「……ッ!!」
「そろそろですかね……」
「な、なにが……ッ…」
アラタは恐怖を感じた。
いや、那由多が感じた感情を受け入れさせられた。
産まれて初めて感じた感情に戸惑い、得体の知れない思いに喉が引き攣る。
しかし、その気持ちを打ち消すように指が文字を綴ろうとしたが────動かなかった。
指先が震えて力が入らない。
「那由多くんは知ってますよね、僕の血液に毒性がある事は」
「……ッ!?」
「アラタくんはそこまで記憶を探れませんでしたか?」
そう告げられるとアラタは自分の両手を見詰めた。
真っ赤に染まった手は(裏)生徒会メンバーとの戦闘で小さな傷が沢山入っており、そこから神功の血液が侵入したため感覚が麻痺を起こしていた。
神功が千星へと近づく。
そして瞳を朱く揺らめかせて(裏)生徒会長ではなく、高校の授業中の姿である、黒い瞳でショートカットの優等生を演じている時の姿を千星へと見せていく。
「やめろ……やめろ、折角……折角」
「“このチラシを書いたのは君ですか?”」
神功は千星と出会った時に手に取った、部員募集と書かれた軽音部のチラシを幻術で作って千星へと見せる。
その言葉に千星那由多〈せんぼし なゆた〉 の思考が動く。
懐かしい響きに記憶が一気に遡る。
忘れもしない目を奪われるほどの美しい容姿に、自然と息を呑む。
(そうだ、これが俺と会長の出会い……)
「あ゙あ゙ぁあ!!クソッ…が!!やっと出てこれたのに、俺が、俺が那由多なんだぞ!!」
(違う、那由多は俺だ……!これは俺のだ!!)
「クソ……なんだよ、皆コイツが必要ないんだろ!だったら俺でもいいだろっ!俺に、俺の居場所をくれよっ」
(黙れ、俺は俺は……必要と、されてなくても……)
千星の中で葛藤が起こる。
アラタは苦しそうに頭を抱え、那由多はアラタの中からディスプレイ越しに神功を真っ直ぐに見詰めた。
千星の葛藤を他所に、神功は独り言のように言葉を綴っていく。
「那由多くんは覚えてないかもしれませんが、これが僕と君の出会いでした。
あの時はイデアに人員を増やせと急かされていたところで書記を探していたんです。そして、君に、いや君の字に出会った。あの字は素晴らしかった……一目惚れでしたね。
そして書いてるのが君だと知って、益々興味を持ちました」
「だ……まれ……もう、しゃべん……なっ!!」
(会長……俺………)
アラタが神功に向かって拳を突き出すが、神功はその威力を殺すように掌で柔らかく受ける。
アラタは酷い頭痛と吐き気に肩を上下させるが、それでも睨みつけるように神功を見上げる。
「嗚呼、この子がいいなって、千星那由多くんにしようって」
そんなアラタを他所に、フフッと抜くように神功は笑みを湛える。
そしてふらつく千星の胸元に掌を当てるとグググ…と力を掛けていく。
「すいません、僕が選んだのは那由多くんなんです。
僕には、書紀としての那由多くんが必要です。それに、巽くんも晴生くんも柚子由も九鬼も……イデアも皆、君ではなく那由多くんが必要なんです」
凛とした声が辺り一帯を震わせる。
アラタが神功を睨むが、それ以上に、(裏)生徒会メンバー全員の視線が千星に向けられていた。
アラタの胸元の神功の手が実体から抜ける。
そしてアラタ内部へと沈んでいくと、その手だけが那由多の見ているディスプレイから伸びてきた。
その手を中に居る那由多が掴むと、涙目の瞼を落として、“無”と言う一つの文字を綴った。
その瞬間アラタの表情が凍った。
そして悔しげに頭を抱えたまま叫び声を上げる。
「くそぉぉお!!俺は、俺は認めねぇからなッ…!また絶対でて………き………て」
「書紀になって下さい、那由多くん。君は(裏)生徒会に必要だ」
千星の中でディスプレイがひび割れていく。
那由多の意識が体とシンクロすると、ディスプレイではなく、直ぐ目の前に神功の姿が映った。
そして胸に置かれた手を両手で握り締める。
「会長ッ…!俺ッ…俺!!会長に選んでもらえたから、……選んでもらえてッ…!なのにッ…こんな……皆ごめんっ!!」
「───おかえりなさい、那由多くん」
必死に訴えるように話し始める那由多だが、足元がふらつきくらりと体が傾いた。
慌てて神功がすくいあげるように抱き止めると、その千星を取り囲むように天夜、晴生、三木が寄り添い、九鬼は視線だけを向ける。
心配そうに覗き込む一同に、先程までの真摯な表情とは打って変わって千星はヘラっと顔を崩すように笑みを浮かべた。
「皆ごめん、俺、どうかしてた……」
いつもの千星に戻った瞬間、天夜が「那由多ッ」日当瀬が「千星さんッ」と言いながら抱きつく。
三木は安堵し、微笑ましげにその様子を眺め、神功は邪魔にならないように一歩引き、九鬼と共に彼らを見守る。
その後、なぜアラタと呼ばれる青年が出てきたかは分からないまま、神功は政府に呼ばれその場を離れる。
そして、リミッターを解除し続けた結果おかしな事になったのであるとの仮説が立てられた。
納得できない事もあったがそれ以上の仮説を立てることが出来ず、千星の体に起きた出来事は幕を下ろすことになる。
end
千星はあの後家に帰ったが一睡もできなかった。
いや、それは偽りだ。
かなり疲労困憊だった為寝る事には寝た。
そして目が覚めて思い返してみると、自分の行動が信じられなかった。
いくらイデアを壊されたくなかったと言えど、自分は会長に、神功に対して攻撃し、傷を負わせてしまったのだと。
会長の行動は納得出来ないものであったが、それを差し置いても自分がした行動は許されるものでは無い。
そう思い返した千星は頭を抱えた。
結果、彼は夜中に目覚めてから一睡もできず朝を迎えることになる。
睡眠が充分では無かった為、疲労していた身体は言うことを利かず、筋肉痛と戦いながらベッドから這いずり起きるといつものように支度していく。
あやまろう…。
何度考えても、千星の中でそう結論がついた。
寧ろ謝らないという選択は無い。
問題はどうやって、何と言って謝るかだ。
昨日の戦闘で武器が破壊されてしまい、それに直結していた携帯も壊れてしまった。
武器はイデアが作っていたので作り直す事は出来ないが、携帯自体はあの後意識を取り戻した日当瀬が修理をすると全員の分を預かっていた。
能力をセーブする機能自体も壊れてしまったのだが、今の所リミットを解除したままでも千星の体に異常はなかった。
しかし、たとえ携帯があったとしてもメッセージだけで済ませる問題ではない。
なんて言えばいいのか。
“綺麗な体に傷をつけてしまってすいません”は、おかしな方向にも取れるし、“動揺して、攻撃しちゃいました、あはは……”は軽すぎる。
結果、無難にごめんなさいと平謝りするしか方法は無さそうなので、更に重い足取りで家から出る。
「いってきまーす……」
「那由多、おはよう」
「巽ッ!もう大丈夫なのかよ……!」
「うん、まぁ、表面上は?まだちょっと痛いんだけど」
天夜は苦く笑みを浮かべながら自分の腹部の辺りを擦ってみせた。
それからはいつも通り並んで高校への道程を歩いた。
ただいつもとは異なって重い空気が二人にのしかかる。
その空気を先に押し退けて口を開いのは天夜であった。
「生徒会やめるの?」
「……ッ!なんで知って……」
「昨日、会長があの後家まで様子見に来てくれて教えてもらった」
「……、そうだよ……辞める」
「そっか……俺も辞めていいって言われたよ」
天夜は苦笑を浮かべたまま視線を斜め上へと上げた。
