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第1話~波のうた~
雪乃さん(2)
しおりを挟むあの家から女の人が出てきたというなら、それは雪乃さんだろう。全然おかしな話じゃないのに、なんでそんなに不審そうに話すのか。
考えると同時に引き戸を開けていた。勢いよく開けた音に、おばさんたちが少し驚いた顔で振り向く。
「あれ、夏実ちゃんだったの」
そう言われて、二人のうち一人が、スーパーのレジ係をやっている近所のおばさんだと気づいた。
「……今の話、どうおかしいんですか」
「え、ああ。高台のあの家に最近越してきた人がいるの、知ってるの?」
うなずいた。それだけでなく、何度か会って話をしていることも短くつけ加える。
おばさんは「そう」と言って、もう一人と顔を見合わせる。先を話すべきかどうかを迷っているようだった。少なくとも、そう見える表情をしていた。ためらってみせたのは、こちらが子供だからという理由もあったかも知れない。
けれど結局、言いたい気持ちの方が勝ったらしかった。二人とも、こちらが尋ねた以上のことを話してくれた。
確かにおかしな、そして嘘みたいな話を。
◇
初めて、誰にも内緒で夜中に家を抜け出した。
正確には11時半ぐらいだったと思う。今日は、皆が寝るのが早かったので助かった。
ほとんど街灯の明かりだけの道を、あの家を目指して急ぎ足で歩く。
昼間聞いた話がどうしても信じられなかった。
おばさんたちの話によると、あの家の管理をしている不動産屋を訪れたのは若い女性一人だけで、大家さんへの挨拶も同じくだったらしい。
けれどその後、彼女は姿を見せなくなり、代わりに若い男性が家に住み始めた。少なくとも日中、出入りしているのはその男の人──つまり誠広さん一人だという。
その様子と、スーパーで買っていく食材の量から(レジ係のおばさんが何度か担当したらしい)判断する限りでは一人暮らしに見える。けれどそれにしては、夜遅くに会話のような声が聞こえたり、人目を避けるように出てくる女の人を見かけることがあるのは、つじつまの合わない変な話だ。
そして結論としておばさんたちは、こんなことを言ったのだ。
── あの家には、もしかしたら女の人が閉じ込められている、監禁されているんじゃないかと。
思わず、昼間外へ出られない理由があるだけなんじゃないかと言ってみたのだけど、それでは買い物の説明がつかないと返された。少なめに見積もったとしても、食材が二人分には足りないという。
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