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夜の遊園地-7
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二人は広場の中心に居た。大勢の人々が二人の周りを通り過ぎていく。
みんな笑顔だ。
小さく光る電球が電線に連なって真っ暗な夜空に張り巡らされ、本物の星のようにキラキラと輝いていた。
大勢の人々の向こうには、軽やかなクラッシックを流しながら回るメリーゴーランド。子供や大人を乗せた白馬や馬車が上下に動きながら走り去り、また帰ってくる。
カーンと鐘の音が響く。
男の大きな声に続いて大量の水しぶきの音。人々の愉快な笑い声がそれに続く。
見るとずぶ濡れになった大柄の男が椅子に座っていた。
椅子の上には大きなバケツが下を向いていて、そのバケツから水が水滴となって滴り落ちていた。
どうやらハンマーゴングが成功したらしい。ずぶ濡れの大柄な男は立ち上がると体をぶるぶると激しく回転させる。男の体から水しぶきが飛び、それを避けようと周りの人々が悲鳴を上げながら逃げていた。
赤白のツートンに分けられた玉ねぎの様なテントの頭が、人々の向こうに見えるかと思えば、西部劇に出てきそうな三角屋根の木造建築も見える。
レンガ造りの二階建てのビルの入口には、ピンク色のネオンサインが妖しい光を放っていた。
徹也と夏希は突然の場面転換に一歩も動かずに呆然と立ち尽くしていた。
覚えはないが二人は並んで立っていて、これも覚えはないがお互いに強く手を握り合っていた。
――夜の遊園地
夏希は思わず呟く。
――うん、遊園地だ
徹也も呟いた。
遊園地の中で動いていないのは、建物と徹也と夏希だけだった。
色とりどりの服を着た人々が、それこそ世界中の民族衣装を着た人々が、この遊園地に集まったのでは無いかと思えるほど、多彩な衣装を着た人々が歩いていた。
中には振袖に似た服を着た女性がいたが、見慣れている振袖とは少し違っていた。
服だけではない。服を纏っている人々も肌の色、髪の毛の色、瞳の色、北方系、南方系、東洋系、ありとあらゆる地域の人々がそこにいた。
どん、と徹也は足に何かがぶつかる軽い衝撃を受けた。
そして目の前を黄色い風船がゆっくりと上昇していく。
徹也は思わず反射的に空に舞い上がっていく風船の紐を掴んだ。
下を見ると三歳くらいの男の子が地面に尻もちをついていた。くりっとした目できょとんとした表情が愛おしい。
「坊や大丈夫?」夏希がしゃがんで男の子を抱き起こそうとした。
その時、夏希は自分の体の変化に気付いた。信じられない事が起きていたのを実感した。
だが不思議と落ち着いていた。もしかしたらこの摩訶不思議な出来事がなぜ起きたか分かった気がした。
「夏希?」
急に動きの止まった徹也が声を掛けてきた。だがまだ夏希は動かなかった。
夏希がその閃きに心を奪われていると、男の子は自分で立ち上がり、あーあーっと徹也が持っている黄色い風船を指さし、ぴょんぴょんと軽くジャンプした。
「え?ああ」
徹也は事情を察し、腰を屈めると風船を男の子に差し出した。
男の子は少しおどおどしながら徹也から風船の紐を受け取った。
聞きなれない言葉が聞こえた。男の子は後ろを振り向く。
立派な口髭をたたえた、銀髪で長身の男性が近づいてきて男の子を抱き上げた。男性は男の子のほっぺにキスをすると、一言男の子に何か囁いた。
男の子は首を大きく振りながら、男性の首に細い腕を回してしがみついた。
そして男性は二人を見ると、本当に柔らかな表情で話しかけてきたが、二人は全く意味が分からなかった。
「徹ちゃん、何言ってるか分かる?」
「分かる訳ないだろ」
英語でもフランス語でもロシア語でもない。それだけは分かっていた。
徹也は戸惑ったが、恐らく息子がぶつかってしまったお詫びと、風船をキャッチしたお礼を言っているものだろうと推察し、ぎこちない笑顔で胸の所で手をふり、恐らく世界共通のジェスチャーの「どういたしまして」をした。
口髭の男性はにこりと微笑むと、ぺこりと頭を下げ、来た方向に帰っていった。
抱かれていた男の子は恥ずかしそうに徹也に向かって小さく手を振っていた。
ふぅーっと二人同時にため息をつく。そして少し落ち着きを取り戻し、周辺を改めて見渡した。
色彩豊かな雑踏に気を取られていたが、耳に入ってくる人々の声はやはり日本語ではなかった。
聞きなれない異国の言葉は幾層にも重なり、声のさざ波となって二人の耳に届く。
それはどこか郷愁を帯びている異国の音楽に似て心地よかった。
「徹ちゃん・・・凄いね」
夏希は少し鳥肌が立っていた。自分が夢なのか現実なのか分からない場所に立っている。
そんな不思議な体験を人生の中で出来るとは思ってもいなかった。
「うん・・・前と全く一緒だ」
「前もこんなに人が沢山居たんだ・・・」
「段々思い出してきたよ。ここですっごく遊んだよ。親父は仕事忙しくて俺と遊ぶ時間なんてなかったからここぞとばかりに親父と一杯遊んだ」
「へぇそうなんだ」
夏希は自分の子供時代を思い出した。夏希の家庭も徹也と似ていた。
父は仕事人間で母も働いていたから、家族揃ってどこかに遊びに行く事は少なかった。逆にたまに行く家族でのお出かけや遊園地での思い出は今でも鮮明に思い出せる。
子供にとっては親と遊べる場所や時間は、そこが夢の中でも物理法則を無視した異空間でも関係ないのだ。
