十の加護を持つ元王妃は製菓に勤しむ

水瀬 立乃

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定食屋さん

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私とルフナは一旦新居に荷物を運んでから定食屋さんへ向かった。
コストルさんが教えてくれたという定食屋さんは、家からとても近かった。
きっと一番近いところで、おすすめのお店をルフナに教えたのだろう。
中へ入ってみると、お昼時だからかほとんど席が埋まっていた。
運よく入れ替わりでお客さんが出ていったので、私達は一番奥の、裏庭の窓側の席に座ることができた。
ここなら万が一お忍びの貴族が来ても、入り口からは私達の姿は見えない。
メニューを開くと、思った以上に料理の品数が豊富だった。

「たくさんあるのね…」
「そうだね。こんなにあったら何を注文したらいいのかわからないな」
「ふふ、そういう時はね、店員さんにおすすめを聞いてみるのが一番いいのですって。他のお客さんが何を頼んでいるか、様子を見るのも一つの手ね」
「なるほど。母様、少し待てる?」
「ええ、大丈夫よ。ゆっくりメニューを見ているわね」

きっとルフナはどちらも試したいのだろう。
他のお客さんが注文するのをいくつか聞いてみてから、店員さんに尋ねるに違いない。
直感的にそう思って、メニューをめくった。
村の飲食店にはない料理もたくさんあって、眺めているだけでも面白い。
ふと向かいのルフナを盗み見てみれば、メニューを見るふりをして耳を欹てている。
意識ここにあらずな様子が可愛くて、ついつい頬が緩んでしまう。

私が王都に行ったらルフナを危険に晒してしまう――最初はそんな風に思っていた。
けれどこうして親子二人、穏やかな時間を過ごせるのなら、勇気を出して来てよかったと心から思う。
私を殺そうとしたのは、夫…ルフナの父親だ。
ルフナには父親は死んだと話しているけれど、本当は生きている。
夫は二番目の奥さんを正妻にするために、私を事故に見せかけて殺した。
馬車もろとも川に流された私をマロアが助けてくれなかったら、沢で倒れたまま死んでいた。
あれから17年、夫にも家族にも誰にも探されなかった。
夫はその間に三番目奥さんを迎えて跡取りを授かったと風の噂で聞いている。
もう私のことなんて忘れて、愛する奥さんと子ども達に囲まれて、幸せを謳歌しているはずだ。
私が夫に何の未練もなくて、無関心だとわかったら、生きていることが知れても放っておいてくれるかも知れない。
ルフナが彼の子どもだと知られないようにだけ注意をすれば、村にいた時と変わらない平穏な生活が送れて、ルフナも騎士の夢を叶えられて幸せなのではないだろうか。
灰色の曇で覆われていた心に晴れ間がさすように、窓から明るい日差しが差し込む。
陽の光がテーブルの上に置かれたコップの水をゆらゆらと煌めかせた。

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