千星は天夜の途切れた言葉の先が気になってしまい、自然とオレンジ色の瞳を真っ直ぐに見詰めた。
天夜がそれに気づくと視線が合う。
そして、申し訳無さそうに表情が歪む。
何事に対しても千星を優先してきた天夜が自分に対しては余り見せたことが無い表情に、千星の胸はギュッと締め付けられた。
「でも、もう少し残る事にする」
別に一緒に辞めてほしかった訳ではない。
でも、千星は天夜も辞めるものだと思っていた。
こういった時に幼馴染の天夜が別選択をする事は無かったからである。
「お、……おう、そっか…………わかった」
あからさまに千星の心が沈んでしまう。
煮え切らない気持ちを持て余すが何も告げる事はできず、更に重苦しい空気のまま学校へと向かう事になった。
結局頭の中でウダウダと色んなことを考えているうちに、放課後になってしまった。
天夜は用事が有ったため、千星は一人で(裏)生徒会室に繋がる理科準備室の前まで来た。
イデアに破壊された廊下は神功の幻術により何も無かったように見えるため、いつも通り(裏)生徒会の中へと入っていく。
神功は定位置に腰を掛け、少し難しい顔をしながらノートパソコンの画面に視線を落としていたが、思いも寄らない来客の気配を感じた途端、顔を上げると同時に慌てて立ち上がる。
「お疲れ様です、那由多くん……どうか、されましたか?」
「あ…………あの、その……」
言い淀む千星に神功は近付いていく。
神功は千星が言葉を告げやすいようにと静かに笑みを湛えながら千星を見詰めているが、落とされた言葉には何度も瞬いた。
「す、すいませんでしたっ!!会長を……会長に、怪我を……させてしまって」
「?……嗚呼、そんなことですか」
「そんなこと……そんなことって!!」
「大丈夫ですよ、君の剣で僕は殺せません」
「────ッ!!!?」
分かっている。
神功は千星を気遣ってそう言っているのだと。
しかし、千星には神功の言葉は意図を分かっていても酷く心を掻き乱された。
君は弱いから僕を倒す事は出来ないと、言われているようにしか聞こえない。
結局、自分は神功には敵わないのだと再び打ちのめされてしまう。
「それに、こちらこそすいませんでした。……イデアを壊してしまって」
「壊す」の言葉に千星の視線が細くなる。
矢張り、神功にとってイデアは物であり人では無いのだと再認識させられてしまう。
だからあんなに非情になれるのだと。
「いえ……きっと仕方無かったんです。会長がどうにもできないものを俺がどうにか出来るはずもないし」
「那由多くん……」
「すいません、嫌な言い方ですね……、失礼します、もうここには来ません。今までありがとうございました」
「…………那由多……くん」
千星は捲し立てるように言葉を綴ると、溢れる気持ちを抑えきれず早急に部屋から立ち去る。
神功は千星の名前を呼び追い掛けようとするものの、身体を蝕む傷が痛みその場に膝を付いた。
普段、傷の治りが早いはずの神功は体力が回復しない事を不思議に思い、幻術を解いて自分の服の裾を捲った。
千星が与えた傷がジュクジュクと膿んだまま、包帯、更には制服にまで血が滲み、体全体に幾つもの青い斑点が昨日よりも大きくなっている事に静かに睫毛を伏せた。
続いて腹部に痛みを感じゴホゴホと咳き込むと、掌にべっとりと血液が付着した。
「僕の体はもう……駄目かもしれませんね」
嘲笑うかのように笑みを浮かべると手の甲でぐっと唇を拭い、また自分に幻術を掛け、傷を見えなくしてしまう。
一度服を着替えるために神功は私室に戻るしか無かった。
一方、生徒会室を飛び出した千星の歩みは自然と中庭へ向かった。
イデアがもう居ないことは分かっているのだがもう一度確認したくて結界の中に入ると、そこには日当瀬が居た。
緑色のオーラのようなものを纏い、中庭の真ん中で空中に浮いていた日当瀬は千星の存在に気付くなり集中を解いて走って側まで寄っていく。
「千星さん、大丈夫ですか?今日はお迎えに上がれず、すいません!」
「いや、どう見たってお前のほうがボロボロだろ……」
そう声を掛ける日当瀬の方がどう見ても重傷で、至る所にガーゼや包帯が巻かれている。
そうなってもいつもと変わらず千星を気遣い、彼の横まで一目散に歩み寄って行く。
「そういや、昨日も思ったけど今のって……」
「あ、能力の属性化っすか?巷で噂にはなってたんスけど、やっぱり戦闘中にいきなりつーのはやるもんじゃ無かったですね、面目無い……」
「んなことないだろ。晴生の攻撃が無かったら全滅だったし……」
「そうですか?……でももう、次は失敗しません」
そう言って日当瀬は周りの空気を集めるように集中していく。
瞼を落とすと周りに幾つもの空気の渦ができ、日当瀬自体も空中へと浮いていく。
「なんとか……っ、ここまでは、操れるように……ッ!!はぁ、……やっぱ疲れるッす……千星さんは凄いですよね、これを全属性操れるなんて……!」
フワッと大きく風が吹き抜けた後、渦は消えてなくなる。
額から汗を滴らせて、日当瀬は肩で呼吸を繰り返しながら辛そうに俯いた。
「いや、俺は剣が出してた訳だしッ!もう……武器無くなっちまうから出来ねぇかも」
「……千星さんならできると思いますけど。あ、そういや携帯の機能だけなら直ってるんで持ってきましょうか?解除しっぱなしで辛くないッスか?」
「え?……あー、リミット外れてる状態になるつってたな……今んとこはなんとも無いし、携帯は練習終わってからでいいぜ?」
「そうッスか……くっそ、神功の野郎は炎灯したんスよね?」
「え…!?……あ、ああ、そう……だな」
「アイツ、やっぱバケモノッスよね。いきなりで特殊金属溶かすほどの温度って……」
日当瀬は純粋に悔しそうに思いを口にするが、千星は昨日の事を思い出してしまい、視線を昨日イデアが溶けてなくなった場所へと向けた。
そこの地面は焦げてしまっていたがもうなにも残骸は残っていなかった。
どうしても消化仕切れない思いに千星はその場で俯いてしまう。
「千星さん?大丈夫ですか?……そう言えば千星さん、辞めてしまわれるんですね」
「……え。晴生も知って」
「会長が言ってました。まぁ、最近の神功の行動を見てたら仕方ないッスね、アイツは会長失格です。
つーか、もともと俺はアイツが会長なのは納得してないですけどね、ワンマンだし、秘密主義だし、自己中だし、ナルシストだし!!……一人で何でもできちまいやがるし」
最後にそういった日当瀬の表情は眉を顰めていたが苦い笑みが混ざる。
千星はその表情を見逃さなかった。
これだけ会長の事が嫌いな日当瀬でもやはり会長の魅力には引き寄せられていると分かってしまったからだ。
千星の中のどす黒い感情が育っていく。
きっと答えは分かっている、それでも千星は聞くしかなかった。
「晴生は……どうすんだ?」
「俺?俺ですか?……俺は続けますよ」
当たり前だと言わんばかりに真っ直ぐに告げられる言葉に千星の心が軋んだ。
結局親友と言うポジションにいても神功には敵わないのだと。
その後日当瀬は言葉を続けていたが、それはもう千星には届かなかった。
千星の思考が深く沈んでいく。
結局自分一人では何も出来ないのだと。
イデアすらも守ることができなかった。
(裏)生徒会も自分が辞めたところで何かが変わる訳ではない。
寧ろお荷物が居なくなって今より良くなるのではないか。
何て自分は無意味なんだろうと。
(要らないなら貰ってやろうか?)
