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第一章 塔の異世界
精霊書店の朝
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カンッカンッカンッ!
金属音で目が覚めた。おたまで鍋を叩いたような――
「クーヤ、朝だよ~」
この声は確か……そう、マギナだ。
両目を開けるのは億劫だったから右目だけを開けると、腰を曲げて僕を覗き込むマギナがいた。
「あ、起きた?」
……ショートパンツか。
手に持っているのはフライパンとおたまだった。まさか調理器具で起こされる日が来ようとは夢にも思わなかった。
「うん……おはよう」
「おはよう!」
起き抜けに朝の挨拶をしたのはどれくらい振りだろう?
左目も開けて上体を起こす。床で寝ていたせいか体中が痛い。なのに久々によく眠れた気がする。
窓から差し込んだ朝日が店の中を照らしている。
あぁそうだった。昨日は倒れて店の床で寝たんだった。
「大丈夫? 立てそう?」
心配そうな声でマギナが言った。
「うん、多分……っと」
普通に立てた。両手を振り上げて体を伸ばす。昨晩の倦怠感はどこへやら、むしろ力が漲ってる気さえする。
床に落ちた毛布を掴んで振り返ると、マギナが微笑んでいた。
「大丈夫そうだね! 精霊術は何度も使ってれば代償が軽くなるって友達が言ってたから練習してみるといいよ。それともう少ししたら朝ご飯ができるから、着替えて顔でも洗ってきてよ。あ、クーヤの部屋はこっちだよ」
一気に捲し立てたマギナは、おたまをくるくる振りながら踵を返して店の奥へと続く扉を潜った。カウンターに置かれたままだったダウンジャケットとボディバッグを掴んで僕も廊下に出た。
昨日は気づかなかったけどアルメリス邸は意外と広いのかもしれない。目の前の廊下は十メートルくらいあって、突き当たりで右に曲がっている。部屋数も多そうだ。廊下の右側に扉がみっつ、左側にふたつ、突き当たりにもふたつ見える。
「こっちだよ」
マギナは右側ふたつ目の扉の前で待っていた。
「この部屋、好きに使ってくれていいからね」
扉を開けて中を覗いてみる。
六、七畳くらいの広さで、窓際にベッド、手前の壁に机と椅子、左奥にクローゼットと家具は少ない。
「お客さん用の部屋だからちょっと殺風景だけどね」
「いや、寝床があればそれでいいよ。それに、職場まで徒歩五歩の好物件だしね」
「あははっ、それもそうだね」
まあ、異世界で断捨離ブームに乗っかってみるのも悪くない。
「服はクローゼットに入ってるから、ちゃんと着替えてね。その格好だと目立っちゃうから」
ふむ、この世界にはこういう服がないってことなのかな?
「あとは……洗面所とお風呂とトイレは廊下の突き当たりで、リビングはそこだから」
そう言ってマギナはおたまで斜向かいの部屋を指した。
「うん、分かったよ」
「それじゃあ、仕度が終わったらリビングに来てね!」
「あ、マギナさんちょっと待って!」
走り去ろうとするマギナを呼び止めた。
「なに?」
「その……マギナさんのご両親に挨拶しておきたいんだけど……」
これからお世話になるんだから、家主に挨拶はしておきたい。
「それなら大丈夫だよ。お父さんとお母さんは王都で支店開いてるから今はいないよ」
「王都? 支店?」
「うん、この国――フィルグリン王国の王都フィルノーグでアルメリス精霊書店の支店やってるの」
「じゃあ……」
「しばらく帰ってこないよ」
「えっ? えっ? マギナさんひとりを置いて?」
「そうだよ。あっ、置いてかれたんじゃないよ? わたしが残りたいって言ったんだよ」
「あぁ……そうなんだ……」
いやいや、それでもどうかと思う。周りに民家もないような場所で十六歳の女の子を独り暮らしさせるとかどうなのさ?
「お父さんは最後まで反対してたよ。まさか親に泣いて駄々をこねられるとは思わなかったよ……」
「そう……なんだ……」
遠い目をするマギナにそう返すことしかできなかった。
そこまでして反対する親なら悪い人じゃない……のかな。
さて、親御さんが不在ということはつまり――
女の子とひとつ屋根の下。
ということになる。
「変なことしたら燃やすよ」
「はい」
真顔なのが凄く怖い。しかも疑問系ではなく宣告だった。
まあ、言われなくともそんなことはしない。「そんな度胸があると思うなよ!」と言ってやりたいくらいだ。
さてさて、それじゃあ挨拶はマギナにするべきか。
「改めまして、これからよろしくお願いします」
マギナにお辞儀する。
「う、うん、こちらこそ……変わった仕草だね」
そう言いながらマギナもちょこんと頭を下げた。この世界にはお辞儀する習慣はないのかな。
「じゃあ、朝ご飯の仕度があるから。クーヤも急いでね」
「うん、そうするよ」
マギナは小走りでリビングに向かった。
僕はこれから拠点となる部屋に入り、手に持っていたものをベッドに放り投げた。そして、目覚めた時と同じように大きく伸びをする。
それじゃあまあ、異世界生活を始めますか。
―― 第一章 塔の異世界 了 ――
金属音で目が覚めた。おたまで鍋を叩いたような――
「クーヤ、朝だよ~」
この声は確か……そう、マギナだ。
両目を開けるのは億劫だったから右目だけを開けると、腰を曲げて僕を覗き込むマギナがいた。
「あ、起きた?」
……ショートパンツか。
手に持っているのはフライパンとおたまだった。まさか調理器具で起こされる日が来ようとは夢にも思わなかった。
「うん……おはよう」
「おはよう!」
起き抜けに朝の挨拶をしたのはどれくらい振りだろう?
