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第1話~波のうた~
雪乃さん(6)
しおりを挟む「君には幸せになってもらいたい。もちろん、僕がそうするつもりだったけど……もう何もしてあげられないのは、本当にすまないと思うよ。だからこそ、雪乃にはこれからの人生を、ちゃんと生きていってもらいたいんだ」
──僕に縛られるんじゃなくて。
その口調はとても落ち着いていて、だからこそせつなく聞こえた。こちらまで泣きたい気分になってしまうほどに。
ふと、誠広さんの視線がこちらを向く。
「この子とも約束しよう。──できるね?」
同じようにこちらを見ている雪乃さんは答えない。……きっと、うなずく決心も、首を横に振る未練も、表せない気持ちでいるのだろう。
そのまま、長い時間が経ったように思えた頃、
「……ごめんなさい」
小さな声が聞こえた。
「最後の最後まで、心配させてごめんなさい──こんなに早く別れなきゃいけないなんて思わなかったから。……でも、あなたと結婚できてよかった。短い間だけでも」
少し声は震えていたけど、はっきりとした言葉だった。顔を上げた雪乃さんに、誠広さんが微笑みかける。
「僕もだよ。君に出会えて、一緒に過ごせて嬉しかった」
言葉の終わりは、空気に溶けるみたいにすうっと消えていった。──誠広さんの姿とともに。
今、目の前に見えているのは、男物の服を着た雪乃さん一人だけ。……誠広さんはもうここにはいないのだ、と思った。
遠くを見つめる目をしていた雪乃さんが、こちらに視線を合わせた。窓枠に乗せた手に自分の手を重ねて、きゅっと握ってくる。
「ごめんね、夏実ちゃん。たくさん嘘をついて」
今にも泣き出しそうな笑顔。同じ表情の目を、「誠広さん」が何度もしていたことを思い返した。
◇
明け方近くに家に帰ると、両親が起きて待っていた。当然ながらものすごく怒られて、その日と翌日は外に出してもらえなかった。
だからあの家にまた行けたのは、2日後のことだった。
……その時にはもう、雪乃さんはいなかった。門扉にも、ドアにも窓にも全部鍵がかかっていたけど、カーテンが全部外されていたから、部屋が空っぽになっているのはわかった。
奥の部屋にも、あの時に見た家具の類はひとつも残っていなかった。持っていったのか捨てたのかはわからないけど、とにかく、この家から出ていったのは確実なんだと思えた。
──2日前の夜、雪乃さんは、これまでのことをなるべく説明してくれようとした。
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