そんな声が自分の頭の中に響いた。
こんな自分貰ってくれるなら貰ってほしい。
千星がそう思った瞬間指がひとりでに宙を滑る、“新”と言う文字を刻んだ瞬間────
ゴウッッとけたたましい風が千星を包み込む。
「ッ千星さん!?!?」
日当瀬は慌てて一歩引き、両腕を顔の前でクロスするようにして吹き荒ぶ風に飛ばされないようにと耐える。
ブロンドの髪が風に遊ばれ、砂埃で全く見えなくなった視界がはっきりしていくと千星の様子に目を見開いた。
毛先が赤く染まった千星の形をした者は怠そうに首の後ろをさすり、ボキボキと首を鳴らしていた。
そして日当瀬の存在に気づくと今まで見た事もない人を見下したような微笑みを浮かべて言葉を放った。
「どうも、こんにちは、那由多でーす」
人を馬鹿にした物言いでその男は日当瀬にグイッと顔を近付ける。
「アンタ、日当瀬だよね。ふーん、キレイな顔してんな」
「はぁ?……誰だよテメェ、千星さんの体に何した?」
日当瀬はそもそも千星の人間性を見ている為、姿形が同じでも目の前の物体はもう既に千星には見えなかった。
睨みつけるようにガンを飛ばし、眉間に皺を刻む。
「ナニ?何って何?俺も千星那由多だけど?日当瀬は変な事言うな」
クツクツと喉を揺らすように笑い、ゆっくりと日当瀬から離れるように中庭を歩く。
歩くという感覚を確かめる様に足で一歩一歩地を踏みしめ、その感覚にすらその男は愉しげに口角を歪めた。
「はぁぁぁ、気持ちいい……日当瀬、アンタ俺の事尊敬してんだろ?下僕になる?」
「はぁ?俺が尊敬してんのは千星さんだ。間違ってもテメェじゃねぇよ」
「あ、そ。俺も那由多だ、つってんのにツマンネー」
その男は体を慣らすようにピョンピョンと跳ねたり、手を握ったり開いたりと体全体を確かめる様に動かしていく。
そして調整が済んだと言わんばかりに深く膝を曲げ、ジャンプすると日当瀬に飛び付くように一直線に殴りかかる。
「遊ぼうぜぇ!日当瀬ッ!!」
「────ッ!!ざけんな!体を返しやがれ!!」
日当瀬は繰り出された拳を受けるように横に流すが、勢いを殺しきれずふっ飛ばされる。
先日覚えたばかりの属性化の能力を使って風を起こすと、空中で飛ばされた勢いを殺して止まる。
そのまま宙を蹴ると風の輪っかを幾つも作ってその男へ順々と投げつけていく。
その間に元からの能力である分析能力を使用しようとするが、昨日の今日での併用は難しく、日当瀬の表情は歪んだ。
簡単なものしか数値化できなかったが、目の前の男は毛先が赤いと言うこと以外は千星那由多〈せんぼし なゆた〉 で有るように思えた。
その男は日当瀬の作った風の輪をいとも簡単に避けていく。
その表情はとても楽しそうで遊んでいるという形容が合っていた。
「ハハッ!弱っちぃー。そりゃ、俺のこと尊敬する訳だッ。つーか、俺の体も弱ぇー……、まぁ思ってたよりはマシか」
「テメェなんか、尊敬してねぇ……ッ!!」
日当瀬は目を見張った。
自分が作った風の攻撃を躱すだけならまだしも、目の前の男からかまいたちが飛んできたからだ。
男の指が“風”と言う字を綴る。
その流れるような指使いは千星が剣で綴っていた字体とは異なるが、そこから旋風が生まれ、書き切ると同時に日当瀬に向かってかまいたちが飛んでくる。
日当瀬はそれに応戦するように中指と親指を鳴らして空気を弾く。
パチンッと、弾くような音と同時に風が舞い上がると、男へと向かって空中を滑りカマイタチを相殺していく。
「へぇ、流石だな。風か……じゃ、これならどーすんの?」
「なッ……………ッ!!?」
千星の姿をした男が顎を引きながら愉しげに口角を持ち上げる。
指先を一度日当瀬に向けてから“火”の文字をゆっくりと綴って行く。
指先が動く途中で気付いた日当瀬は、属性化では無くて元の解析能力へと自分の能力を戻そうとしたが、まだ自在に能力を扱うことが出来ず、男から飛んでくる幾つもの火の玉を風で切り裂く事しかできなかった。
勿論そんなことをしてしまえば酸素を更に含んだ炎はより一層大きく燃え上がる。
眼前に迫る赤い炎は幻などでは無い。
一際大きく燃え盛る炎が幾つも矢の形を形成して日当瀬を取り囲む。
「火之矢斬破(ヒノヤギハ)……だっけ」
「ッあ゙ぁぁぁぁあ!!」
その男が呟いた瞬間、矢が雨のように日当瀬に降り注ぐ。
防御も間に合わず日当瀬の全身を細い炎の矢が貫いて勢い良く燃え上がった。
前日の怪我に加え、深手を負った体はその傷の深さに耐え切れず、膝を付くように崩れる。
幸い特殊繊維でできた制服であったため直ぐに炎は消え、日当瀬は薄れ行く意識の中で緊急事態を知らせるための携帯ボタンを押した。
「あれ?もうおしまい?準備運動にもなんねぇんだけど」
男は日当瀬に近付くと俯せの体を足で転がすようにして仰向けにさせる。
わざと傷ついた太腿を踵で踏み付けるとグリグリと抉るように靴裏を傷に擦り付ける。
「ッあ゙!!ぐ……ッぅゔぁぁぁ!!」
「尊敬してる相手を救えないってどんな気分?俺はずーっとそんな劣等感に苛まれてたみたいだぜ。笑っちまうよな?こんなに何でも出来るはずの能力を持ってんのに何もしてなかったんだぜ?」
「……はっ、ぐぅ!!だ、黙れっ!!」
「黙るのはアンタだよ……、なぁ教えてくれよ。いつも犬みたいに尻尾振って慕ってるくせに、その千星さんのピンチに無様に地に這いつくばる気分はどうなんだよ」
日当瀬から掠れるような悲鳴が漏れる。
男は体だけで無く日当瀬の心をも抉るように愉快げに言葉を落としていく。
悔しそうに眉を潜めた日当瀬が睨み上げるが段々とその瞳に色が無くなっていく。
指先も痺れるように動かなくなり、日当瀬の意識が暗転していった。
「あれ?お寝んねかよ……ツマンネ。さーて、次行くか」
「…………那由多?」
千星の体に居る男は頭の後ろで腕を組むと唇を尖らせる。
脳内の記憶を辿るように視線を斜め上へと遊ばせていると背後から声が掛かる。
その声にその男は大きく目を数度瞬かせ、屈託なのない笑みを後ろに居る天夜へと向けた。
その表情は千星のものとはまた異なり、きれいに口角を上げるような微笑みだった。
「巽、久しぶりだな」
「久しぶり?……どういうこと?日当瀬から緊急信号が飛んできたから来たんだけど……」
「あー……そいや、コイツなんか押してたな」
男の表情が一変し、つまらなさそうに日当瀬を足裏で小突く。
その行動を天夜は信じられず慌てて駆け寄ると、男の手を持って引っ張る。
「那由多ッ!どうなって……なんで、こうなったの?」
「日当瀬が、俺は那由多じゃねぇつーから」
「え?どういう……あれ?那由多じゃない?……え、え?いやでも……」
天夜は混乱する。
日当瀬はその男を直ぐに千星ではないと判断したが天夜は出来なかった。
それが何故かと問われると天夜自身も分からなかったが、片手で額を抱え、毛先だけ赤く染まった千星を揺れる視線で見つめた。
言動も行動も千星ではない、ただ天夜の本能は彼が千星だと言っているのだ。
しかし今はそんな場合では無い。
急いで天夜は日当瀬に走り寄ると自分の制服を脱ぎ切り裂くと、止血していく。
「……なぁ、巽。何でわざわざ助けんだよ」
「え?……怪我してるから……那由多、ほんとどうしちゃったの?」
「どうかしてんのはオマエだろ?」
千星は天夜のネクタイを引っ張るように顔を近付けると酷く冷めた瞳で天夜のオレンジ色の瞳を見つめた。
「オマエは俺がいればそれでいいんだろ?他の奴要んのか?」
真っ直ぐにぶつけられる言葉にゾクゾクゾクと天夜の背筋が粟立つ。
自分の心理を暴かれるような言葉に相手は矢張り那由多であると認識してしまう。
でも、それなら何故こんな事が起こってしまったのか。
天夜は考える。
現状がどうなってしまっているのかを考えると一つの出来事を思い出した。
昔、天夜が千星の家に行った時、彼の母が言っていた本当は二人居たはずだと言う言葉。
そのもう一人の名前は“アラタ”
その時は深くは聞かなかったので真相はわからないが、天夜は結論づいたその名前を声にした。
「アラタ……?」
その名前に千星の瞳が大きくなる。
「は、ははッ……ハハハハハハッ!!まさかその名前まで知ってるとはな。流石だな、巽。俺の幼馴染なだけあるぜ。良かったな那由多、お前の名前知ってくれてるやつが居たぜ?」
千星は頭を抱え俯いたかと思うと狂気じみた笑い声が上がった。
嬉しそうなどこか切なそうな笑い事を響かせる彼から、天夜は視線を外す事は出来なかった。
「那由多がアラタ?……お前がアラタ?」
