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25はつ恋の思い出
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リチャード様は隣で、すやすや寝息をたてている。お疲れなんだわ、無理もない。強行軍で異民族を討伐に行ったと思ったら、取って返して私を救いに来てくださったのだもの。
この方とこんなふうに過ごすことになるなんて、今でも不思議というか、信じられない気分だ。私は寝顔を見ながら、遥か昔のことを思い出していた。
その日、5歳の私は、家族に連れられて、初めて王宮に来ていた。新しい王さまの即位式に出席するためだ。
新しい王さまも王妃さまも、とてもお若くて美しい方だよと、いつもお父さまがおっしゃっている。うつくしいって、どのくらいかしら?お父さまが誕生日にくださった、白い馬よりうつくしいかしら?
離れたらダメだよ、と6つ年上のお兄さまが手を引いてくださるけれど、正直ひとりで歩きたかった。わたしはもう5歳よ?お兄さまったらカホゴなんだから。
王宮にある神殿の前庭で式が始まるのを待っていると、他の参列者の方がいらして、お父さまお母さまと大人の会話が始まった。お兄さまも輪に入ってる。
わたしは挨拶して待っていたけれど、だんだんつまらなくなってきた。そうだ、探検しちゃおう!
ちょっとだけ離れて、側にあった建物の裏に回ってみた。きれいな野花を見つけて近寄ろうとしたら、向こうの角からイヤな子が歩いてくるのが見えた。
「なんだおまえ、もう迷子か?とりすましてるくせに、おちつきのないおんなだな」
シモンズ家のロイドだわ。会いたくない子に会っちゃった。2つ年上なんだけど、会うたびに小馬鹿にしたような顔して、イヤなことばかり言うの。ロイドのお父さまお母さまは、よい方なのに。
「ま、まいごじゃないわ。ちょっとおさんぽしてるだけよ」
わたしも負けないように言い返す。こんなのに押し負けたら、クォーツ家の恥だわ。
「なんだと?!格下のくせに!」
カッとなったロイドに突き飛ばされて、尻もちをつきそうになった。やだ、どうしよう!ドレスがよごれちゃう。今日のためにお母さまがえらんでくださったドレスなのに!
もう地面についちゃう!と思った瞬間、後ろから誰かの手に受け止められた。
「おっと、危なかった。ダメじゃないか、年下の女の子を突き飛ばすなんて」
若い、優しそうな男の人の声だった。
「な、なんだお前、じゃまをするな!そのおんなはナマイキだから、オレがきょういくしてやってるんだ!」
ずいぶん年上の人みたいだけど、ロイドはかまわずわめき散らす。たまに顔を合わせるとき、いつも使用人を怒鳴り散らしているものね。ほっんとイヤな子!
「君はシモンズ家のロイドだね。女の子には優しくするものだよ。伯母上に習わなかったのかい?」
「お、おばうえだと?おまえいったい・・・あっ?!?!?!」
突然ロイドの顔色が変わって、あわあわと震え出す。そして二、三歩後退りしたかと思うと、一目散に逃げていった。
いったいどうしたのかしら?まあ、これ以上関わりたくないからよかったけど。
「おやおや。まったく仕方ないな」
その人はそう言いながら、わたしを起こして向き直らせると、服の埃を払ってくれた。顔は太陽の逆光でよく見えないけれど、背がたかいひとみたい。
「大丈夫かい?お嬢ちゃん」
お嬢ちゃん、という言葉にカチンときた。失礼しちゃうわ、わたしはもう5歳なのよ?
「あなた、たすけていただいたおれいはもうしあげますけど、しつれいですわ!わたしはりっぱなレディですのよ」
つん、とその人を見上げて言った。
「おっと、そうだね。これは失礼」
その人は笑って言うと、わたしの前にひざまずいた。風に揺れる茶色の髪が柔らかそうで、緑の瞳がとてもきれいだと気づく。
「お怪我はありませんか?レディ。もしよろしければ、あなたをご家族のところまでお送りしたいのですが」
「・・・!」
優しくほほえんだその人がとてもうつくしくて、わたしは何も言えなくなった。今まで見たものの中でいちばんきれい・・・。宝箱にしまった宝石より、野生の馬よりきれい・・・。
そのとき、建物の向こうから、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。あっ、お兄さまだわ!
「お迎えがきたね。さあ、お行き」
その人は優しく送り出してくれた。
お兄さまが駆け寄ってきたあと、もう一度ちゃんとお礼を言おうと思って振り返ったけど、もうその人の姿はなかった。
あれは、だれ?あのうつくしい人は。もしかして、古代の森に住むという精霊の化身かしら?
その人がだれだったのか、そのあとすぐにわかった。お父さまがあんなに自慢していた、あたらしい王さまだったのだ。
即位式のその人は、とても堂々としていて、輝いていて、それはそれはうつくしかった。お隣に立つ王妃さまも、銀の髪が陽に透けて、夜空の星みたいにきれいだった。
おふたりが並ぶ姿は、絵本の中の妖精王の結婚式みたいだと思った。なぜか胸がいたくて、泣いてしまいそうだっけれど。
あれから13年・・・。
きっとリチャード様は、覚えておられないだろうけど。それならそれでいい。私にとって、大切で美しい思い出だから。
あのときは、まさかこんなことになるなんて、思いもしなかった。
あのときからリチャード様に恋していたんだな。自分でも気づかないくらい、めちゃめちゃに恋してたんだ。だから他の人など目に入らなかった。ただの一度も。
初恋で、最愛で、ただ1人の人。
この方と生きて行こう。
あらためてそう決意した、晩夏の夜だった。
この方とこんなふうに過ごすことになるなんて、今でも不思議というか、信じられない気分だ。私は寝顔を見ながら、遥か昔のことを思い出していた。
その日、5歳の私は、家族に連れられて、初めて王宮に来ていた。新しい王さまの即位式に出席するためだ。
新しい王さまも王妃さまも、とてもお若くて美しい方だよと、いつもお父さまがおっしゃっている。うつくしいって、どのくらいかしら?お父さまが誕生日にくださった、白い馬よりうつくしいかしら?
