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第3話~空のおと~
彼女の婚約者(9)
しおりを挟む「おめでとう。よかったわね」
「そのことで、お礼が言いたかったんだ。小野寺に」
「え?」
「ここ2ヶ月でずいぶん元気になった、って医者にも家族にも言われた。自分でもそういう気がしてる。たぶん、小野寺に会えたからだと思うんだ」
この町に帰ってきて、一番最初に会えたのが繭子で。覚えているのと変わらない無邪気さで、昔から友達だったみたいに声をかけてくれた。それが、久々に会う同級生に対する懐かしさから来るものでしかなくても、彼女の笑顔や言葉には力づけられた。良行の胸の奥にたまっていたものを、少しずつだが確実に消していってくれたのだ。
「小野寺と話せてなかったら、今もまだ復職する気にはなれてなかったと思う。上司が異動するって聞かされても、たぶん。……だから、ありがとう」
こんなふうに繭子と話せる機会は、最後かも知れない。そうは考えても、感謝以上の気持ちを伝えようとは思わなかった。困らせたくはないから。
代わりに、彼女の顔を、その表情をしっかり焼き付けておこうと、静かな気持ちで見つめる。
繭子はしばらく目を逸らさなかった。やがて、ふっと目を伏せて、ゆっくりと首を振る。
「ううん、お礼を言わなきゃいけないのは、わたしの方。ありがとう、話に付き合ってくれて」
そして唐突に立ち上がった。服の砂を払おうともせず、波打ち際から離れる方向へ歩いていく。良行も腰を上げ、彼女の後について歩いた。
「本当はね、もうわかってはいるの」
彼がとっくにいないってこと、という後半の言葉は囁きのようだったけど、耳には届いた。
「いろいろ、覚えてないのも本当。病気なのか事故だったのか、それすら今のわたしは知らない。誰も言わないし、わたしも聞かないから。……でも、彼からのメールとか一緒に撮った写真とか、どれも2年前より後の日付のものはないのよね。その間がどうして空白なのかって考えて……いろんな人の態度も見てるうちに、なんとなく思ったの。もう彼は生きてないんじゃないか、って」
3月になる頃には、そう気づいていたのだという。図書館勤めであるのを利用して、仕事の合間に、2年前以降の新聞記事を少しずつ調べて──そうして、自らで事実を見つけた。
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