「俺がアラタ?違う、俺は那由多……まあ、どっちでもいいか、じゃ、俺がアラタで。取り敢えずこの体は俺のモノ。ずーっとアイツが好き勝手してたけど、これは俺の」
「…………ッ!!そ、それは違う、それは那由多の、……あれ、アラタの?いやでも、俺は……俺は」
「なんだよ、……巽、お前まで俺を否定すんのかよ」
「違ッ……でも、俺は……那由多が、アラタがッ…………」
「がっかりだぜ、巽。オマエなら俺を選んでくれると思ったのに。まさか悩むなんてな……そんなに、あっちの那由多は良かったのかよ?オマエを満足させてくれた?俺なら……お前を満足させられると思うけど?」
千星は天夜のネクタイを引っ張ると彼の耳元で甘く冷たく囁いた。
天夜の頬は無意識のうちに紅潮し、体全体が一度小さく震えた。
理解が追い付かないが、天夜はどちらも那由多であると気付いてしまった。
なので余計にどうしたらいいか分からなくなる。
困惑の表情を千星へと向けていると、中庭の結界内を焼き付くような殺気が充満する。
ゆっくりと千星を見下す様に歩いてくる男は神功であった。
「これは一体、どういう事ですか?」
神功の熱を持った声が低く辺りに響き渡る。
天夜はここ迄警戒心を丸出しにした神功を初めて見た。
体を焼くような殺気に自然と呼吸を弾ませていると、千星は天夜のネクタイから手を放した。
素知らぬ顔で神功へと視線を絡めた後、その顔が歪む。
見つけ出したと言わんばかりに愉悦に表情を歪めると同時に、地面を蹴り走り出した。
「アンタが会長?ふーん、イイじゃん!愉しそ!」
疾走しながら空中へと“火”の文字を綴っていく。
すると炎の球が幾つも空中に浮かび、神功へと飛んでいくが、彼は身を翻す様にして簡単に避けてしまう。
その行動が更に千星を、いや、アラタを掻き立て“炎”の字を空中へと綴った。
幾つもの矢が神功へ向かって降り注ぐが神功は日当瀬と天夜から距離を取るように地面を素早く走るとそのまま壁を蹴り上げる。
中庭を取り囲む様にしてそびえ立つ旧校舎の屋上まで火の矢を避けながら雨よけの庇〈ひさし〉を使っていとも簡単に登っていく。
屋上まで登ると落下防止の鉄格子の錆びた箇所を蹴るようにして折ると、槍の代わりに両手で掴み構えた。
その後を追うようにしてアラタが屋上まで登ってくる。
「那由多くん……ですか?だいぶ雰囲気が違うみたいですが」
「ああ、そうだぜ。でも、ややこしいからアラタって呼んでくれよ。アイツと俺は同じだけど違う。んで、この体は俺が貰う」
「それは、那由多くんは納得しているんですか?」
「納得?さぁ?知らねぇ、つーか、元々はアンタが悪いんだぜ?」
「……………………」
「アンタを見てると、俺の自己肯定感まで下がるくらい、那由多はアンタの事が憎いみたいだぜ?だから、殻に引き篭もっちまいやがった」
「そうですか……なら仕方無いですね」
そう言って神功は落としていた重心を正した。
真っ直ぐに立つと鉄パイプを地面に付けるようにして縦に持ち、風に靡く髪を更に首を振るようにして揺らした。
その行動がアラタには自分を那由多に戻すのを諦めた、戦意喪失した姿に見えて腹を抱えるようにして笑った。
「ハハッ!ハハハハッ!!やっぱりアンタは那由多を見棄てるんだな、ホントに殺すんだな。
壊れたニンゲンにも興味ないって?
まぁ、確かにアイツなんていなくなっても誰も困らねぇよな」
「……フ、……フフフ、フハハハハハハッ、……そうですね」
その声に重なるように神功が高笑いする。
その声はアラタの気に触り、自然と表情が険しくないアラタから笑い声が消える。
そして、神功は困った様な、心外だと言わんばかりに表情を崩したまま口角を上げた。
「君は本当に僕の事、分かってませんね」
「……………ッ!!」
神功の双眸が怪しく燻る。
朱く揺らめき、見る者全てを魅力する色合いへと変化していく。
そんな神功の瞳を図らずともアラタは見つめてしまいクラリと視界が歪んだ。
中から何かを引っ張られているような感覚に内蔵がせり上がるような感覚を覚える。
「君が、……アラタくんが分からないなら、僕は那由多くんに聞きますよ。本当にこのままでいいのか、それを聞くまではアラタくんの事は認められませんね」
そう告げる頃には口角を上げたまま攻撃的な表情に戻っており、更に瞳の毛細血管を広げていく。
相手の深層心理に潜り込もうとするように自分を殺して同調を試みる。
しかし、そこでアラタは動いた。
自分に向かって震える指で“破”と綴ったのだった。
パチン、と、額を頭突きされたような痛みがアラタに走るが同時に神功にも目元に痛みが走り、血液が目尻からひと粒だけ流れ落ちる。
どうやら上手く潜り込ませては貰えなかったようで神功は目尻を手の甲で拭った。
「矢張り、一筋縄では行きませんか……、すいませんが意識を失ってもらいましょうかね」
「ハハッ……流石、那由多が畏怖しただけのことはあるな……愉しいっ、愉しいぜ、神功ッ!俺の心を満たしてくれよ!!」
再び神功は鉄の棒を構えた。
一方でアラタは空中に炎の文字を綴っていく。そしてその合間に水の字も綴る。
神功は持ち前の反射神経で屋上内を疾駆しながらアラタの攻撃を躱していく。
ヒラリと彼の体が舞い、途中に混ざる長いロープのような水にすら拘束されることなくアラタとの間合いを詰め、足払いをし、長い鉄の棒でアラタの体を押さえようとする。
しかし、楽しげなアラタの指が“雷”の文字を綴ると目の前に獅子のような形をした電気の塊が現れると、大きく口を開いた。
「猛御雷(タケミカズチ)」
「───────ッ!!!!ぁ゙アアッ!!」
反射的に神功は空中にもかかわらず体を捻り、鉄パイプを地面に刺し、電気の威力を分断させながら雷の獅子に喰われる。
直撃を逃したものの、バリバリバリと辺り一帯が放電するとその衝撃の雷で制服が焦げ付き、神功の体が勢い良く腐敗した鉄格子へとぶちあった。
雷は完璧に放電されてはおらず、当たった格子すらバチバチと音を立てて空気を震わせていた。
その場に跪いた神功は鉄パイプを握り、立ち上がろうとするが指先に力が入らずに震えて痙攣する手を見下ろした。
「はぁー……俺、強ぇ……最高、アンタが地に這いつくばる姿見るとさぁ、すっげぇ心震える。なんでだろ、那由多がアンタに劣等感ばっか感じてたからか?めちゃくちゃ気持ちぃいッ、最ッ高!!」
アラタは幸福感を隠しもせず手をクロスして自分をぎゅっと抱きしめる。
満足そうに艶かしく息を吐き、高揚した気分を隠しもせずその瞳を子供のように輝かせた。
神功は鋭い視線をぶつけると、震える足を叱咤しながら立ち上がりその左手に炎を灯した。
「最高ッ!……会長、俺堪んねぇ。生きてるって感じがする」
「そうですか……」
「でも、アンタもそろそろダメそうだよな。はぁ……切ねェ、どうしてこう人間って脆いんだろ……」
「有難うございます」
「…………は?」
神功から突如落とされる礼の言葉に、アラタは大きな瞳をゆっくりと瞬かせた。
「僕の事を脆いって、ニンゲンって認めてくれて有難うございます」
「アンタは人間じゃないってくらい強いって?はっ、自慢かよッ!反吐が出るぜッ」
「フフ……、君も那由多くんも僕を“人間”として扱ってくれるので僕は君たちの事……大好きですよ」
神功はいつものように笑みを浮かべる。
ふらつく足で踏ん張り、地面を蹴ると、自らアラタへと向かって走り出す。
「そしたら、その大好きな人間に葬られるなら文句ねぇよなッ」
吐き捨てるような言葉とイライラした感情をぶつけるようにアラタは宙へと文字を綴る。
火、水、雷、風、全ての文字を順に綴り上げ屋上内で神功を攻め立てるが、神功は体を翻るように火や水、風の攻撃を避け、手の炎を原動力として体を宙留めるようにして雷の攻撃まで避けてしまう。
痺れを切らしたアラタが超低空で上半身から突っ込むように神功に突っ込んでいけば、神功は驚いた様に一瞬目を見張った。
しかし、その視線も直ぐ元に戻り、手から炎を消してしまうと、走る勢いを乗せたまま殴り込んでくる千星の手をはたくようにして自分の体の中心から逃がす。
コンパクトな動きから繰り出される突きや蹴りの威力は無いものの確実に人体の急所を狙っており、神功はマトモに食らわない様、意識せざるを得ない精度であった。
神功は急所に入れ込まれないように腕や足裏を利用して攻撃を受け、時には避けて少し間合いを開けようとした瞬間、アラタの指先が“水”の字を綴る。
瞬時にそこから水がロープの様に伸びて螺旋を描くように神功の体を拘束した。
「ッ─────!!」
