精霊書店の異世界人

多々羅

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第一章 塔の異世界

異世界の月

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 沈んでいた意識が浮かび上がる。
 ゆっくりと目を開ける。
 天井かな……暗くてよく見えない。
 視線を下げる。
 窓から淡く青白い光が差し込んでいた。
 寝惚けた頭が少しずつはっきりしてくる。
 背中と腰に硬い感触。そして軽い痛み。
 体には毛布かなにかが掛かっている。
 手で地面を触ってみる。木の感触だ。どうやらここは屋内らしい。まあ、天井と窓がある時点で屋内なわけだけど。
 上体を起こそうと力を入れる。脱力感は抜けきっていないけど、どうにか座ることができた。毛布が足の上に折り重なる。
 顔を上げると、扉の小窓から青白い月が見えた。煌々こうこうと光を放つその月は、地球で見ていたそれよりも少し大きかった。そして地球で見ていたそれよりもずっとずっと幻想的だった。
 思わずため息が漏れる。

 しばらく月をながめていたら意識がえてきた。
 名残惜しいけど辺りを見回す。
 月明かりのおかげでよく見える。見たことのある部屋だ。アルメリス精霊書店。
 気を失った僕をマギナが引きって格納してくれたんだろう。背中と腰の痛みは多分そのせいだ。とはいえ、彼女の小さな体躯で僕を運ぶのは大変だっただろうから感謝しないといけない。だけど、僕を必死に引き摺る彼女を想像すると笑いが込み上げてくる。

 それにしても、意識ははっきりしてるのに体のだるさがなかなか抜けない。
 体を引き摺って近くの壁に背中を預けた。
 思い返せば、今日は目まぐるしい一日だった。
 異世界に飛ばされ、神様(仮)に願いを叶えてもらい、マギナに下僕呼ばわりされた。
 そうそう、スマホをマギナに見せた時の反応は面白かったなぁ。
 塔の話、神様の話もした。
 あんなに長時間しゃべり続けたのは久し振りだ。人生最長記録かもしれない。
 そういえば、明日からここで働くことになったんだった。三年振りの労働だ。クビにならないように頑張ろう。だけど接客は苦手だな……。
 あぁそうだ、精霊術のことも教えてもらった。実際に使うこともできた。まあ結果はこの有様だけど。
 だけど……うん、久し振りに楽しい一日だった。
 ……日本か……別に帰れなくてもいいか。
 あの世界に――あの国にいても、いいことなんてなかっただろう。それに、やり直したいって願った時点でそれまでの僕は死んだも同然だ。見た目も若返っちゃったし、この姿で帰ったら新聞に載ってしまうかもしれない。なにより、帰る方法も塔を登る以外になさそうだし。しがらみのないこの世界で人生をやり直そう。

 壁から背中を離して横になる。
 ひとまず、異世界チュートリアル終了ってとこかな。
 毛布にくるまり目を閉じる。
 寝床は硬いけど眠れそうだ。
 まだまだ抜けない倦怠感けんたいかんに身を委ね――あっ!
 ガバッと上半身を起こす。
 そうだ、まだ試してないことがひとつあった! 最近の異世界ものラノベでは定番になりつつある魔法の言葉――

 ステータス!

 ………………。

「す、ステータス……」

 ………………。
 え~っと、ハイ、明日からたくさん働かなきゃなので寝ますね。
 おやすみなさい。
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