15 / 41
15王の出立
しおりを挟む
翌朝目を覚ますと、王宮内が騒がしかった。
身支度を整えたところに、国王陛下がお呼びです、と伝令が来る。何か起きたんだわ。
執務室に入ると、リチャード様が出迎えてくださった。いつもなら秘書官の方が控えているけれど、今朝はお一人だ。
「グレイス。わざわざすまない。しばらく留守にすることになってね」
陛下が王宮を離れる・・・よほどのことだわ。
「何があったのですか?」
「アルザス族から報せが届いたんだ。東の遊牧民ムン族の侵攻を受けていると。盟約に従い、僕が兵を率いて救援に向かう」
「アルザス族・・・東国境に接する山岳地帯に、古くから住む民族。我が国建国以来の盟友ですわね」
初代国王によるロザーヌ王国建国に、アルザス族は多大なる貢献をしたという。
以来、対等の盟友として代々親交を深めて来たし、東の国境が安定しているのも、彼らの協力があればこそだ。
「そうだ。有事には国王自身が駆け付ける、いついかなるときも。それが彼らとの盟約なんだ」
そのあとリチャード様はいったん言葉を切り、少し間を置いてから口を開いた。
「それでね、報せにはこうもあった。来訪中のクォーツ公爵夫妻ならびにその長子グレモント卿が、混乱に巻き込まれて行方不明だと」
「えっ?!両親と兄が?!」
私は驚いたけれど、アルザス族の住む国境の山岳地帯は、クォーツ公爵家の領地と接している。
両親や兄上は、数年おきにアルザス族を訪ねて親交を深めているから、ありえないことではない。
「心配しないで。僕は今日にも軍を率いて発つ。必ずご両親と兄上を、無事に連れ帰るから」
リチャード様は、安心させるように微笑んだ。
優しさが心に刺さる。国王として、兵士の命を背負って前線に向かうという時に、私の心配をしてくださるなんて。
だけど。
「いいえ、陛下。両親も兄も公爵家の者ですもの。常日頃から覚悟しておりますわ。どうぞ、民と兵士たちの命を最優先に」
貴族たる者、民の盾となり剣となること。それができなければ貴族を名乗る資格はない。それが父上の、我がクォーツ家の信念だもの。
「・・・わかった。だけど僕は、民も君の家族も優先したいんだ。だからどちらにも全力を尽くすよ。いいね?」
「・・・はい。ありがとうございます」
「うん。ところで」
「はい?」
「しばらく逢えないからね・・・」
机越しに会話していたリチャード様が、机を回り込んで近づいて来た・・・と思うと、突然腰を引き寄せられ、キスされた。
「君を刻みこんでおきたい、心にも身体にも」
キスが激しくなる。
「リ、リチャードさまっ・・・んんっ!」
リチャード様は唇を離すと、優しく額にキスして囁いた。
「続きは帰ってからね。覚悟しておいて」
それから数時間後、リチャード様は軍隊を率い、東の国境地帯へと出立した。私はお子様方と一緒に王宮から見送る。
リチャード様は皇太子時代から、何度となく戦場に立たれている。私も子供の頃から、陛下の出立を祈るような気持ちで見送ったものだ。そのたびに敵を蹴散らして帰還された。だからきっと、今回も大丈夫。
王都の沿道は、陛下を慕う民たちで埋め尽くされていた。
「陛下、ムン族はなぜ今、侵攻してきたのでしょう」
参謀長が問いかける。
王都を出て数日後。リチャード率いるアルザス族救援隊は、目的地近くの森で夜営していた。
「そうだね・・・今年は特に飢饉とは聞かないしね。しかもムン族は草原の民だ。山岳戦は不得手なのに」
「たしかに」
何かある、とはリチャードも参謀長も思っている。が、今のところ判断するだけの情報がないし、アルザス族が侵攻を受けているのは事実だ。まずは救援に向かう他ない。
「不得手とは言っても、ムン族は獰猛にして残忍な民族だ。油断は禁物だよ」
ムン族は、降伏しない敵は容赦なく殺戮し、奪い犯しつくす。そして戦闘においては、とにかく勇猛で引くことを知らぬ。無敵の民族と言われ、恐れられている。