「つっかまえ……た…………!!は、マジかよ」
直ぐ様勢い良く神功の足元から火柱が上がる、その炎は赤い色を通り越して青く揺らめき神功に絡みついていた水を一気に気化させた。
それと同時に神功の上半身の服も燃えてしまう。
「……なかなか自然エネルギーというものは……ッ……加減が難しい……ですね」
「昨日の今日でソレだろ?自慢にしか聞こえねぇ、……けどッ」
神功もアラタに対して同様に考えを巡らせた。
那由多は体術が全くだった筈だが、アラタと呼ばれる青年になった途端体の動きは一変した。
逆に千星那由多〈せんぼし なゆた〉 であったとき彼は剣を使用していたが、もしかするとそれが彼の動きを阻害していたのでは無いかと思う程の身のこなしであった。
「あー!だりぃ!!全ッ然鍛えられてなくてムカつくぜ……」
「それでも、初期よりはかなりマシになったんですが……」
「は?フザケてんの?自分が凄いからっておちょくってんの?ま、いいか、動けばそれでッ!」
神功は嘘を言っていないのだが理解は得られない。
まさか那由多と手合わせする日が来るとは思わなかった神功は不思議な感覚に陥る。
少し気を抜けば確実に急所に打ち込まれる突きや蹴りをいなすと、アラタは突きを繰り出すために引いた手で文字を綴っていた。
その時屋上へと続く扉が開かれる。
「左千夫様……、千星……くん?」
目の前の相手に集中していた神功はハッとした。
屋上へ現れたのは三木と天夜であった。
そして直ぐに視線はアラタの手許へと流れる。
彼が綴った文字は“水と雷”であった。
一瞬の判断で神功は三木と天夜を炎の壁で包み込み自分は地面を走ると、先程転がした鉄パイプを手に掬い、屋上を囲む柵を足場に中庭に飛び出しながらその鉄の塊を遠投しようとする。
しかし、一気に辺り一面に雨のように水の塊が降り注いだ後、一点から広範囲に広がる電流の速さには間に合わず、避雷針のように全ての電流は鉄パイプに流れ、神功の体を通って屋上を囲む柵へと流れていった。
「──────ッ゙!!すいま…せん……ッ、ここまでの……よ…う」
雷が直撃した神功の体が屋上から中庭に向かって投げ出される。
体が空中に放り出されながらもその視線は千星と包んだ炎から解放された三木、天夜へと向けられて、その無事を確認するとビクンと大きく体が硬直した後地面へと落下していった。
「左千夫さ…ま、左千夫様、いや、いやぁああ!!」
炎の壁の中まで水は到達しなかった為、電流は流れることは無く二人は無傷であった。
しかし、屋上から黒焦げになって中庭に落ちていく神功に、三木は取り乱す様に叫び声を上げ、その場に崩れそうによろけながらも神功を追うように柵を飛び越え中庭へと降りていく。
「あー、あ、残念。お終いかよ。守り切れないくせになんで他の奴まで守ろうとすんだろーな」
「那由多?……那由多が会長を?」
「あん?そうだぜ?……で、巽、お前はどうすんの?」
「俺?」
アラタは楽しかったお遊びが終わってしまったかのように残念そうにポケットに手を突っ込む。
そしてゆっくりと巽へと近づいて行けば、巽の顎を掬うように上げて口角だけで笑みを浮かべた。
しかしそのアラタの手に神功の血液がベッタリと付いている事に一瞬眉を顰めた。
それは片手だけではなく両手共に赤く染まっていた。
「あれ、アイツ血なんか、流してたっけ?まーいいや。
で、巽どーすんの?俺と戦う?それとも昔みたいに俺の後ろに隠れとく?」
「え……?なんで知って……」
「だから、言ってんだろ?俺が那由多だって、まぁ、もうどっちでもいいけどよ。体貰っちまうし」
「それはっ、それは困るッッ!!」
ガシッと天夜はアラタの肩を掴む。
痕が付きそうな程強く指に力を入れると、無表情なアラタはその指を一瞥してから目の前の必死な表情をした天夜へと視線を戻してから口角を上げた。
「じゃ、お前も俺と遊ぶ?昔みたいに─────」
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「左千夫様、左千夫様……ッさち…お……さま?」
屋上から庇〈ひさし〉を使って中庭まで降りると生い茂る木々の間を三木はキョロキョロと視線を彷徨わせながら神功を探した。
そして神功を見つけると三木は慌てて駆け寄るが、全身の凄まじいまでの傷に三木は両手で口許を覆った。
「柚子由?……すいません、見苦しくて、もう幻術を練る力も…残ってなくて」
「さ…ち……お、さま?……私、直ぐに、手当を……」
「いえ、それよりもこちらへ」
至るところの肌が裂け、血液が地面に広がっていく様に三木は小さく震えた。
言われるがままに神功の元へと歩みを進め、神功の上半身の近くに膝をつく。
神功は体を起こそうとするがそれすらも叶わなくて小さく息を逃す。
彼の左手は真っ黒に変色していた。
イデアを貫いたとき、属性化した炎は彼自身の手を燃やして創り上げたものであった為、その火傷は深い層まで浸透し、元の透き通った白い肌はどこにも残されて居なかった。
三木の瞳から涙が溢れる。
精神を共有している自分が彼の状態に気付けなかったことを悔やむが、神功のその指先は三木の首に掛かっているペンダントトップに服の上から触れた。
ふわりと温かい空気が三木を包む。
神功は残りの精神力で三木のペンダントに病気を治療させる為の力を注ぐ。
「僕の体はもう直ぐ死にます。……イデアの毒が傷口からかなり深くまで浸透してしまったようで、毒の分解が間に合いそうにありません……」
「……左千夫さま?」
「激しく動いた事も原因だと思うのですが、…何にせよ、もう僕の精神力も残ってませんしね」
神功はゆっくりと苦笑を唇に乗せた。
神功の体は千星が作った鎖骨の間から臍下までの膿んだ傷口も酷いものだが、それ以上に至るところに黒い斑点が広がっており、今現在も心臓の付近へと血管を浮き出させる様に迫り蝕んで行っていた。
「左千夫様ッ!嫌です、私……一人じゃ、生きられませんッ」
「柚子由、エーテルをお願いしますね……。もし、何かあったら十輝央兄さんに、………柚子由?泣いているんですか?すいません、もう余り見えなくて……泣かなくていいんですよ?僕、とても楽しかっです、有難うございました」
神功の表情が静かに笑みを浮かべる。
三木の頬に手を伸ばそうとしたがどちらの手も火傷し、血にまみれていて躊躇され、手を引っ込めた。
逆に三木が手を伸ばそうとしたため制止するように掌を見せる。
「触っては駄目ですよ、死にかけた奴隷になんて、……実験動物になんて触るもんじゃありません」
「────じゃあ、飼い主のボクならイイよネ?」
どこからともなく声が降り注ぐ。
それと同時に空中から落ちるように一人の男が地上に降り立った。
辺り一面に白い鳥の羽が舞い狂い、そこに姿を現したのは紛れもない九鬼であった。
神功は瞳が見えなくても九鬼の気配を視線が追い、一度目を見開いた後破顔した。
「九鬼」
「──あーあ、何してんの?ホント、ジッとしてないんだから」
「戻るのは来月だった筈では?」
「あんなメッセージ見たらすっ飛んでくるデショ?しかも2日待ってって、返信したのに既読すら付かナイし…!!」
「フフフ、すいません……携帯壊れてしまって」
「だと思ったヨ。で、どうしたいの?」
九鬼はかなり発汗し、呼吸も上がっていたが神功はそこまで気づく余力は無く、自分の直ぐ近くに膝を付き顎を持ち上げてきた九鬼の手を戸惑いなく掴むと、自分の首から掛かったペンダントトップのリングへとその手を当てた。
「お返しします」
「要らないよ?それは君にあげたモノだから」
「でも、もう僕は死ぬので」
「うん、知ってる。で、後は?」
「…………柚子由を、(裏)生徒会を、お願いします……ね
」
「ボク、反、副会長だけど?」
「(裏)生徒会長を……貴方に…お、ゆずり……します…」
「…………うん、わかった」
九鬼は少し眉を下げながら神功の黒くなってしまった左手を握りしめる。
その手はもう痛覚を宿していないため神功は握られた感覚すら感じられず、それだけが惜しいなと感じてしまった。
神功が生を諦めたように瞳を落とすと、イデアの毒の面積が一気に広がりを見せる。
胸がみるみるうちに黒い緑色に染まり、心臓の血管を黒く染めその機能を狂わせると神功は苦しそうに眉を顰めて、大きく咳き込み吐血した。
三木はその光景を涙しながら見つめる事しか出来なかったが、その瞳に九鬼の瞳が絡む。
三木はその意図に気付くと唇を結んだ。
「九鬼、最後に逢えて良かった……嬉しかった……、さようなら。僕の死を持って──(裏)生徒…会長の権限……を九鬼へ…移行……します」
