駄々甘ママは、魔マ王さま。

清水裕

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第7話 勇者のママ、死す。

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「ヨ、シュア……、わたしは……もう、だめ……みたい」
「マ、マ……? うそ、だよね……? やだ、やだ、眠らないでよ! 起きて、起きてよママッ!」

 搾り出すようにして声を出すと思いの外掠れた声となっていて、ヨシュアは泣きながら私を揺する。
 今すぐに抱き締めて、元気だよ~って言ってあげたいけど、ここは我慢して……カハッと血のように赤い汁を吐く。
 当然、用意していた赤い実を搾ったジュースなので甘くて美味しい。だけど、喉が詰まらないように気をつけないとね。
 甘味に浮かびそうになる笑みを堪えていると、心優しくてママが大好きなヨシュアはビクッと震えて揺するの止めた。

「ッ! ご、ごめんなさい、ママ……!」
「い、いいのよ……ヨシュア。だけ……ど、ごめん、なさい……。もっとずっといっしょに、いよう……って思ってたのに」
「いるよっ! もっとずっと、ママと一緒に居るから、だから……!」
「それは、だめよ……。だって、ヨシュアは勇者になったのだから……魔王を倒しに行かないといけないわ……」
「ゆうしゃ……、勇者って何なの!? 何で僕がこんなことをしないといけないの!?」

 息絶え絶え、そんな感じに私は語りながらヨシュアを見る。もうすぐ死ぬ(ように見えている)私から離れたくない、そう言うように涙と鼻水を垂れ流しながら酷い顔をしていた。
 本当、こんな顔をさせるのは忍びないけど、仕方ないのよ。本当仕方ないの、劇的な再会をするためには……。
 だから私は涙を呑んで、ヨシュアのママをきちんと演じることにする。まあ、もう演技でも何でも無い、ただの息子可愛いっていう親馬鹿だったりするけれど。

「だめよ、ヨシュア……。ゆうしゃは、ひとびとのきぼう……なの。だから、ヨシュアは……ママから離れて、人の街へと向かいなさい……」
「い、いやだっ、だって……だって、ママが! 僕はママと一緒のほうが良い!!」
「だめ、よ……、あなたは――カフッ!」
「ママッ!?」

 ヤバイ、ちょっと赤い汁が肺に入りかけて本当に咽ちゃったわ。でも、お陰で良い感じに血を噴出したように見えるから良いわよね?
 あと、ヨシュアには旅支度をさせないといけないわね、さてと……上手く息絶え絶えに喋らないと。

「わたしは……あなたを拾ってから、ずっとしあわせだったわ……。でも、あなたは外に出ないといけないの……、私の部屋に、何時か旅立つ日に備えて……荷物が用意されているわ……そこに、地図もあるから……その場所を目指して――ゴフゴフッ」
「マ、ママーーーーッ!?」

 ……あ、やばいわ。この言い方だと最初から勇者になることが確定している風な言いかたじゃない。でも、ヨシュアは混乱しているから疑問に思わないわよね? ね?
 そう思いながら、再度ワザと咽る。
 それがママである私の最後だと思い、ヨシュアは悲鳴を上げる。
 ……これで、ヨシュアは旅立つだけ…………あ、でも火の元をきちんと消したかしら? ああ、それに……。

「ヨ、ヨシュア……で、出かける前に、旅立つまえに……ちゃんと、防犯はしっかりと……ゴフッ!」
「ママァ~~~~!!?」

 これでオッケーよね。……ああ、そう言えば、旅立った時にお金は大丈夫かしら?
 ヨシュアは勇者だけど、人間の国だと仲間をお金で雇ったりする可能性もあるし……回復アイテムだって買わないと行けないわよね?

「ヨ、シュア……、たぶん、これが最後よ……。へ、へそくりが……へやのたんすのおくにあるから……、持っていってちょうだい……。ああ、めのまえがしろく……がくっ」
「マ――、ママ~~~~~~っ!!」

 多分これで良いはず。そう思いながら、今度こそ私は死んだように見せかける。
 もう一度行ったらコントになってしまうわよね? え、既にコントの天丼? 良く分からないわ。
 目を閉じた私の姿に完全に動かないと理解したヨシュアは泣きながら私に縋りつく。

 ――うわ、これは相手が混乱していなかったら冗談だって思うぐらいの演技じゃな……。

 何かそんな感じの呆れた声が聞こえるけれど、空耳にしておくわ。
 それに文句はあとで言うつもりだからね?
 そう思いながら、自らの体温を少しずつ下げて行き……暫くすると、泣いていたヨシュアはシャクリを上げながらも私から離れて……立ち上がる。
 その目は何かを決意したように見える。というよりも決意したのね?

「ぐすっ、ママ……僕、行くよ……。ママが言ったように、魔王を倒すから……!」

 服の袖で涙を拭い、ヨシュアは私の部屋へと向かうために歩いて行く。
 そして、半刻ほど時間が過ぎてヨシュアは再び私の元へと戻ってきた。その姿は今まで過ごしていた麻で作られたシャツとパンツという姿ではなく、私が用意していたこの日のための服装だった。
 柔らかく、動き易い、だけど硬い。を貫いた至高の逸品。
 その姿は予想通りヨシュアに似合っており、腰に差した鋼で作られた剣も良いアクセントとなっている。
 良くやったわ私、でかしたわ私! そう思っていると、ヨシュアは私の首と膝裏に手を回し始める。
 もしかして抱き上げるのかしら? だったら、体重を軽くしておかないと! ママは重いって思われちゃ嫌だもの!!

「このままママを置いてくなんて、やっぱり僕には出来ない……。だから、だからお墓を作るから待ってて、ママ」

 そう言うとヨシュアはゆっくりと私の体を持ち上げる。本当は幼いヨシュアには手足をプルプルさせるような重さかも知れないけれど、今の私は重量を軽減させている。だから、羽根のような軽さよ!!

「かるい……、ママ。こんなに軽くなっちゃったんだ…………ぐすっ」

 そうよ、ヨシュア。死んだら普通重くなるけど、ママは神さまのように軽いのよ? だから、優しくお姫様抱っこをして外に連れていってね?
 私の軽さに涙を流し始めるヨシュアに、私は心でそう告げる。
 そしてヨシュアは私を外へと連れ出し、優しく土の上へと置くとすぐに家の庭で穴を掘り始めた。
 一心不乱の掘っているらしく、1メートルほどの深さを掘りおえると私を優しくその穴の中へと入れた。
 ……これは出るのが大変そうねぇ。
 そう思いつつ、ヨシュアの声に耳を澄ませていると、泣きながら「ママ、ママァ……」と私を呼ぶ声が聞こえた。
 ここは我慢、ここは我慢よ。そう自分に言い聞かせながら、土を被されていくのを待っていた。

 そして、私の墓が出来上がるとヨシュアは「ママ、行って来ます……!」と言ってこの場を後にしたわ。
 こうして、私とヨシュアの家族生活は終わりを告げて、私は魔王……いえ、魔マ王としてヨシュアの旅を見守る日々が始まったわ。
 …………まあ、その前に土の中から出ないといけないわよね。
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