「そうですね。特にあのムン族の強弓、月飛弓。あの威力は驚異的です。崖上から狙われたらやっかいですな」
月飛弓とはムン族独自の弓で、ムン族の居住域で採れる月飛石を矢尻に用いてあることからそう呼ばれる。遠くから放っても鎧兜を貫通するほど強力なものだ。それが頭上から降り注ぐとなると、かなりの脅威と言える。
他に二、三点話し合ってから、リチャードは天幕を出た。頭上には十四夜の月がかかっている。
きれいな月だな・・・とリチャードは思った。できるならこのまま持ち帰って、グレイスと子供たちとともに見たいものだ、と。
「待っていて。早く片付けて帰るから」
帰ったら花火でも上げるか。
王都には露天が並び、見物の民で潤うだろう。お忍びで出かけるのもいいな。子どもたちと一緒になってはしゃぐグレイスを想像して、思わず顔が緩むリチャードだった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
読んでくださってありがとうございます!
気に入っていただけたら、お気に入り登録や栞を挟んでくださるとうれしいです。とても励みになります。
身支度を整えたところに、国王陛下がお呼びです、と伝令が来る。何か起きたんだわ。
執務室に入ると、リチャード様が出迎えてくださった。いつもなら秘書官の方が控えているけれど、今朝はお一人だ。
「グレイス。わざわざすまない。しばらく留守にすることになってね」
陛下が王宮を離れる・・・よほどのことだわ。
「何があったのですか?」
「アルザス族から報せが届いたんだ。東の遊牧民ムン族の侵攻を受けていると。盟約に従い、僕が兵を率いて救援に向かう」
「アルザス族・・・東国境に接する山岳地帯に、古くから住む民族。我が国建国以来の盟友ですわね」
初代国王によるロザーヌ王国建国に、アルザス族は多大なる貢献をしたという。
以来、対等の盟友として代々親交を深めて来たし、東の国境が安定しているのも、彼らの協力があればこそだ。
「そうだ。有事には国王自身が駆け付ける、いついかなるときも。それが彼らとの盟約なんだ」
そのあとリチャード様はいったん言葉を切り、少し間を置いてから口を開いた。
「それでね、報せにはこうもあった。来訪中のクォーツ公爵夫妻ならびにその長子グレモント卿が、混乱に巻き込まれて行方不明だと」
「えっ?!両親と兄が?!」
私は驚いたけれど、アルザス族の住む国境の山岳地帯は、クォーツ公爵家の領地と接している。
両親や兄上は、数年おきにアルザス族を訪ねて親交を深めているから、ありえないことではない。
「心配しないで。僕は今日にも軍を率いて発つ。必ずご両親と兄上を、無事に連れ帰るから」
リチャード様は、安心させるように微笑んだ。
優しさが心に刺さる。国王として、兵士の命を背負って前線に向かうという時に、私の心配をしてくださるなんて。
だけど。
「いいえ、陛下。両親も兄も公爵家の者ですもの。常日頃から覚悟しておりますわ。どうぞ、民と兵士たちの命を最優先に」
貴族たる者、民の盾となり剣となること。それができなければ貴族を名乗る資格はない。それが父上の、我がクォーツ家の信念だもの。
「・・・わかった。だけど僕は、民も君の家族も優先したいんだ。だからどちらにも全力を尽くすよ。いいね?」
「・・・はい。ありがとうございます」
「うん。ところで」
「はい?」
「しばらく逢えないからね・・・」
机越しに会話していたリチャード様が、机を回り込んで近づいて来た・・・と思うと、突然腰を引き寄せられ、キスされた。
「君を刻みこんでおきたい、心にも身体にも」
キスが激しくなる。
「リ、リチャードさまっ・・・んんっ!」
リチャード様は唇を離すと、優しく額にキスして囁いた。
「続きは帰ってからね。覚悟しておいて」
それから数時間後、リチャード様は軍隊を率い、東の国境地帯へと出立した。私はお子様方と一緒に王宮から見送る。