実際はヒューマノイドを前にして行う儀式が秘密裏に執り行われる。
権限の移行を告げるように二人がふわりと輝いた。
精神力で押し留めていた毒が神功の体を蝕む。
そして、完全に黒く染まった神功の心臓が止まる。
しかしその表情はどこか満ち足りたもので静かな微笑みを浮かべたままであった。
その表情に九鬼は微笑んたまま困った様に眉を下げた。
そして静かに言葉を綴っていく。
「副会長の権限・能力を放棄して、(裏)生徒会長の権限を取得します
──────なーんて、言うわけ無いよネ♪」
政府が用意していたシステムが発動するがそれが九鬼の言葉で狂う。
ただ、それを正すヒューマノイドもその場には存在せず、システムエラーのまま現実は進んでいく。
九鬼は体内から沸騰するような熱を感じた。
自分が(裏)副会長になり神功左千夫と対になる能力を得た時と同じような感覚に身震いを起こし、自分の左手小指にはまってる指輪をダガーのように尖らせると歯で挟み引き抜き、そのまま自分の二の腕から手の甲までを一気に引き裂いてその血液を神功の亡骸に注ぐ。
胸に添えてある手を規則正しく押し込み、心臓マッサージのように全身に血液を巡らせて行き、神功を自分の血の色に染めていく。
「そんなんじゃ死なせてあげられないよネ~。いたぁーい!!嫌だー!死にたくなーい!!九鬼、愛してる♡って言ってくれないと!!」
神功が会長の権限を、九鬼が副会長の権限・能力を放棄したことにより九鬼の本来の能力が目覚める。
その能力は他人の体内の“創造”であり、神功の傷口や体内で破壊された臓器が九鬼の血液を媒体として細胞分裂を繰り返し治っていく。
言葉こそチャラけたものであったが九鬼の表情は真剣で、初めて使う能力で人体精錬をやってのける。
神功の体が凄いスピードで治癒し、元の形へと戻っていく。
炭化したように黒くなった手の皮膚も元のきめ細やかな白い肌に戻るが、イデアの毒で黒くなった血管の色は戻らなかった。
「流石イデちゃん♪嫉妬深いオンナノコだネ~」
「不潔です……」
普段の三木からは想像できない冷たい声が空気を震わせる。
流石にこの状態の三木は九鬼でも恐怖するようで表情を引き攣らせていた。
三木はそんな九鬼にお構い無しで両手を神功の腹部へと触れさせると、ゆっくりと瞳を閉じた。
彼女も神功が死んだ事によりシンクロして使えていた能力が放棄された。
そして彼女自身の能力が芽生える、三木の能力は“調和・中和”イデアの毒は濃硫酸に近いものであった為、それを人体に害のないものへと変化させていく。
初めて行う自身の能力の使用に彼女の表情は歪み、神功の体は黒く緑がかったり、白い肌に戻ったりを繰り返していた。
「ゆずず、深呼吸、深呼吸♪左千夫クンに言いたいことあるでしょ」
「……左千夫様、私、左千夫様のお人形でよかった、ずっと後ろで隠れてるだけで幸せだったのに、言う事聞いているだけで幸せだったのに、……今は違う、(裏)生徒会の皆で集まって一緒に居るのが楽しい、左千夫様の横にいるのがとても楽しい……だから左千夫様の言う事は聞けません!エーテルにも(裏)生徒会にもまだ左千夫様は必要です、だから……戻ってきて……さちお……さま」
神功の体がふわりと優しい光に包まれる。
すると彼の体が元の白い肌に戻ると同時にゲホッと大量に吐血し、体を丸めるように何度も咽る。
「ゲホッ………ッゲホッ……は、はっ、……痛いッ?痛ッい……!!どういう?…………ここは?………───フ……貴方達は……本当に」
瞳を開いた神功は反射的に体を起き上がらせる。
全身を襲う痛みに珍しく彼は、痛いと口にし、ここは地獄かどこかかと言わんばかりに辺りを見渡すが、九鬼と三木の姿と自分の体が視界に入ると困った様に微笑んだ。
三木は神功に泣きながら抱き付き、九鬼はやっと緊張感を解くように肩を落とすと情けなく微笑んで、神功の鎖からトップにあるリングを外すと元に戻った透き通るような肌をした細い左小指へとリングを通した。
「返すヨ」
「……わかりました。ただ、指輪は預かるだけですが」
「ケチ!いい加減諦めなよ…ッ!」
「僕は諦めが悪いんです……さて、会長の座を返してもらいましたし、彼、…那由多くんを止めに行きましょうか」
「いいヨ♪仕方無いから付き合ってあげる」
神功が死ななかった為に会長の座が継続となり文言が放棄される。
システムの構想が崩れ、九鬼は元の能力も新しく目覚めた能力もどちらも自分のものとなった。
神功があやす様に三木の背中を撫でいた手を離すと、自分から三木が離れる。
九鬼に引き上げられるように神功は立ちあがると、自分の全身にくまなく視線を遊ばせていく。
その間に九鬼は衣類を包帯のようにして切り裂いた自分の腕を止血し、戦闘用のグローブをはめ直すと、近くにある金属に触れて神功用の槍を形成していった。
「はぁ……にしても痛い」
「え?痛いの?一応左千夫クンのパパさんから君の体のデータは貰ってたからその通りに治したけど」
「何故僕の体のデータを君が……まぁ、いいです。貴方は性格だけじゃ無くて、能力もねじ曲がってるようですよ?」
「え~意味ワカンナイ~、ボク、自分は治せそうにないから、その快感味わえナイ」
「残念でしたね。九鬼、視線を此方へ」
「なになに~?」
九鬼の能力は治癒に近い能力だが、あくまでも体内を彼が思った通りに“創造”するだけである為、その時感じた痛みは取り除かれないという特殊なものであった。
九鬼を見つめながらその瞳に映った自分の姿で、先ずは神功自身に幻術を掛けていく。
体は治ったのだとしっかりと思い込ませ知覚させていくと痛みは消え、普段通りの感覚が戻ってくる。
更に身体能力を最大限まで高める様に暗示をかけ、槍を受け取ると、同様の暗示を九鬼に掛けようと此方を見つめる彼をそのまま見詰めた。
「暗示を掛けます……那由多くん……いや、アラタくんはかなり強く…て……、九鬼?もしかしてキャパオーバー間近ですか?」
「うん。ガス欠近いネ♪」
「使えませんね」
「相変わらずヒドイッ!稼業を一日で片付けて帰ってきたのにッ」
「明日、足腰立たなくなるかもしれませんが能力の限界値も引き上げますね」
「ちゃんと、介抱してネ」
ニッコニコと口角を持ち上げながら九鬼は神功を見つめるが、段々と神功の口角が下がり真顔になっていく。
「……………………………………九鬼」
「…ん?」
「すいません、見つめるだけじゃなくてちゃんと暗示を受け入れてください」
「ゴメーン、だって左千夫クンから見つめてくれることあんま無い、───ちょ、槍は駄目だって!キャパオーバー近いからホント死ぬ」
いつもの様な駆け引きに、近くに居た三木が小さく笑う。
神功は槍を構え不穏なオーラを発し、それを九鬼が宥めているという構図であったが、その笑い声に二人とも見つめ合いながら小さく笑みを落とした。
その視線が絡んだ瞬間に神功の瞳が朱く揺らめき、九鬼の瞳も一瞬だけ朱く輝いた。
「さて、行きましょうか」
神功がそう言葉を落とすと、中庭から続く校舎の上を三人は見上げた。
-----------------
「はぁ……はぁ……」
「はぁぁぁ……巽、強いじゃん、これで一緒に遊べるな」
天夜は貯水槽の隙間へと身を隠す。
真っ向から勝負できるほどの武器も無ければ、能力の属性化も使えないため天夜は自分の体術に頼るしか無かった。
しかし致命傷を与える事はできず体力ばかりが削られて行く。
アラタは楽しげに長く息を吐く。
その言葉通り本当に遊んでいるといった様子で、幾つも炎の矢を浮かべると貯水槽に突き刺す。
大きく音を立てて穴から水が飛び出すと、圧力に耐えることができず穴が大きくなるように水が飛び出す。
それが炎に熱されあたりに水蒸気が立ち込めると、天夜は視界を奪われキョロキョロと辺りを見渡した。
ふと視界の端にアラタの影を捉えた巽は其方を向くが、後ろから背中に衝撃が走る。
「ハズレ!」
アラタの指は“水と土”が綴られていて光を屈折させ水蒸気の中に偽物の自分の像を作り上げ、本物をも屈折で隠していたのだ。
また姿を隠してしまうと巽は気配を探るが、吹き出る水と視界を塞ぐ水蒸気により聴覚が狂わされる。
「巽、楽しかった……ぜ?───ぐっ!!」
天夜の死角から喉元を狙うようにアラタが突っ込んでくるが、それよりも的確にアラタの横っ腹を蹴り込んで来たものが居る。
それは日当瀬であった。
「日当瀬……!動ける傷じゃ…」
「あ゙?こんな時に寝とけるわけねぇだろ、もう治った」