それが子供という貴重な才能の一つだと夏希は思った。
みんな笑顔だ。
小さく光る電球が電線に連なって真っ暗な夜空に張り巡らされ、本物の星のようにキラキラと輝いていた。
大勢の人々の向こうには、軽やかなクラッシックを流しながら回るメリーゴーランド。子供や大人を乗せた白馬や馬車が上下に動きながら走り去り、また帰ってくる。
カーンと鐘の音が響く。
男の大きな声に続いて大量の水しぶきの音。人々の愉快な笑い声がそれに続く。
見るとずぶ濡れになった大柄の男が椅子に座っていた。
椅子の上には大きなバケツが下を向いていて、そのバケツから水が水滴となって滴り落ちていた。
どうやらハンマーゴングが成功したらしい。ずぶ濡れの大柄な男は立ち上がると体をぶるぶると激しく回転させる。男の体から水しぶきが飛び、それを避けようと周りの人々が悲鳴を上げながら逃げていた。
赤白のツートンに分けられた玉ねぎの様なテントの頭が、人々の向こうに見えるかと思えば、西部劇に出てきそうな三角屋根の木造建築も見える。
レンガ造りの二階建てのビルの入口には、ピンク色のネオンサインが妖しい光を放っていた。
徹也と夏希は突然の場面転換に一歩も動かずに呆然と立ち尽くしていた。
覚えはないが二人は並んで立っていて、これも覚えはないがお互いに強く手を握り合っていた。
――夜の遊園地
夏希は思わず呟く。
――うん、遊園地だ
徹也も呟いた。
遊園地の中で動いていないのは、建物と徹也と夏希だけだった。
色とりどりの服を着た人々が、それこそ世界中の民族衣装を着た人々が、この遊園地に集まったのでは無いかと思えるほど、多彩な衣装を着た人々が歩いていた。
中には振袖に似た服を着た女性がいたが、見慣れている振袖とは少し違っていた。
服だけではない。服を纏っている人々も肌の色、髪の毛の色、瞳の色、北方系、南方系、東洋系、ありとあらゆる地域の人々がそこにいた。
どん、と徹也は足に何かがぶつかる軽い衝撃を受けた。
そして目の前を黄色い風船がゆっくりと上昇していく。
徹也は思わず反射的に空に舞い上がっていく風船の紐を掴んだ。
下を見ると三歳くらいの男の子が地面に尻もちをついていた。くりっとした目できょとんとした表情が愛おしい。
「坊や大丈夫?」夏希がしゃがんで男の子を抱き起こそうとした。
その時、夏希は自分の体の変化に気付いた。信じられない事が起きていたのを実感した。
だが不思議と落ち着いていた。もしかしたらこの摩訶不思議な出来事がなぜ起きたか分かった気がした。
「夏希?」
急に動きの止まった徹也が声を掛けてきた。だがまだ夏希は動かなかった。
夏希がその閃きに心を奪われていると、男の子は自分で立ち上がり、あーあーっと徹也が持っている黄色い風船を指さし、ぴょんぴょんと軽くジャンプした。
「え?ああ」
徹也は事情を察し、腰を屈めると風船を男の子に差し出した。
男の子は少しおどおどしながら徹也から風船の紐を受け取った。
聞きなれない言葉が聞こえた。男の子は後ろを振り向く。
立派な口髭をたたえた、銀髪で長身の男性が近づいてきて男の子を抱き上げた。男性は男の子のほっぺにキスをすると、一言男の子に何か囁いた。
男の子は首を大きく振りながら、男性の首に細い腕を回してしがみついた。
そして男性は二人を見ると、本当に柔らかな表情で話しかけてきたが、二人は全く意味が分からなかった。
「徹ちゃん、何言ってるか分かる?」
「分かる訳ないだろ」
英語でもフランス語でもロシア語でもない。それだけは分かっていた。
徹也は戸惑ったが、恐らく息子がぶつかってしまったお詫びと、風船をキャッチしたお礼を言っているものだろうと推察し、ぎこちない笑顔で胸の所で手をふり、恐らく世界共通のジェスチャーの「どういたしまして」をした。
口髭の男性はにこりと微笑むと、ぺこりと頭を下げ、来た方向に帰っていった。
抱かれていた男の子は恥ずかしそうに徹也に向かって小さく手を振っていた。
ふぅーっと二人同時にため息をつく。そして少し落ち着きを取り戻し、周辺を改めて見渡した。
色彩豊かな雑踏に気を取られていたが、耳に入ってくる人々の声はやはり日本語ではなかった。
聞きなれない異国の言葉は幾層にも重なり、声のさざ波となって二人の耳に届く。
それはどこか郷愁を帯びている異国の音楽に似て心地よかった。
「徹ちゃん・・・凄いね」
夏希は少し鳥肌が立っていた。自分が夢なのか現実なのか分からない場所に立っている。
そんな不思議な体験を人生の中で出来るとは思ってもいなかった。
「うん・・・前と全く一緒だ」
「前もこんなに人が沢山居たんだ・・・」
「段々思い出してきたよ。ここですっごく遊んだよ。親父は仕事忙しくて俺と遊ぶ時間なんてなかったからここぞとばかりに親父と一杯遊んだ」
「へぇそうなんだ」
夏希は自分の子供時代を思い出した。夏希の家庭も徹也と似ていた。
父は仕事人間で母も働いていたから、家族揃ってどこかに遊びに行く事は少なかった。逆にたまに行く家族でのお出かけや遊園地での思い出は今でも鮮明に思い出せる。
子供にとっては親と遊べる場所や時間は、そこが夢の中でも物理法則を無視した異空間でも関係ないのだ。
それが子供という貴重な才能の一つだと夏希は思った。
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