左目も開けて上体を起こす。床で寝ていたせいか体中が痛い。なのに久々によく眠れた気がする。
窓から差し込んだ朝日が店の中を照らしている。
あぁそうだった。昨日は倒れて店の床で寝たんだった。
「大丈夫? 立てそう?」
心配そうな声でマギナが言った。
「うん、多分……っと」
普通に立てた。両手を振り上げて体を伸ばす。昨晩の倦怠感はどこへやら、むしろ力が漲ってる気さえする。
床に落ちた毛布を掴んで振り返ると、マギナが微笑んでいた。
「大丈夫そうだね! 精霊術は何度も使ってれば代償が軽くなるって友達が言ってたから練習してみるといいよ。それともう少ししたら朝ご飯ができるから、着替えて顔でも洗ってきてよ。あ、クーヤの部屋はこっちだよ」
一気に捲し立てたマギナは、おたまをくるくる振りながら踵を返して店の奥へと続く扉を潜った。カウンターに置かれたままだったダウンジャケットとボディバッグを掴んで僕も廊下に出た。
昨日は気づかなかったけどアルメリス邸は意外と広いのかもしれない。目の前の廊下は十メートルくらいあって、突き当たりで右に曲がっている。部屋数も多そうだ。廊下の右側に扉がみっつ、左側にふたつ、突き当たりにもふたつ見える。
「こっちだよ」
マギナは右側ふたつ目の扉の前で待っていた。
「この部屋、好きに使ってくれていいからね」
扉を開けて中を覗いてみる。
六、七畳くらいの広さで、窓際にベッド、手前の壁に机と椅子、左奥にクローゼットと家具は少ない。
「お客さん用の部屋だからちょっと殺風景だけどね」
「いや、寝床があればそれでいいよ。それに、職場まで徒歩五歩の好物件だしね」
「あははっ、それもそうだね」
まあ、異世界で断捨離ブームに乗っかってみるのも悪くない。
「服はクローゼットに入ってるから、ちゃんと着替えてね。その格好だと目立っちゃうから」
ふむ、この世界にはこういう服がないってことなのかな?
「あとは……洗面所とお風呂とトイレは廊下の突き当たりで、リビングはそこだから」
そう言ってマギナはおたまで斜向かいの部屋を指した。
「うん、分かったよ」
「それじゃあ、仕度が終わったらリビングに来てね!」
「あ、マギナさんちょっと待って!」
走り去ろうとするマギナを呼び止めた。
「なに?」
「その……マギナさんのご両親に挨拶しておきたいんだけど……」
これからお世話になるんだから、家主に挨拶はしておきたい。
「それなら大丈夫だよ。お父さんとお母さんは王都で支店開いてるから今はいないよ」
「王都? 支店?」
「うん、この国――フィルグリン王国の王都フィルノーグでアルメリス精霊書店の支店やってるの」
「じゃあ……」
「しばらく帰ってこないよ」
「えっ? えっ? マギナさんひとりを置いて?」
「そうだよ。あっ、置いてかれたんじゃないよ? わたしが残りたいって言ったんだよ」
「あぁ……そうなんだ……」
いやいや、それでもどうかと思う。周りに民家もないような場所で十六歳の女の子を独り暮らしさせるとかどうなのさ?
「お父さんは最後まで反対してたよ。まさか親に泣いて駄々をこねられるとは思わなかったよ……」
「そう……なんだ……」
遠い目をするマギナにそう返すことしかできなかった。
そこまでして反対する親なら悪い人じゃない……のかな。
さて、親御さんが不在ということはつまり――
女の子とひとつ屋根の下。
ということになる。
「変なことしたら燃やすよ」
「はい」
真顔なのが凄く怖い。しかも疑問系ではなく宣告だった。
まあ、言われなくともそんなことはしない。「そんな度胸があると思うなよ!」と言ってやりたいくらいだ。
さてさて、それじゃあ挨拶はマギナにするべきか。
「改めまして、これからよろしくお願いします」
マギナにお辞儀する。
「う、うん、こちらこそ……変わった仕草だね」
そう言いながらマギナもちょこんと頭を下げた。この世界にはお辞儀する習慣はないのかな。
「じゃあ、朝ご飯の仕度があるから。クーヤも急いでね」
「うん、そうするよ」
マギナは小走りでリビングに向かった。
僕はこれから拠点となる部屋に入り、手に持っていたものをベッドに放り投げた。そして、目覚めた時と同じように大きく伸びをする。
それじゃあまあ、異世界生活を始めますか。
―― 第一章 塔の異世界 了 ――
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