『海色の町』シリーズ3部作

紬 祥子(まつやちかこ)

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後日談『ゆく人、戻る人』

『ゆく人、戻る人』(2)

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 「また出張。お彼岸には間に合うって言ってたけどどうかしら、転勤前で忙しいから」
 「転勤、てことは引っ越しなさるんですか?」
 「そうなの、実はこっちの近くにね。前よりはここにも帰ってこられそう」
 「え、そうなんですか。……あの、実はわたし」
 言いよどんだ私に、映美子さんはにっこり微笑んでくれる。
 「聞いたわ。もうすぐ町を離れるんですってね、大学進学で。合格おめでとう」
 「ありがとうございます」
 「ちょっと寂しくなるけど、しかたないわね。学部は?」
 「はい、医学部に──」
 映美子さんが目を丸くした拍子に、言葉が止まってしまった。少しだけ沈黙が生まれる。
 「……そう、勉強がんばったのね。忙しくなるだろうけど、体には気をつけて」
 「はい。そうします」
 さっきの瞬間、頭をよぎったのはお互い同じことだっただろうけど、自然にまた笑い合えていたと思う。少なくとも相手の表情は、やわらかい優しい笑顔だった。
 「じゃあまたね、陽南ちゃん」
 「失礼します、映見子さん。ばいばい佑哉ゆうやくん」
 と言って子供に手を振ると、きょとんとしながらも小さな手を振り返してくれた。誰かを助けられる人になるように、と願いを込めた名前を考えたのが自分であることは、映美子さんとの間だけの秘密。正確にはもう少し違う名前だったけれど、映美子さんが、兄の名前から1字(漢字は変えていたけど)付け加えてくれていた。
 医学部を受けたのも、ある意味では、早くに亡くなった兄の影響かもしれない。兄のような人を一人でも減らせれば、手助けができるようになれればといつしか思うようになっていたから。
 もう一度、ほぼ同じ目の高さで笑みを交わしてから、お互い進んでいた方向に歩き出す。
 ──何があっても、しっかり前を見据えて、揺るぎない足取りで進んでいけたら。今のこの気持ちを忘れないでいられたら、これからもきっと大丈夫。
 風に乗って聞こえる、楽しげに母親に話しかける子供の声を耳にしながら、そう思った。



                           - 終 -
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