リチャード様は皇太子時代から、何度となく戦場に立たれている。私も子供の頃から、陛下の出立を祈るような気持ちで見送ったものだ。そのたびに敵を蹴散らして帰還された。だからきっと、今回も大丈夫。
王都の沿道は、陛下を慕う民たちで埋め尽くされていた。
「陛下、ムン族はなぜ今、侵攻してきたのでしょう」
参謀長が問いかける。
王都を出て数日後。リチャード率いるアルザス族救援隊は、目的地近くの森で夜営していた。
「そうだね・・・今年は特に飢饉とは聞かないしね。しかもムン族は草原の民だ。山岳戦は不得手なのに」
「たしかに」
何かある、とはリチャードも参謀長も思っている。が、今のところ判断するだけの情報がないし、アルザス族が侵攻を受けているのは事実だ。まずは救援に向かう他ない。
「不得手とは言っても、ムン族は獰猛にして残忍な民族だ。油断は禁物だよ」
ムン族は、降伏しない敵は容赦なく殺戮し、奪い犯しつくす。そして戦闘においては、とにかく勇猛で引くことを知らぬ。無敵の民族と言われ、恐れられている。
「そうですね。特にあのムン族の強弓、月飛弓。あの威力は驚異的です。崖上から狙われたらやっかいですな」
月飛弓とはムン族独自の弓で、ムン族の居住域で採れる月飛石を矢尻に用いてあることからそう呼ばれる。遠くから放っても鎧兜を貫通するほど強力なものだ。それが頭上から降り注ぐとなると、かなりの脅威と言える。
他に二、三点話し合ってから、リチャードは天幕を出た。頭上には十四夜の月がかかっている。
きれいな月だな・・・とリチャードは思った。できるならこのまま持ち帰って、グレイスと子供たちとともに見たいものだ、と。
「待っていて。早く片付けて帰るから」
帰ったら花火でも上げるか。
王都には露天が並び、見物の民で潤うだろう。お忍びで出かけるのもいいな。子どもたちと一緒になってはしゃぐグレイスを想像して、思わず顔が緩むリチャードだった。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
読んでくださってありがとうございます!
気に入っていただけたら、お気に入り登録や栞を挟んでくださるとうれしいです。とても励みになります。
36
あなたにおすすめの小説
【R18】愛され総受け女王は、20歳の誕生日に夫である美麗な年下国王に甘く淫らにお祝いされる
奏音 美都
恋愛
シャルール公国のプリンセス、アンジェリーナの公務の際に出会い、恋に落ちたソノワール公爵であったルノー。
両親を船の沈没事故で失い、突如女王として戴冠することになった間も、彼女を支え続けた。
それから幾つもの困難を乗り越え、ルノーはアンジェリーナと婚姻を結び、単なる女王の夫、王配ではなく、自らも執政に取り組む国王として戴冠した。
夫婦となって初めて迎えるアンジェリーナの誕生日。ルノーは彼女を喜ばせようと、画策する。
側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、孤独な陛下を癒したら、執着されて離してくれません!
花瀬ゆらぎ
恋愛
「おまえには、国王陛下の側妃になってもらう」
婚約者と親友に裏切られ、傷心の伯爵令嬢イリア。
追い打ちをかけるように父から命じられたのは、若き国王フェイランの側妃になることだった。
しかし、王宮で待っていたのは、「世継ぎを産んだら離縁」という非情な条件。
夫となったフェイランは冷たく、侍女からは蔑まれ、王妃からは「用が済んだら去れ」と突き放される。
けれど、イリアは知ってしまう。 彼が兄の死と誤解に苦しみ、誰よりも孤独の中にいることを──。
「私は、陛下の幸せを願っております。だから……離縁してください」
フェイランを想い、身を引こうとしたイリア。
しかし、無関心だったはずの陛下が、イリアを強く抱きしめて……!?