そう告げる日当瀬の足は震えており。
立っているのが精一杯と言うのが誰の目にも見て取れた。
パンっと両手を打ち鳴らすとそこを中心に風が巻き起こり水蒸気が霧散してしまう。
キラキラと日光に照らされてあたり一面を水滴が宝石のように舞う中、日当瀬はアラタを真っ直ぐに見つめた。
「千星さん。起きてください」
「……ッ、死に損ないが何のようだ」
「テメェに、話してねぇよ。まぁ、さっきも数値化してテメェと千星さんの数値がほぼ一緒なのが分かって焦ったけどよ…やっぱ違ェ、俺が尊敬している千星さんはテメェじゃねぇ」
ビシッとアラタを指差しながら日当瀬は言葉を言い切る。
なんの確証もない言葉だが日当瀬にはそれが全てであった。
その言葉がアラタを苛つかせた。グッと奥歯を噛みしめると先程と同様に火の文字を綴っていく。
「何もできねぇ奴が偉そうにすんなっ!!」
「やってみねぇと、わかんねぇだろ!!」
売り言葉に買い言葉と言わんばかりに日当瀬が吠える。
此方を追撃してくる火の矢を、球体をした風の塊で迎え撃つ。
アラタはまた大きく火が燃え上がるだけだと思ったが、その風は二酸化炭素の塊であったため炎を喰い沈下させた。
「同じ失敗する訳ねぇだろっ!猿じゃねぇんだからよ!!」
アラタが驚きに目を見開いた時、日当瀬は直ぐ目の前まで来ていた。
殴りかかるその手を上に飛び上がるようにして避けて、アラタの耳を両手で包み込む様に持ち、脳に直接訴えかけるように空気を振動させる。
「千星さん……起きてッ…くださいッ!!」
「はっ!うぜぇ!!」
「ぐっ…………ぁ゙あああっ!!」
日当瀬はそのままアラタの頭上を前宙する様に超えるが、体勢を立て直す前に背中を蹴りつけられ地面を転がる。
アラタはゆっくりと地面に伏せる日当瀬に近づいて行く。
その光景が瞳に映った瞬間、アラタの中のもう一人が目を覚ました。
那由多だ。
那由多は不思議な感覚だった。
目の前に大きなディスプレイがありテレビでも見ているような光景を見つめた。
その向こう側には干渉出来ない。
地に伏せる日当瀬にアラタがゆっくりと歩み寄る。
その光景がエイドスと対峙した時を彷彿させ、その後殺されそうになった映像までが那由多の脳内へと流れる。
そうすると那由多に思考が戻ってくる。
前回は神功が止めてくれたが、今彼は居ない。
自分が、アラタが彼を屋上から突き落としてしまったからだ。
那由多はディスプレイの様なものを激しく叩き鳴らした。
しかし歩みは止まらず、一歩、また一歩と日当瀬にアラタは近づいて行った。
『止めろッ…!』
そしてアラタは空中で火の字を綴ったが、その火は飛んでいくことはなくアラタのすぐ近くで爆発し、その様子に日当瀬だけではなくアラタも目を見張った。
「千星さん………?」
「……ちっ、起きやがったか。ま、またコイツを沈めてショックで寝かせてやるか…なっ!!」
再度アラタが“火”を綴る。しかし炎が形成される前にすぐ近くで大きな球体の水が出現し、火を飲み込む。
「うわ、やっばい!!属性化って…エネルギーめっちゃ使うジャン!」
呑気な声が空中に響き渡る。
大きな白い翼を羽ばたかせ、中庭から屋上の更に上空に九鬼は止まった。
アラタは九鬼を見るなり嫌そうに視線を眇めた。
「俺、アンタ嫌いなんだよね」
「奇遇だネ~ボクもアラタのことあんま好きじゃないカモ~」
「九鬼、喧嘩を吹っ掛けに来たんではありませんよ」
その声にアラタは目を見張った。
屋上に現れたのは三木を抱いた神功であったからだ。
屋上に着くなり三木を下ろし、神功は槍を構えた。
その体は傷一つ付いておらずアラタの両手に付いた血液を困惑気味に見つめた。
「不死身かよ……」
「いいえ。残念ながら一回死にました」
「……………は?」
「でも、生き返ってしまって……それでは先程の続きと行きましょうか」
アラタは初めて恐怖を感じた。
目の前にいる得体が知れない男に。
そして、頭上から此方を見つめてくる冷たい視線に。
アラタの顔が歪むが、先に動いたのは九鬼であった。
生えていた翼に触れて解体してしまうと、いくつもの鳥の羽がダーツのようになりアラタへ降り注ぐ。
アラタは“火と土”の文字を横に滑らせるように書いて炎の壁を形成する。
鳥の羽は一瞬にして燃え盛るが、次に炎の壁が無くなった瞬間、アラタの目前には九鬼居た。
目を瞠りながら既のところで後ろに飛んで避けるが、九鬼の拳は屋上へと撃ち込まれる。
音を立ててコンクリートを破壊し、下の階へとパラパラと石の欠片が落ちた。
いとも簡単にコンクリートを破壊してみせる容赦のない拳にアラタの背筋が寒くなる。
そして直ぐにその冷たい視線のままアラタへと拳を突き出すがアラタも“土”と刻むとその拳を包むように受ける。
九鬼は視線を千星自体から外すことなく真っ直ぐに見つめ、訴えかけるように言葉を綴る。
「ボク、君に負けたんだよネ~。アレは結構屈辱だったヨ」
「……ッ…だったら今日もう一回負けるんだぜっ!」
「え~、もう遠慮したいカナ♪好きな子の前ではイイトコ見せたいし」
九鬼はチラッと視線を神功へと向ける。
神功の表情は動く事なく二人を見詰めており、九鬼はまた流れるように鋭い視線を千星へと向け直した。
「それにボク言ったよネ、なゆゆに。使い方気をつけてあげてね?って」
九鬼の口角が上がる。
しかし視線は冷たいままなので笑っているのか笑っていないのか分からない表情であった。
どこか怒気を含むような感情をぶつけられアラタは恐怖した。
いや、アラタではなく中の那由多の感情が引き摺り出されるように恐怖を感じさせられた。
九鬼がそのまま拳を押し込むと土の壁が割れて、両腕で防御しているアラタにそのまま衝撃が走る。
その容赦ない攻撃に痛みを感じ、ぐらりと膝が崩れそうになった。
低姿勢のまま九鬼へ蹴りを繰り出すと、彼は躊躇なく足のスネで受け止め、その痛みすらも心地良いと言うかのように更に口角を歪めた。
アラタは自分よりも更に狂った感性の持ち主に不安が込み上げていく。
そして暫く至近距離による攻防戦が続くが、アラタの雷の攻撃を九鬼が殴るように破壊すると全身が激しく痙攣した。
「ッ─────たまには浴びる方も、いいネ、浴びさせるほうが好みだケド」
「……ッ……なんだよ、コイツ」
そしてバトンタッチと言わんばかりに地面に手を触れさせ、隆起させるとアラタを神功の元へと追いやる。
アラタは盛り上がった地面から飛び降りるようにしながら、先程と同様に雷が纏わった腕を神功へと突き出す。
同じ技の軌道を神功は覚えてしまうため少し動くだけで躱し、槍を電流に触れさせるようにして地面に刺し違うルートへと雷を導く。
完全に流れ去るとまた槍を引き抜く。
そのままゆったりとした流れで槍を操ると神功は守りに徹していた。
アラタは攻めあぐね、焦りがうまれる。
同様に中の那由多にも何も出来ない自分にもどかしさが生まれていく。
炎を纏った拳で神功に殴りかかるが、槍の柄で簡単に弾かれた。
そして小さく唇を動かす。
「……ッ!!」
「そろそろですかね……」
「な、なにが……ッ…」
アラタは恐怖を感じた。
いや、那由多が感じた感情を受け入れさせられた。
産まれて初めて感じた感情に戸惑い、得体の知れない思いに喉が引き攣る。
しかし、その気持ちを打ち消すように指が文字を綴ろうとしたが────動かなかった。
指先が震えて力が入らない。
「那由多くんは知ってますよね、僕の血液に毒性がある事は」
「……ッ!?」
「アラタくんはそこまで記憶を探れませんでしたか?」
そう告げられるとアラタは自分の両手を見詰めた。
真っ赤に染まった手は(裏)生徒会メンバーとの戦闘で小さな傷が沢山入っており、そこから神功の血液が侵入したため感覚が麻痺を起こしていた。
神功が千星へと近づく。
そして瞳を朱く揺らめかせて(裏)生徒会長ではなく、高校の授業中の姿である、黒い瞳でショートカットの優等生を演じている時の姿を千星へと見せていく。
「やめろ……やめろ、折角……折角」
「“このチラシを書いたのは君ですか?”」
神功は千星と出会った時に手に取った、部員募集と書かれた軽音部のチラシを幻術で作って千星へと見せる。
その言葉に千星那由多〈せんぼし なゆた〉 の思考が動く。
懐かしい響きに記憶が一気に遡る。
忘れもしない目を奪われるほどの美しい容姿に、自然と息を呑む。
(そうだ、これが俺と会長の出会い……)
「あ゙あ゙ぁあ!!クソッ…が!!やっと出てこれたのに、俺が、俺が那由多なんだぞ!!」
(違う、那由多は俺だ……!これは俺のだ!!)