離れたらダメだよ、と6つ年上のお兄さまが手を引いてくださるけれど、正直ひとりで歩きたかった。わたしはもう5歳よ?お兄さまったらカホゴなんだから。
王宮にある神殿の前庭で式が始まるのを待っていると、他の参列者の方がいらして、お父さまお母さまと大人の会話が始まった。お兄さまも輪に入ってる。
わたしは挨拶して待っていたけれど、だんだんつまらなくなってきた。そうだ、探検しちゃおう!
ちょっとだけ離れて、側にあった建物の裏に回ってみた。きれいな野花を見つけて近寄ろうとしたら、向こうの角からイヤな子が歩いてくるのが見えた。
「なんだおまえ、もう迷子か?とりすましてるくせに、おちつきのないおんなだな」
シモンズ家のロイドだわ。会いたくない子に会っちゃった。2つ年上なんだけど、会うたびに小馬鹿にしたような顔して、イヤなことばかり言うの。ロイドのお父さまお母さまは、よい方なのに。
「ま、まいごじゃないわ。ちょっとおさんぽしてるだけよ」
わたしも負けないように言い返す。こんなのに押し負けたら、クォーツ家の恥だわ。
「なんだと?!格下のくせに!」
カッとなったロイドに突き飛ばされて、尻もちをつきそうになった。やだ、どうしよう!ドレスがよごれちゃう。今日のためにお母さまがえらんでくださったドレスなのに!
もう地面についちゃう!と思った瞬間、後ろから誰かの手に受け止められた。
「おっと、危なかった。ダメじゃないか、年下の女の子を突き飛ばすなんて」
若い、優しそうな男の人の声だった。
「な、なんだお前、じゃまをするな!そのおんなはナマイキだから、オレがきょういくしてやってるんだ!」
ずいぶん年上の人みたいだけど、ロイドはかまわずわめき散らす。たまに顔を合わせるとき、いつも使用人を怒鳴り散らしているものね。ほっんとイヤな子!
「君はシモンズ家のロイドだね。女の子には優しくするものだよ。伯母上に習わなかったのかい?」
「お、おばうえだと?おまえいったい・・・あっ?!?!?!」
突然ロイドの顔色が変わって、あわあわと震え出す。そして二、三歩後退りしたかと思うと、一目散に逃げていった。
いったいどうしたのかしら?まあ、これ以上関わりたくないからよかったけど。
「おやおや。まったく仕方ないな」
その人はそう言いながら、わたしを起こして向き直らせると、服の埃を払ってくれた。顔は太陽の逆光でよく見えないけれど、背がたかいひとみたい。
「大丈夫かい?お嬢ちゃん」
お嬢ちゃん、という言葉にカチンときた。失礼しちゃうわ、わたしはもう5歳なのよ?
「あなた、たすけていただいたおれいはもうしあげますけど、しつれいですわ!わたしはりっぱなレディですのよ」
つん、とその人を見上げて言った。
「おっと、そうだね。これは失礼」
その人は笑って言うと、わたしの前にひざまずいた。風に揺れる茶色の髪が柔らかそうで、緑の瞳がとてもきれいだと気づく。
「お怪我はありませんか?レディ。もしよろしければ、あなたをご家族のところまでお送りしたいのですが」
「・・・!」
優しくほほえんだその人がとてもうつくしくて、わたしは何も言えなくなった。今まで見たものの中でいちばんきれい・・・。宝箱にしまった宝石より、野生の馬よりきれい・・・。
そのとき、建物の向こうから、わたしの名前を呼ぶ声が聞こえた。あっ、お兄さまだわ!
「お迎えがきたね。さあ、お行き」
その人は優しく送り出してくれた。
お兄さまが駆け寄ってきたあと、もう一度ちゃんとお礼を言おうと思って振り返ったけど、もうその人の姿はなかった。
あれは、だれ?あのうつくしい人は。もしかして、古代の森に住むという精霊の化身かしら?
その人がだれだったのか、そのあとすぐにわかった。お父さまがあんなに自慢していた、あたらしい王さまだったのだ。
即位式のその人は、とても堂々としていて、輝いていて、それはそれはうつくしかった。お隣に立つ王妃さまも、銀の髪が陽に透けて、夜空の星みたいにきれいだった。
おふたりが並ぶ姿は、絵本の中の妖精王の結婚式みたいだと思った。なぜか胸がいたくて、泣いてしまいそうだっけれど。
あれから13年・・・。
きっとリチャード様は、覚えておられないだろうけど。それならそれでいい。私にとって、大切で美しい思い出だから。
あのときは、まさかこんなことになるなんて、思いもしなかった。
あのときからリチャード様に恋していたんだな。自分でも気づかないくらい、めちゃめちゃに恋してたんだ。だから他の人など目に入らなかった。ただの一度も。
初恋で、最愛で、ただ1人の人。
この方と生きて行こう。
あらためてそう決意した、晩夏の夜だった。
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