『海色の町』シリーズ3部作

紬 祥子(まつやちかこ)

文字の大きさ
21 / 51
第2話~風のこえ~

「直くん」(7)

しおりを挟む

             ◇

 一日ごとに季節は秋を深めていく。朝夕に吹く風は冷たいぐらいになり、太陽が沈む時間も目に見えて早くなっていった。
 映見子が家にいる(というか居させられる)時間も長くなったが、買い物がてらの午後の散歩は欠かさなかった。そしてどこへ行く時でも、帰りは堤防沿いのあの道を必ず通るようにした。
 毎日同じ時間に通れたわけではないが、8割ぐらいの確率で陽南の姿を見かけることはできた。あの日以来なぜか、映見子が近づくと挨拶はするもののすぐに離れていってしまうので、話はしていないのだが。
 別の場所で見かけたことも何回かある。たいていは家の近くの公園で、一人でぶらんこに乗っていた。それで遊んでいるという雰囲気ではなく、少しだけ目を伏せて、かすかに揺らす程度に漕いでいるのが常だった。そんな様子の時の陽南は、こちらが見つめていても一度も気づかなかった。映見子もあえて声はかけず、いつも通り過ぎるだけにした。
 そうやって直也のことを思い出しているのかと、見るたびに考えたからだ。兄妹がその公園でよく一緒に遊んでいて、陽南が乗ったぶらんこを直也が押してあげていたところは、実家にいた頃に繰り返し見かけていた。
 ぶらんこを揺らす陽南の表情は、堤防にいる時と同じように一見は静かだが、ここではないどこか遠くを見る目をしている。……今でも彼女の喪失感は5年前と変わりないのだと、見れば誰もが思うような表情。
 その事実に胸が痛むたびに子供がお腹を蹴るので、タイミングよく笑わせてもらっている。暗くなっていてはいけないと、励まされているような気がして。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

【完結】年収三百万円台のアラサー社畜と総資産三億円以上の仮想通貨「億り人」JKが湾岸タワーマンションで同棲したら

瀬々良木 清
ライト文芸
主人公・宮本剛は、都内で働くごく普通の営業系サラリーマン。いわゆる社畜。  タワーマンションの聖地・豊洲にあるオフィスへ通勤しながらも、自分の給料では絶対に買えない高級マンションたちを見上げながら、夢のない毎日を送っていた。  しかしある日、会社の近所で苦しそうにうずくまる女子高生・常磐理瀬と出会う。理瀬は女子高生ながら仮想通貨への投資で『億り人』となった天才少女だった。  剛の何百倍もの資産を持ち、しかし心はまだ未完成な女子高生である理瀬と、日に日に心が枯れてゆくと感じるアラサー社畜剛が織りなす、ちぐはぐなラブコメディ。

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

与兵衛長屋つれあい帖 お江戸ふたり暮らし

かずえ
歴史・時代
旧題:ふたり暮らし 長屋シリーズ一作目。 第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。 十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。 頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。 一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。

偽装夫婦

詩織
恋愛
付き合って5年になる彼は後輩に横取りされた。 会社も一緒だし行く気がない。 けど、横取りされたからって会社辞めるってアホすぎません?

処理中です...