「クソ……なんだよ、皆コイツが必要ないんだろ!だったら俺でもいいだろっ!俺に、俺の居場所をくれよっ」
(黙れ、俺は俺は……必要と、されてなくても……)
千星の中で葛藤が起こる。
アラタは苦しそうに頭を抱え、那由多はアラタの中からディスプレイ越しに神功を真っ直ぐに見詰めた。
千星の葛藤を他所に、神功は独り言のように言葉を綴っていく。
「那由多くんは覚えてないかもしれませんが、これが僕と君の出会いでした。
あの時はイデアに人員を増やせと急かされていたところで書記を探していたんです。そして、君に、いや君の字に出会った。あの字は素晴らしかった……一目惚れでしたね。
そして書いてるのが君だと知って、益々興味を持ちました」
「だ……まれ……もう、しゃべん……なっ!!」
(会長……俺………)
アラタが神功に向かって拳を突き出すが、神功はその威力を殺すように掌で柔らかく受ける。
アラタは酷い頭痛と吐き気に肩を上下させるが、それでも睨みつけるように神功を見上げる。
「嗚呼、この子がいいなって、千星那由多くんにしようって」
そんなアラタを他所に、フフッと抜くように神功は笑みを湛える。
そしてふらつく千星の胸元に掌を当てるとグググ…と力を掛けていく。
「すいません、僕が選んだのは那由多くんなんです。
僕には、書紀としての那由多くんが必要です。それに、巽くんも晴生くんも柚子由も九鬼も……イデアも皆、君ではなく那由多くんが必要なんです」
凛とした声が辺り一帯を震わせる。
アラタが神功を睨むが、それ以上に、(裏)生徒会メンバー全員の視線が千星に向けられていた。
アラタの胸元の神功の手が実体から抜ける。
そしてアラタ内部へと沈んでいくと、その手だけが那由多の見ているディスプレイから伸びてきた。
その手を中に居る那由多が掴むと、涙目の瞼を落として、“無”と言う一つの文字を綴った。
その瞬間アラタの表情が凍った。
そして悔しげに頭を抱えたまま叫び声を上げる。
「くそぉぉお!!俺は、俺は認めねぇからなッ…!また絶対でて………き………て」
「書紀になって下さい、那由多くん。君は(裏)生徒会に必要だ」
千星の中でディスプレイがひび割れていく。
那由多の意識が体とシンクロすると、ディスプレイではなく、直ぐ目の前に神功の姿が映った。
そして胸に置かれた手を両手で握り締める。
「会長ッ…!俺ッ…俺!!会長に選んでもらえたから、……選んでもらえてッ…!なのにッ…こんな……皆ごめんっ!!」
「───おかえりなさい、那由多くん」
必死に訴えるように話し始める那由多だが、足元がふらつきくらりと体が傾いた。
慌てて神功がすくいあげるように抱き止めると、その千星を取り囲むように天夜、晴生、三木が寄り添い、九鬼は視線だけを向ける。
心配そうに覗き込む一同に、先程までの真摯な表情とは打って変わって千星はヘラっと顔を崩すように笑みを浮かべた。
「皆ごめん、俺、どうかしてた……」
いつもの千星に戻った瞬間、天夜が「那由多ッ」日当瀬が「千星さんッ」と言いながら抱きつく。
三木は安堵し、微笑ましげにその様子を眺め、神功は邪魔にならないように一歩引き、九鬼と共に彼らを見守る。
その後、なぜアラタと呼ばれる青年が出てきたかは分からないまま、神功は政府に呼ばれその場を離れる。
そして、リミッターを解除し続けた結果おかしな事になったのであるとの仮説が立てられた。
納得できない事もあったがそれ以上の仮説を立てることが出来ず、千星の体に起きた出来事は幕を下ろすことになる。
end
0
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陸上での魚の選別や船や漁具の手入れなど、
多彩だ。
漁師の日常は毎日漁に出て魚介類を獲るのが主な業務だ。
漁獲とは海や川で魚介類を獲ること。
養殖の場合は魚介類を育ててから出荷する養殖業もある。
陸上作業の場合は獲った魚の選別、船や漁具の手入れを行うことだ。
漁業の種類と言われる仕事がある。
漁師の仕事だ。
仕事の内容は漁を行う場所や方法によって多様である。
沿岸漁業と言われる比較的に浜から近い漁場で行われ、日帰りが基本。
日本の漁師の多くがこの形態なのだ。
沖合(近海)漁業という仕事もある。
沿岸漁業よりも遠い漁場で行われる。
遠洋漁業は数ヶ月以上漁船で生活することになる。
内水面漁業というのは川や湖で行われる漁業のことだ。
漁師の働き方は、さまざま。
漁業の種類や狙う魚によって異なるのだ。
出漁時間は早朝や深夜に出漁し、市場が開くまでに港に戻り魚の選別を終えるという仕事が日常である。
休日でも釣りをしたり、漁具の手入れをしたりと、海を愛する男達が多い。
個人事業主になれば漁船や漁具を自分で用意し、漁業権などの資格も必要になってくる。
漁師には、豊富な知識と経験が必要だ。
専門知識は魚類の生態や漁場に関する知識、漁法の技術と言えるだろう。
資格は小型船舶操縦士免許、海上特殊無線技士免許、潜水士免許などの資格があれば役に立つ。
漁師の仕事は、自然を相手にする厳しさもあるが大きなやりがいがある。
食の提供は人々の毎日の食卓に新鮮な海の幸を届ける重要な役割を担っているのだ。
地域との連携も必要である。
沿岸漁業では地域社会との結びつきが強く、地元のイベントにも関わってくる。
この物語の主人公は極楽翔太。18歳。
翔太は来年4月から地元で漁師となり働くことが決まっている。
もう一人の主人公は木下英二。28歳。
地元で料理旅館を経営するオーナー。
翔太がアルバイトしている地元のガソリンスタンドで英二と偶然あったのだ。
この物語の始まりである。
この物語はフィクションです。
この物語に出てくる団体名や個人名など同じであってもまったく関係ありません。
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