「離縁する気か? 許さない。私の心を乱しておいて、逃げられると思うな」
凍てついた王の心を溶かしたのは、売られた側妃の純真な愛。
孤独な陛下に執着され、正妃へと昇り詰める逆転ラブロマンス!
※ 以下のタイトルにて、ベリーズカフェでも公開中。
【側妃の条件は「子を産んだら離縁」でしたが、陛下は私を離してくれません】
【完結】旦那様、溺愛するのは程々にお願いします♥️仮面の令嬢が辺境伯に嫁いで、幸せになるまで
春野オカリナ
恋愛
母が亡くなる前、「これは幸せを運ぶ仮面だから」と言って、仮面を付けられた。
母が亡くなると直ぐに父は、愛人と子供を家に引き入れた。
新しい義母と義妹は私から全てを奪い婚約者も奪った。
義妹の嫁ぎ先の辺境伯爵に嫁いだら、知らない間に旦那様に溺愛されていた。
冷遇された妻は愛を求める
チカフジ ユキ
恋愛
結婚三年、子供ができないという理由で夫ヘンリーがずっと身体の関係を持っていた女性マリアを連れてきた。
そして、今後は彼女をこの邸宅の女主として仕えよと使用人に命じる。
正妻のアリーシアは離れに追い出され、冷遇される日々。
離婚したくても、金づるであるアリーシアをそう簡単には手放してはくれなかった。
しかし、そんな日々もある日突然終わりが来る。
それは父親の死から始まった。
愛されないはずの契約花嫁は、なぜか今宵も溺愛されています!
香取鞠里
恋愛
マリアは子爵家の長女。
ある日、父親から
「すまないが、二人のどちらかにウインド公爵家に嫁いでもらう必要がある」
と告げられる。
伯爵家でありながら家は貧しく、父親が事業に失敗してしまった。
その借金返済をウインド公爵家に伯爵家の借金返済を肩代わりしてもらったことから、
伯爵家の姉妹のうちどちらかを公爵家の一人息子、ライアンの嫁にほしいと要求されたのだそうだ。
親に溺愛されるワガママな妹、デイジーが心底嫌がったことから、姉のマリアは必然的に自分が嫁ぐことに決まってしまう。
ライアンは、冷酷と噂されている。
さらには、借金返済の肩代わりをしてもらったことから決まった契約結婚だ。
決して愛されることはないと思っていたのに、なぜか溺愛されて──!?
そして、ライアンのマリアへの待遇が羨ましくなった妹のデイジーがライアンに突如アプローチをはじめて──!?
完)嫁いだつもりでしたがメイドに間違われています
オリハルコン陸
恋愛
嫁いだはずなのに、格好のせいか本気でメイドと勘違いされた貧乏令嬢。そのままうっかりメイドとして馴染んで、その生活を楽しみ始めてしまいます。
◇◇◇◇◇◇◇
「オマケのようでオマケじゃない〜」では、本編の小話や後日談というかたちでまだ語られてない部分を補完しています。
14回恋愛大賞奨励賞受賞しました!
これも読んでくださったり投票してくださった皆様のおかげです。
ありがとうございました!
ざっくりと見直し終わりました。完璧じゃないけど、とりあえずこれで。
この後本格的に手直し予定。(多分時間がかかります)
【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される
奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。
けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。
そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。
2人の出会いを描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630
2人の誓約の儀を描いた作品はこちら
「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」
https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041
婚約解消されたら隣にいた男に攫われて、強請るまで抱かれたんですけど?〜暴君の暴君が暴君過ぎた話〜
紬あおい
恋愛
婚約解消された瞬間「俺が貰う」と連れ去られ、もっとしてと強請るまで抱き潰されたお話。
連れ去った強引な男は、実は一途で高貴な人だった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる